第16話 陰キャ、現実世界でも無双する

「え、あ、いや……その……何をすればいいっていうのは?」


「言葉通りの意味よ! 君は私の命の恩人。命の恩人に報いるにはどうすればいいのか分からないのよ! だからこうして聞いているのっ!」


 し、し、知らねえ〜〜〜〜!!!


 僕だって分からないよそんなの!! 命の恩人っていう実感すら曖昧なのに、報いる方法なんて聞かれても!


 うーん、で、でもこうして彼女が困っている以上、何か提案してあげるべきだろう。にしても命に釣り合うような対価か……。


「マジで何も思い浮かばない……」


「君……欲とかないわけ? 私が学園でどんな風に呼ばれているのか分かるでしょう?」


「い、いやそれが……」


「それが?」


 僕の顔を覗き込むように顔を近付ける彼女。あまりの近さと気まずさに僕はそっと視線を逸らす。


「実は貴女のこと、僕あまり知らなくて……。というか姿は見たことあるな〜〜ってくらいで、名前とか覚えてなくて」


「は、はあ……? 学科は違うけど、同学年の首席よ私。首席の名前覚えていないとかそういうのあるの?」


「……すみません」


 呆れたようにため息を吐く彼女。


 そんな時だ。屋上の扉が勢いよく開かれる。


「おいゴラァ! どういうことだ陰キャ!! なんでお前みてえな陰キャが俺様のお嬢に呼び出されているんだ! 納得いかねえぞ!!」


「そうだそうだ! 陰キャ、お前何をやりやがった! お前とお嬢、どう考えても釣り合っていねえのは分かってんだろ!!」


 アキラたちが怒鳴りながら屋上に入ってくる。


 先ほど、彼女に鋭い眼光で睨みつけられたのに懲りない人だ……。


 でもさっきは助けてもらったんだ。深層の魔物に比べたらアキラたちなんて怖くない。僕だけならまだしも、彼女に迷惑がかかるのはよくないだろう。次は僕がこの事態を解決しなくちゃ……!


「ええそうね。貴方たちの言うことは正しいわ。彼と私、確かに釣り合っていないかもね」


 僕が前に出て、何かを言おうとした時だ。


 彼女が一歩前に出ながらそう口にした。そっか、そうだよね……アキラたちの言ってることの方が……。


「そうだよなあ!! だからさあ! こいつには変な勘違いがないようきっちりと教えておくんで、俺たちと遊ぼうぜ? なっ!!」


「うちの陰キャが勘違いさせるようなことしてすみませんねえ。二度とないようにしておきますので!」


「貴方たち、何を言っているのかしら? いつ、私が彼より上で彼が私より下だと思ったの? 逆よ」


 彼女の言葉に理解が追いついていないのか、呆然とする僕たち。え……ぎゃ、逆?


「今、私は彼にどんなことをすれば満足するのかと聞いているところよ。変な勘違いしないでほしいわね。貴方たちこそ、弱い者いじめをして、強くなった気でいて、随分と彼に酷い仕打ちをしたみたいじゃない?」


 いや、一部別の方向性で勘違いを生みそうな発言をしているのですがそれは大丈夫なんでしょうか……?


 そんな僕の心配をよそに彼女はスマホを操作して、ある配信のアーカイブを開く。それは二日前。僕が奈落への道に突き落とされた時の配信だ。


「な、なんでそれをお前が見れているんだよ!! それは身内だけの限定配信だぞ! お前に見られるわけ……おいまさか!」


「偶然、偶々、親切な人が教えてくれたわ。ついでに言うと何人から、日常的にいじめが行われていることも全部教えてくれたわ。親切なことにね」


 なんだろう……彼女の笑顔がとてつもなく怖い気がする。きっと気のせいじゃない。気にしない……気にしない。


「こんな物が出回ったらどうなるでしょうね? 貴方たちはダンジョン専攻科。ダンジョンでパーティーメンバーを危険な目に合わせるなんて、信頼を失ってもおかしくないはずよ」


「て、てめえ……舐めた真似をしやがって!!」


「化けの皮が剥がれてきたわね。いいわかかってきなさい。貴方たち程度のチンピラに負けるなんて……」


 逆上したアキラをさらに煽る彼女。腕に覚えがあるようだけど……それはダメだ。暴力を振るったりするのは違う。


 僕は振り下ろされるアキラの拳を、彼女とアキラの間に入って手のひらで受け止める。……うん、深層の魔物に比べたら、こんなのスローモーションに見えるし、何よりも凄みがない。


「な……て、てめえ!! 何調子に乗ってんだ!!」


「やめようよ。こんなことしてもなんの意味もないって分かるだろう? 暴力沙汰は御法度。それがうちのルールだ」


「少し見ない間に随分と偉くなったなあ!? アア!?」


 アキラは次々と拳や蹴りを放ってくるが、全部遅く見える。バイコーン、レッドオーガ、ブルーオーガ、キメラ……奴らの隙を窺い、一瞬で暗殺を決めなくちゃいけない状況に比べたら、あまりにもこれは楽勝だ。


 アキラの蹴りに合わせて、支えている足を軽く払う。アキラの身体はその場で一回転するが、僕は腕を持ってそれを支えて、アキラを何事もなかったかのようにその場に立たせる。


「ね? もう満足したろ?」


「くっ……くっそ! 覚えておけ!! この借りはいつか返してやるからな!!」


 そんな捨て台詞を口にして退散していくアキラたち。その背中を見届けた後、僕はその場で尻餅をついて息を吐き出す。


「ああ〜〜〜!! 緊張した! 人に暴力とか無理無理!!」


「ふふっ、カッコよかったわよ。でもいいのかしら? あんな風に見逃して」


 彼女は僕の顔を覗き込むようにそう口にする。このアングル絶妙だ……後少しでスカートが……。


「プライドが高いですし、しばらくは大人しくなるでしょう。これでも何か言ってくるようなら、対策を考えなくちゃいけませんが」


「そう、では二重に借りを作るのもあれだから、ちょっとしたご褒美でもあげましょうか」


 彼女はその場に座り込むと僕の頭を膝に乗せる。これって……も、もしかしなくて膝枕ってやつ……!?


「役得でしょ? もしかして別の方が良かったかしら?」


「い、いいえ……。う、嬉しいです」


 い、今どんな顔をしているんだろうか……。


 つい、顔が熱くなっているのを感じて目を逸らしてしまう。


「そ、そういえばひとつ聞いてもいいですか?」


「ん? 何かしら?」


 僕は勇気を振り絞って彼女の目を見つつ、彼女にこう聞く。


「名前……教えてくれませんか?」


☆★☆★☆

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