第22話颯太の生活
そっと頭を撫でられる。
「怖かったよね。ナイフをあんな風に突き付けられて。もう大丈夫だよ」
そう言われて抱きしめられたら、さっきまでの恐怖が涙に変わってしまう。
みっともなく大声で怖かったと泣く俺を、ずっとあやしてくれた。
かっこ悪いのに。
こんな俺を見ないでという感情と、こんな俺でも認めてほしいなんて相反する感情が浮かぶ。
王族の中では泣いちゃいけないから。
泣くような弱い子はいらないから。
いつも笑っていないといけないから。
「貴方の名前はなんていうんですか?」
そう聞くと、その人は笑ってこう答えた。
「僕は神月 凪。森の奥に住んでいるんだ」
これが凪先輩との出会いだった。
運命だったとしか言えない。
あの日からずっと俺は凪先輩に恋をしている。
ずっと。
目が覚める。
顔を洗う。
欠伸を一つ出す。
朝起きた時のルーティン。
扉から差し入れられた朝食を食べる。
その間一言も喋らない。
何か喋ったところで独り言にしかならないし。
朝からアテネと会話する気もないし。
トレーを返却して、ご馳走様と声に出してから、服を脱ぐ。
着替えるために。
パジャマを脱いだ後に、制服を箪笥から取り出す。
制服に袖を通す。
髪型を鏡で確認して、微笑んでみる。
相変わらず作り笑いのそれを見て、何とも言えない気持ちになる。
心から笑う方法なんてとっくの昔に忘れてしまった。
そういうとかわいそうと言われたりするが、僕自身は何とも思わない。
先輩の前でだけ笑えていればそれでいいから。
ため息をついてから、扉に手をかける。
何か生き物でも飼ってみようと思った時期もあったが、無事でいてくれる自信と、先輩といられる時間が減るのが嫌なので断念した。
生き物をネタにして先輩と会話をするのも楽しそうだけど、そいつに興味を持たれて僕と話してくれなくなったりしたら嫌だ。
以前、先輩に学校は楽しいかと聞かれた時は楽しいと答えたけれど、本音を言うとそこまで好きではない。
むしろ好きなやつなんていないだろ。
あんな監獄みたいな所。
それでもどうして行くのかと聞かれたら、話題を作る為に行っているとしか、答えられない。
逆にそれ以外の利用価値なんて見出すことができない。
だからいつも困っている。
どのようなところが好きなのか、とかそういう質問が来ると。
そういう時に限って無言になってしまうのだ。
そうやって目を泳がしていると、先輩が勝手にたくさんあるんだと解釈してくれる。
それは少しありがたいけど、同時に罪悪感を生んだ。
そういうわけではないから。
そんないいものであったらよかったけど。そういうわけではないのだ。
学校、というものは先輩にとっては刺激的なコンテンツだ。
だって先輩には行けないから。
いつかは行けるけど今はいけない場所。
それが先輩の学校への認識。
僕はずっと先輩には塔に閉じこもっていて欲しいけど。
けど、だからこそ、先輩は学校の話に凄く興味を持つ。
とても目を輝かせて話してほしいという。
だから行く。
少しでも僕に興味を持ってもらうために。
先輩の喜んでいる顔を見るために。
その選択に後悔した事は今のところ一度も無い。
むしろ少しその点に関しては誇らしく思うくらい。
そもそも僕は。
僕は、他人と関わる事が嫌い。
話すことが嫌い。
視線が交差するのが嫌い。
意見を伝えて対立することが嫌い。
目と目を合わせて会話する事が嫌い。
…、いや、一番嫌いなのは瞳だ。
瞳を見つめているとどこまでも吸い込まれてしまいそうな感覚に陥ってしまう。
目は口ほどに物を言うという言葉があるが、その通りだと思う。
目を見れば、何を言いたいのか分かる。
だからこそ怖くて仕方ない。
誰よりも人の視線という物を気にして生きてきた僕だから言えること。
僕に対して何を抱いているのかがわかる。
どんな感情を抱いているのかがわかってしまう。
理解してしまう。
僕に対して悪感情を抱いているのか、それとも好意的なのか。
呪われているときに、多くの人と目を合わせた。
目を合わせざるを得なかった。
多くの目を見た。
きっと僕と同年代で僕以上に人間の瞳を見た人間なんていないだろうと思う。
それくらい見てしまったのだ。
最初は好意的なふりをして、段々耐え切れなくなって、吐き捨てるように僕に醜いと言い放ち外に出るのだ。
その繰り返し。
何度も、何度も。
相手をしたくない国が来たとき、僕が対応した。
面倒な事に巻き込まれるとか、そういう勘が鋭い父は、そのたびに僕を狩りだした。
僕を出すことによって、人々はそういった行動に出る。
まるで徐々に耐え切れなくなったような振りをする。
しかし、その間、その瞳はずっと嫌悪感を滲ませる。
瞳だけは嘘をついていないのだ。
瞳だけは初めから相手が僕にどんな感情を抱いているのか教えてくれていた。
ずっと、ずっと。
その瞳の中には、僕が映っている。
僕しか映っていない。
僕に対していつも嫌悪感をにじませている。
虚像の僕は、本来の僕となんら変わらない顔をしているけども、この人の中の僕はこれじゃない。
呪いの力でこの人にとって最も嫌悪感の生まれる見かけとなっている。
だとすると、本当の僕なんていないんじゃないかと、心がナイフで切り刻まれるように痛くなっていく。
鏡に映る姿も、瞳に映る姿も。
何もかも僕の都合の良い妄想で。
本当はみんなの言う通りバケモノで。
死ぬくらいしか出来ることがない、怪物。
そして最後には泣き出してしまうのだ。
耐え切れなくなってしまって。
涙は心の血液とどこかで聞いたような気がする。
そんな言葉を考えた人は詩人だなと思った。
とにかく、人の瞳が嫌いなのだ。
それでも、先輩に見られるのは嫌いじゃない。
大切にされているのがわかっているから。
だから安心して傍にいられる。
苦痛じゃないし、苦しくもなく、痛くもない。
むしろ好きだ。
傍にいられる時間が一番幸せだ。
瞳から感じる慈愛が心地よくて。
生きていて良いと言われている気がして。
何もかも許されている気がして。
とても生きやすくなるのだ。
学校への移動手段はワープ。
と言ってもこれは少数派だ。
別にみんなワープが使えないから、というわけではない。
一応使えはする。
魔力消費量は少し多く、基本移動手段は馬車を利用していたり、車を使う人が多い。
車、と言っても、個人で持っている人は少ない。
魔力を使用して駆動するそれは、魔力を持っていない一般国民には使えないし、魔力が販売されてはいるけれど、高いし。
維持費はかかるし、使う人なんていないのだ。
せいぜい王族が自慢するために使うくらい。
まぁ、そんな感じで、移動が楽なタクシーを使う人、対応していないので馬車を使う人の二通りに分かれるのだ。
馬車はすべての区域を対応しているから。
ちなみに交通費は学校の方で負担してくれるので、学校指定のタクシーやバス、馬車を利用しているようで。
では、なぜ僕はワープで移動するのか。
まず、ワープのデメリットは魔力の消費量が多いことだけども、それはアテネで相殺出来る。
呪いによって魔力量は増加している為、問題無い。
むしろ余るくらい。
そしてワープを使えば好きな時に一瞬で行けるし、更に人と会わなくて良い。
関わらなくて良い。
つまり僕にとって良いこと尽くめなのだ。
そんな移動手段を使わないなんて選択肢は無いだろう。
そりゃ、必要とか、どうしてもという時は関わらなければいけないけど、それ以外は関わりたくない。
基本的に僕は引きこもっていたいのだ。
出来たら、先輩と二人で塔に閉じこもりたいけど許されないから外出しているだけなのだ。
許されるなら初めから外なんて出ていない。
教室は自由席なので、とにかく隅へ移動し、荷物を置く。
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