第20話美空の呪い

その所為で国民に発表なんてことができないから面倒で。

その所為で、重婚が出来ない。

それだけの事なのだ。

だから僕はばからしい婚約騒ぎに巻き込まれたのだ。

「さっきああいう風に言ったのは、僕を今追い出せないから。一応最強の勇者なんて称号があるから。下手に追放なんてして国民の反感を買うような真似はしないでしょ」

不本意だけど、利用させてもらう。

それしか僕が這い上がる術が存在しないから。

それに、その地位をキープすることは僕にとって容易であるから。

「使えるものは何でも使う、というわけですね?まぁ、良いと思いますよ」

「人としてはクソだと思うけどね」

「けど、王座を得る、という目的のみを達成する為なら良いのではないですか?」

そんな事をアテネと話す。

こういうことに関しては、アテネは面白いほど頭が回った。

きっと、こいつがこの世に存在していたら、あっという間にこの国を牛耳っていたんだろうな、なんて思った。

ベッドに横たわり、天井を見つめる。

退屈を誤魔化すように、欠伸を噛み殺す。

染み一つないそこに、幼い頃はこの部屋は何も無いと絶望していたけど。

どうして染みの数を数えるなんて言う暇つぶしすら用意してくれないんだと眠ったけれど。

少し、指を振ってみればそこに夜空が映し出された。

とても綺麗な夜空。

まだどこか作り物じみた不器用な夜空。

まるで本物には勝てないとあざ笑っているようで少しイラっとした。

本物にいつか勝てるように、毎晩練習している。

意味のない練習とあざ笑いたければ笑えば良い。

贋作だってよくできたものは本物を超える。

僕らはきっとアテネの方が本物なのだろう。

それでも、偽物と化した僕がアテネを超えてやるのだ。

それがこの夜空を作る、なんて行為に繋がっている。

何もないのなら作れば良い。

一から構築すれば良い。

時間なんて腐るほどある。

むしろ今やらずに一体いつやるというのだろう。

なんて自分に対して言い聞かせるように言ってみる。

先輩がアテネと見た夜空を再現してその何倍も美しい夜空を作る為に、今は全力を注いでいる。

その夜空と一緒に先輩に告白出来るように。

この思いをきちんと伝えられるように。

「きれいですね、それ。作ったんですか?」

「誰かさんのお陰で空いている時間は沢山あるので。完成したら先輩に見せるつもり」

指先で円を描いて消す。

アテネには見られたくない。

なんだか、見られるのはとてもいやだから。

どうしてそう思うのかはわからないけど。

もう、今日は疲れた。

枕に顔を埋める。

何にもしたくない。

夜空を作るのは、いつも意外なほど魔力を使うから、一日の最後にやっている。

様々な夜空を見比べて、何が一番いいかを悩んでいる。

この時間が意外と楽しいと最近思い始めている自分もいた。

明日が来なければ良いと思っていたあの頃と違って、今は少し頑張れるようになった。

毎日何かしらの目標を設定できているから。

明日が来ることを少しは期待できている。

明日は何をしようなんて思っている。

先輩と出会ってからの毎日はいつもそんな感じだ。

どうしたら先輩はもっと僕を見てくれるのかな、とか。

どういう人が好きなのかな、とか。

理想を全部叶えるのは難しいけど、少しずつなら多分出来るから。

あとは、先輩と普通に接するようになれれば。

…、ちゃんと、僕自身を見てくれていると思えれば。

けれど、それが出来ないから。

苦しいのだ。

胸がどうしようもなくキツく締め付けられていて、逃れられないのだ。

怖くて、怖くて仕方がないのだ。

しばらくは解決出来ない気がして。

ため息をついた。

そのまま泥のように眠りについた。

全て明日の僕に丸投げするつもりで。


双子の弟の颯太はとても醜いらしい。

幼い頃にそう聞いた。

城中の召使い達がそう言って大笑いしていた。

あんな美しい両親とご兄弟に囲まれて恥ずかしくないのかしら。

私だったらきっと死んでしまうわ。

なんて言いながら。

あざ笑っているその人たちの顔は大変楽しそうで。

醜くて。

鏡を持ってきて、見せてあげたいくらいだった。

そんなあなた達の方が醜く見えるのは俺だけですかって。

兄達に気に入られているから調子に乗っている女たちに微笑みながらそう聞いてやりたかった。

けれど、そんな事を言って反感を買ったところで颯太が余計傷つけられるだけだろうからしないで置いた。

そういう自分が酷く汚く見えて、罪悪感に満ち溢れた。

罪悪感、なんていう感情に救いを見出している自分が気持ち悪くて仕方なかった。

全く同じ顔をしているのに。

全然違うといわれる。

召使いに自分を指差して醜いかを聞くと、天使のようだと言われた。

頬を赤く染めながら。

俺は兄達と違って子供のようで、純粋無垢な見た目をしていたからか。

手を出してはいけないと母さんに言われていたのか。

俺はそういうものに汚されることはなかった。

仮にそういうことがあったとしても俺は抵抗するし。

何より呪いの力があるから、相手を殺してしまうかもしれないけど。

そうか、とだけ返した。

それ以外言葉を交わす意味もないからそこで終了した。

まだ何か話したそうな女にこういった。

「これから俺は歌わなくちゃいけないから」

そういえば、途端に静かになる。

俺の歌は特殊だから。

だからこんな風に優遇されている。

まだその頃は呪いという概念を理解していなくて。

自分の不思議な力は魔法の一種だろうとしか思っていなかった。

これが呪いのメリットだなんて思いもしなかった。

だって、俺は全く嬉しくないから。

歌は好きだけど、強制的に歌わなくてはいけなくされるのは嫌い。

自由を奪われるのは嫌い。

そう思っていたから。

颯太の容姿が呪いによるものだなんて知らなかった。

そして、自分の呪いも。

何にも理解していなかったのだ。

何も理解しようとせずに過ごしていたのだ。

理解したのは、城で最年長の召使いが死んだ瞬間だった。

今でも思い出すことが出来る。

初めから、数字は見えていた。

今まで聞かなかったのは膨大な数字だったから。

最年長の召使いの数字は、残り僅かとなっていた。

こんなに残り時間が少ないのなら、聞いたって良いだろうと思った。

だから聞いた。

聞かなければ良かった。

聞かなければ、そこから逃げ出していれば、気づかなかったのに。

いや、その後戦争にも駆り出されるのだから結局遅かれ早かれ気が付いていたか。

「どうして頭の上に数字があるの?」

そう聞くと、少し目を見開いてから、皆の頭の上にあるのかと、自分の数字が何なのかを聞いた。

今思うと、彼女は本当に冷静だったなと思った。

普通笑い飛ばすようなものなのに。

それほど俺が深刻そうな顔をしていたのだろうか。

まるで、怯えるような、そんな顔を。

だとしたら、俺は何となくわかっていたのかもしれない。

だから残りの時間と、皆にあると教えると、目を伏せてから、坊ちゃん、お元気でといった。

最初、どうしてそんな事を言うのかよくわからなかった。

だからどうしてそんな事を言うの、なんて聞いた。

その最中も時は流れていく。

ゼロを刻み、消えた瞬間、動かなくなった。

まるで動き続けていた玩具が突然動かなくなるよう。

本当に突然だった。

人の死、と言うものに直面したのは、それが初めてだった。

最初、全然理解できていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る