第6話 焦り

 ミラ、マイの二人に銃の扱い方を教えた俺は二人と共に早速ゴブリンの討伐に向かった。幸い、5匹以上の群れに遭遇しなかった事もあってゴブリン数匹を無事討伐する事が出来たのだった。



 ミラ、マイの二人と臨時でパーティーを組み、ゴブリン討伐で日銭を稼ぐ日々が始まって数日。今俺たちは森の中にある茂みに潜んでいた。


 理由は言わずもがな。前方から接近するゴブリンの群れを見つけたからだ。

「あいつら、真っすぐこっちに近づいてるわね。数は、8。いや10匹はいるわね。どうするの?」

 AR-7を構え、真っすぐ奴らを見つめながらミラが問いかけてくる。既に何度もAR-7を使ってきたからか、その構えもだいぶ板に付いて来た感じだ。

「ここで迎撃するさ。10匹程度なら何とかなる。マイ、周囲に怪しい影は?」

「い、今の所は何も。怪しい音とかも、ありません」

 ミラと同じくAR-7を手に周囲を警戒していたマイは相変わらず緊張した様子で報告する。……俺もさっと周囲を見回すが怪しい気配は無い、か。


「よし。じゃあ俺が周囲を警戒しておくから、二人は好きなタイミングで撃ってくれ。適当なタイミングで俺も攻撃に加わるから」

「はっ。冗談。私たち2人だけで充分よ」

「が、頑張りますっ!」


「ははっ。じゃあ、お手並み拝見だな」

 ミラの強気な発言に、俺は笑みを浮かべながら頷きつつ、周囲への警戒を強める。ゴブリンどもは何せ数が多い。あの10匹が囮で、他に潜んでいない、とも考えられないからな。とりあえず周囲を警戒していると……。


 不意に銃声が響いた。そちらにすぐさま目を向けると、どうやらミラが発砲したようだ。さらに続いて、マイも断続的に射撃を開始した。22口径の比較的軽い銃声が響き渡り、俺はゴブリンどもへと目を向けた。


 見ると、2匹ほどが胸から血を流しながらその場に倒れこんだ。そのまま冷静に状況を観察していたが、ミラ・マイの二人が1マガジン8発、計16発をぶち込んで倒せたのは6匹ほど。あと4匹か。


「ちっ!仕留めきれなかったっ!」

 不服そうに声を上げながら彼女は空になったマガジンを外している。

「任せろっ!」


 接近戦に持ち込まれても事だ。二人の後を継ぐように、俺はMP7を構え、引き金を引いた。フルオートの指切り射撃による、疑似バースト射撃。放たれた銃弾の雨は残っていた4匹のゴブリンの胴体を瞬く間に切り裂き殺していった。


 3~4回、バースト射撃をすれば動くゴブリンの姿は無くなっていた。全部倒した、か?念のため周囲を見回してみるが、他に敵影らしい物はない。

「ふぅ」

 そこでようやく一安心した俺は息をついた。


「何よ、結局アンタが残りの奴全部倒しちゃったんじゃない」

 ふとミラの不機嫌な声が聞こえてきた。そちらを向くと、彼女は不服そうな表情をしながらも、マガジンを差し込み右手で軽くハンドルを引いて、『カシャッ』と音を立てながら初弾を装填していた。


「そう言うなよ。いくらゴブリンっつったって数はこっちより上なんだ。下手に接近戦に持ち込まれたら厄介だったからな」

「ふん。まぁ良いわ。さっさと耳を回収しましょ。銃にも段々慣れてきたし、今日はもっと狩って今のうちに稼いでおきたいし」

「あぁ」


「ほらマイ、行くわよ」

「う、うんっ!」

 マイもマガジンを交換し、ハンドルを引くとミラに続いてゴブリンたちの骸のある方へ歩き出し、俺もそれに続いた。



 こうやって俺たちは、銃を使ってゴブリンどもを狩って、それぞれ生活していた。そんなある日。

「え?俺が冒険者してる理由?」


 ある日、ゴブリンの群れを狩って耳を回収し、町へと戻る道すがらミラが問いかけてきた。

「そっ。アタシ達はまだ仮の冒険者パーティーだし、まずはお互いを知る事から始めないと、でしょ?今後もし、正式にパーティーを組むのなら、ね」

「成程ね。っつっても正直、大した理由は無いよ。元々冒険者って言う、自由に世界各地を旅したり依頼を受ける生活や仕事に憧れがあったから、ってだけの話さ。冒険者になりたかったから、冒険者してる、って言えば良いのかな?」


「ふ~ん。じゃあ今は冒険者してるけど、何か目標とかはあるの?」

「今の目標?そうだなぁ。まぁまだ冒険者として生活を始めたばかりだし、今の所はこれと言った目標は無いなぁ」

「ハァ?本気で言ってるのそれ?呆れた」


 俺の言葉を聞いたミラは盛大にため息をつき、やれやれと言わんばかりに首を振ってる。……その態度がちょ~~っとイラッと来るなぁ。


「なんだよ~?そこまで言うならミラにはあるのかよ~。目標とかさぁ」

「あら?あるに決まってるじゃないっ♪」

 俺がジト目で問いかけると、ミラはニヤリと笑みを浮かべた。


「今の所の目標は、Gランクの上、Fランクに昇格する事よ。冒険者ギルドじゃ定期的に昇格試験を行っているから、それに参加して合格。Fランクに上がる事がとりあえず直近の目標ね。そして、もっと長い目で見た目標は、Aランク冒険者になる事よ」

「え、Aランクッ!?つまり一流の冒険者になるってかっ!?」

 思っていたよりも壮大な目標に俺は思わず驚いて聞き返した。


「ほ、本気かよっ!?Bランクだって一流と呼ばれている上、大よその冒険者はCランク止まりだって聞いた事があるぞっ!?つまりそれを超える気かっ!?」

「当然っ!やるからには上を目指すのは当たり前でしょ?」

「そ、それはまぁ分かるが……」

「確かにCランクとBランクの間の壁は、凄いって聞いた事があるわ」


 ミラは、今までの自信に満ちた表情とは打って変わって、真剣な表情で話し始めた。それに思わず俺も息を飲み、彼女の話に聞き入っていた。

「大多数の冒険者は、上り詰めたとしてもCランクが限界だって。その理由は、CとBのランクの依頼で、危険度が跳ね上がるから、ってのは聞いた事ある?」

「い、一応は」


 俺も冒険者になる前、村に居た頃に情報収集って事で、村に立ち寄った冒険者や、元冒険者のおっちゃんなどに話を聞いた事があり、その中で話題になったのが、『Bランクの壁』だ。

 

 冒険者はBランクから一流と目されている。Cランクだって立派な中堅冒険者なのだが、おっちゃん達の話では、Bランクから依頼の危険度が跳ね上がるそうだ。危険地帯への調査依頼や、強力な魔物の討伐依頼などなど。


「昔、村に立ち寄った冒険者に聞いた事がある。『Bランクから上は、魔境だ』って。それくらい危険度の高い依頼ばかりだって」

「らしいわね。アタシも似たような話を聞いた事があるから。でも、だからこそBランクになる事が、冒険者にとって一流の証になる。そういうことでしょ?」

「確かにそれはそうだが、危険だぞ?別に生きていくだけなら、Cランクだって……」

「『生きていくだけ』、ならね。でも、アタシは夢を諦めるつもりは無いわ。……学のない私たちがのし上がっていくには、これしかないんだから」

「ッ」


 その時、ミラの横顔はとても険しく。同時に何かを決意していたような物だった。その表情に驚いて、俺はただ息を飲む事しか出来なかった。


「そ、それならマイはどうして冒険者してるんだっ?」

 ミラの険しい表情から、これ以上話しかけるのは不味いか?と考えた俺はマイへと話題を振った。

「私は、ミラちゃんに誘われたから、ですね」

「え?そうだったの?」

「はい。ミラちゃんに、一緒に冒険者やらないかって誘われて。元々ミラちゃんとはずっと一緒だったから。だから」

「そっか」


 誘われたから、って理由を変だと思うつもりはないが、それはそれで危険な気がするな。誘われたからってだけでやれるほど、冒険者も甘くは無いと思うが。まぁ、今俺が問いかける事でもない、か。


 しかし、そう思うとミラはちょっと、凄いな。正直な所、まだ彼女の事を『強気で勝気な女性』、くらいにしか判断出来ていなかったが、上を目指すと語った彼女の様子に、一切の嘘は感じられなかった。本気だ、と見ていて分かった。


 正直な所、こういうタイプは決して嫌いじゃない。上を目指すと語った彼女の姿は、男の俺から見てもどこかかっこいい物があった。

「ミラは凄いなぁ」

「えっ!?な、何よ急にっ!?」


 俺が思わず、思っていた事をストレートに口に出すと、前を歩いていたミラは顔を真っ赤にしながら慌てた様子で俺の方へと振り返って来た。お~お~、顔が赤いねぇ。まるで茹でたトマトだ。

「別に。思った事を口にしただけさ。……というか、そこまで顔を真っ赤にしてるって事はもしかして、照れてるのか?」

「は、はぁっ!?べ、べべ、別にぃっ!アタシが凄いのは当然だしぃっ!」

 ミラは顔を真っ赤にしたまま、照れ隠しのつもりなのか褒められて嬉しいような、しかし恥ずかしいような、何とも複雑そうな表情を浮かべている。


「顔真っ赤だなぁ」

「うっ!?う、うるさいわねっ!」

「ミラちゃん、普段からあんまり褒められるの慣れてないみたいで」

「あ~、成程~」

「ちょっ!?笑うなぁっ!」

 相変わらず顔が赤いミラ。しかしマイから良い事を聞いた。俺はニヤニヤと笑みを浮かべているとミラが顔を赤くしあながら俺の事をぽかぽかと叩いて来た。


 まぁそこまで痛い物じゃなかったし、ミラの可愛い一面が見られて良かった。ちなみに今はと言うと……。

「あんたは~!アタシの変な事ばらすなぁっ!」

「ふぇ~~!ごめんなひゃい~~!」

 マイが顔を真っ赤にしたミラによってほっぺをムニムニされていた。

「ぷっ!あはははっ!」


 その姿が面白おかしくて、俺は思わず声に出して笑ってしまった。


 そんな中で思う。この二人と旅するのも、楽しそうだな。って。



 けれど、いつだって問題は唐突にやってくる。


 俺たちは無事町へと戻り、そのままギルドへ。既に日も暮れだしている時間帯。ギルドは依頼を終えて報酬を受け取りに来た冒険者たちでそこそこ混んでいた。


「んじゃ、報酬の受け取りよろしく。アタシ達は隅っこで休憩してるから」

「へいへい」

 ヒラヒラと手を振って離れていくミラとそれに続くマイを見送った後、俺は報酬の受け取り窓口に続く人の列に並んだ。


 そして、自分の番を待つ間、暇つぶしも兼ねて俺は彼女達に貸す次なる銃について考えを巡らせていた。


 マイの方は、まだしばらく22LR弾を使っての練習で良いだろう。俺としてはそろそろ、接近戦を想定してハンドガンの練習をさせてもいいと考えていた。となれば、22LR弾に対応したハンドガンだが、こちらは既に目星がついていた。


 残る問題は、ミラの今後のメインアームだ。ミラの方はマイに比べて銃に慣れてきている。もうそろそろAR-7を卒業しても問題ないだろう。


 だが、問題はその後だ。銃は種別によって特性や得意距離などがガラリと変わる。順当に行くのなら、次はM4やAKシリーズが代表的なアサルトライフルが良いかもしれない。アサルトライフル、特にカービンモデルのM4などなら近距離や中距離戦でも使えるだろう。


 或いは銃に慣れてもらってから、各種銃、ライフルやショットガン、サブマシンガンやマシンガン、スナイパーライフルなどなど。一通り触って試してもらった上で自分に合うタイプの銃を選んで貰うのも一つの手だな。


 正直、AR-7は最初の1歩だと俺は思っている。確かに22LR弾を使い、操作も簡単なAR-7は初心者にこそ優しいが、軍用ライフルやその弾と比べると威力は劣る。


 今の所ゴブリン相手くらいなら22LR弾でも十分対処出来ているが、ゴブリンよりもはるかに大きくて、堅い的が出てくる可能性を考えると22LR弾では心もとない。だからこそ実戦で使うならもっと威力のある弾を使える銃が望ましい。


 だからこそ二人には次なるステップアップを期待したい所だが、じゃあ二人の次なる相棒は何が良いか。実に悩ましい所だ。


「う~ん」

 考えながら頭をひねっていると。

「次の方~」

「あ、は~いっ!」

 受付のお姉さんに呼ばれ、俺は考えを中断して窓口へと向かった。いつも通り、ゴブリンの耳を提出し、数を数えてもらい報酬を受け取る。


 まぁ、急ぐ旅でもないし彼女達に合う銃はこれから探して見つけていけば良いか、なんて思いながら二人の元に戻ろうとした、その時。


「何よアンタらっ!喧嘩売ってるのっ!?」

 ッ!不意に聞こえてきた怒声。周囲に居た他の冒険者たちはなんだなんだと周囲を見回しているが、今の声には聞き覚えがあるっ!ミラのだっ!俺はすぐに声がした方へと向かった。人の合間を進んでいき、人の壁を越えた先では。


 ミラがマイを庇いながら、5人の女性冒険者たちを今にも襲い掛かりそうな、威嚇する犬や狼みたいな険しい形相で睨みつけていた。

「ちょちょっ!?何してるのっ!?」

 俺は、今にもミラが掴みかかるんじゃないかと考え、慌てて彼女と、5人組の間に割って入った。


「ッ!邪魔しないでっ!アンタには関係ないわっ!」

「いや関係あるしっ!仮にもパーティーメンバーなんだからっ!ってか何があったのっ!?」

 状況が理解できずに声を荒らげると。不意に後ろから『クスクス』と嘲笑するような声が聞こえてきた。振り返り5人組の方を向けば、連中はまるで俺を嘲笑うかのような笑みを浮かべている。……普通なら怒りそうな場面だが、状況がまず分からず俺は困惑していた。こいつらはなんだ?なんでミラはこんなに激怒してるんだ?


 訳が分からず、混乱していると。

「へぇ、君。今そいつらとパーティー組んでるんだ?」

 5人組の1人、皮の防具と剣で武装した、リーダー格らしい女があからさまにこちらを見下すような表情でそう声をかけてきた。


「だったら、何だよ?」

 困惑が薄まってくると、今度は怒りが湧き上がってくる。生憎俺はドMじゃないし、あんな見下すような視線をぶつけられて冷静でいられる程、気が長い訳でもない。自然と語気が強めの物になる。


「その様子じゃ知らないのかしら?そのミラって女が、どれだけお金にがめつい守銭奴で、生意気な奴かって事が」

「ッ!なんですってっ!」

「み、ミラちゃんっ!」


 今にも飛び掛かりそうなミラをマイが必死にしがみついて抑えている。5人組の方は、そんなミラや俺とマイを嘲笑うかのようにクスクスと卑しい笑みを浮かべている。

「君、そのミラと一緒に居ると、不幸になるわよ?」

「どういう意味だ」

「そいつ、大した腕も無いくせに報酬は均等に山分けだ~とか五月蠅いし、弱いくせにいっちょ前に向上心はご立派。まぁ、そういうのを『無謀』って言うんでしょうけど。ふふっ」

「っ!こいつ言わせておけばっ!ぶっ殺すっ!」

「ミラちゃんダメだよっ!」

 顔を怒りで真っ赤にし、殺意を隠そうともしないミラ。だがマイの方はまだ冷静だ。何とかミラを抑えようと後ろから彼女の手を引いて止めている。


「悪い事は言わないから、そいつらとパーティー組むの、やめた方が良いよ?金にがめつくていっちょ前に向上心だけは強い無謀女に、その無謀女のあとを付いて回るばかりの弱虫。何の役にも立たないだけだもん」

「ッ!テメェッ!もう許さねぇっ!」

「きゃっ!」

 ついにミラがマイの手を振り払い、5人組に向かって行こうとするっ!それを俺が慌てて止めたっ。


「クソっ!おいっ!離せっ!」

「馬鹿っ!相手の挑発に乗るなよっ!ギルド内で問題起こしたら不味いだろっ!」

「うるせぇっ!こんだけ言われて黙ってられるかっ!絶対ぶっ殺すっ!」

 ダメだっ、完全に頭に血が上ってるっ!今は何とか、羽交い絞めみたいな形で止めているが……。俺が離したら絶対ミラはあの5人に襲い掛かるっ!クソっ!どうするっ!?


 何か打開策を、と考えていた時。

「何やってるんですかっ!あなた達っ!」

 そこに、ついに見るに見かねてかギルドの職員さん達が数人やってきた。

「ギルド内で喧嘩は禁止ですよっ!後あなた達もっ!相手をこれ以上煽るのはやめてもらいますよっ!」

「ふんっ」

 ギルド職員のお兄さんが声を上げると、5人組のリーダーらしい女は面白く無さそうに鼻を鳴らすと、そのまま仲間を連れてギルドの外へと出ていった。


「おい待てよっ!おいっ!」

 5人組が出て行っても、その後を追おうとするミラ。

「いい加減にしろミラッ!ここで問題を起こしても奴らの思うつぼだぞっ!」

「うるさいっ!これだけ言われて、黙ってられる訳ないでしょっ!離しなさいよっ!」

「み、ミラちゃんっ!」


 その後、俺とマイは何とかミラを宥めた。最終的にはマイの『問題を起こして冒険者資格まで失ったら、もう』、という言葉でようやくミラは我に返った様子でクールダウンした。


 それから、最後にギルド職員の人たちからギルド内は喧嘩禁止だって事を注意され。最後にお互い無言のままお金を分けて、その日は解散という事に。明日また、と俺が苦笑を浮かべながら伝えるが、ミラは仏頂面で俺を睨みつけるように見るばかり。それに気づいてマイが何度も頭を下げながら、『そ、それじゃあまた明日ッ!』と言ってそそくさとミラを連れて行ってしまった。


 俺はというと、折角依頼を達成したというのに、あの5人組のせいで最後はミラ達とギスギスしてしまった事で気分が落ち込み、ため息交じりに夕食を適当な所で取り、宿に戻った。


 ったく、あの5人組のせいで最悪の気分だ。折角依頼を達成したってのに、達成感が消えちまった。あ~~クソ。あいつらの事なんか考えたくも無いのに、さっきまでの光景が頭の中で何回もリピート再生される。


 それからしばらくベッドでゴロゴロしていた時だった。ふと、『そういや、あの5人組とミラ達の関係って何なんだ?』という疑問だった。


 とはいえ、俺が考えた所でただの邪推でしかないし、本人たちに聞けるような雰囲気でもない。出来れば、明日になってミラの機嫌が直っていると良いんだけど。


 何てことを考えながら、俺は眠りについた。……が。


「………」

「お、おはようございますカイトさんっ!」

「あ、あぁ。おはよう」


 ギルド前でミラ、マイの二人と合流したのだが、目に見えて分かる。ミラの機嫌は直って等居ない。今も仏頂面を浮かべている。正直、頭の血が上った状態で依頼なんて危険なのだが、それを口に出すと火に油を注ぎそうで、言えなかった。


「じ、じゃあ依頼を受注しに行こうかっ」

「は、はいっ!」

 マイの方も、いつも以上にミラの様子を伺っている。その後、俺たちはゴブリンの討伐依頼を受注し森に入った。



 しばらく歩いていると、先頭の俺がゴブリンの群れを見つけた。数は5匹か。いけるな。

「ミラ、マイ。前方にゴブリンを確認。数は5匹」

「ッ!はいっ……!」

 マイはAR-7を構え、緊張した様子で頷くが。

「……」

 一方のミラは無言で、それもかなりご機嫌斜めな表情でAR-7を構えている。かといって、『返事はっ!?』なんて言葉を出せる状況でもないしなぁ。仕方ない。


「いつも通りで行くぞ。まずは二人が。取りこぼしたら俺がMP7で仕留める。分かったな?」

「は、はいっ」

「……」

 返事をするマイと無言のミラ。

「おいミラッ」

 しかし今度は無言って訳にも行かない。せめて頷くだけでもしてほしくて、声を掛けたのだが。それが不味かったかもしれない。


「アンタの助力なんか、要らないわ。アタシが全部仕留めるわっ!」

「なっ!?」

 ミラは何を思ったのか声高に叫ぶと茂みから飛び出したっ!?バカっ!見つかるぞっ!と叫びそうになったのを、俺はゴブリンが居る事を思い出し慌てて飲み込んだ。が……。


『ギッ!?』

『ギギィィッ!』

 ミラの叫びと枝葉をかき分ける音が大きすぎてゴブリンどもが気づいたっ!くそっ!

「マイッ!ミラをフォローするぞっ!あのバカッ、セミオートライフルで突撃しやがってっ!」

「は、はいっ!」

 悪態をつきながらも俺はマイと共にミラの後を追った。


「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 ミラは雄叫びを上げながら、AR-7を連射している。走りながらの射撃は、振動で銃身がブレ、精度が下がる。現にミラの放った弾は、今までの戦闘と違い当たらない物が多い。1発か2発がゴブリンの胴体や腕に当たるが、それだけだ。


「食らえぇっ!」

 ミラはある程度ゴブリンと距離があるところで足を止め、数発をぶっ放して3匹目、4匹目を撃ち殺すとマガジンをチェンジし、そのまま5匹目を撃った。

『ギギャァッ!!』

 5匹目は腹を貫かれて倒れ、その場で蹲り震えている。そして、その時俺はミラに追いついた。


「おいっ!?何やってるんだお前ッ!一人で飛び出しやがってっ!危ないだろっ!?」

 俺はMP7を構え、周囲を警戒しながらも叫んだ。

「うるさい……っ!勝てたから、良いじゃないっ!」

 ミラは肩で息をしながらも、最後の1匹へと近づいていく。そして痛みで苦しむゴブリンの頭に銃口を向け、引き金を引いた。頭を撃ちぬかれたゴブリンはそのまま力なく倒れこんだ。が……。


「クソッ、クソクソクソッ!!!」

 次の瞬間、ミラが悪態を連呼しながら何発もゴブリンの体に弾を撃ちこんだ。そして最後の8発目を打ち込んだ後、最後にミラが引き金を引いても、何も起こらなかった。ただ何度も引き金を引くミラ。


「……もういい。とっくに、そいつは事切れてる」

 その姿が見ていられなくて、俺が声を掛けた。

「……分かってるわよっ」

 ミラは吐き捨てるようにそう言うと、空になったマガジンを乱暴に捨て去り、新しいマガジンを装填し、ハンドルを引いて初弾を装填した。


「あぁクソッ!イラつくっ!!」

 ……どうやら昨日の事、まだ引きずってるみたいだな。まぁ無理もないが、ここは俺が言うしかない。


「おいミラ、落ち着けよ。そんな風に怒ってばかりじゃ危ないぞ」

「何よっ、アンタもあいつらみたいにアタシが短気だって言いたい訳っ?」

「そんな風に言ってるんじゃない。頭に血が上ったままじゃ、周りが見えなくて危険だって言ってるんだ。この辺りはゴブリンくらいしか居ないからって、そんな調子じゃゴブリンにだって足元を掬われるぞ」

「ッ!アタシがゴブリン程度に負けるって言いたいのっ!?」

「だから違うってっ」

 

 ミラは、どうやら完全に頭に血が上っていた。こちらの言葉をネガティブに捉えすぎている。

「良いか?俺たちは皆、ここには命がけで来てるんだ。だってのに頭に血が上った状態のままじゃ、周りが見えなくて最悪命を落とす危険だってあるんだぞ?そりゃ、あいつらの言葉は腹が立つ。それは俺でも分かる。だが今は……」

「分かる訳無いわよっ、アンタになんか……っ!」


 俺はただ、彼女を宥めたかった。だがどうやら言葉選びが悪かったようだ。ミラは不機嫌そうに俺を鋭い目で睨みつけている。


「銃を生み出して、戦えるアンタには。力を持った奴に分かる訳無いっ。お金も、食べ物すら満足に無かった私たちの、あの日々の苦しみなんてっ!気持ちなんてっ!力を持ってる奴に分かる訳無いっ!」

 彼女の目は、持つ者に対しての憎悪に駆られているようだった。それはどう見ても、仲間に向ける目じゃない。

「……」

 ミラの気迫に気圧され俺はただ、黙る事しか出来なかった。でも、俺に怒りをぶつけるように叫ぶ彼女の表情にはどこか、悔しさが浮かんでいるようだった。


 改めて、俺は彼女とマイの過去を何も知らないんだと、思い知った。

「アタシは、絶対にのし上がって見せるっ!あんな連中に負けてられないんだからっ!!こんな所で、ゴブリン程度を相手に悪戦苦闘しているようじゃ、アタシは上には行けないのよっ!もっと、もっと強くならないと……っ!」

 今の彼女の表情は、焦燥感に駆られていた。


 今のミラの焦りの原因が何なのか、今の俺には分からない。下手に声をかけて、余計怒らせても事だ。どうしたもんか、と思案していると。

「ミラちゃん」

 マイが優しくミラに声を掛けた。

「私は、分かるよ。ミラちゃんと同じだから。ミラちゃんの悔しさも。上に行きたいって気持ちも。あの人たちへの怒りも。でも、それをカイトさんにぶつけるのは、違うよ?例え今はまだ仮だとしても。一緒に戦う仲間なんだから。ね?」

「………そう、ね」


 ゆっくりと、優しく。親が子を正す時のような優しい声でマイはミラを宥めた。それが功を奏したのか、ミラは幾ばくかクールダウンした様子だった。

「ミラちゃん」


 マイはゆっくりとミラの方へと歩み寄る。とりあえずこれで一安心か、と俺が安堵した、その時。


『ギギャァァァァァッ!!!』

「「「っ!?」」」

 不意にミラとマイの傍の茂みから、1匹のゴブリンがこん棒を振り上げながら現れたっ!?しまったっ!?警戒していたつもりが会話に集中し過ぎていたっ!?


 銃は、ダメだっ!?二人とゴブリンが近すぎるっ!かといって今から走って間に合う距離じゃないっ!

「ミラッ!マイッ!」


 ただ思いきり二人の名を叫んだっ!ゴブリンが狙っているのは、ミラだっ!二人も突然の奇襲で驚き固まっているっ!

『ギァァァァァァッ!!』


 ゴブリンは、そんなミラに向けてこん棒を振り下ろしたっ!がっ。

「ミラちゃんっ!」

「きゃっ!?」

 咄嗟にマイがミラの事を突き飛ばしたっ!?だがこれではマイがっ!?


 そして、ゴブリンのこん棒が、無慈悲に振るわれた。


     第6話 END

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