第7話 二人きりの夜

 その日の夜、ツインはジェミニの家に泊まり支度をしてやってきた。

 ジェミニの母親はツインを見るとジロリと睨んだが何も言わなかった。


「ようこそー」

 部屋に向かうと、ジェミニが笑顔で出迎えた。

「お泊りなんて久しぶりだよね。昔は結構やってたけど」

 いそいそとお茶を入れる。


「色々お喋りしようよ。今夜は寝かせないよー」

 あまり悲観している様子は見せないようにしているようだ。

 まあでも、一応布団は敷いておくねー、とジェミニは支度をする。


「どうした?全然喋らないじゃん」

「あ、ああ、悪い」

 ツインはようやく声を出した。

「何だか、何話そうか考えながら来たら…ちょうど訳わかんねぇ状態になってた」

「普通にしてよーもう」

 ジェミニは口を尖らせる。

「じゃあツイン様をまずは落ち着かせましょうか」

 そう言ってジェミニは空に指で何かを描く。そこに美しい宝石虫が数匹現れた。

「うわぁ」

 ツインは思わず感嘆の声を上げる。

「幻だけどね」

「あの、こういう魔法って封じられたりしなかったんだ。自暴自棄になって何かしでかす可能性とか考えそうだけど」

 ふと疑問をもってツインはたずねる。

「信用されてるんだよ」

 ジェミニは短く答えたが、何かを隠している、とツインは確信していた。しかしジェミニ相手にうまく聞き出す自信も無かったのでそれ以上は何も言わなかった。


 それから二人はお茶を飲みながらいろんな話をした。小さい頃の話、魔女たちへの愚痴、ロミオやリヤ、オセロの事、もっと小さい男子達の事、魔法の事、虫の事、外の世界の事……。他愛もない話だ。

「そういえば、オセロを飛ばせてあげたのか?」

「あー、ううん。約束、破ることになっちゃうね。怒るかな、オセロ」

「怒るよきっと」

 ツインは少し笑って見せる。


 夜も更け、少し眠くなってきた頃、ジェミニは少し小声で尋ねた。

「ツインは、どうなるかな?」

「どうなるって?」

「魔女との性行為。ほとんど勉強してないんでしょ」

「あー…」

 耳が痛い。

「まぁーどうにかなるだろ。何だか俺が全然性行為の勉強してない事は偉い魔女の耳にも入ってるらしいし」

「あんまり無理はさせないよね、多分ベテラン魔女と初めはやらせるのかな」

「別に誰でもいいよ」

 ツインは面倒くさそうに顔を背ける。

「今はあんま考えたくねぇよ。どうせ後から嫌でも考えなきゃならねぇんだし」


 そんな様子のツインを、じーっと黙ってジェミニは見つめる。ジェミニの目線に違和感を感じたツインは慌てて言い訳をする。

「いや、ちゃんとするよ。ちゃんと。ジェミニの分も」

「僕の分も?」

「あ、いや、うんほら」

 何だかジェミニの赤い目が怖い気がした。

「ちゃんと、あの、やるから」

「無理だよ」

 ジェミニはいつの間にか笑顔が消えて無表情になっていた。

「怖いんでしょう?魔女の事が。性行為なんて全然したくないんでしょ」

 ジェミニはツインに顔を近づける。そして手首をぐっと掴んできた。

「あ。な、何だよジェミニ」

「ねえ、ツイン……性行為が気持ちいいモノだって、知らないんでしょ」

「はっ?」


 ふと気づくと、ジェミニに掴まれていた手首が動かない。

「何だよこれ…」

「ちょっと、ね」

 ジェミニは魔法を使うときに動かす指の動作をして見せる。どうやら魔法でジェミニの手首を拘束したようだ。

「は?ちょっとふざけるなよ」

「ふざけてないよ。でもほら、僕はツインより力が無いからさ、抵抗されると負けちゃうからちょっとハンデ」

「いやいやいや、何だよ抵抗とか。最後の夜だろ。変な冗談でケンカとか時間の無駄だ」

「冗談じゃないってば」

 ジェミニはそう言ってツインの身体を軽く押した。油断していたツインは、『念の為』敷いてあった布団に背中から転がった。

 手首を拘束されていたので、すぐに身体を起こせなかった。

「おい、ちょっと本当に……」

「ねぇ、これからのツインの人生、気持ちいい性行為なんてほとんどないと思うよ。僕達が勉強していたのは繁殖の効率的な性行為の方法だったしね」

 ジェミニは転がったままのツインを抑えながら、ごく普通の日常会話でもするように話しだした。ツインは起き上がりたかったが、ジェミニの力が思ったより強くて寝転んたままだ。

「外の世界にはね、繁殖を目的としない性行為も多いんだってさ」

「なんだそれ」

「コミュニケーション目的とか、快楽目的とか、色々あるんだって」

 ジェミニの目に、妖しい赤い光が灯る。


「ねえ少しだけしてみよう。死にゆく僕からの置き土産だよ」


「いやいやいや、ちょっと落ち着けって。何言ってんだよ。意味わかんねぇ」

 ジェミニが冗談だと言ってくれることを期待して、ツインは拘束されている両手でボンボンと暴れた。しかしすぐに抑えられる。

「意外に力強いんだな」

「知らなかった?僕男子だしね」

 ジェミニのセリフに一瞬ツインは目をそらす。たまに女の子みたいだと思っていたことを見透かされたようで居心地が悪かった。


 ジェミニはツインに馬乗りになる。そしてツインの顔を両手で覆い、口吻をしてきた。


「ふっぐっ」

 驚いて思わず声が上がる。

 ツインは顔をそむけて口を離した。

「何、すんだよ!息できないじゃねぇか!」

「え?キスも知らない?」

「さすがに知ってる!愛撫の一種だろ!でも…やった事はねぇし!そもそもお前とやるものじゃねぇ」

「え?どうして?」

「それは…いや、だってお前は」

「僕は何?」

「お前は友達だ。愛撫の必要ない」

「必要ない?」

「そうだ」


 ツインの言葉に、ジェミニは寂しそうに笑った。

「必要とか、必要じゃないとかじゃなくて。嫌だった?」

「嫌だった」

 ツインはキッパリ言った。

「意味がわからない。なあ、早くどけてくれ。そしてこの手首の離せよ」

「嫌」

 ジェミニはそう言うとまた口吻をする。今度はさっきより強い力で顔を押さえつけられた。

「なっ!」

 ツインは抗議の声をあげようと少し口を開けた。その隙間にジェミニの舌が入ってくる。

「おま…」

 ツインは声を上げるのを諦めた。その間にジェミニは何度も舌で口をもてあそぶ。

 しばらくすると、息がうまく出来無いのもあって、ボーッとしてきた。


「かわいい顔」

 ジェミニはようやく口を離し、ボソッと呟く。

「ねぇ、その先してもいい?」

「ふざけるなよ……」

 呼吸がまだ整っていないツインが睨みつける。

「ふざけてないよ?真剣だよ」

 そう言うと、ジェミニはツインを優しく抱きしめる。

「ねぇ、僕はずっとずっとこうしたかった。僕らは二人で一人だから。だから自分の片身を愛してあげたかったんだよ」

「変態」

「そう?ツインだって、少なからずそう思ってくれてると思ってたけど」

 ジェミニは少し意地悪そうな目で見てくる。ツインは目を伏せる。

「……そんなこと」

 無いとは言えないかもしれない。

 けれども、今の状況を受け入れるというのは訳が違う。

「なぁ、わかったから、手首だけでも放してくれよ…」

 ツインは懇願するような声をあげた。どうにかしてこの状況から抜け出したいのだ。

「全部、終わってからね」

 ジェミニは鼻歌でも歌うかのようにツインの身体を優しく触っていく。


 ………

 …そこからはツインにとっては地獄だった。


 ジェミニはツインの身体を全部好きなようにしていく。

 敏感なところをしつこく触ったり、逆に触らせたり。激しくされたり。

 人に触られたこともないようなところに刺激を与えられたり。

 段々と変な気持ちになっていくのに、ツインは耐えられなかった。

 何度もやめてくれと頼んだが、ジェミニは一切聞かない。それどころか更に酷くしていくのだ。

 ツインは快楽を感じてしまった。頭が真っ白になり、意識が一瞬遠のいた。


「どうして、こんなヒデェ事すんだよ……やっぱり俺の事を恨んでるのか」

 ツインはとうとう半泣きになってしまった。ツインの泣き顔に、ジェミニはキョトンとしている。

「恨む?」

「俺が生きて、お前が死ぬから…」

「そんなこと全然ないよ」

「お前は、俺が死ぬなら自分も死ぬって言ってくれたのに、俺はそんなこと出来ないから……」


 ツインはずっと心の中で悩んでいたのだ。

 自分は怖くて、ジェミニの後追いで死ぬなんて出来ない。でも本当は、ジェミニは一緒に死んでくれる事を望んでいるのではないか……。


「ばーか」

 ツインはデコピンされた。


「そんなわけないでしょ。僕はツインには生きてほしいと思っているよ」

 ジェミニはツインの耳元に顔を寄せ、赤い目を光らせて冷たく言った。


「ツインは生きるんだよ。この地獄の一生を」


 ジェミニの冷たい声に、ツインはビクッと身体を震わせた。

 その途端、ジェミニはツインの首に手をかけた。

「ねえ。気持ちよかったでしょう?でももうこの快楽は味わえないね。だって明日からツインは魔女たちの種馬だもん。ただただ業務的に性行為をしていくだけだよ。どうする?こんな気持ちいいの味わっちゃって」

 ジェミニはクスクス笑う。笑いながらツインの首を軽く締める。

「ぐっ……やめ……ろ」

「少しだけこうしたらもっと気持ちよくなるんだってさ。ほらほら」


 一体こいつは誰だ。

 ツインは思った。


 いつもニコニコして、優しくて、甘やかしすぎなあのジェミニは一体どこへ?

 この恐ろしい赤い目の化け物は一体誰だ。


 酸素が足りず朦朧とした頭でそう考えた瞬間、恐ろしいほどの自己嫌悪が襲ってきた。


「……たい…」

「え?何?」

 小さく呟いたツインの声を聞こうと、ジェミニは首から手を離した。


「死にたい」

「……」

「死にたい」


 ツインは何度もうなされるように呟いた。


 ジェミニに裏切られた。


 それとあと一つ……。


 ジェミニが優しいと思っていたのは自分の幻想だったかもしれない。ずっとずっと、ジェミニは本性を隠していたのかもしれない。

 そんなジェミニを化け物だと思ってしまった。

 それが一番の自己嫌悪だ。

 魔女たちがジェミニを化け物扱いしていても、優しいジェミニでも、こんなジェミニでも、自分だけは、自分だけは!ジェミニを化け物だなんて思ったりなんかしないと思っていたのに!

 ツインは自分に絶望した。


 ジェミニはツインのその言葉を聞くと、険しい顔をした。

 そしてツインの耳元に口を近づけて、何かをそっと呟いた。


 ツインは目を丸くすると、そのまま疲れたように静かに目を閉じた。








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