第12話 ゴブリンの影

 新たな宿で共同生活を始めた俺たちは、少しでも多くお金を稼ぐために、いつもと違う依頼を受けた。依頼主であるギレットの町の郊外の農場へとやってきた。しかし内容の説明を受けようとしたのも束の間。悲鳴が農場に響き、俺たちは慌てて悲鳴の主である女性を助けた。どうやら農場の納屋に忍び込んだゴブリンと鉢合わせてしまったようだった。ゴブリンは既に納屋に残っておらず、俺とミラ、マイが中をクリアリングする頃には全て逃げ出した後だった。しかし依頼主であるゲオルグさんは、ゴブリンの増加を防げていないギルドに怒り、馬で町へと向かってしまった。依頼の説明も受けていなかった俺たちは、慌ててゲオルグさんの後を追うのだが?



 俺たち3人は馬で町へ向かったゲオルグさんを追って足早に、ついさっき来た道を戻っていた。

「ったく、何なのよ今日はっ!これで依頼取り消し、報酬ゼロだったらやけ食いしてやるんだからっ!」

「おいやめろってっ!そう言うのフラグになるからっ!」

「か、カイトさんフラグって何ですかっ?」

「悪い事を口にするとね、それが現実になるかもしれないって事っ!そういうのを、『フラグが立つ』って言うのっ!」

「えぇっ!?じゃあ今ミラちゃんは……」

「ばっちりフラグ立てた事になるなっ!」

「えぇっ!?そ、それじゃあ今アタシの言った事が現実に……」

「なるかもしれないから、とりあえずそうならないように祈っててくれっ!」


 なんて会話をしつつギルドへと向かった。俺たちはすぐさまギルドの中に入った。すぐさま俺たち3人はゲオルグさんの姿を探した。しかし受付周りはもちろん、見える範囲にはゲオルグさんの姿は無い。

「い、居ないですねっ」

「まさか入れ違いになってないでしょうねっ?」

「いや、外にゲオルグさんの馬が居たっ。まだギルドに居るはずだが……」


 俺たちは周囲を見回しゲオルグさんを探すが、見つからない。あれだけ怒っていたんだから、ギルドの窓口で騒いでると思ったが違うのか?そう考えていると。

「あっ!ゲオルグさん居ましたっ!」

「ッ!」

 マイが声を荒らげた。そして彼女の指さす方向に目を向けると、奥からゲオルグさんが出てきた。

「いたっ!行くぞ2人ともっ!」

「えぇっ!」

「わわっ!待ってよ2人ともぉっ!」


 俺たちはすぐにゲオルグさんの元に駆け寄った。

「ゲオルグさんっ!」

「んっ、あぁ、君たちか」

「あのっ、さっきは依頼の事を聞きそびれたので追いかけてきたんですがっ!」

「その件なら、悪いが無かった事にしてくれ」

「「えぇっ!?」」

 俺の言葉を制し発せられたゲオルグさんの、ため息交じりの言葉に、俺とミラは思わず声を上げた。それくらい、突然でしかも予想外の言葉だったからだ。


「な、無かった事にって、なんでですかっ!?現にさっき、ゴブリンのせいで従業員の人がっ!」

 このまま依頼を無しにされたら完全な無駄骨だっ。とにかく俺は声を上げた。こっちだって遊びで冒険者やってるんじゃないんだしなっ。はいそうですか、なんて納得できるかっ。

「あぁ。だから、今から農場に戻って皆と相談し、対策を立てなければならない。かといって、ゴブリンから農場を守るために、君たちを何日も雇う程の金は流石に用意出来ないよ。悪いが、そう言うわけであの依頼は無かった事にしてくれ」

「ちょ、ちょっと待っ!」

 そんな一方的にっ!と声を上げようとしたが、遅かった。

「悪いがギルドにも既に話を通してあるから、依頼は正式に取り消しだ」

「「「えっ!?」」」

「それじゃ、失礼するよ」


 そう言うと、ゲオルグさんは突然の依頼取り消しに戸惑い固まっていた俺たちに対し、脇目も振らずギルドを出て行ってしまった。

 

 結局、俺たちが我に返った時には、ゲオルグさんの姿はもうどこにも無かった。で、我に返ってどうなったかと言うと……。


「なんなのよあのオヤジッ!折角私たちが農場まで行った挙句、ゴブリンから従業員助けてやったのにっ!」

「い、いや、ミラちゃん?あれは助けたって言うより、ゴブリンが私たちに気づいて勝手に逃げただけじゃ……」

「どっちも同じようなもんよっ!あ~~も~~!これじゃ完全な無駄足じゃないっ!」


 ものの見事にフラグ回収となった為か、荒れに荒れているミラと、それを宥めようと必死なマイ。まぁ、かく言う俺もため息をつきたい気分だった。


 文字通り、『無駄足』。『骨折り損のくたびれ儲け』って奴だ。かといって、今から別の、いつものゴブリン討伐の依頼を受ける気力も、今の俺には無い。


「なぁどうする?正直今日はもう、何もやる気が起きないんだが?二人はどうだ?」

「奇遇ねっ!アタシもよっ!無性にやけ食いでもしたい気分だわっ!」

「う、わ、私も正直、今日はもう何もやる気が起きない、って言うか……」

 未だに怒り心頭のミラ。マイも気だるげに肩を落としながらそう語った。


「決まりだな。早いが、今日はもう引き上げよう。明日からいつもの依頼で頑張って、金を……」

 と、話をしていた時だった。

「あ、あのっ!」

「ん?」

 不意に声を掛けられた。何だ?と思って振り返ると、そこにはギルド職員の制服を着たお姉さんが立っていた。

「あ、あなた達って、もしかしてさっき出ていったゲオルグさんの依頼を受けた冒険者?」

「え?えぇそうですけど、何か?」

 もしかして依頼のキャンセルについて何か話か?と思ったのだが……。

「じ、実はあなた達と話したいと、ギルドマスターの指示で」

「えっ?ギルドマスターが?」

 想定したのとは異なる言葉に俺は小首を傾げた。



 その後、俺たちはそのお姉さんに案内され、ギルド奥にある、ギルドマスターの部屋に案内された。

「失礼します、ギルドマスター。ゲオルグさんの依頼を受けていた冒険者3名をお連れしました」

「あぁ、ありがとう」

 俺たちが案内された部屋に居たのは、髪と髭は白いが、未だにがっしりとした体つきが特徴的な50代くらいの男性だった。あれがここのギルドマスターか。


 俺たちを案内してきたお姉さんは、ギルドマスターに一礼すると部屋を出ていった。これで残ったのは俺たちとギルマスだけ。


「すまないね、急に呼び出してしまって。あぁ、適当にかけてくれ」

「そ、それじゃあ」

 促されるまま、俺たちは適当なソファに腰を下ろした。

「んで?一体何の用なわけ?こっちは依頼が消えて報酬0で苛立ってるから、とっととやけ食いでもしたい気分なんだけど?」

「ちょっ!?ちょっとミラちゃんっ!」


 棘のあるミラの態度に、隣に座っていたマイがギョッとした表情ですぐにミラを窘めた。しかしミラは唇を尖らせながら『ふんっ』と言ってそっぽを向く。やっぱり苛立ってるなぁミラ。ここは俺が話すしかないか。


「えと、連れがすみません。色々無駄骨だったせいか、苛立ってるみたいで」

「はははっ、まぁそうだろうな。いや、怒っていないから気にしないでくれ」

 俺が小さく頭を下げるが、ギルマスはそう言って気さくな笑みを浮かべてくれた。どうやら怒ってないようだな。それは一安心。


「それで、どうして俺たちはここに呼ばれたんでしょうか?」

「あぁ。実はね、先ほどゲオルグさんがギルドに来て、『ゴブリン討伐はどうなってるんだっ!?』とか、『我々は高い金を町経由で払っているんだっ!』とか、色々抗議だけして、一方的に依頼の取り消しを告げて帰ってしまったんだよ。それでギルドとしては、どういった経緯でそうなったのか詳しく知りたかったんだが、何しろゲオルグさんはあの様子だったからね。聞くに聞けず、という事さ。それで、当事者である君たちに話を聞きたかった、という事だよ」

「そうですか。なら、お話しします」

「助かるよ」


 その後、俺はギルマスに事の次第を説明した。依頼を受けて農場に向かったら、ゴブリンが忍び込んでいた事。人的被害は無かったが、ゴブリンが農場に忍び込んだ事が原因でゲオルグさんは怒ってギルドに向かった事などなど。


「成程」

 俺が一通り説明すると、ギルマスはため息交じりに頷きながら、座っていた椅子に背中を預けるように寄り掛かった。

「詳しい内容は、分かった。しかし君たちも災難だな。依頼を受けて報酬0とは」

「えぇ、まったくねっ」

 ギルマスの言葉にミラが食って掛かる。

「み、ミラちゃんっ」

 それを宥めているマイ。そんな二人を一瞥しつつ、ふと、俺はある事が気になった。


「あの、ギルドマスター」

「ん?なんだ?」

「俺からいくつか聞きたい事があるんですけど、良いですか?」

「なんだ?質問というのは?」


「最近、町に冒険者が増えているのってゴブリンが大量に付近の森で目撃されてるからですよね?」

「あぁ。ゴブリンは新人冒険者が狩る相手としてちょうどいいからな。おかげでそう言った新人や、新人の育成に力を入れている中堅どころの冒険者パーティーなんかが今町に溢れているのが現状だ」

「でも、それじゃあ何十人って冒険者が毎日、それこそ百匹単位でゴブリンを狩りまくってるって言うのに、それでも、今日ゲオルグさんの農場で被害があったように、討伐は追い付いてない。これってつまり、今の冒険者たちの数ですら討伐が追い付かない程のゴブリンが、このギレットの町の、郊外の森に潜んでるって事ですよね?これって、立派な脅威なんじゃないですか?」

「っ」

「……」


 俺の話を聞いていたマイが、脅威という言葉に反応して小さく息を飲み、ミラは無言でギルマスに視線を送っている。数多の冒険者が居て、そいつら全員、ゴブリンを狩りに来ている。それでも狩り切れない程となると、一体どれだけの数のゴブリンがあの森に居るのか、見当もつかない。


 下手をすれば、そいつらが一斉に郊外の農場や、下手をすれば町まで襲ってくる可能性がある。俺としては、その可能性がある以上、ギルド側がこの脅威を知っているのか?知っていて、何か対策を立てているのか、聞いておきたかった。


「ゴブリンが目に見えて増えている今、ギルドはどう対応するつもりなんですか?」

「……君の言う事、脅威という話は、無論我々ギルドも認識している。約一か月ほど前から、ゴブリンの数が増えている事が報告され、最近では更にその数が増してきている、との話も出ている。元々、近日中には偵察や索敵に慣れた冒険者パーティーをギルド側が雇い、森の捜索を行う予定なんだよ」

「そうですか」

 少なくとも、何かしらの異常事態だって事は認識してるらしいが……。


「それで?その後の作戦か何か、あるんですか?」

「いや。詳しい計画はまだだ。だがこれだけの数のゴブリンが確認されている以上、恐らく森のどこかに連中の巣、言わば人で言う村や町のような物が形成されていると、我々ギルドは考えている。今我々ギルドに出来るのは、その探索と発見。そして規模を知る事だ。討伐に関しては、その後だ」

「……そう、ですか」


 ギルドマスターも、ゴブリンの存在自体は警戒しているようだが、俺から言わせてもらえば、まだまだ危機感が薄い、って感じだ。対して俺は、何と言うか嫌な予感がしていた。……まぁ、だからって今ここでそれを話した所で、聞き入れてもらえる可能性は低いだろう。


「さて、質問はもう良いかな?なければ、これで話は終わりだ」

「分かりました。失礼します。行こう、2人とも」

「えぇ」

「は、はいっ、失礼しますっ!」


 俺たちはそう言うと部屋を後にした。

「さて、どうするこの後?予定通り、どっかで飯食って宿戻る?」

「そうですね」

「えぇ。アタシはそれに賛成、なんだけど……」

「ん?なんだよミラ」


 俺の言葉にマイは頷いたのだが、ミラの方は何やら歯切れが悪い。

「カイト、アンタ何か不満そうね?」

「え?なんだよ急に」

「なんだも何も、その表情よ。まるで好きな物を食べ損ねた子供みたいに不機嫌そうって言うか。不満そうな表情浮かべてるからよ」

「うぇ?そ、そんな表情してたか?」

「ばっちりね」


 ミラはそう言って息をついた。俺は思わず自分の頬に手を当ててしまった。と、その時ミラが俺の前に立ち、顔を覗き込んできた。

「っ!」

 美少女であるミラの顔が眼前にあるっ!それに思わず驚き、顔が赤くなるのが分かったっ。ってか近い近いっ!


「何か心配事や不満があるのなら共有しなさいよね。アタシ達は一緒に上を目指す仲間なんだからっ」

「っ!あ、あぁ、そうだったな」

 顔が赤くなるのを自覚していたが、ミラの言葉で我に返った。折角だから、ミラとマイにも話しておこう。


 その後、俺たちはギルドを出て、宿に戻る道を歩いていたのだが、そこで俺は2人に『嫌な予感』や、ギルマスの危機感が薄い態度への不満について話した。


「成程ね。つまりカイトは、ゴブリンの増加が何か悪い事への予兆なんじゃないか?って考えてる訳ね?」

「あぁ。確たる証拠は何もないが、ただでさえゴブリン狙いの冒険者が多い中で、それでも狩り切れない程のゴブリンが森に居るかもしれない、ってのがどうにも不安でさ。第六感、と言えばそれまでなんだが、どうにも嫌な予感がしてな。それにギルドマスターの反応も、強い危機感を持ってるって感じじゃなかったからなぁ。それもあって、どうにも不安が拭えないって所だ」

「そうでしたか。でも、その不安があるとして、カイトさんは何か考えがあるんですか?」


「それなんだがなぁ。俺たちは金を稼ぐためにゴブリンを狩ってるだろ?しかも宿を変えたばかりだから、そっちの支払いも考えると、今までと同等以上にゴブリンを狩るしかない。でも森の奥に大量のゴブリンが居るかも、って考えるとあまり森の深くまで行く事は危険だと思うんだよ」

「そうですね。私としても、未知の脅威がある場所には、ちょっと……」

 マイは俺の話を聞き、不安そうな表情を浮かべながら頷いた。


「じゃあどうするの?今までより森の奥には進まず、浅い所でゴブリンを狩るの?」

「あぁ。その方が安全だろうしな。ギルドも調査するって言ってたし、何か分かれば俺たちにも情報が来るかもしれない。他の冒険者連中と競合する可能性はあるが、俺としては欲を出して危険な目に合う方がごめんだからな」

「そうね。……確かに何があるか分からない以上、森の奥の踏み込むのは危険、か。良いわ。ならアタシもそれで問題なしよ」

「分かった。マイもそれでいいか?」

「はい」


 と、言うわけで2人の同意も得られ、俺たちの、当面の行動方針は決まった。ゴブリン狩りは続けるが、森の奥に何があるか、或いは居るか分からない以上、深追いはしない、って事になった。



 で、その後、昼食を取ってから宿に戻った俺たち。結局、午後は何もやる気が起きない、ってのもあって休む事にした。ミラはベッドでゴロゴロしてるし、マイはテーブルに自分のスコーピオンとルガーMkⅢを置き、それらを分解整備をしている。


 そして俺はそんなマイの傍で、同じようにテーブルに向かいながらも眼前に浮かぶスキル、『兵器工廠』のモニターとにらめっこ状態だった。適当な単語を打ち込んでは検索を掛け、一覧を思念操作でスクロールし、その画面を見つめていた。


 と、そこへ。

「ちょっとカイト。さっきからスキルの見てばっかだけど、何してるの?」

「ん?あ、あぁちょっとな」

 ベッドから降りたミラが俺の傍に近づいてきて、後ろからモニターを覗き込んでいる。

「万が一、ゴブリンの集団とかと遭遇した時のように、何か使えそうな物は無いかって探してたんだよ」

「ふ~ん。でも、これって銃じゃないわよね?何この黒い玉子みたいなの。武器なの?」

 ミラはモニターに映っているそれ、『手榴弾』を指さしながら怪訝そうな表情を浮かべている。


「あぁ、こいつは立派な武器だぞ?手榴弾、って言うんだ」

「しゅりゅう、だん?弾って言うからには銃弾なの?」

「いや、違うぞ。手榴弾って言うのは、人が手で投げる爆弾、あ~。爆発する物だ。こいつの中には大量の火薬が詰まっててな、ここにあるピンとレバーを抜くと、大体5秒くらい時間を置いてから爆発するんだ。そして、爆発すると手榴弾の周囲を覆っている金属が破片となって周囲に飛び散り、敵にダメージを与える、とまぁそんな武器だ」

「聞く分だと、かなり危なそうな武器ですね」

 と、俺がミラに説明していると、マイも話を聞いていたのか、少し苦笑いを浮かべながら話に参加してきた。


「まぁ、かなり危ないな。物にもよるが、最低でも20メートル以上離れないと危ないし、何より投げる方向とかを誤って自分とか味方の足元に転がってきたら、一大事、なんて言葉じゃすまされないくらい危険だ」

「って言うかカイト、もしかしてアンタこれを実戦に使う気?こんな危ないのを?」

 ミラは嫌そうな顔をしていた。まぁ、危ないって聞いたら無理もないな。けど。

「あぁいや。流石に殺傷力のある手榴弾は使うつもりはないよ。俺も手榴弾はまだ使った経験が無いし、森の中だとどこに手榴弾が飛んだか分からなくて危険そうだからな。なので、使うとしたら非殺傷の手榴弾だ」

「非殺傷、というと殺さない手榴弾もあるんですか?」

「あぁ」


 俺はマイの言葉に頷くと、2人に説明を始めた。

「例えば発煙手榴弾。こいつは爆発しないで煙を発生させるだけなんだ」

「煙を?それって意味あるの?」

「まぁな。例えば相手から逃げる時に使って相手の視界を遮るとか。後は煙って結構目立つから、自分の位置を離れた味方に知らせる為とかな」

「「へ~~」」

 いつの間にかミラも椅子に座り、マイも整備の手を止めて俺の話を聞いていた。


「他には、一瞬だけど爆音と閃光を発生させて、一時的に敵の目と耳を潰す閃光手榴弾、なんてのもあるな」

「一時的に相手の目や耳を潰すって、有効なんですか?」

「あぁ。戦場じゃ5秒とまともに身動きが取れないだけで命取りだからな。更に突然目と耳を潰されたらパニックになるだろ?要は相手をパニック状態にして、その隙に逃げたり、取り押さえるための道具が閃光手榴弾の目的なんだよ」

「じゃあ、カイトはその閃光手榴弾、とかってのを持っていくつもりな訳?」

「あぁ。まぁ万が一、ゴブリンの群れから逃げる事になった時のための、いざって時の為にな」


 そう言うと、俺はスキルで閃光手榴弾と発煙手榴弾を一つずつ取り寄せ、それを手にした。いざとなったら、この二つで相手を混乱させ逃げる腹積もりだ。


「まぁ、そう言うわけだから二人とも。明日からまたゴブリン討伐再開だが、油断だけはするなよ?どこにゴブリンの群れが潜んでるか、現状分からないんだからな」

「えぇ、分かってるわよ」

「はい、今まで以上に、油断せずに行きましょう」


 ミラは自信に満ちた笑みを浮かべながら頷き、マイも警戒心からか、堅い表情で頷く。

「あぁ。油断せず、ゴブリンどもを狩るとしよう」

 俺も2人に同意するように、小さく頷きつつも、油断だけは絶対にしてはならないと、改めて脳裏にしっかりと刻み付けた。



 そして翌日。俺たちはギルドで依頼を受け森へと向かった。そしてその入り口、森の手前で足を止める。

「いいか2人とも。昨日話した通り、今の森には通常時よりも大量のゴブリンが出現している」

 俺は話しながらも、MP7のマガジンチェックとチャンバーチェックを行う。そしてその傍で、2人もスコーピオンのマガジンジェックとチャンバーチェックを行っている。スライドを引く、カシャッという軽い音が響く。


「そこで、仮にも40匹以上の群れと遭遇した場合は即座に後退する」

 話を続けながらも、今度はM1911A1をホルスターから取り出し、チャンバーチェックを行う。2人はルガーMkⅢのチェックを行っている。


「森の状況が詳しく分からない以上、深追いと油断は禁物。何か質問は?」

「無いわ。いざとなったら逃げる、って事でしょ?」

「あぁ、命あっての物種だからな。マイはどうだ?」

「いえ、大丈夫です」


 ミラもマイも、既に戦場に居る顔、警戒心を強めた、気を引き締めた表情を浮かべている。この分なら、少なくとも浮ついている、なんて事は無いだろう。


「よし、なら、行こう」

 俺は頷き、森の方へと視線を向けながら、MP7のセイフティを解除する。そしてそれに続くように、ミラとマイのスコーピオンのセイフティが解除され、まるで俺の言葉に返事をするように、『カチッ』という音が小さく聞こえる。


 そして、俺たちは森の中へと踏み込んでいった。


 幸いな事に、比較的森の浅い部分でもゴブリンは居た。ただし数は少なく、精々が5匹程度の群れか、或いは群れから逸れた1匹程度だった。


 そして今も、3匹ほどの群れをこちらが先に見つけた所だ。

「3匹か。1人1匹ね」

 木の陰に隠れつつ様子を伺う俺たち。俺はミラの言葉を聞きながらも、静かに狙いを定めている。

「あぁ。俺は真ん中の奴をやる」

「んじゃ、アタシは右を」

「それじゃあ、私は左のをやります」

「よしっ、タイミングは各自に任せる」

「OK」

「はいっ」


 お互い、1メートルほど距離を取った所でそれぞれ木の影や茂みの影から狙いを定める。そして、最初に撃ったのはミラだ。指切り射撃による疑似バースト射撃。短い銃声と共に放たれた数発が、ゴブリンに命中し、血しぶきが広がる。

『ギッ!?』

『ギギャッ!?』


 それに気づいた残り2匹が驚いて声を上げるが、それだけだ。続く俺とマイの、同じような疑似バースト射撃による銃撃が残り2匹に襲い掛かった。


 そして、あっという間に3匹のゴブリンを撃破した。俺たちは一度周囲の様子を確認し、安全が分かるとすぐに倒したゴブリン3匹に近づく、手早く耳を回収する。


「あ~あ、それにしてもこんなチマチマゴブリンを狩ってたんじゃ目標の数狩るまでどれだけ時間がかかるか分かんないわねっ」

 耳を回収し終えた時、傍に居たミラが少し不機嫌な表情を浮かべながらそうつぶやいた。まぁ、今まではもっと大多数の群れを狩っていたからな。それと比べると耳を集めるのにも時間が掛かるから、愚痴の一つも言いたくなるのも分かる。


「それは分かるけどミラちゃん。何事も安全第一だよっ。どこにどれだけゴブリンが潜んでるか分からないんだしっ」

「うっ、わ、分かってるわよマイ」

 とはいえ、ミラも親友であるマイに正論で窘められては、頷くしかなかった。


「さて、とりあえず耳は回収したし、目標にはまだ遠い。もっとゴブリンを見つけて……」

『……ッ、……ッ!』

「ん?」


 話をしていたその時、不意に何か聞こえたような気がした。俺はすぐに周囲を見回しつつ、MP7を構えた。

「「ッ」」

 そんな俺の姿を見て、何かを察したのかミラとマイもスコーピオンを構えなおしている。


「カイトッ、何か感じたの?」

 すぐさま2人が、互いの死角をカバーするように俺と背中合わせの状態でスコーピオンを構えながら周囲を警戒しだす。そんな中でミラが小さく問いかけてくる。


「あぁ、何か音が聞こえた気がした」

「まさかゴブリンですか?」

「いや。詳しい事は分からない」

 マイの質問に答えつつ、MP7を構えたまま周囲を見回す。と、その時。


 足音のような物が聞こえてきた、かと思うと『ガサガサッ』と音を立てて近くの茂みが揺れ動いた。

「「「ッ!」」」

 咄嗟に、3人とも同じ方向へと銃口を向けつつ、お互い少し距離を取る。敵が出てくれば瞬く間に4.6×30mm弾と32ACP弾で蜂の巣だ。


 しかし出てきたそれは、敵じゃなかった。

「た、助けてくれぇっ!」

「ッ!?冒険者っ!?」

 

 飛び出してきたのは、防具や武具で武装した冒険者4人、つまり同業者だった。それぞれ、剣と盾や弓、大型の斧や槍を装備した男2人と女2人の冒険者パーティーだった。しかし問題なのは、そいつらが顔面蒼白の状態で、酷く何かに怯えている事だったっ。間違いない、ただ事じゃないぞこれはっ!


「た、助けてくれっ!あ、あいつらが追ってくるっ!」

「落ち着けっ!お前ら冒険者だよなっ!?何があったっ!」

「お、俺たち、森の奥へ行ったんだっ、浅い所じゃゴブリンも少ないし、それで、それでっ!」


 話をするリーダーらしい剣士風の男もそうだが、彼らは酷く怯えていた。槍と弓を持った女子の冒険者たちは、得物を持つ手が震え、斧を持ったもう一人の男性冒険者も酷く周囲を警戒している。


 一体何が、そう思った時。


『『『『『『ギギャァァァァァァッ!!!!』』』』』』


「「「ッ!?」」」

 突如として森中に響いた声。それはゴブリンの物だった。だがなんだこの数はっ!?聞こえてくる感じからして、1匹や2匹ではないっ。もっと大量の物だっ。


 と、その時、森の奥から足音がかすかに聞こえてきた。枝葉や草木を踏みしめながら足音がこちらに向かってくる。しかもその音の数からして、10匹程度ではない。もっと、もっと大量だっ!


「こいつは、不味い……っ!」

 俺は直観で判断した。ここにいるのは危険だ、と。


「全員ッ!今すぐ走れぇっ!!!」


 考えた次の瞬間には、俺は叫んだのだった。


     第12話 END

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