第2章 ゴブリン騒動
第10話 不穏な影・前編
俺はミラとマイに、サブマシンガンであるVz61、通称スコーピオンとハンドガン、スタームルガーMkⅢを与えた。新たな武器にも彼女らはすぐ慣れた。パーティーも正式に決まり、依頼から戻ったのも束の間。以前ミラと揉めた連中とギルドで遭遇してしまう。しかしミラは彼女らの挑発に乗らず、事なきを得た。そして俺たち3人での旅が正式に始まった。
俺がミラとマイの2人と正式にパーティーを組んで、ゴブリン討伐の依頼で日銭を稼ぐ日々が始まって、約1週間。
今、俺たちはいつものように依頼で森に来ていた。そして今まさに、茂みの影からこちらに向かって歩いてくるゴブリンの群れに対して、静かに銃口を向けていた。
「来たな。もう少し引き付けてから一斉射撃で倒すぞ。2人とも、準備は?」
「OKよ」
「こちらも大丈夫です」
問いかけるとミラ、続いてマイが返事を返してきた。チラリと2人の様子を見るが、2人も俺と同じように銃口をゴブリンどもに向けていた。
ピッタリと銃口の狙いを定め、後は引き金を引くだけ。そして何も知らないゴブリンどもが俺たちのキルゾーンに足を踏み入れた瞬間。
「ってぇっ!!」
俺の怒号が響いた直後、無数の銃声が放たれ、そしてゴブリンどもの悲鳴が銃声混じりに森へと響いた。
「っと、こんなもんかなぁ」
あっという間にゴブリンどもを討伐した俺たちはすぐさま耳をナイフで切断し回収していく。俺が耳を回収している傍では、スコーピオンを構えたミラとマイが周囲を警戒している。
チラリ、と2人の様子を伺う。今までの2人の装備は銃に加えてヘッドセットにリュック、チェストリグだけの装備だったが、今はちょっとプラスして、肘当てや膝当て、ナックルガード付きのコンバットグローブ。両腕前腕部と、両足脛部分には軍用のアームガードとレッグガードを装備。頭にはヘッドセットに加えて軍用のヘルメットも装備しヘッドショット対策はばっちり。ちなみに今の俺も彼女達と同じような恰好をしている。
町中ではまぁまぁ目立つ格好だが、命を守るためだ。……若干マイはまだこの格好で町を出歩くのは恥ずかしいみたいだが。
それと武装だが、彼女達の場合、手にはスコーピオン。右足のレッグホルスターにはスタームルガーMkⅢを収めている。また、リグにナイフケースも装備。俺を含めて3人とも同じ型の軍用のサバイバルナイフを装備している。
と、これだけ装備を揃えても掛かった費用は無し。全く『兵器工廠』さまさまだぜホントに。
「ちょっと~。まだ~?」
「あぁ悪い。耳の回収終わったぜ」
ふと考え事をしていた所に聞こえたミラの声。それに答えて、回収した耳を布で包んでポーチにしまうと立ち上がった。
「ん~~。今日も大量ね~~」
俺が立ち上がると、ミラがぐい~~っと背中を伸ばす。
「この後はどうする?とりあえず目標数の耳はゲットしたが、弾にも時間にも余裕あるし。まだやれるが?」
「う~ん、ここ数日は依頼を受けてばっかりだし、流石にちょっと休みたいわね~。マイはどう?」
「わ、私もちょっと休みたいな~」
確かに、2人の言う通りここ数日は依頼をこなしてばかりだったな。
「んじゃ、速めに戻ってとっとと報酬貰うか。ついでに明日は休みにするか」
「そうね。アタシは賛成」
「はい、私もです」
満場一致、という事で今日の依頼はここまで。後は戻って報告して報酬を貰えば今日の仕事はおしまい。ついでに明日は休みだ。
その後、俺たちは森を出て特に問題も無くギルドへと戻った。幸い早めに戻って来たので、ギルドはまだ混みだす前だった。すぐに報酬を貰い、これで今日はおしまい。
「さぁて。んじゃ、今日はこれで終わりだな」
ギルドを出てその入り口近くで俺は2人と話していた。
「そうね。それじゃあ明日は休み。明後日の朝、いつも通りギルド前に集合で良いかしら?」
「おう、大丈夫だぞ」
と、ミラと話をしていたのだが、ふと気づいた。マイが何やら考え込んでいるようだった。
「マイ?どうした?」
「あっ、な、何でしょうっ?」
「いや、なんか考え込んでるみたいに見えたからさ。何か悩み事?良ければ相談に乗るけど?」
「あ、えぇっと。実は少し考えていた事がありまして」
「そうなの?良かったら聞かせてよ。アタシ達は仲間でしょ?」
「う、うん。じゃあ」
そう前置きをし、マイは話し始めた。
「今は、私とミラちゃん、カイトさんは別々の宿を取ってるでしょ?でもそれじゃあ色々不便かなぁって思って。連絡とかもそうだし、弾が少なくなったら、次の日カイトさんにわざわざ持ってきてもらって人目のない所で受け取ったり」
「あぁ、まぁそうだなぁ」
「そうねぇ」
マイの言葉に俺もミラも頷く。
「それでね、考えたんだけど。もう正式にパーティーも組んだし、いっそのこと同じ宿で部屋を取るのとか、どうかな?」
「あ~、成程」
確かにもう正式にパーティーを組んだ以上、その方が合理的、か。じゃないと事前の連絡とかいろいろ面倒だしなぁ。……ただ。
「ミラはどうだ?お前はマイの提案に賛成か?」
「アタシ?アタシは別に良いけど。逆にカイトはどうなのよ?」
「俺はまぁ、構わないかなぁ。確かにもう俺たち3人で正式にパーティーを組んだ訳だし、確かにこのままだと不便な事も多いし」
俺はミラにそう説明すると、改めてマイにも視線を向けた。
「それで確認なんだけど、男女別で同じ宿に部屋を2つ借りる、って事で良いんだよな?」
「はい、私はそれで大丈夫です」
「アタシもよ」
2人とも静かに頷く。よし、それじゃあ。
「なら、明日はのんびり新しい宿を探すか?今日はもうお互いの宿に戻って休んでさ。明日の朝、またギルド前で合流してさ」
「そうね。アタシはその案に賛成」
「私も」
「よし、決まりだな」
こうして俺たちは新しい宿を探す事にして、今日は分かれた。適当な所で夕食を済ませ、宿に戻った俺は、改めて自分の部屋を見回した。
短い間だったが、こことも今日で最後か。そう思うと感慨深い物があった。でも、これもまぁ旅の醍醐味だ。色んな場所を旅して、色んな所で生活して。それが冒険者だ。
さぁて、明日はどんな宿を見つけられるやら。少しの寂しさと、どんな宿を見つけられるかという期待を覚えながら、俺は眠りについた。
翌朝、俺は宿のおばちゃんに世話になった事への感謝を告げて、部屋の鍵を返した。
「そうかい、まぁ、今後も気を付けてやるこったね」
「はい。お世話になりました」
そう言って一礼をし、荷物を持って宿を出た。しかし宿を出た時やギルドに向かうまでの間、宿が軒を連ねる通りを歩いていたんだけど。
『なんか、最近冒険者増えてきたよな~~』
と、ふと思っていた。
あの安宿で世話になった期間はそう長くはないけど、最近あの宿で新規の客をそこそこ見かけていた。それに外を歩くと、以前よりもすれ違う冒険者の数が増えているのが目に見えて分かった。
なぜ最近冒険者が増えてきているのだろう?と疑問に思いつつも、まぁ今は関係ないか、と自分に言い聞かせ、俺はミラ、マイと合流するためにギルドへ向かった。
で、ギルドに付いたが二人の姿は無し。仕方なく入り口近くでしばらく待っていると。
「おはようカイト」
「おはようございます、カイトさん」
「あぁ、おはよう2人とも」
俺と同じようにリュックを背負った2人と合流した。ちなみに今日は依頼ではないので、2人とも防具やリグは外していて、右足にホルスターとルガーMKⅢだけ装備していた。まぁ、俺も同じく防具とかは無し。ただ右足のレッグホルスターにM1911A1だけ装備しているので2人と同じようなもんだ。
「さて、それじゃあ今日1日、のんびり宿探しと行こうか」
「そうね」
「はい」
こうして、俺たちの新たな宿探しが始まった。まずは宿がある一角に向かうんだけど……。
「ねぇカイト。アンタどういう宿が良いとかって考えてきたの?」
「俺?いや、別にこれと言って考えて来てはねぇなぁ。まぁ精々、前の宿より少しは良さげな所があればそれでいい、くらいか?って言うか、宿なんて早々違いがあるもんでもないしなぁ」
「まぁそれもそうねぇ」
俺の言葉に、ミラが頷く。
「マイもそんな感じで良いの?特にこういう宿が良い、とかってある?」
「ううん。私もそういうのは無いかなぁ。私はただ、カイトさんやミラちゃんと一緒に居られればそれでいいから」
そう言って笑みを浮かべるマイ。
「それじゃあ特に希望条件がある訳でもないし、適当に探すか」
「そうね」
「はい」
こうして俺たちは新たな宿を探すため、とりあえず見つけた宿に入って部屋があるか聞いてみる事に。
最初は、新人冒険者にはちょっとお高めな感じの宿屋を見つけて入ってみた。受付に居た俺らと同い年くらいの、男性従業員らしい人に俺が声を掛けたんだけど。
「え?部屋はいっぱい?」
「はい。すみません。ウチの宿はもうお客さんでいっぱいで。新規のお客さんはお断りしてるんです。食事の提供くらいなら出来るんですが」
「そうですか」
「なら仕方ないわね。次行きましょ」
「そうだな」
ミラの言葉に頷き、俺たちは宿を出た。
「残念でしたね。よさそうな宿だったのに」
「そうだなぁ」
「まぁ最初なんてこんなもんよ。良いから次、行きましょ」
部屋に空きが無いのなら仕方ない。と軽い気持ちで俺たちは宿を出た。そこから歩いて数分、2件目の宿の、受付のおばちゃんに声を掛けたのだけど。
「えっ?ここもいっぱい?」
「そうなのよぉ。なんでか知らないけど、最近冒険者のお客さん多くてねぇ。今の所、部屋が空く予定も無いのよぉ」
「そ、そうですかぁ」
話を聞き、チラリと後ろの2人に目を向けると。2人とも首を左右に振った。やめておこう、って事かな。
「どうもすみません。失礼しました」
「ごめんなさいね~」
仕方なく俺たちは2件目の宿を出た。
「運が無いなぁ。ここもいっぱいかぁ」
「仕方ないですよ。そういう時もありますって」
気だるげに息をつく俺を気遣ってくれるマイ。
「ほら次行くわよ。こういうのは数よ数。何軒も回ってればそのうち空いてる所があるわよ」
「あぁ」
そう言って急かすミラの言葉に頷きながら俺たちは歩き出した。
だが、2度ある事は3度ある、ということわざがある通り、どこもかしこも、部屋がいっぱいだった。
「も~~~!一体どうなってるのよっ!?なんでどこもかしこも満室な訳っ!?」
「み、ミラちゃん落ち着いてっ」
いい加減、ミラの怒りが溜まって来たようだ。どこもかしこも空振りだったせいか、イライラしていたようだが。しかし無理もないし、俺も少し歩き疲れた。折角の休みに何軒も宿を探して歩いているのはキツイ。
ここは……。
「なぁ、少し遅いが昼休憩しないか?飯でも食いながら今後の相談しようぜ?な?」
「そ、そうですね。ミラちゃんもそれでいいでしょ?ねっ?」
「……仕方ないわね」
もう太陽の位置が高い。それに腹も減って来た。腹が減ると考えもまとまらない。とりあえず昼飯でも食いながら今後の事を考えよう、という事で俺たちは比較的空いている飯屋に入り、適当な注文を頼んだ。
「ハァ、お腹空いたわねぇ」
「そうだねぇ。散々歩いたもんねぇ」
気だるげに息をつくミラにマイも同意して頷いている。
「ねぇカイト。この後はどうするの?」
「そうだなぁ。正直、今まではあまり料金の高い宿は避けてきたが、こうなったら仕方ない。料金の上限をもう少し上げて探してみようぜ」
「具体的には、どれくらい?」
「そうだなぁ。今まで俺が使ってた宿は2週間で大銅貨1枚なんだが、ミラ達の方は?」
「同じよ。2週間で大銅貨1枚。まぁ新人冒険者向けの安宿ならそれくらいが妥当な所でしょうね」
「そうか。ならとりあえず、上限を2週間で大銅貨3枚から6枚くらいと考えよう。今の俺たちなら、日にゴブリンを20匹以上は狩ってるんだ。つまり1日の報酬は最低でも大銅貨3枚は下らない。宿賃が上がるのは正直痛いが、野宿よりはましだ。それに2人も銃には慣れてきたし、今のスコーピオンなら弾幕射撃も出来る。1日に狩るゴブリンの数を増やせば問題ないんだが、どうだ?」
「アタシはカイトに賛成。アタシも野宿は嫌だし、出るお金が増えるのならその分稼げばいいし。幸いそのための装備はもうあるし、カイトの力のおかげで武器関係にお金をかける必要も無いし」
「私も賛成です。私も野宿は嫌ですし」
「決まりだな」
これでとりあえず、今後の方針は決まった。と、丁度そこに頼んでいた料理が運ばれてきた。
「はい、おまちどおさま」
「あぁありがとう」
俺がそう言って料理の皿を受け取っていた時。
「あ~あ~。にしても、なんでどこの宿も満室なのよぉ」
気だるげにミラがそうつぶやいた。
「仕方ないよミラちゃん。なんでか分からないけど、最近町に冒険者が増えて来てるみたいだし」
そう言ってミラを宥めるマイ。と、その時。
「あれ?お客さん知らないの?」
「「「え?」」」
料理を運んできたウェイトレスの女の子が声をかけてきた。
「知らないって、何が?」
「最近、町にあっちこっちから新人冒険者が集まってきてる理由よ」
俺が問いかけると、彼女はそう言って話を始めた。
「よく来る冒険者に聞いたんだけどさ。何でも、郊外の森にゴブリンが大量に出てるらしくて、それ目当てに集まってるみたいね。ゴブリンが少ない所じゃ、むしろ冒険者同士でゴブリンを狩るのに競争状態らしいし」
「成程」
新人冒険者の依頼の中で、一番稼ぎが良いのはゴブリン討伐だろう。狩ったゴブリンの分だけ報酬が貰えるし、ゴブリンは数が多い魔物だ。が、だからと言って一つの所に同じ目的の冒険者が集まり過ぎると、ゴブリンの絶対数が少なくなって報酬にありつけない冒険者が出てくる。
早い話、需要と供給みたいなもんだな、なんて思っていると。
「へへへっ♪」
何やらウェイトレスが俺の方に右手を差し出し、笑みを浮かべている。数秒、呆然とその手を見ていたが、やがてハッとなった。
「ちゃっかりしてるなぁ」
そして俺は苦笑しながら情報料として、小銅貨数枚を渡した。
「まいどど~もっ!」
ほくほく顔で戻っていくウェイトレスの彼女に苦笑しつつ、俺はミラとマイの方に向き直った。
「成程。ゴブリンの大量発生ねぇ」
「確かに、最近は森で頻繁に出くわすよね」
納得した様子のミラと、そういえば、と言わんばかりの表情のマイ。
「まぁそのことは良いよ。問題は宿だ。とにかく、飯を食ったら空いてる部屋がある宿を探そう」
「そうね。急がないと他の連中に取られちゃうかもしれないし」
「分かりました」
という事で、俺たちは飯を食うとすぐに宿探しを再開した。料金の幅も変え、この際少し高くても良いからとあちこち探し回った。
そして、もう二桁を越えて訪れた宿が15件は超えた頃だった。ある宿を訪れ、受付に居た俺らと同世代くらいの男の子に声を掛けた。そして。
「部屋ですか?でしたら確か空きがありますよ?」
「えっ!マジですかっ!」
散々歩き回って足も疲れてきたころ、訪れた宿でようやく部屋の空きがあるとの事だったっ。もう何度その言葉を聞きたいと思った事かっ!
と、俺が静かに喜んでいると……。
「ねぇ、それってアタシ達3人全員泊まれるの?空きがあっても3人全員泊まれないと意味が無いんだけど?」
「えぇっと、少しお待ちください」
受付に居た男の子は近くの戸棚の引き出しから台帳らしき物を取り出した。それをペラペラとめくり、何かを確認しているようだったが……。
「あっ」
んっ!?今この人『あっ』って言ったよなっ!?言ったよなっ!?もしかしなくても何かトラブルかっ!?
「あ、あの。どうかしました?」
思わず気になってしまい、スルーしても良かったのだが問いかけてしまった。
「え、あ、え、え~っとですね。実はちょっと問題というか、その~~」
彼は戸惑った様子で視線が泳ぎ、言葉の歯切れが悪い。
「何よ問題って。説明してみなさいよ?」
「え、え~っとですね。皆様方3人でお泊りになれる部屋は、あるにはあるのですが……」
「ですが?何?」
いい加減歩き疲れてイライラしていたのか、ミラの言葉に小さく棘を感じる。まぁ、気持ちは分からなんでもないが。
「実はそのぉ。残っているお部屋が、3人用のお部屋が一つだけでして。それしかご用意できないのです、はい」
おずおずと、少し委縮した様子で呟いた彼。次の瞬間。
「「はぁっ!?」」
「うぇぇぇっ!?」
俺とミラが異口同音の叫びをあげ、マイもマイで顔を真っ赤にして叫んでいる。
「ちょちょちょっ!?つまりなんですかっ!?俺たち3人で一つ屋根の下同衾しろとっ!?」
「ま、まぁ、そうなりますねぇ。当宿でお泊りになるのでしたら」
「マジかよ~~」
思わぬ事態に俺は息をついた。
「2人は、どうする?」
「どうするって、い、いくらパーティーメンバーだからって年頃の男と女が同じ部屋に止まるのは不味いでしょっ!?」
「そ、そうですよカイトさんっ!た、確かにカイトさんの事は信頼してますけどっ!流石にまだっ!そそ、そういうのは早いと思いますぅっ!」
2人とも顔を真っ赤にしながら早口でそうまくし立ててきた。でも実際その通りだっ!俺だって同世代の女子と同衾した事なんて無いしいくら仲間だからっていきなりは不味いっ!それは分かってるっ!分かっているのだがっ!
「な、なぁ君。この辺りで他に空き部屋がありそうな宿って、あるかな?」
「う~ん、無いと思いますよ?確かどこの宿もいっぱいとの事でしたし。あと空きがあるとしたら、貴族とか金持ちの商人、後は高ランク冒険者向けの高級宿でしょうねぇ」
「じゃあ、この宿と同じくらいの値段の宿で、部屋を二つ取るのは難しいかな?」
「難しいと思いますよ」
「そうかぁ」
彼の話を聞く限りだと、これ以上歩き回って別の宿で空き部屋を見つけるのは難しいだろう。……仕方ない、2人を説得できるかやってみよう。もう、正直疲れた。
「なぁ、2人とも。もちろん2人は嫌かもしれないが、こうは考えられないか?『ここを逃したら後が無い』って感じでさ」
「う、そ、そりゃぁ分かるけど。でもねぇ」
「そうですよ。いくらなんでも3人同じ部屋なんて。い、嫌という訳ではないですけど、緊張すると言うか……」
「そうそう」
ミラはマイの言葉に頷く。
「うん、2人の言い分も分かる。俺だって同世代の異性と一緒に生活した経験なんて無い。けどここがダメだった場合、他に部屋を取れる宿があるか分からないぞ?今日何件宿を巡ったか覚えてるか?」
「……10件より先はもう数えてないわ」
気だるげに呟くミラ。
「お互い緊張してるのは分かる。でも宿が取れなかったら野宿だぞ?それでもいいのか?」
「「うっ」」
野宿、という単語に2人とも嫌そうに眉を顰めながら唸った。
「う~~~~~~ん。………あ~~~もうっ!仕方ないっ!私はこの宿で良いっ!」
「ミラちゃんっ!?良いのっ!?」
「良くはないけどアタシだって野宿は嫌よっ!折角町に居るのになんで野宿しなきゃいけないのよっ!」
「そ、それはそうだけどぉ」
半分キレてるミラの言葉に涙目でそう返すマイ。やがて……。
「う、うぅ、わ、分かりましたぁっ!私もここで良いですぅっ!」
って事で、若干の不満はあるが、宿なしは嫌だという3人全会一致の意見もあり、俺たちはこの宿の部屋を取る事になった。
受付でとりあえず1週間分の料金を払い、鍵を受け取ると俺たちは3人用の部屋へと案内された。
案内された部屋にはベッドが3つ。荷物をしまったりするクローゼットが3つ。それに部屋の一角には丸形テーブルが置かれそれを囲むように置かれた椅子がこれまた3つ。
「それでは、ごゆっくり~」
そう言って案内してくれたさっきの子はドアを閉めて戻って行った。さて、今日から俺たち3人はここで暮らす事になったんだけど……
「「………」」
ミラとマイが無言のまま顔を真っ赤にしていた。無理もない、ってか俺も緊張で心臓がうるさい。
「な、なぁ2人とも。一応説明しておくが、この宿は繋ぎだ。他の宿が空いてたらそっちに移る。それまでの繋ぎって事で、良いかな?」
「わ、分かってるわよっ」
「は、はいっ」
俺の説明を聞きながらも、未だに顔が赤い2人。
それから俺たちは、とりあえず色々決め事をした。万が一にも間違いが起きないようにするためだ。そして一通り決め事をして、宿の食堂で提供された夕食で腹を満たした後。俺は1人外をぶらついていた。
理由は簡単。女性陣が宿からお湯を貰って湯浴み、まぁ簡単に言えば体を洗っているのだ。なので外でも散歩してきなさいっ!とミラに追い出されたのだ。なので適当に宿の周囲をぶらついていた。
「クッソ~~!ここもダメかぁっ!」
「なんでどこも満室なんだよ畜生~」
ふと、俺たちが泊まってるのとは別の宿屋の入り口から出てくる冒険者二人組。俺たちももしあの部屋を取ってなかったらあぁなってたのか。なんて思いながらトボトボ歩いて行く二人の背中を見送った。
それから更に数分ほど歩いた後、宿に戻った。もう終わってるだろうか?と思いつつ部屋のドアをノックした。
「は、はい?」
「俺だ。カイトだ。えと、もう大丈夫か?」
聞こえてきたマイの声に答えると、『今開けますね』と返事が返って来た。数秒してマイがドアを開けたのだが……。
「お、おかえりなさい」
出迎えてくれたマイは、普段着とは違う部屋着らしい薄着を着て、頬を赤らめていた。それが何て言うかヤバいっ!色気というかなんというかっ!
「あ、あぁただいま」
そのことに内心びっくりしつつも何とかいつも通りの自分を演じる。
そして部屋の中に入ると、ミラもまた、顔を赤くしながら普段着とは違う薄着姿だった。そして不機嫌そうに口を横一文字で結び、明後日の方を向いている。
「……おかえり」
「あ、あぁ。ただいま」
それでも小さくそう言ってくれるのはありがたい。が、俺も俺で、早速2人と同じ屋根の下で生活していけるか、不安になり始めていた。
こうして俺たちの不思議な共同生活が始まったのだが、ゴブリンの増加現象が意味する事を、俺たちはまだ知らなかった。今は、まだ。
第10話 END
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