呪われた上司
第9話 むかしむかし・一
むかしむかし、ある所に若いあやかし退治人がいました。
彼はどこぞの童話のお姫様よろしく、雪のように白い肌に黒檀のような艶やかな髪をした見目麗しい青年でした。そんななりをしていたので、昔から生贄の姫君たちに変装して囮になることもしばしばありました。はじめのうちは抵抗感もありましたが、あやかし達が面白いくらい集まってくるため、次第にその役を受け入れるようになりました。
あるとき、彼が属する退治人結社に、お上から直々に仕事の依頼がありました。都で暴れている悪いあやかしを退治しろと言う依頼です。
なんでも、そのあやかしは若い娘を拐っては食べ、食べ残した頭と指の骨を家の前へ置いていくという所業を繰り返しているとのことでした。そんな相手なので当然、囮役が必要になりました。彼はなぜか嫌な予感がしましたが、仲間たちのことを信頼していたので、不安を飲み込んで仕事へ行きました。
その結果、彼は深傷を負い、他の退治人たちは全て殺されてしまいました。
金泥色の目をしたそのあやかしは積み上がった仲間たちの死体の前で、傷口から血を啜りながら彼を凌辱しました。
「お前ほど美味いものはそうそうない。ここで食い尽くしてしまうには惜しい」
あやかしはそう言うと、彼を自分の根城に連れ去りました。
根城についてからまず施されたのは、容姿を変化させる術でした。あやかしは元の姿も気に入っていたようですが、色の薄いほうが好みだということで髪は銀色、瞳は薄灰色、肌は血の気が一切感じられないほど白く変えられました。
次に、身体の回復力を高める術が施されました。
彼の血肉は人を食らうあやかしにとって、とてもとても美味でした。だからより長く味わうために身体を食いちぎっても、血を大量に啜ってもすぐには死なないようにする必要があったのです。
最後に施されたのは、術ではなくもっと単純な調教でした。
あやかしは繰り返し繰り返し、快楽を与えながら彼を食べました。痛みと快感が深く結びつき、自ら進んで身体を差し出すようにするために。
様々な術や調教の結果、彼は虚ろな目で微笑みながらあやかしにすり寄るほどになりました。そんな姿に気をよくしたあやかしは、もともとやかまし……口数が多かったこともあり、いろいろなことを教えてくれました。
この世になぜあやかしが生まれたか、一部の人間やあやかしがなぜ不思議な術を使えるか、あやかしにはどんな種類がいるのか、自分があやかしのなかでどれほど高貴な存在か。そんな話を自慢げに延々と聞かされながら、彼は食われ慰み者にされつづけました。
来る日も、来る日も、来る日も。
そんな日々の中でも、収穫がなにも無いわけではありませんでした。
こいつはもう抵抗するわけがない。そう考えたあやかしは、冗談交じりに自分の殺しかたを彼に教えたのです。
その日のうちに、彼はあやかしを葬りました。
ようやくこの地獄が終わる。
そう安堵したのも束の間でした。
あやかしは塵に還る寸前に、残った全ての力を使って彼に呪いをかけました。
愛する者に殺されない限り、死ぬことも老いることも許さない。そんな呪いです。
高笑いを上げながら塵に還っていくあやかしを彼は呆然と見つめていました。
きっと、自分を追い詰めるための嘘だろう。そう信じようとしましたが、手の甲に見慣れない紋様が刻まれているのに気がつきました。
互いの尾を飲み込む二匹の蛇。
それが永遠を意味する類の呪いだということは、繰り返される日々のなかで聞いた覚えがありました。
彼は途方に暮れましたが、ひとまずあやかしの塵を結社まで持ち帰りました。命からがら辿り着き身に起こったことを説明すると、位の高い退治人たちは頭を抱えました。今まで、こんなことは起きたことがなかったからです。
それからしばらくして、彼は呪いをいかした新しい役目を与えられました。
※※※
「……というのが、私にかけられた呪いのあらましだな。かなり昔の話だから、ところどころ朧げだけどね」
血まみれの貴賓室のなか、藍染の浴衣に着替えたセツがソファーの背もたれに身を預けてへらりと笑った。ジクはその話をうなだれながら黙って聞いていた。
「さて、ここまでで何か質問はあるかな?」
「別に」
ロカが口にしていた「解き方のために利用しようとしている」という意味は、質問などしなくてもすぐに分かった。
「本当か? ほら、どこをどんなふうに調教されたのかだとか、そのときどんなふうに感じたかだとか、聞きたくないのか?」
「そういうの、笑えないからやめて」
「はいはい。さて、質問がないと言うことは」
目の前に浮かぶヘラヘラとした笑顔に、微かな陰がかかる。
「私がジクにして欲しいことも、分かってくれたみたいだな」
「……」
無言でうなずくと、白い手が優しく頬をなでた。その甲には互いを飲み込む蛇の紋様がハッキリと浮かんでいる。
「まあ、急に言われても困る話ではあるし、すぐに結論を出せとは言わないさ」
「……もしもさ、僕には無理だって言ったら、セツは傍からいなくなっちゃうの?」
「んー。今回は、そのつもりはないよ。以前お父さんから、息子のことを頼む、ってお願いされてるから」
「え?」
意外な言葉に、金泥色の目に期待と困惑の色が浮かんだ。
「父さん、から?」
「そう。お前が所属していた救抜衆生会……といっても、所属していたっていう自覚もないか。ともかく、そこを殲滅するって仕事になったときに、シキのところだけじゃ心許ないから結構な総動員になったんだよ」
「ああ、殲滅されたんだ。あの街」
「まあ、合意の有無を問わず人間を連れてきて、
「そうだったんだ」
「ああ。そのときに、なんと言うか手遅れなかんじのお父さんを見つけてな。『行方が分からなくなった息子がいる。あの子はなにも罪を犯していないから、見つけたら保護してほしい』って懇願されて、分かったと答えた」
「……父さんを看取ってくれて、ありがとう」
「気にするな。まあ、そこで『分かった』って答えちゃった以上、お前を保護しようと思っているよ。少なくとも、退治人として独り立ちできるようになるまではね」
それなら、利用価値がなくても傍にいてもらえる。そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれた。
「ただしその場合、こっちはこっちで呪いを解いてくれそうなやつを探し続けるけれど」
「……」
自分以外の誰かに愛を囁き、挙げ句の果て命を奪われる。
そんなことは絶対に受け入れられない。
それでも、拒絶するならば……。
「ちなみにこの呪い、とどめの刺し方について制限はないみたいだ」
薄灰色の目が細められ、薄い唇が弧を描く。
「だから、思うままにしてくれていい」
白く冷たい手が頬を滑り、首筋に移動する。
「私の血肉は美味かったんだろう?」
口の中に甘美な味が蘇り、唾液が溢れ喉が鳴る。
他の誰かの手にかかるならいっそのこと。
そうすると、二度と優しく頭をなでてもらえない。
この味を独り占めしたい。
ずっと傍にいてほしい。
「さあ、ジク。どうしたい?」
様々な思いが交錯するなか、セツが妖艶に微笑む。
「僕、は──」
バタンッ
「──っ!?」
不意に開いた扉の音によって返事は遮られた。
「セツ! ヒナギクがお片づけに来たよ!」
ジクが顔を向けた先では橙色のフンワリとした髪をした子供が、得意げな表情で胸を張っていた。
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