第25話大好き
そんな保証はどこにもない。
どこにもないから、俺はこの事を見てみぬふりをした。
その方が賢い選択だから。
ずるいなんて思わない。
酷いなんて思わない。
だって仕方がないじゃないか。
好きな人と離ればなれになる方が辛いのだから。
とりあえず、空気口しか凪先輩の出口はない。
だから、窓からいつも出入りしているらしい。
自身の不死性を利用して。
毎回飛び降りる度に死ぬのって痛いのかを聞いたら、
「痛いよ?凄く凄く痛い。泣いても収まんないくらい。始めの頃はずっと泣いてたかな。おなかがすいてさ、どうしてもって外に出たんだけど」
ここへご飯の支給を運ぶ人なんていないから。
「上から見下ろすのってさ、凄く怖いの。あんなに遠い地面に勢い良く衝突しちゃうんだぁって思ったら足ががくがく震えちゃってさ」
俺も見下ろしてみたけどとても怖かった。
心臓がヒュッと音をたてて縮み上がった。
「だけどご飯を食べるためだ、もう餓死はしたくないって勢い良く飛び出したの。そしたら凄い勢いで地面に向かってさ、僕のからだが砕ける音がしたの」
人間が楽に死ねるのは六メートルくらい、と誰かがいっていた気がする。
たぶんもう少し違うけど。
この塔は数十メートルあるから。
なにかものを落としても簡単に砕けてしまう。
それは重いものでも同じで。
むしろ重いものの方が勢いが良く出るから。
きっと凄いスピードで落ちて、衝突したんだね。
「それで大泣きしたんだよね。あまりの痛さに。いつまでもいつまでも治まる気配がなくて。そのまま必死に這いつくばって、食料探してた。途中で、やっと美味しそうな木の実を見つけて、夢中で頬張ってたらさ、見回りの人に見つかって処刑されて怒られて戻されちゃった」
僕がいなくなると困るんだってさ。
僕がいなくなったら、罪のない人々の命が次から次へと消えてくんだって。
そういわれたらさ、戻るしかないじゃん?
お腹がすいたら外に出ちゃうけど、それでもちゃんと戻るのはそういう理由。
そう凪先輩は話してくれた。
とても申し訳ない気持ちで一杯になった。
今すぐにでも事実をいってしまいたくなった。
だけど、一緒にいてくれなくなったらと思うと、口は開かなくなる。
思った以上に、俺の体は正直だった。
凪先輩が言うには、俺らのこの症状は呪いというもので、本来なら魔族のみが持つものなのだけれど、魔王が生まれると、人間側にもちらほら誕生すると言われているらしい。
だからもう、魔王はどこかで生まれているんだって言った。
けど、そこまで聞いた時に思った事は、そんなに凄いことなんだ程度だった。
魔王なんて、興味なかった。
ただ、魔族を束ねている長、という認識しかなかった。
だけど、きっと俺はその戦争に参加させられるんだろうな、とはわかっていた。
俺の力は、争いに有利すぎる。
だから、何となくわかっていた。
「美空はさ、どんな呪いなの?」
凪先輩にそう聞かれたから、自分の身に起こった事を全て話した。
呪いなんて言われたってうまく説明出来る自信がなかったから。
どれが呪いなのかわからなかった。
凪先輩は、無敵の超人になるかわりに結婚相手が死ぬ。
そんな呪いだよっていった。
なら、結婚しなきゃいいんじゃないかといったら、無理、といわれた。
そもそも結婚事態できないよ、と否定された。
俺は、したいけど。
つたなく、一生懸命に説明する俺を、凪先輩は静かに見守ってくれていた。
話終わったらなぜか俺は泣いていた。
すると、俺の頭を撫でながら、辛かったねと言われた。
うん、と頷いた。
本当に辛かったし、怖かったんだ。
目の前で人が死ぬのを見るのは。
背中を叩いて、暖かいミルクを注いで渡してくれて。
泣き止むまで傍にいてくれた。
優しい人なんだ。
本当に。
優しすぎるくらいに。
その日から毎日欠かさず凪先輩の元へと通った。
今日あった事を話すようになっていった。
俺にはそれくらいしか話すことがなかったから。
その日あったなかでも面白い出来事を主に話して。
楽しんでもらえたら良いなと思っていた。
そんな俺に笑いながら、楽しげに話を聞いてくれる。
時々、飲み物をいれてくれて、一緒に飲む。
城の中では慌ただしく過ぎていく時間が、なんだかゆっくり進めように感じられた。
とてもゆっくりで、穏やかで。
俺の癒やしの時間だった。
それくらい甘美で幸せな時間だった。
この時間を手放したくないと思えるくらいに。
ある日、母が言った。
「美空。あなたは他の兄弟みたいに他国に嫁がなくて良いわ。次期国王にもしてあげる。その時は私を女王にしてちょうだいね」
嫁ぐ?
結婚?
意味がわからなくて、とにかく怖いと思った。
作り笑いを張り付けて、その場から離れた。
そっと息を吸って、吐いて。
凄く痛む心臓を押さえつけた。
怖い、怖い。
そればかりが頭のなかに浮かんでいた。
その事を凪先輩に話した。
母を女王にすることは伏せた。
何となく伏せた方が良いと思ったから。
凪先輩は相づちをうちながら静かに俺の話を聞いてくれた。
「ねぇ、凪先輩。俺は他の国の人と結婚しなくて良いって言われたんです。...、あ、ね、凪先輩。凪先輩はいつか結婚しちゃうんですか?」
口からこぼれた言葉。
結婚。
その言葉は凪先輩にだって当てはまる。
そう聞くと、美空は良いの?と聞かれ、凪先輩が結婚するか否かの方が重要です、と答えた。
俺の話なんてどうでも良くなってしまった。
凪先輩の結婚の話の方が重要だから。
結婚なんてしてほしくない。
一番最初に思ったのはそういう事だった。
結婚して離れられたら、なんて思ったら。
怖くて怖くて仕方がない。
そう思ってしまう自分は相当依存してしまっているんだな、なんて思っていた。
すると、少し困ったような顔をした。
なんとも言えないような、そんな顔。
どうしてそんな顔をするんだろう。
もしかして、もう結婚することがきまっていたりするのかな。
そう思ったら、絶望的なきもちになった。
いったいどんな人なのかな。
俺より凄いひとなのかな。
聞くのが怖くなった。
耳を塞いでしまいたくなった。
「今は結婚する気は無いかな。というか、僕は一生結婚しないと思うよ」
「どうしてですか?」
凪先輩は困ったように笑う。
もしかして理由を聞かれたくないのかな。
でも、どうしてなのかを知りたい。
結婚相手を殺してしまう呪いのせい?
でも、凪先輩がそんなのに怯える必要はないと思う。
だって、ずっと一緒にいれば良いのだから。
結婚なんて形式に当てはめなければ。
いくらでも穴があるんだから。
「女の人に対してトラウマがあるんだ。だから結婚しないと思う」
トラウマ。
凪先輩にそういう感情があるんだって、驚いた。
そういうのとは無縁の人のような気がしたから。
だって、凪先輩は聖人のような人で。
人間味なんてなくて。
穢れていなくて。
だけど、そういう感情もあるんだと知ると。
凪先輩も俺と同じ人間なんだって思って。
余計好きになった。
一緒にいたくなった。
一体、何をされたんだろう。
知りたいな。
けれど、嫌われたくないから聞けないな。
話す時、苦しそうな顔をしていたから、きっと嫌な記憶なんだろう。
その記憶をもっと深く抉るのは、俺にはできない。
そういうのを思い出すのは苦痛を伴うから。
だから、できない。
凪先輩からいつか話してくれると良いな。
話しても良いと思える人物に俺がなれたらいいな、なんて思った。
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