第7話 陰キャ、新たなスキルツリーを解放する

【キメラの心臓を食べたため、吸収のスキルを獲得しました。また全能力の向上を確認しました】


 見慣れた一文が僕の視界に映し出される。


 僕は一呼吸置いたのち、吸収のスキルを確認する……そこには。


【吸収

 倒した魔物の能力を確率で、一定時間得るというもの。またキメラ系の武器を使用時、効果の発動確率を上昇させる。

 分離というスキルで吸収した能力を分離保存できるようになる】


 ふむ、なるほど。能力としてはキメラの爪と大きく変わらない。発動条件が倒すか、ダメージを与えるかの違いだけだろう。


 けど、キメラ系の武器を使用時に効果の発動確率を上昇させる。これはかなりいい能力だ。僕にとってはこっちがメインになるだろう。


 分離っていうスキルがあれば吸収した能力を分離保存できるようになるらしいけど……僕では分離のスキルを持っていそうな魔物は思い浮かばなかった。


「まあそのうち見つかるかな。多分深層の魔物だろうし……また調べないと」


 それよりも、これでかなり深層突破が楽になるだろう。超突進や壁走りで移動の選択肢はかなり多く、吸収とキメラの爪で対応力や一発逆転もできる。


 できれば週明け……いやその前の日曜日までには地上に戻りたい。あまり長く行方不明になってたら、母が心配するかもしれないし……。


「よし、頑張るぞ」


 僕は深層の上、下層に向けてさらに加速していく。


 どうやら僕が落ちた神域水がある湖は深層の中でも真ん中より下にあったたらしい。上に行けば行くほど魔物の数は多くなり、代わりに徐々にフロアが全体的に狭くなっている。


 ダンジョンの構造について詳しく調べた人はいまだにいない。ただ仮説では上層から下層までは逆ピラミッド状、深層はピラミッド状になっているのではという説がある。


 魔物の数が多く感じるのは、おそらくエリアが全体的に狭いため。キメラやメドゥーサの使い魔、アシッドトード、バイコーンほどではないが、危険度の高い魔物がうじゃうじゃといる。


「なるほど。これは行くのも地獄、戻るのも地獄って言われる意味がよくわかるね」


 深層はよく、行くのも地獄なら帰るのも地獄と言われている。


 深層がピラミッド状だと仮定した場合、魔物の密集度が高いのは入った直後。下層をやっと思いで突破したら、狭いエリアで多くの魔物がいるという洗礼を受ける。


 そしてこの構造が牙を向く時は帰る時……。こちらの都合なんて魔物に関係ない。どれだけ消耗していても、もう一度魔物が密集するところを抜けなければ、下層に戻ることはできないのだ。


「いくら敵が強くないとはいえ、やっぱり疲労は溜まるんだね……」


 気配感知、隠密行動、スキル発動の選択。進化体で進化した体といえど、長時間の慣れない環境での活動は消耗が大きい。


 気がつけば少しずつかいている汗の量も多くなっていた。


「やっぱりあのスキルツリーは必要。できれば取らずに帰れればその分別のことに使えたんだけど……!」


 魔物の密集度を考えるに、ここを消耗して集中力などかいた状態で挑むのは少し無謀だ。


 進化体の効果であるスキルツリーの獲得。これを増やす条件がわからず、獲得回数を増やせなかったためギリギリまで取るのを伸ばしていたけど、ここは取らないと厳しい。


 なので、僕はもう一つのスキルツリーを今ここで取得する。


「進化体。生還者のスキルツリーをちょうだい」


【確認しました。生還者のスキルツリーを解放します。これによりスキルポイントも付与しました。確認してください。またスキルツリーの獲得回数がゼロになりました。条件を満たし次第、獲得回数は増えます】


 次、進化体でスキルツリーを解放しようと思ったら条件を満たすしかない。


 ただ、スキルツリー自体は自力でも解放できる……というか本来そっちが正しい手順なので帰れたら色々とスキルツリーについて調べ直そう。


 今気にすべきは獲得した生還者のスキルツリー。


 これは暗殺者や狩人みたいな上級スキルツリーとはまた違う位置付けのスキルツリー群の一つで、特殊スキルツリーと呼ばれている。


 上級スキルツリーは取るのに条件があり、その条件を満たさなくてはならないが、逆にいえば条件さえわかっていれば地道な努力で手に入る、いわゆる誰にでも手に入るようなスキルツリーだ。


 しかし特殊スキルツリーは違う。


 特殊スキルツリーは解放に上級スキルツリーとは別種の条件を満たす必要があり、これがかなりの曲者だ。


 生還者のスキルツリー解放条件は、ダンジョンに一週間以上潜り続けた状態で、かつ自分の最高到達階層を更新した上で生還するというもの。


 条件を知っていても、これを解放した探索者はかなり少ない。広大なネットの海とはいえ、出ている情報は他のスキルツリーに比べると少ない方だ。


 このスキルツリーは火力に繋がらず、味方の直接的な支援ができるわけでもない。


 しかし、生き残ること。これに特化したスキルが揃っており、ダンジョンの構造を看破できる構造看破、罠感知、安全地帯探索、サバイバル能力の強化、ダンジョンでの不運防止など、ダンジョン探索におけるリスクを軽減できる優秀なスキルが多い。


 下層や深層まで潜るような上位の探索者パーティー、またはギルドにおいて、生還者持ちは一人は必ずいる。もしくはかなり高待遇で迎えいれられると言われるくらいの性能はしているのだ。


 生還者と隠密能力が高い暗殺者や狩人とは相性抜群。


「よし、まずは安全地帯を探そう」


 ダンジョンには魔物が寄り付かない、いわゆる安全地帯がどの階層にも一つ以上は存在している。


 生還者がなければこれを見つけるのは運任せや事前情報頼りになるけど、生還者であればこれを見つけるのも容易だ。


 僕は野生の勘にも似た感覚で、安全地帯を捉えてそこへ気配を消しつつ向かう。


 安全地帯には難なく辿り着くことができ、僕はそこに入り込む。崩れた石柱に隠れるように、それはあった。


「おお、意外と広くて明るい……いや違うか」


 安全地帯にはランタン、布や鞄が放置されていた。


 どれだけ前のものか分からないが、気配感知で近場に探索者の気配が感じられなかったあたり、結構前のものだろう。


「でも使用済みの転移結晶らしきものがあるし……脱出できたのかななんとか」


 床に転がっていた手のひらサイズの濁った水晶を拾う。転移結晶。高価なアイテムで、ダンジョンから脱出できるという効果を持つ。


 恐らく、安全地帯を見つけた探索者たちが転移結晶を使って脱出したのだろう。それにしては布や鞄が放置されている理由が分からないが……。


「取り敢えず少し休もう。落とされてからずっと行動し続けてたから体力と精神が……」


 地面に座ると、一気に力が抜けていく。やはり気がついていないところで疲労って溜まってるんだな。


「お母さん……心配していないかな。捜索届とか出していないよね……多分」


 一日帰ってこなかったくらいで捜索届とかは考えたくないけど、でも帰ってこないのはかなり心配しているだろう。


 スマホや財布が入ったカバンもこのダンジョンに来る前にロッカーに預けたから連絡つかないだろうし……。


 とにかくここで身体をしっかりと休めて、ダンジョンから生還することだけを考えよう。生還者にはどんな環境下でもぐっすり眠れるというスキルがあるから、身体を休めることは得意だ。


「……今は、ぐっすり寝て……明日に……」


 目を閉じると案外すぐに意識は闇の中へと落ちていく。



 ——この時、まだ僕は知らなかった。このダンジョンを脱出するときに立ちはだかる大きな規格外イレギュラーを。


 この時はまだ。



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