第21話運命の出会いだと思って

仮にそういうことがあったとしても俺は抵抗するし。

何より呪いの力があるから、相手を殺してしまうかもしれないけど。

そうか、とだけ返した。

それ以外言葉を交わす意味もないからそこで終了した。

まだ何か話したそうな女にこういった。

「これから俺は歌わなくちゃいけないから」

そういえば、途端に静かになる。

俺の歌は特殊だから。

だからこんな風に優遇されている。

まだその頃は呪いという概念を理解していなくて。

自分の不思議な力は魔法の一種だろうとしか思っていなかった。

これが呪いのメリットだなんて思いもしなかった。

だって、俺は全く嬉しくないから。

歌は好きだけど、強制的に歌わなくてはいけなくされるのは嫌い。

自由を奪われるのは嫌い。

そう思っていたから。

颯太の容姿が呪いによるものだなんて知らなかった。

そして、自分の呪いも。

何にも理解していなかったのだ。

何も理解しようとせずに過ごしていたのだ。

理解したのは、城で最年長の召使いが死んだ瞬間だった。

今でも思い出すことが出来る。

初めから、数字は見えていた。

今まで聞かなかったのは膨大な数字だったから。

最年長の召使いの数字は、残り僅かとなっていた。

こんなに残り時間が少ないのなら、聞いたって良いだろうと思った。

だから聞いた。

聞かなければ良かった。

聞かなければ、そこから逃げ出していれば、気づかなかったのに。

いや、その後戦争にも駆り出されるのだから結局遅かれ早かれ気が付いていたか。

「どうして頭の上に数字があるの?」

そう聞くと、少し目を見開いてから、皆の頭の上にあるのかと、自分の数字が何なのかを聞いた。

今思うと、彼女は本当に冷静だったなと思った。

普通笑い飛ばすようなものなのに。

それほど俺が深刻そうな顔をしていたのだろうか。

まるで、怯えるような、そんな顔を。

だとしたら、俺は何となくわかっていたのかもしれない。

だから残りの時間と、皆にあると教えると、目を伏せてから、坊ちゃん、お元気でといった。

最初、どうしてそんな事を言うのかよくわからなかった。

だからどうしてそんな事を言うの、なんて聞いた。

その最中も時は流れていく。

ゼロを刻み、消えた瞬間、動かなくなった。

まるで動き続けていた玩具が突然動かなくなるよう。

本当に突然だった。

人の死、と言うものに直面したのは、それが初めてだった。

最初、全然理解できていなかった。

全く分からなくて。

声をかけて、揺すってみる。

何も反応がない。

どうしたんだよ、なんて言いながら激しく揺する。

徐々に冷たくなっていく。

体温が失われていく。

一切動かない。

機能がすべて停止してしまった。

実に、あっけなかった。

命というのはこんなにもあっけなく消えてしまうものなのかと思った。

頭の上の数字が寿命だと気づいてしまった。

わかってしまったら自分のものを確認してしまうもので。

自分の数字は他人より遥かに少なくて。

あぁ、なんて言って、気が付いたら走り出していた。

胸の中に広がる感情は『絶望』なんて名前をしていた。

この現実から逃げたかった。

逃げ出してしまいたかった。

なんで 俺だけ、なんて思いでいっぱいだった。

きっと颯太も同じだったんだろうな。

けれど、俺は自分のことでいっぱいだったから、その時颯太の事を気に掛けることも、思い出すこともなかった。

他の人に会いたくなかった。

会うのが嫌になった。

嫌でも見ることになる頭の数字が、減る様を見たくなかった。

その人の死が近づいていく瞬間を見たくなかった。

人と関わるのが嫌になった。

その人がいつ死ぬのかがわかるし。

何より、自分よりも寿命の長い人々が嫌になるだろうから。

走り疲れて辿り着いたのは、森の泉。

どうやって辿り着いたのかわからない。

ほぼ半狂乱だったから。

とても美しい水に、澄み渡る青空が映っていた。

綺麗だと思った。

このまま、死んでしまえば楽になれるのだろうか?

このまま落ちてしまえたら。

この美しい青空に吸い込まれたら。

そんな事を思ってしまった。

らしくないなんて言う自分と、当然だという自分の二人いた。

どうでもいいか、なんて思った。

そう考えて、足を踏み入れる。

ひんやりと冷たくて、この冷たさが全身を包む瞬間を想像してしまった。

怖くなった。

けど、その恐怖心を殺そうと、深呼吸をした。

このまま生きるよりは、冷たさに身を沈めた方がまだマシだ。

波紋が広がる。

このまま数字に従うなんて嫌だ。

決意を固めてもう一度足を入れてしまえばそのまま進めるはずだから。

鎖でも巻き付けられたように固い足にそう言って見せる。

ほら、進めよ。

お前の決意は固いんだろ?

自分の中の何かがそう俺に語り掛けてくる。

ゆらゆらと揺れる水面に、もう一度足を踏み入れようとした。

少しずつ飲まれていく足。

すると、突然何かの声が聞こえた。

獣が吠えるような、そんな声。

猛獣が、餌を見つけたことを知らせる咆哮のようなそれ。

振り返ると魔物がいた。

牛のように頭から角をはやしている。

黒い体にボロキレが巻き付けられている。

赤い目がこちらを睨みつける。

牛のような顔は、牛だった。

まるでケンタウロスのような魔物がこちらを静かに見つめている。

こちらを見ながら息を荒々しく吐いている。

手に握っているナイフが光る。

あぁ、死ぬんだと思った。

直感的に感じ取ってしまった。

さっきまで死のうとしていたくせに、途端に怖くなって、泣きたくなって。

本当に哀れな生き物だなと思った。

さっきあんなに決意していたくせに、いざ目の前に迫ってきたらビビってしまうなんて。

救えない生き物だなんて思った。

生存本能なんてものが憎らしく思えた。

ナイフが近づいてくる。

死が迫ってくる。

あぁ、嫌だ。

体の震えが止まらない。

死にたくない、死にたくない、死にたくない。

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

このまま静かに死んでいれば綺麗だったのに、俺は助けを求める声を出した。

「いや…、嫌だ…。助けて…」

弱弱しい助けを呼ぶ声。

風によってかき消されてしまうそうなほど。

それなのに、気づいてくれた。

俺に、気づいてくれて、凪先輩は助けに来てくれた。

あと、数センチまで近づいてきたナイフが突然弾け飛んだ。

風魔法を圧縮して弾丸のように飛ばしたんだろう。

俺は状況が理解できなくて、固まっていた。

カラン、と音を立てて転がっていく。

その後に続けて、バン、バン、と音がして、魔物は血を吹き出しながら死んだ。

何が起きたのか理解できなかった。

ただ、死なずに済んだという事だけが頭の中に浮かんだ。

途端に酸素が欲しくなって、息が荒れてしまった。

荒くなった呼吸を整えていると、

「大丈夫?けがは無い?…、よかったぁ」

焦ったように俺の事を見て、赤と青の瞳を持つその人はそう言って笑った。

「水の中にいると風邪引いちゃうよ?そんなところにいないでこっちおいで?乾かしてあげる。寒かったね」

そう言って救い上げてくれた。

その人の頭の上には数字が無くて。

それがすごく不思議で。

どうして数字が無いのか聞こうと思ったけど、聞けなくて。

それでも、この人はすごく安心感があったから。

俺は心を許していた。

ピンチのところを救ってもらったのもあるかもしれないけど。

俺の目には王子様に映った。

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