地球儀
涼
星が降る。
私は、荷物の準備で大忙し。もう……、う~ん……まだ、一ヶ月もあるけど、新婚旅行だもの。たくさんたくさん、お洒落なお洋服を持って、え?向こうでも買うよ?勿論!
でも良いの!
新婚旅行五日前。
私は、地球儀を回した。
ねぇ、ここがイタリア?
ばあか。ここはチリだよ!
えー?だって、彬君、『細長い国』って言ってたじゃん?
『足の形してる』って言ったの!
足ぃー?何処?
ここ。
ここの、『レッチェ』ってところが、靴の踵みたいだろ?
あー!!なるほど!!見える見える!!
まぁ、
わー!!酷い!!私だって、タッチェ覚えたモン!!!
……バカ。レッチェだ……。
……覚えとく。明日までには……。
会社、行ってくる!
うん!行ってらっしゃい!!
私と彬君は、その日、普通に、ごく普通に、会社に行って、それを見送った。
だけど、私たちに、明日はなかった――……。
その日の夜、帰宅した彬君が、キッチンで倒れている私を見つけて、救急車を呼んだ。
そして、告げられた。脳梗塞だ、と。そして、更に追加されたのは、もう、目覚めないかも知れない、と。そして、更に更に追加されたのは、そのまま、数年もてばいい方かもしれない――……と。
5年後――……、
貴方は私の手を握って、 毎日体を拭き、 髪を梳いて――……。
なんどもなんども、 からだをベッドの上で転がすの。
かなしいな……、 私なにも言えないんだもの。
それなのに、 涙が私は止めることが出来ないの。 それがまた、
貴方の期待を生んで、 そして、 絶望を呼ぶの。
その絶望に、貴方は泣く。私の手の平に涙を伝えて……。
私にとって、それほどの罰は無いのに……。
一目会いたい――……。 でも、この瞳は開かない。
力が、入らない。どうしても。
知らないでしょう? 私、貴方を感じているの。分かっているの。
レッチェ、憶えているのよ。 イタリアの、かかと……。歪ね。
まるで、あの日、私の瞳に映った、水道の蛇口の様。
謝りたい。もう逝くね、って言いたい。長い間、縛り付けてごめんねって。私、もう大丈夫だからって。地球儀は――……他の誰かと、回して。また、もう一度。大丈夫よ。嫉妬したりしない。怒ったりもしない。すねたりなんかしない。悲しんだりもしない。
レッチェへ、どうか、旅立って――……。
そう……伝える事も、出来ない。恨めしいほどに、私の体は、ゆう事を聞かない。
どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして――……
幸せだったのに……、幸せなのに……、もう、伝えられない。もう、伝わらない。
星が降る。貴方は、何を願う?私の命がまた宿る事?
私は、貴方の名前を、もう一度だけ、呼びたい――……。もう、一度だけ。
星が降る。貴方は、また涙を流す。
星が降る。貴方は、私の涙を拭う。
こんなに、通じ合っているのに、こんなに、通じ合わない。
貴方が、私の名前を呼ぶ。呼び返したい。呼び返したい。
貴方が、私の手をギュっとする。握り返したい。握り返したい。
面会時間の過ぎた病室。電気がついていようといまいと、私にはおんなじなのに、どうして、こんなに真っ暗なの?
貴方を――…抱き締める。瞳の裏に映る、5年前までの、貴方を、全部。
毎晩。毎晩。抱き締めている。
お願い神様――……私に、あの人の幸せを、祈れるうちに、私を――……、
私を、連れて逝って――……。
地球儀 涼 @m-amiya
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