第7話 焦りを越えて
ミラとマイの二人と共に、ゴブリンを狩り日銭を稼ぐ日々が続いていた。ミラの願いを知ったり、二人と仲を深めたりしつつも、二人の銃に対する慣れを見て、二人のステップアップを考えていた矢先、ミラとマイは、女性5人の冒険者グループに絡まれ、ミラは怒り心頭だった。翌日の依頼でも怒りは収まらず、森の中だというのに話し合いに集中していた俺たちは、ゴブリンの奇襲を受けた。
『ギアァァァァァァァッ!!!!』
突如として茂みから現れたゴブリンは、ミラをかばったマイ目がけてこん棒を振り下ろしたっ!!
だが、不幸中の幸いと言うべきか、振るわれたこん棒はリーチが足りず、僅かにマイの脇腹の辺りを掠めただけだった。
「うっ!」
「マイッ!?」
とはいえ、それでもマイは咄嗟に呻き声をあげ、彼女に突き飛ばされ庇われた形となっていたミラは思わず驚愕の表情を浮かべていたッ。
「この野郎っ!!」
俺は全速力で走り、2撃目に向けて再びこん棒を振り上げるゴブリンの思いきり蹴とばしたっ!
悲鳴を上げながらゴブリンは数メートル吹き飛び、地面を転がったっ。ゴブリンは小さい上に成人の大人に比べれば軽いっ!だからこそ蹴るだけで距離を稼ぐ事が出来たっ!これならっ!
「さっさとくたばれぇっ!!」
仲間をやられかけて、頭に血が上っていた俺はなりふり構わず雄叫びを上げながら、ゴブリン目がけてフルオートで引き金を引いた。連続して放たれた4.6×30mm弾の内の、数発が奴の体を撃ちぬき、ゴブリンは悲鳴1つ上げる事も出来ず、事切れ二度と起き上がる事は無かった。
「……よしっ」
ゴブリンを倒した事で、頭に上っていた血も下がって、落ち着きが戻って来た。ってそうだっ!
「マイッ!大丈夫かっ!」
俺はすぐに彼女の事を思い出し、駆け寄った。マイはまだ地面の上に倒れたままだっ。ミラはその傍で、ただ茫然と立ち尽くしているばかりで動こうとしないっ!軽い精神的ショック状態って奴かっ!?だが今はマイだっ!
俺は彼女に駆け寄り、MP7のセイフティを掛けて近くに置くと、すぐに倒れている彼女を抱き起した。そのまますぐに彼女の体の様子を見るっ。
出血している様子は、無し。腹部を掠めたみたいだったが……。
「う、うぅ」
「マイッ!マイッ!大丈夫かっ!?」
「は、はい。大丈夫です。ちょっと、掠めただけ、だと思いますので」
マイはそう言うと、俺の手から離れて自力で立ち上がった。が……。
「うっ!」
直後に、痛そうに呻き声を上げながら脇腹を抑えたっ!
「お、おいっ!?」
俺はすぐさま彼女の様子をうかがう。彼女は額に脂汗を浮かべ、痛みのせいか眉を顰め、渋い表情をしている。それに、こん棒が掠めた腹部を軽く片手で押さえている。
少なくとも、このまま戦うのは不可能だ。……と言って、ここは四方を木々に囲まれた森の中。ここに留まるのは危険だ。血の臭いにつられて狼や別のゴブリンの群れがやってきたら不味い。とにかく、ここを離れないと。
「マイ、動けそうか?」
「す、少し脇腹が痛いですけど、歩くだけなら、何とか」
「よし。ならここから移動しよう。辛いだろうが、ここに留まるのは危険だっ」
「は、はいっ」
マイは未だに表情を歪めながらも頷いた。
「よし、おいミラッ!」
俺は次いでミラに声を掛けた。しかし。
「あ、アタシの、アタシのせい、で……」
くっ。ミラの奴まだフリーズしてやがるっ!仕方ないっ!
「おいっ!しっかりしろミラッ!」
強引だがやむを得ないっ!俺はミラに歩み寄り、両肩を掴んで前後に揺すった。
「あ、う」
するとミラはまだ混乱した様子ながらも、俺の方を見た。まだ衝撃から抜けきってないが、仕方ないっ!
「ここで留まっても危険なだけだっ!移動するぞっ!分かったなっ!?」
「え、えぇ、分かった、わ」
強めの語気で俺が声を掛ければ、まだ少し混乱した様子ながらも頷いた。
「俺が先頭を行くから、ミラはマイを気遣いつつ後ろを警戒してついてこいっ!行くぞっ!」
俺は右手にMP7を持ち、周囲を警戒しながら歩き出した。その後ろにマイを気遣いながらミラが続く。
とにかく、今は場所を移す事が最優先だ。どこか少しでも安全な場所は無いか?周囲を警戒しやすい開けた場所を探して歩いていると……。
「ん?」
不意に、何か聞こえてきた気がして俺は足を止め、周囲を見回す。まさかゴブリンか?そう思うと一気に緊張感が高まり、冷や汗が流れ出す。だが、いくら待っても、周囲を見回しても、何も襲ってこない。気のせいか?と思いつつ、静かに耳を澄ます。
風で枝が揺れる音、鳥のさえずり。それらに交じって聞こえてくる音は、水音?
俺はすぐに周囲を見回し、音がする方向を見つけると、後ろの2人に目配せをした。そして左手人差し指で進むべき方向を無言で指さす。
それにマイは静かに頷いたが、ミラはほぼ無反応だ。……しっかりしろっ、と声を掛けたい所だが、大声を出してゴブリンや他の敵となりえる野生動物などに気づかれても不味い。
とにかく俺は2人を連れて音がする方へと足を進めた。
数分も歩いていれば、水音の元、森の中を流れる川の淵にたどり着いた。更に言えば川の淵は砂利が堆積した平地、且つ開けた場所になっていた。ここなら大丈夫か。周囲も良く見える。障害物が無いから狙撃される危険も0じゃないが、やむ得ないな。
「ミラ、マイッ。ここで少し休むぞ」
「は、はい」
「……えぇ」
マイはまだ少し痛みがあるのか呼吸が荒い。一方のミラは、今までと違って全く覇気がない。
だが今はそれを気にしても始まらない。今はマイの傷の確認だ。場合によっては俺の力で薬か何かを引き寄せるか、包帯などで応急処置が必要になるかもしれないからな。
「マイ、とりあえずその石にでも腰かけて休め」
「は、はい」
マイは近くにあった手ごろな石に腰かけ、息をついた。
「ミラ、俺は周囲を警戒してるからお前はマイの傷の様子を見てやってくれ」
「え、えぇ」
彼女は、少しは落ち着いた様子だ。だが、やはりまだいつも通り、とは行かないようだ。やはりまだ言動に今までのような覇気がない。
とはいえ、それは後回しだ。俺はMP7を手にしながら二人に背を向け、森の方を警戒している。
「マイ、傷の辺り見る、わよ?」
「う、うん」
後ろから聞こえる二人の会話。次いで聞こえてきたのは服を捲る音。
「う、う~ん」
「どうだ?傷の具合は?」
僅かに聞こえてくるミラの唸るような声に、俺は振り返る事無く問いかけた。狩りに振り返って、間違ってマイの裸を見たら不味いしな。
「傷、って言う程じゃないわ。赤くなってるけど、打撲、かな?」
「そう。……その程度で済んだだけ、まだ良かったかな」
「ッ!なんですってっ!?」
相変わらず、いつもと違って声が小さいミラ。だが、俺の言葉に怒ったのか、彼女は声を荒らげた。
「まだ良かったって、そんなのないでしょっ!?マイは怪我したのよっ!?なのにっ!」
「もっとリーチの長い槍や剣だったら、打撲程度じゃ済まなかった、だろ?」
「ッ!!」
俺は森の方を見ながら、思っていた事を口にした。すると後ろでミラの息を飲む音が聞こえる。
実際、もっとリーチの長い剣や槍で斬りつけられていたら、打撲程度じゃ済まなかっただろう。脇腹を斬りつけられ、致命傷になっていた可能性もあるし、そうでなくても出血による出血死とか、血が流れてのショック死とか、考えたくはないが、マイが死んでいた可能性もある。
「確かに怪我をしたのは事実だが、打撲程度で済んで、まだ良かった方だぞ。下手をすれば、致命傷になっていた恐れもある。それに比べればな」
確かにマイが傷を負った事は状況としては良くない。だが、不幸中の幸いというべきか。その傷は打撲程度で済んだ。まさしく僥倖だ。
「命があっただけ、まだ良かった。もしあのゴブリンがこん棒じゃなくて、剣や槍を持っていたとしたら、下手をすればマイは……」
「やめてっ!!!」
不意に、ミラの怒号が俺の言葉を遮った。
「それ以上、言わないでっ!マイが、マイが、そんなになるのなんて、言葉にもしないでっ!」
ミラは声を荒らげた。だがチラリと振り返り見えた彼女の表情は、酷く怯え、狼狽していた。 その表情が物語っている。ミラは、恐らくマイを失う事を極度に恐れているんだ。
だとしたら、さっきの放心状態も無理はないのかもしれないな。
「ご、ごめん、ごめんねマイ。あ、アタシがあいつらに怒って、バカな事しちゃったせいで、こんな……っ!」
ミラはマイに縋るように抱き着きながら、そう言って何度もごめんと謝り続ける。
「良いんだよミラちゃん。私は無事だから。ね?大丈夫だから?」
「で、でも……」
マイはミラに怒っていないようだが、肝心のミラは今も後悔しているような、暗い表情を浮かべていた。……ここは、俺もフォローしてやるべき、か。
「この状況は、お前ひとりの責任じゃないさ」
「え?」
「俺も会話に集中し過ぎて、周囲の警戒が疎かになってた。だから、俺にも責任はある。ミラ1人が全部自分のせいだって思う必要はない、って事だ」
「アンタ」
ミラは俺の言葉を聞くと少し驚いた様子だったが、しかしすぐに暗い表情に戻ってしまう。
「フォローしてくれるのは、ありがと。でもアタシが昨日の事、引きずってたからこうなったんだ」
そう言うとミラは立ち上がった。
「ごめん、ちょっとあっちで顔洗って、頭冷やしてくる」
「分かった。俺はここでマイといるから」
「うん、お願い」
まだまだ覇気のない声で頷きながら、ミラは俺とマイから少し離れた所へと向かった。
「……ミラちゃん」
マイは彼女を心配そうに見つめている。……今ならミラも離れているし、聞けるかもしれない、か?
「なぁ、マイ。少し、聞きたい事があるんだが、良いか?」
「え?なんですか?」
「……昨日の5人組の事だ」
「ッ」
俺が話題を切り出せば、マイは息を飲み、次いでミラの方へと目を向けた。彼女の様子を伺い、もう一度息をついてからマイは俺を見上げた。
「……ミラちゃんには、聞かせられないから、ですか?」
「あぁ。思い出しても怒ったりするだけかもしれないからな。今のうちに、聞いておきたい。あの連中と、何があったんだ?あ、もし聞かせられないような話なら、無理には……」
本人たちも語れない事はあるかもしれない、と咄嗟に思いついて俺はそう口にした。
「いいえ。大丈夫、です。お話、します」
マイは小さく首を振って、話すと言ってくれた。
「そうか。なら、聞かせてくれ」
「分かりました」
さっきと同じミスをしないため、俺は体を森の方に向けたまま、彼女の話に耳を傾けた。
「元々、私たちが冒険者を始めたばかりの頃、あの5人組の中に居た3人とパーティーを組んで依頼をこなしていた事があるんです」
マイは静かに話し始めた。その表情は、少しばかり曇っていた。どうやら少なくともいい思い出話、ではなさそうだ。
「もしかして、あのリーダー格らしい奴も、その当時の3人の中に?」
「はい。居ました。あの時から、あの人は3人組のリーダーみたいな人で。当時私たちは冒険者になったばかりで。でも2人で出来る依頼なんて少なくて、出来たとしても、報酬はすごい安いものばっかりで。でも私たちだけじゃ討伐系の依頼なんて、出来るか分かりませんでした。それで私が提案したんです。他の冒険者パーティーに混ぜてもらおうって」
「それでパーティーを探して、その3人と?」
「はい。皆女の人だから、仲良くやれるかな?って最初は思ってました。でも……」
「そうじゃなかった?」
「はい。あのリーダーの人は、何て言うかプライドが高いのもそうですが、仕切りたがりで。『私がリーダーなんだから私に従え』、とか。『私がリーダーだから他より多くお金を貰っても変じゃないでしょう』とか。とにかくそういう事を言う人で」
「成程。かなり自己中心的な奴だった訳だ。……しかし、良くそれでマイたち以外に2人も仲間がいたな?」
「はい、確かにあの人、あまり良い人じゃないんですけど。でもそれでもそこそこ強いから。だから……」
「あ~~」
話を聞いて、成程と俺は思った。
「つまり、強いからそのリーダー女の下に居る、と」
「多分。それで、あの人たちとパーティーを組んで、ミラちゃんはすぐにあの人の事とそりが合わない、お金を均等に分けない嫌な奴って言い始めて。最初は私が何とか宥めていたんですけど。ある日、それも限界になっちゃって。それで大喧嘩して、私たちはあの人たちから離れたんです。それから数日後に……」
そう言ってマイは俺を見つめる。……あぁ、もしかして。
「森でゴブリンと戦ってた所を、俺と遭遇した、って事?」
「はい。その通りです」
「成程ね」
これでミラ、マイの2人とあいつらの確執みたいな物は分かった。お互い相手の印象が最悪な訳だ。そりゃ遭遇したらあぁなるのも無理はない、か。
しかし、俺が聞きたい事はまだあった。
「なぁマイ、もう一つだけ、ミラに関わる事なんだが聞いて良いか?」
「え?なんですか?」
「さっき、ミラが俺に言ってただろ?力を持ってる奴に分かる訳無い、って」
「ッ」
その話をするとマイは僅かに息を飲んだ。まぁ、少なくとも気持ち良い話ではないしな。なぜ今その話を?って思ってるかもしれない。
でも、聞いておきたいんだ。今後のために。
「あの言葉を聞いた時、そしてマイが傷ついて酷く怯えていたミラを見て、俺は2人の事、まだ何も知らないんだって改めて思い知った。だから、教えてくれないか?マイの事、ミラの事。……ミラの方は、今はまだ本人から聞けるような状況じゃないから、そっちもマイから聞きたいんだけどさ」
「………」
俺の言葉に、悩むようにマイはしばし視線を泳がせた。やっぱダメかな?と思った時。
「分かり、ました。お話しします」
「そっか、ありがと」
マイは決心したように小さく頷くと、話を始めた。
「私とミラちゃんは、同じ孤児院の出身なんです」
「孤児院?それって、ギレットの?」
「いいえ。ここから馬車で数日の、隣町の孤児院です。そこで私とミラちゃんは、殆ど同じ時期に拾われたんです。物心ついた時から、同い年で女の子同士だったのもあって、私たちは一緒に過ごす事が多かったんです。お互い、仲のいい友達で、二人で過ごす時間は、楽しい物でした」
そう語るマイの表情は、優しい物だった。その表情から見ても、マイもまたミラを大切に思っているんだな、と分かった。
「けれど……」
しかし彼女の明るかった表情も、すぐに曇ってしまった。
「孤児院の生活は、楽ではありませんでした。お金も、食べ物も、全てがギリギリの状態で。私はミラちゃんがそばに居てくれれば、それでよかったんです。でもミラちゃんは、そうじゃなかった。ミラちゃんはいつも言ってました。『こんなどん底みたいな生活から抜け出す』、『アタシはお金持ちの有名人になるんだ』って」
「つまり、ミラがお金にうるさかったり、上を目指すっていつも言ってるのって?」
「はい。孤児院での事が関係してるんだと思います」
「成程ねぇ」
話を聞いていて分かった。ミラの向上心やお金に対する思いは、過去、つまり何もなく貧しかった孤児院での生活の反動、と言う事なんだろうなぁ。
何も無かったからこそ、手に入れたいと強く願う想い。それこそがミラの中にある物。それにしても、ここまで話を聞くとさっきミラが俺に対して力を持ってる奴が、って言ったのも納得できるな。
本当の親もおらず、満足な食事も、お金も無い。特に、さっき見たいに頭に血が上ってる状態じゃあんな事を言いたくなるのも分かる。
「それにしても、二人の事は分かったけど、どうして冒険者に?」
二人の過去は分かったけど、そこからどうして冒険者になったのか、まだ繋がりが見えなかった。
「……孤児院で育った私たちには、頼る当ても、学もありませんでした。そんな私たちが、あの町で出来る仕事と言ったら農家のお手伝いくらいで。でも、それじゃあお金も全然手元に残らないんです。孤児院は16歳になったら出なきゃいけないってルールがあって。でも農家のお手伝いをしてるだけじゃ、生きていくのに必要なお金すら稼げなかったんです。……そんな時、ミラちゃんが言ったんです。2人で冒険者をやろうって」
「成程。それで冒険者に」
「はい。何もない私たちに出来る仕事は、それくらいでしたから」
元から彼女達に与えられた選択肢は、多くなかったって事か。ミラとマイは、少ない選択肢の中から冒険者を選んだ、と。そういうことか。後は、これだけ聞いておこう。
「なぁマイ。最後に一つだけ良いか?」
「なんです?」
「どうしてマイは、ミラと一緒に冒険者になろうって思ったんだ?こういう仕事だから、危険なのは分かっていただろ?冒険者以外に選択肢が少なかったのだとしても、なんで危険なこの仕事を選んだんだ?」
「それは、ミラちゃんの為です」
「ミラの?なぜ?」
「ミラちゃんは、孤児院に居た時から私の友達で、お姉ちゃんみたいな存在でした。いつも泣き虫で弱虫だった私を助けてくれて、守ってくれて。私にとっては、
ミラちゃんがヒーローでした」
かつての記憶を思い出しているのか、空を見上げながら思い出を語るマイの横顔は、とても優しい笑みを浮かべていた。
「いつも私はミラちゃんに手を引かれてばかりでした。でも、ある日ミラちゃんが冒険者をやるって言い始めた時。最初は止めようとしました。危険だって。でも、ミラちゃんも譲りませんでした。『他に方法は無い』、『お金持ちになって、有名人になるにはこれしかない』って。だから結局、説得は諦めました。ミラちゃん、一度決めた事はやり通そうとするから」
「確かにな。ミラはなんていうか、芯の通った人間って感じだよな。よくも悪くもな」
一度決めた事は簡単には諦めない、曲げない。良い意味では真っすぐでもあるし、悪い意味だと融通が利かない感じだ。
「そうですね。……でも、だからこそミラちゃんが冒険者として仕事をして、もしもがあると思うと怖かったんです。冒険者は危険なお仕事だから、ミラちゃんが死んでしまうかもしれない。そう思うと怖くなって、居てもたってもいられなくなって。だからミラちゃんに話したんです。私も冒険者をやるって。『ミラちゃんを傍で守りたいから』って」
「そっか。マイは、ミラを守りたいから冒険者を始めたんだな」
「はい。今度は私がって思って。でも、結局はミラちゃんに守られてばかりだし、今はカイトさんに頼ってばかりで。情けない話ですよね?」
「そんな事は無いさ。大切な人を守りたい。その思いを胸に危険を承知で冒険者になったんだろ?だったらマイは、十分勇気があるさ」
自虐的な笑みを浮かべるマイ。だが俺からすればマイだって十分勇気がある。
「えへへ、ありがとう、ございます」
俺が思っていた事を素直に口にし、横目で彼女の様子を伺うと、マイは少しばかり恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
ともあれ、これでマイの話を聞く事は出来た。
「ありがとうマイ。話を聞けて、良かったよ。2人の事も分かったし」
俺はそう言って、マイの方へと向き直る。マイの話は聞けた。でも今は、もう一人話すべき相手がいる。
「マイは、とりあえずここで待っててもらえるか?」
「え?」
「少し、ミラと話をしてくる。今のあいつも、誰かと話した方が良いだろ?あいつ相当落ち込んでるみたいだしさ」
俺がそう言うと、マイは少し離れた所に居るミラと俺の顔を交互に見つめ、やがて静かに頷いた。
「そうですね。お願いします。ミラちゃんを、励ましてあげてください」
「あぁ、任せろ」
彼女の言葉に俺は頷くと、早速ミラの方へと足を進めた。
今、ミラは川辺で座り込み、放心した様子のまま川を見つめていた。
「ミラ」
「ッ、何よ?なんか用?」
彼女は俺が近づいて声を掛けるまで気づかなかったようで、声を掛けるなり僅かに息を飲み、ハッとした様子を浮かべつつも反応した。
「……お前、大丈夫か?」
「ッ。何よ、アンタに心配される事じゃ無いわよ」
彼女は、いつも通りに強がっているつもりかもしれないが。
「そんな真っ青な表情で強がり言われても説得力無いっての」
「ッ!」
俺が指摘した通り、今の彼女の表情は暗く、顔色も悪かった。いつもの自信に満ちた笑みを浮かべている彼女の面影は無かった。彼女は俺が指摘すると息を飲み、そっぽを向いてしまう。
だが、俺もマイからミラを励ましてやってくれと言われてるんだ。
「なぁ、さっきも言ったがあれはミラ1人の責任じゃない。1人で全部背負い込むなよ」
「……背負い込むな、ですって?そんなの、無理に決まってるじゃないっ!!アタシのせいで大切な友達が死んだかもしれないのよっ!?もしそうなってたらって考えて、背負い込むな、なんて無理に決まってるでしょ!?」
声を荒らげるミラ。しかしその表情は、声とは裏腹に何かを後悔しているような物だった。だが彼女もそれを自覚したのか、すぐにハッとなってバツの悪そうな表情を浮かべると、またそっぽを向いてしまった。
「アタシのせいで、アタシのせいでマイが死にかけた。こんなの、アタシがアタシを許せないのよ」
それはまるで、罪を告白し懺悔する罪人のような物だった。声は弱々しく、いつも大きく見えていたミラが、今はまるで親に怒られ縮こまっている子供のようにしか見えない。
けれど、その様子を見ていると分かる。マイの負傷にこれだけ取り乱すという事は、それだけミラにとってマイが大切な事の証でもあるんじゃないかって、俺は考えた。
「そんな風に酷く怯えるくらい、ミラにとってマイって言うのは大事な存在なのか?」
「……」
俺が問いかけると、ミラは体を震わせつつも何も言わない。まだ聞くべきじゃなかったか?と思った時。
「えぇ。そうよ」
ミラは弱々しく口を開いた。
「あの子は、何も持ってなかった私の友達で居てくれる、たった一人の大切な友達なの。こんなアタシでも付いて来てくれて、支えてくれる。私の、大切な友達なのよ」
「そうか」
「アタシが冒険者をやろうって言った時も、付いて来てくれた。危険を承知で。アタシを守りたいからって。弱虫で泣き虫なのに、それでもアタシに付いて来てくれると聞いたあの日、嬉しかった」
話をして、口にしたからか。ミラもまた過去を思い出しているのか川を見つめながら小さく笑みを浮かべていた。
「でも……」
だが、その表情もすぐに曇ってしまった。
「今回の事で思い知ったわ。アタシはまだまだ弱い。弱い今のままじゃ、マイを危険にさらす事になる」
ミラは表情を曇らせ、また俯いた。
「やっぱり、アタシには無理なのかな。マイさえ、守れないくらい弱いままなのかな?」
それは彼女の独り言なのか、それとも俺への問いかけなのかは分からなかった。でも俺に言える事はある。
「今はまだ弱いとしても、だったらこれから強くなっていけば良いんじゃないのか?」
「え?」
俺の言葉が予想外だったのか、ミラは呆けた声を出しながら俺の方へと視線を向けてきた。
「要はマイを守れるくらい強くなれば良いんだろ?今の所、目下の目標としては」
「そ、それはそうだけどっ!でもアタシには剣も弓も槍も、何も才能が無いのにっ!一体どうやって?」
「あ?バカかお前は」
「バっ!?な、何よいきなりっ!」
「お前が今手にしてる武器はなんだよ?」
「え?」
会話の内容が理解できない、と言わんばかりにミラは小首をかしげ疑問符を浮かべている。
「お前が手にしている銃だって、立派な武器だろ?それで今まで、ゴブリンを何十匹と撃ちぬいて来ただろ?」
「あっ」
そこまで話して、今まさに自分の傍にあった武器の事を思い出したのか彼女は隣にあったAR-7に目を向けた。
「剣も弓も槍も、どれも使えなかったとしても関係ない。今お前が手にしているその銃が、ライフルこそがお前の武器であり力だろ?剣とかが無理なら、銃の扱いを極めていけば良いじゃないか。銃の威力は、今のミラなら良く知ってるだろ?」
「そ、それはまぁ、知ってるけど。……でも、良いの?」
「ん?何がだ?」
「アンタも言ってたじゃない。銃を使って冒険をするって事は、銃弾を手に入れるためにアンタと一緒に冒険するしかない。つまりアンタの旅にアタシ達が付いて行く事なのよ?……アンタは、嫌じゃないの?」
「は?なんで嫌になるんだよ?」
「だ、だってアタシみたいに怒りっぽい奴よっ!?お金とかだって、その、欲しいからって……」
ミラは少し落ち込んだ様子でそっぽを向きながら俯き語る。
「……自分でも分かってる。アタシはプライドが高くて、そのせいで何度も周りとぶつかって来た。何度もそのせいでマイにも迷惑かけたし、もし一緒に旅するのなら、アンタにだって……」
「あぁ。そのことか。だったら、俺は別に気にしないよ」
「え?」
俺の言葉が予想外だったのか、ミラは少し困惑した顔で俺の方を向く。その様子を見ながら、俺はあの日の事を思い出していた。
「覚えてるか?いつぞや、俺がミラの事を凄いなぁって褒めた日の事」
「ッ、お、覚えてるわよバカッ。死ぬほど恥ずかしかったんだからっ」
さっきまでの沈んだ表情と打って変わって、ミラは恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「あの言葉な、一応俺の本心だから」
「えっ?」
「本当にすごいって思ったんだよ。あの日、一流の冒険者を目指すって語ったミラの姿がさ、全然嘘を言ってる感じには見えなくて。お前は本当に上を目指してる奴なんだなって思った。それを俺はあの日、凄いって思ったんだよ」
「ッ~~~!ば、バカッ!この状況で何恥ずかしい事言ってるのよっ!信じらんないっ!」
彼女は今までと打って変わって顔を真っ赤にし、慌てた様子で叫んでいる。その姿を見ているのが楽しくて、俺はつい笑みを浮かべてしまった。って、そうじゃないな。ミラの落ち込んだ様子も消えてきたし、このまま一気に行くか。
「まぁ聞いてくれよ。俺はミラの事を凄いと思ったし、2人といると、楽しいなって最近思えてきたんだ。だから……」
いつかは伝えよう、こいつらとパーティーを組もうって最近思い始めていたんだ。だからこそ、俺は今その言葉を口にする。
「正式に俺とパーティーを組んで、一緒に旅しないか?俺とミラ、マイの3人でさ」
「えっ?」
彼女は数秒、呆けた様子のまま俺を呆然と見つめ、やがてハッとなった。
「い、良いのっ!?って言うか、なんでいきなりそんな話になるのよっ!?」
「別にいきなりって訳でもないぞ?元々、ミラ達2人の銃に関する知識が増え、ある程度扱えるようになってた事もあったし、さっき言った通り2人といるのが楽しくなってきた、ってのもあってな。どのみち近いうちに2人に打ち明けようと思ってたんだ。『俺と正式にパーティーを組んでくれ』ってさ」
「そ、そう、だったの」
ミラは少し驚いた後、また川の方へと視線を向けた。
「……アタシ、短気だからアンタと喧嘩したりするかもよ?」
「まぁな。けど人間誰しも譲れない物はあるし、喧嘩くらいするだろ?まぁ銃を向けてこない限りは許す、と思う」
「お金にもうるさいわよ?」
「別に良いよ。俺だってお金は欲しいが、ミラの事だ。その辺りはちゃんと山分けとか、公平に考えてくれるだろ?」
「そりゃまぁ、ね」
ミラは川を見つめながら呟いた。
「ねぇ」
「ん?」
やがて視線を、隣に立つ俺に向け、俺を見上げてくる。
「アタシを、アタシとマイと、一緒に冒険者、してくれる?」
その眼は期待と不安が半々と言った様子で俺を見上げていた。その眼に、今の彼女に対する俺の答えは……。
「あぁ。一緒に冒険、しようぜ?」
「ッ!」
俺は満面の笑みを浮かべながら答えた。それにミラは息を飲み、なぜか顔を赤くしていた。なんでだ?まぁ今は良いや。
俺はミラに右手を差し出した。
「ミラ。俺はお前とマイと、3人で一緒に冒険をしたいって思ったんだ。だから仮の冒険者パーティーは今日で解散だ。改めて、今日から一緒にやって行こうぜ?な?」
俺はミラに微笑みかけながら、彼女の答えを待っていた。やがて彼女は、フッと笑みを浮かべた。
「言っとくけど、アタシのAランクを目指すって夢、変えるつもりは無いからね?」
彼女は、さっきまでの恐怖や怯えなど忘れたようにいつもの自信に満ちた笑みを浮かべながら、俺の手を取って立ち上がった。
「覚悟、出来てるんでしょうね?」
「はっ。別に構わねぇよ。俺も、この世界で、冒険者の世界で銃がどこまで通じるのか試してみたかった所だ。付き合ってやるよ、お前の夢にもなっ!」
ミラに答えるように、俺もニヤリと笑みを浮かべながら頷き答える。
「ふっ、上等っ!」
ミラもまた、不敵な笑みを浮かべると俺の右手を取り、握手を交わした。
「これからよろしくね?『カイト』」
「おうっ!!」
紆余曲折はあったが、ミラも元気になったし、正式にパーティーを組む話も出来た。
「ミラちゃん、カイトさん」
そこに歩み寄って来たマイ。……ってしまったっ!
「あぁやっべっ!?しまったパーティー組むって話だったのにマイにその話するの忘れてたっ!?」
「ハァっ!?アンタ何やってんのよっ!アタシ1人が認めても仕方ないじゃないっ!こういう時は先にマイの返事くらい貰っときなさいよっ!ここでマイが反対したらアタシがOK出した意味無くなるじゃないっ!?」
「し、仕方ないだろっ!?お前を励まそうとして何話そうか考えるのに集中してたんだからさぁっ!?」
「うっ!?そ、それはそうだけどぉっ!」
お互い声を荒らげるミラと俺。
「ま、まぁまぁミラちゃん、カイトさん」
そこに宥めに入るマイ。彼女は俺たちの間に入って止めると、息をついてから笑みを浮かべた。
「ミラちゃん。私は反対なんかしないよ。カイトさんがくれる銃の力も分かってるし、何よりカイトさんが強くて頼りになって、優しい人だって、一緒に居て分かったから」
「良いのね?マイ」
ミラは、確認するようにマイに問いかける。
「うん。良いよ」
対するマイは、一切の疑問や不満など無い様子で即座に頷いた。そして直後、俺の方へと向き直った。
「カイトさん。私からもお願いします。今度からは正式に、私たちとパーティーを組んでください。一緒に、冒険をさせてください。お願いします」
「あぁ。元からそのつもりだ。こちらこそ、よろしく頼む」
マイの言葉に俺は頷き、そしてマイにも右手を差し出した。
「改めまして、って訳でもないが。これからよろしくな、マイ」
「はい、カイトさん」
マイは笑みを浮かべながら俺の右手を取り、握手を交わしてくれた。
「これで、正式にパーティー結成って訳ね」
「そうだね、ミラちゃん」
「あぁ。改めて。これからよろしくな。ミラ、マイ」
俺は2人の顔を交互に見つめながら声を掛ける。
「「えぇ(はい)っ」」
俺の言葉に彼女達もまた、笑みを浮かべながら頷いてくれた。
こうして、トラブルこそあったものの、それを経て俺たちは、正式にパーティーを組む事になったのだった。
第7話 END
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