第11話 不穏な影・後編
ミラとマイの2人と正式な冒険者パーティーを結成し、ゴブリン狩りで日銭を稼いでいたある日、今まではお互い別々の宿に泊まっていたが、それでは連絡とかが不便という事で、俺たち3人は一緒に泊まれる宿を探した。しかし、郊外の森でゴブリンが大量に発生している事から、それを目的に冒険者が集まり、ギレットの町の宿はどこも満室だった。何とか部屋を取る事が出来たものの、3人部屋が1つだけ。こうして俺は何の因果か彼女達と同棲する事になった。
宿の部屋を取った、翌朝。俺は窓から差し込む光で目を覚ましたのだが……。
「あれ?どこだ、ここ?」
目を覚まし、気だるげに体を起こして伸びをしたのだが、その時の俺はまだ寝ぼけていて、しばし周囲を見回して、ようやく意識がはっきりしてきた。
「あぁ、そうだ。俺、確かミラ達と新しい宿に移ったんだった」
思い出した。部屋が取れなくて、結局3人で同じ部屋に泊まったんだよなぁ。ハァ、女性陣と同衾かぁ。前世で彼女だって居た事無いのに、色々気を付けないとなぁ。
などと思いつつ、ふと手を動かすと、『何か』に当たった。
「ん?」
思わず声が出て、そして嫌な予感がした。もしかしなくてもこの展開は?いやまさかそんなアニメみたいな……。
とりあえずまずは指先を動かして、何かを確認する。うん、堅い物ではない。むしろ柔らかくて、暖かい。……うん俺こんなのベッドに置いた覚えないぞ?
眠気は吹っ飛び、反対にサーッと顔から血の気が引いていくのが分かる。俺はゆっくりと指の先へと目を向けた。そして指先が触れていたのは、何故か俺と同じベッドで寝ているマイの、肩だった。
しばし硬直した俺は……。
『あっっっぶねぇぇぇぇぇっ!!!!胸触ってなかった良かったぁぁぁぁぁぁっ!!!』
マイが何故か俺のベッドに居る事について深く考えず、ただただ、そのことに安堵していた。いやでもホント、これでマイの胸とか触ってしかもそれ彼女に気づかれでもしたらどうなっていた事かっ!ってかマイ大好きなミラが黙ってない気がする。確認のため、もう一度マイの方を確認する。うん、しっかり眠ってるようだ。ミラの方も、うん。まだ寝てるな。よし、気づかれてない。
「ふぅ」
そこまで確認して俺は息をついた。これで一安心。……と思ったのも束の間。ってそういえばなんでマイが俺のベッドで寝てるんだっ!?俺は咄嗟にベッドの傍にあった小さなテーブルの上に目を向けた。そこにホルスターごと置かれたM1911A1があるっ!これがあるって事はここは俺のベッドだっ!うんっ!
俺が間違えてマイのベッドに潜り込んだ訳じゃないのは確かだっ!しかしこの状況、ミラに見られたら不味いっ!ど、どうするかと思ったその時。
「ふ、あ~~~~」
「ッ!?」
や、ヤバいミラが起きたっ!?どうしようどうしようと右往左往している内に、体を起こして伸びをミラがこっちを見たっ!?あぁヤバい終わったっ。
そう思い覚悟を決めていると……。
「ん?なにマイったらまた人のベッドに潜り込んだわけ?」
ミラは怒るでもなく、顔を赤くするでもなく、ただ呆れたような笑みを浮かべながら呟いている。しかし聞こえたぞまたって。
「あ、あのミラさんや?また、ってどういう意味?」
「マイがたまにやるのよ。夜中にトイレとかに起きた後、寝ぼけて他人のベッドに潜り込むの。私なんかこれまで何回やられたか分かったもんじゃないわ」
そう言って笑みを浮かべるミラ。そ、そうだったのか。あ~~びっくりした。
「その様子じゃ、起きてマイが隣に居て滅茶苦茶ビビったじゃない?」
楽しそうに笑みを浮かべているミラ。こいつ他人事だと思いやがって。
「そりゃもう心臓止まるかと思ったよ。むしろ俺の方が寝ぼけてベッド移ったんじゃないかって心配したんだぞこっちは。おかげで起きて秒で眠気が吹っ飛んだのなんの」
「あははっ!傑作っ!アタシが早起きしてたらそのシーン見られたかもしれなかった訳ねっ!あ~損したっ!」
ケラケラと笑うミラ。ったく楽しそうに笑いやがってぇ。なんて思っていると……。
「んみゅぅ?ミラちゃん?ど~したのぉ~?」
どうやら俺たちの会話で起こしてしまったようだ。マイが少し間延びした声と共にむくりと起き上がった。
しかしまだ寝ぼけているのか視点は定まっておらず、振り子のように体が左右に揺れている。
「マイ、あんた昨日の夜カイトのベッドに忍び込んだのよ」
「ふぇ~?そんなはず無いよぉ。だってこのベッドは私の~」
マイは間延びした声で周囲を見回しながらそう主張しているが、不意に俺と目が合うと、『え?』と声を漏らし固まった。
そして数秒し、もう一度、今度は瞼を擦ってからしっかり目を開けて周囲を観察する。そして……。
「ごごご、ごめんなさぁいっ!」
顔を真っ赤にしながら思いっきり叫ぶのだった。
その後、朝起きて、着替えてから朝食を取り、部屋に戻って少し休憩がてら俺は2人に銃の分解と清掃、まぁフィールドストリップ、つまり簡易的な分解清掃について教えていた。
「こういう手入れも必要なのね。銃って」
俺が兵器工廠で取り寄せた清掃用の道具を使ってバレルについた煤などを拭きとっているミラ。
「まぁな。武器の手入れは怠れないさ。剣や弓とかと同じさ」
「で、でもこんな細かいパーツばかりだと無くしそうで怖いですねぇ」
苦笑しつつ、ミラと同じように汚れを取っているマイ。
「まぁその辺も経験だな。幸い、俺のスキルのおかげで費用無しで新しい武器を取り寄せられるから、パーツを無くして組み立て不可能になったら、また新しい銃を取り寄せればいいさ」
なんて言いつつ、俺もMP7の分解整備と、M1911A1も念のため分解して中の様子を確認する。M1911A1の方は実戦じゃ殆ど使わないが、まぁ念には念を入れてな。
で、分解整備を終えて組み立てなおした後の事だ。
「それじゃあ、これからギルドに行っていつも通りゴブリン討伐、行く?」
「あぁ。宿代の事も考えると、今まで以上に出費が増えるからな。数も多めに狩りたいし、早速行くか」
と、俺はミラと話していたのだが。
「あの、ミラちゃんカイトさん。ちょっと良い、かな?」
「ん?どうしたのよマイ。そんなに改まって」
不意にマイが声を上げた。ミラが問いかけ、俺もなんだ?と小首をかしげる。
「実は昨日、ちょっと気になった依頼があってね。今日掲示板に残ってたら確認したいんだけど、良いかな?」
「そりゃまぁ、アタシは構わないけど。カイトは?」
「俺も別に構わないぞ」
別に急いでいる訳でも無いしな。俺はOKを出したしミラの同じようだ。
「ありがとう、2人とも」
って事で、俺たちはいつものヘルメットやらリグやらを装備して宿を出た。真っすぐギルドに向かい、掲示板の前でマイの言っていた依頼を見つけた。
「これ?これがマイの言ってた依頼なの?」
「うん。この前カイトさんが報酬貰ってる間に掲示板を見てた時に見つけたんだ」
「え~っと?」
俺は依頼書の内容に目を向け、ミラとマイに聞かせるように声に出しながら読み上げた。
「『急募。ゴブリン討伐のための冒険者を求む』。場所はギレット郊外の農場。依頼主は、農場の地主か。内容は、最近農場付近に出没するゴブリンの討伐。報酬はゴブリン1匹に付き、小銅貨3枚。ただし最低でも20匹以上のゴブリンを討伐する事。また場合によっては夜警をお願いする可能性あり。その場合は別途報酬を追加します、か。マイ、これを受けてみよう、って事か?」
「はい。これならただゴブリンを狩るより収入も良いですし」
「でも夜警の仕事もあるかも、って事でしょ、これ。まぁその場合も追加で報酬貰えるみたいだけど。でもアタシ達って夜警の経験無いでしょ?大丈夫かしら?」
ミラは小さく眉を顰め、悩んでいるようだ。まぁ無理もない。報酬は確かにいつものゴブリン討伐依頼より良いとはいえ、こっちは夜警をやる事になるかもしれない。初めて、というのは何事にもあるが、初めてという事は分からない事も多く、失敗する可能性もそれだけある。ミラもその辺りを心配しているようだ。
「ねぇ、アンタはどうなの?カイト」
「俺か?確かにマイの言う通り普通の依頼より入りは良いしなぁ。う~ん、まぁ夜警も絶対、って事ではないみたいだし、いっそ『夜警なんてして貰わなくても大丈夫だろう』、って思わせるくらい俺たちがゴブリン狩れば良いんじゃないか?討伐数の下限は設定されているが、上限は設定されてないみたいだしさ」
「それもそうね。んじゃ、この依頼受ける?」
「あぁ。俺はそのつもりだ。ミラとマイは?」
「当然。こうなったらやってやるわよ。ねぇマイ」
「はい。3人で頑張りましょうっ」
決まりだな。やってやる、と言わんばかりのミラと頷くマイ。って事で俺たち3人はこの依頼を受注すると、依頼主が待つ農場へと向かった。
で、その道中。
「あ、2人とも。ちょっと待ってくれ」
「ん?」
「カイトさん?どうしました?」
歩きながら談笑していたのだが、ある事を思い出した俺は足を止め、周囲を見回した。周りに俺たち以外の人影は無いな。これなら大丈夫だろ。
「いやさ、万が一夜警をすることになったらって考えた時、明かりになる物が無いとって思ってさ」
そう言いつつ、俺はいつものようにスキル、兵器工廠のウィンドウを眼前に表示し、そこに『フラッシュライト』、と単語をイメージ入力し、一覧を表示。女性である2人でも持ち運びしやすい、電池式の小型フラッシュライトとそれ用の電池を、予備も含めて取り寄せた。
「カイトさん?それは……?」
「こいつはフラッシュライトって言って、簡単に言うと超便利なたいまつ、って所かな」
そう説明をしつつ電池をセットし、軽くライトがつくかを確認してから1本ずつ2人に渡す。
「へ~~。これは便利ねぇ」
ミラはスイッチを何回か押し、ついては消してを繰り返しつつ感触を確かめている。
「こんな道具もあるんですねぇ」
マイも同じようにマジマジとフラッシュライトを見つめている。
「とりあえず先に渡しておくよ。あって困る物でも無いしな。とりあえず適当にリュックにでも突っ込んでおいてくれ」
「OK」
「はい」
2人は一旦リュックを下ろし、そこにフラッシュライトをしまうと再び背負った。
そして改めて俺たちは目的地である農場へと向かった。農場自体はそこそこ大きい物で、たどり着いた時には大きな畑が広がっていた。
「ここが依頼主の農場ね?」
「結構大きいですねぇ」
「そうだな。って、来たのは良いとして、依頼主はどこだ?」
依頼を受けてきたのだが、話を聞こうにも依頼主がどこにいるのか分からない。
「とりあえず、奥に見えるあの建物に行ってみましょ?」
そう言ってミラが指さしたのは、農地の奥にある大きな建物。
「それもそうだな」
俺は頷き、俺たち3人は奥に見える屋敷に向かった。
幸いな事に、途中で仕事をしている農夫らしいおっちゃんを見かけたので、声をかけて依頼を受けてやってきた冒険者である事を伝え、依頼主である地主がどこにいるか聞いてみた。おっちゃん曰く、この時間なら屋敷か傍の納屋辺りに居るだろう、って事だったので、一言お礼を言って屋敷の方へと向かった。
屋敷の前までやってきた俺たちは、とりあえず屋敷の玄関のドアを軽くノックした。
「すみませ~んっ!誰かいらっしゃいますか~?冒険者ギルドから依頼を受けてきた者なんですが~?」
声を上げ、誰か出てくるのを待ってみる。しばらくすると、扉の向こうから足音がかすかに聞こえてきた。念のために数歩後ろに下がりドアが開くのを待つ。
「おぉっ、よくぞ来てくれたっ」
そう言って俺たちを出迎えたのは、中年のおじさんだった。この人が依頼人、なのかな?
「冒険者ギルドから依頼を受けてきました。カイトと言います。後ろの2人は仲間の、ミラとマイです」
「は、はじめましてっ!」
「……どうも」
初対面、という事もあってか緊張した様子のマイとそっけない返事のミラ。こ、これは俺が対応するしかないなぁ。なんて内心思いつつ、男性の方に向き直る。
「よろしく頼むよ。私はこの農場の地主をしている『ゲオルグ』、という者だ」
「はじめましてゲオルグさん。それで、早速なのですが依頼の内容について、詳しい話をお聞きしてもよろしいですか?」
「あぁ。っと、こんなところではなんだ。どうぞ中へ」
そう言ってゲオルグさんは俺たちを邸宅の中へと招いてくれた。招かれたのなら良いか、という事で。
「それでは、お邪魔しま……」
挨拶をしつつ一歩を踏み出そうとしたその時。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「「「ッ!?」」」
突如聞こえた悲鳴に、俺たち3人はビクッと体を震わせた。
「な、何だっ!?今の悲鳴はっ!?」
目の前のゲオルグさんも聞こえたみたいで慌てて周囲を見回す。俺はというと……。
「2人ともっ!MKⅢを抜けっ!」
「ッ!分かったわっ!」
「はいっ!」
武器を取れ、その言葉の意味を分からない2人ではない。2人はすぐに右足のホルスターからスタームルガーMkⅢを抜き、セイフティを解除しチャンバーチェックを行っている。俺もその傍でM1911A1を抜き、セイフティを解除。チャンバーチェックを行い周囲を見回す。
銃口を下げた状態のまま、周囲を見回す。
「周りに怪しい奴や魔物らしい姿があったらすぐに報告っ!少しでも怪しかったらとにかく教えてくれっ!」
「了解っ!けどどうするのこれからっ!」
「悲鳴の主を探すっ!方向は分かるかっ!?」
「た、確かあっちの方角から聞こえたような……」
マイが左手で指さした方角。そちらには納屋のような物が見えるが……。
「ゲオルグさんっ、あの建物は何ですかっ?」
「あ、あれは納屋ですっ。普段は農機具だったり収穫用の空き箱、後は売り物とは別に、皆の食事用の野菜などを少し保管しているのですが……」
傍に居たゲオルグさんによれば納屋なのは間違いないか。
「どうするの?カイト」
周囲を警戒しつつ、ミラが声だけで問いかけてくる。
「……行ってみよう。もし魔物か何かに襲われていたら事だ。確認に向かう」
「分かったわ」
「はいっ」
ミラとマイが静かに頷く。
「ゲオルグさん。念のため、周囲を警戒しながら付いて来てください」
「わ、分かりましたっ」
緊張した様子で頷くゲオルグさん。申し訳ないとは思うが、ここは彼の農場だ。いざとなったら教えてもらいたい事があるかもしれないしな。
「よしっ、ミラとマイは周囲を警戒しつつ俺に付いて来てくれ。行くぞっ」
俺が合図し、先頭で歩き出した。その右後ろにミラが。左後ろにマイが続く。更にその後ろ、最後尾をゲオルグさんが続く。
銃を構え、四方を警戒しつつ納屋へと近づいていく。
「ゲオルグさんっ、納屋の入り口はどっちです?」
「あ、あの角を曲がった先ですっ!」
ゲオルグさんが指さした方へ俺たちは進んでいく。そして納屋の傍まで来ると、そこからは壁に沿って進んでいく。そして角まで来た所で一度足を止める。
本当なら、こういう場面では安全に角の向こう側を確認できる『コーナーショット』って言うアイテムがあれば良いんだが、贅沢は言ってられない。
「すぅ、はぁ。……よしっ」
俺は一度息を整え、周囲を警戒してからゆっくりと角より体を晒し、段階的に向こう側を確認する。
すると……。
「ッ!一人誰か倒れてるっ!」
納屋の入り口の前で、女性らしい人物が倒れているのが分かったっ。
「えっ!?」
「ど、どうするんですかっ!?」
「保護するっ!ただし周囲への警戒を怠るなよっ!」
逸る気持ちを抑え、俺は周囲を警戒しながら倒れている女性の元へと駆け寄った。
「大丈夫ですかっ!?しっかりっ!」
「う、うぅ」
周囲を警戒しつつ、声を掛けたが生きているようだ。微かに唸り声がした。それに僅かに安堵しつつ、すぐに気持ちを切り替えた。
「マイッ、この人の体を確認して傷が無いかチェックしてくれっ、男の俺じゃむやみに触る訳にも行かないしなっ」
「分かりましたっ!」
俺はマイと変わり、ミラと共に周囲の警戒に移った。マイがホルスターにMkⅢを収め、女性の様子を確認するのを後目に、改めて周囲を見回すが争った形跡や、血痕などは見られない。それに、納屋の入り口は僅かに開かれている。女性はその入り口のすぐ傍で倒れていた。
状況的に、納屋に何か用があって来た所を、何か、或いは誰かと遭遇したのか?その場合、魔物や盗賊なんかが可能性としては高いが……。
などと頭の片隅で考えていたが。
「カイトさん、確認終わりましたっ。気を失ってはいるみたいですが、目立った傷や出血はありません」
「そうか。ありがとうマイ」
彼女の言葉でそちらへの思索を中断した。そして俺は視線をゲオルグさんの方へと向けた。
「ゲオルグさん、この女性は、ここの人ですか?」
「え、えぇ。住み込みで働いている者です。間違いありません」
と、確認を取っていた時だった。
「マチルダッ!マチルダッ!!」
声が聞こえた。見ると畑の方から何人もの男性や女性が走って来る。特に先頭を走る男性は慌てた様子だ。
「ハァ、ハァッ!げ、ゲオルグさんっ!何があったんですかっ!?妻はっ!?」
「だ、大丈夫だリヒトッ!マチルダは大丈夫だっ!それをこちらの冒険者の方々が確認済みだっ!気絶しているだけらしいっ!」
焦燥感に駆られた様子でゲオルグさんに掴みかかったリヒトと呼ばれた男性。妻、って言ってたし、旦那さんか。
「よ、良かった」
ゲオルグさんから説明を聞いた男性は、安堵して力が抜けたのか、その場に崩れるように膝をついた。
それに俺たちも安堵した、その時。不意に納屋の中から『ガタンッ』と何かが倒れるような音が聞こえたっ!?
「「「ッ!!」」」
俺、ミラ、マイの3人は納屋へと目を向け、更に俺とミラは納屋の方へと銃口を向ける。
「カイト、今の音」
「あぁ。俺も聞こえた。……中に何かいるのか?」
「な、なんですってっ!?」
中に何かいる、という言葉にゲオルグさんが反応し、他の人たちも驚き、困惑し、少し怯えていた。
……ここは、俺たち3人の出番かな。
「ゲオルグさん、その倒れている、マチルダさんを頼めますか?俺たちはこれから、納屋の中に入ります」
「ッ!お願い、出来ますか?」
「はいっ」
「ならば、お願いします」
俺たちに頭を下げるゲオルグさん。さて、こうなったらやるしかない。
「ミラ、マイッ。俺たちで納屋の中を探索するぞ」
「えぇ」
「はいっ」
2人が答え、マチルダさんを見ていたマイは立ち上がるルガーMkⅢを抜いた。
「よし、まずは扉の所まで進むぞ」
俺がそう言って銃を構えたまま歩みを進めると、2人も周囲を警戒しながら後に続いた。
そして一旦、少しばかり開いた扉に背中を預け、そこから中を慎重に覗き込んだ。が、中は暗く、ただ入ったのでは動くのも一苦労するだろう。仕方ない。
「2人とも、俺が扉から中を見てるから、その間にフラッシュライトを出せ。中は思ったより暗いぞ」
「OK」
「分かりましたっ」
2人はすぐさまMkⅢをホルスターに戻すとリュックを一旦下ろして中からフラッシュライトを取り出す。
「OKよ、カイト」
「よし、少しだけ扉から中の様子を見ててくれ」
「任せて」
監視をミラと交代し、俺も2人と同じようにフラッシュライトを取り出す。
「OKだミラ」
「そう。で、どうするの?」
「俺が先頭で入る。2人は左右や後ろを警戒しながら付いて来てくれ。あと、フラッシュライトを装備している時の持ち方は、こうだ」
そう言って俺は、左手でフラッシュライトを逆手持ちで握り、左手首の上に銃を握った右手首を重ねて十字を描くように構えた。
「もし万が一敵が居たら、相手の顔にライトを当ててやれ。良い目くらましになる」
「OK」
「はいっ」
さて、ではそろそろ行くとするか。
「相手がどんな奴か分からないからな、木箱の裏とか、少しでも隠れられそうな場所があったら気を付けろ?特にゴブリンは小さいから、色んな場所に隠れている可能性もあるからな」
「分かってるわよ。それより、行くんでしょ?」
「あぁ。フォローを頼む」
2人が俺の言葉に頷く。
「よし。GOッ」
まず、俺が中に入り、素早く周囲をライトで照らし出す。中は事前に聞いていた通り、農具や空き箱が置かれていた。しかし周囲を索敵しても人影や魔物の影は見えない。そこへ、後から続いてミラとマイが入ってきて周囲を見回している。
「……動きは、無いわね」
「あぁ。だがまだ奥がある。それにゲオルグさんに聞いた話だと、野菜を少し保管してるって話だ」
「まさか、それを狙って魔物か何かが?」
「可能性はある。とにかく、奥までクリアリング、しっかり確認していくぞ」
「「えぇ(はい)」」
俺がマイの言葉に答えると、2人は静かに頷いた。
「行くぞ」
俺が歩き出し、2人が左右や後ろなどを警戒しながら進む。今の所、怪しい影は無い。逃げたか?いや、そう判断するのは早計だ。どこかに潜んでいる可能性もある。
慎重に、物陰などを優先的にクリアリングしながら歩みを進めていく。すると。
「ッ、カイト」
「ん?どうしたミラ」
「これ見て」
そう言ってミラがライトで照らし出したのは、野菜の入った木箱だ。だが……。
「こいつは……」
その木箱の周囲には、齧られた野菜がいくつか転がっていた。しかもよく見ると唾液のような物が付着していた。
「……ついさっき齧られたみたいだな」
「えぇ」
しかし、野菜を生で食べるなんて。人間の仕業とは思えないな。ゴブリンか、或いは野生動物か。何かほかに証拠になりそうなものは無いか、とライトで地面を照らしながら周囲を見回すと。
「ん?こいつは……」
地面に僅かに残った足跡を見つけた。
「カイトさん?どうしました?」
「足跡を見つけた。……おそらくゴブリンのだな」
連中の足跡は討伐依頼を受ける過程で何度も見てきた。特徴的な4本指の足跡だ。もう何度見たか忘れたくらいだ。
「じゃあ、さっきの女の人は、ゴブリンを見たんでしょうか?」
「……何らかの理由で納屋に来た所を、飛び出してきたゴブリンと鉢合わせ、ショックで気を失った、って可能性もあるが。だとしたらさっきの物音の正体が説明できない。とにかく奥まで徹底的に探すぞ」
「は、はいっ」
とにかく音の正体がゴブリンだったとしても、潜伏されてまた人が襲われでもしたら事だ。とにかく、俺たちは徹底的に暗い納屋の中をクリアリングした。
そして……。
「ッ!カイトさんミラちゃんっ!」
「んっ?どうしたマイッ」
周囲を警戒していると、マイが何かに気づいたようだ。俺とミラがそちらに駆け寄ると……。
「見てくださいこれっ、壁板の一部が壊されてますっ」
「ッ、ホントね」
マイのライトが照らした所、そこは壁板の一部が、中から外に向かって破壊されていた。しかも開いた穴の一部にゴブリンの物らしい、奴らがいつも身に付けているみすぼらしい腰布の一部が引っ掛かっていた。
「これは一体、どういうことでしょうか?」
「……状況的に見て、恐らく納屋に侵入したゴブリンは複数居たんだろう。その一部が、恐らく入り口から逃げてさっきのマチルダさんと遭遇したんだ。しかし逃げ遅れた奴が居て、どうしようか迷っている内に、入り口前には俺たちが集まって、入り口からは出られなくなった。やむを得ず、何とか壁板の一部を壊して逃げた、って所だろうが。……念のためもう一度内部を徹底的にクリアリング、索敵して大丈夫そうならゲオルグさんに報告だ」
「OK」
「分かりました」
その後、納屋の中を十分に調べたが、ゴブリンの痕跡こそあれど、ゴブリンそのものを発見することは出来ず、俺たちは納屋を後にした。
そしてゲオルグさんに中の様子として、ゴブリンの足跡や破壊された壁板などの状況から、ゴブリンが侵入していた可能性を伝えた。更に先ほど気を失っていたマチルダさんも目を覚まし、悲鳴の原因を説明してくれた。
農夫たち全員分の昼食の用意を、同じ職場、つまり農場で働く奥様達と一緒に準備していたマチルダさんだったが、食材の野菜が足りずこちらへ取りに来た所、納屋から飛び出してきたゴブリンを見て、悲鳴を上げ気絶してしまった、という事らしい。
「そうか。しかしゴブリンなどっ!ギルドは全く何をやっているのだっ!ゴブリン討伐の報酬はギレットの町や周囲に住まう者たちの税から払われているというのにっ!」
ん?ゴブリン討伐の報酬が、町民の税金から払われてる、って?
「あ、あの。今のお話って、どういう事でしょうか?」
俺は恐る恐るゲオルグさんに問いかけた。
「どうも何もっ!本来ゴブリンの討伐とは、ギレットの町が冒険者ギルドに依頼を出し、その報酬はギレットの町に我々が収めた税で賄われているのですっ!つまり報酬を支払っているのは我々のような物なのですよっ!だというのに最近ではゴブリンが数多く目撃されている始末っ!おかげで我々はゴブリンの被害を受けているっ!あぁこうしてはいられないっ!皆っ!すまないが午後の作業は頼むっ!」
「げ、ゲオルグさんっ!?どちらへっ!」
「私はギルドへ行ってくるっ!ギルドの無能連中の尻を蹴り上げてやるっ!」
怒り心頭、と言った様子でゲオルグさんは厩舎から馬を用意するとそのまま町に行ってしまった。俺たちはゲオルグさんと農夫さん達のやり取りを見守っていたのだが……。
「あれ?これって、依頼とかどうなるんでしょう?私たちあの人から何も聞いてない、ですよね?」
「「あっ!?」」
馬に乗り農場を出ていくゲオルグさんを見送った直後、マイの言葉で俺とミラは思わず声を上げてしまった。
「ど、どうするのよカイトッ!」
「と、とりあえずゲオルグさんを追うぞっ!依頼主はあの人だからなっ!」
俺たちは、農夫さん達に一度ゲオルグさんを追いかける事を伝えると農場を後にした。
だが、そんな中で俺にはある疑問があった。
最近、ギレットの町にはゴブリンを狩るために冒険者たちが集中している。なのに、それでもなお今回みたいに農場とかまで被害が出る程、ゴブリンが大量に目撃されているという事。
それってつまり、冒険者が狩り切れない程大量のゴブリンが、森に潜んでるって事か?
そう考えた瞬間、何故か一瞬背筋が震えた気がした。……嫌な予感、って奴なのか?これが。
これから何か起こるのではないか?ふとそんな、嫌な予感が俺の脳裏をよぎった。
「ほらカイトッ!急ぐわよっ!」
「あ、あぁっ!」
その時、前を足早に歩くミラに急かされ俺は我に返って足を速めた。
ただそれでも、この先何かあるのではないか?という不安は、俺の頭の片隅に残り続けた。
第11話 END
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