後部座席に死体を積み込み助手席にイオを乗せて暗い道をひた走る。時折、膝にバックパックを抱えたイオのこわばった顔が黄色い街灯に照らされて重い沈黙の中に浮かび上がる。日付はとうに変わっていて、地平線の下から進み来る太陽の幻に追い立てられるようにアクセルを踏んだ。


 死体を担いで道なき道を歩くより人の手の入っていない山中の土を掘り返す方が予想を超えて難しく、これでいいだろうという大きさと深さの穴が掘れるころには空が白み始めていた。なるほど、死体をバラバラにするというのは穴を掘る手間を軽くするにも役立つ手段なのだろう。今後の人生で一切使わないであろう――使う機会があって欲しくない――気づきを得た。

「ありがとう」

 ずっと懐中電灯で照らしてくれていたイオに礼を言い、死体を足で穴に落とす。あとは土をかぶせるだけだし、手元が見える程度には空が明るくなってきているから明かりがなくても大丈夫だろう。伝えるとイオは体の前に抱えたバックパックに懐中電灯をしまってビニール袋に入れた靴を取り出した。

「これも」

 忘れるところだった。男が履いてきた靴は家を出る直前にイオが気づいて持ってきてくれたものだ。死体そのものばかり気にしていたが、確かにこれも処分すべきものだ。そ知らぬ顔でゴミに出してもいいのだが、死体を埋めるなら一緒に埋めてしまった方が安心だ。

「それから――」

 死体の上に靴を投げ込んだ俺の横でバックパックを探り、イオがタオルにくるんだ包丁を取り出す。そうだ、包丁も処分した方がいい。はらりと白いタオルが穴の中に落ちていくのを目で追う。けれど、イオはいつ包丁をバックパックに入れたのか、いつの間に包丁をそんなきれいに洗ったりしたのか、


 聞こうと思うより先に包丁は俺の腹に突き刺さっていた。


「……ごめん、ケイ、ごめんね」

 バックパックが地面に落ちる音を聞く。イオはまた泣いていて、俺は痛いとか苦しいとかよりこいつの泣き虫は本当に小さい頃から変わらないなあ、と場違いなことを考えていた。

「ケイは、ケイはずっと俺のこと助けてくれたのに、いつも俺のこと守ってくれたのに、」

 イオがしゃくりあげるたびに腹に刺さった包丁がかすかに揺れるのを感じる。

「でも、ケイは、死体埋めたから、こいつ死体埋めたんだよなって、俺思っちゃうからさあ、」

 服が生ぬるく濡れていくのが分かって、少しづつ寒くなってきたのは俺なのにイオの方がずいぶんと震えていた。

「どんなにかっこよくても、どんなに正しくても、でもこいつ死体埋めたんだよなって、俺きっと、ずっと、ケイの顔見るたび思っちゃう、ケイはいつだって正しくてかっこよくて俺のこと守ってくれるのに、そんなの……そんなの、俺、無理だから……」

 ただ、涙を拭いてやりたかった。でも持ち上げた手をどう思ったのかイオは慌てたように俺の体を突き飛ばす。踏みとどまる力ももう無くて俺は腹に包丁を抱えたまま仰向けに穴の中に落ちた。

「ごめんね、ケイ」


 そんなに泣かなくても謝らなくてもいい。俺だって別にイオが言うほど清く正しい人間じゃない。こいつを守るのは俺なんだっていうエゴで全部やったんだから、イオだってイオのエゴで行動していい、俺はそれでいい。それで構わないから。


 伝えれば少しは涙も止まるだろうかと考えるがもう思うように声も出ない。


 そうだ、俺のことは気にしなくていいけど、イオ、お前ここからどうやって帰るんだよ。免許は持ってた気がするけど、運転はできるんだっけ。こっちに来てから助手席に乗ってばっかりだったろ。そもそも車の鍵は俺のポケットの中なんだから、埋める前にそれだけでも持っていけよ。ついでに財布も一緒に持ってけ。俺の部屋の合鍵は持ってきてあるか? なかったらそれも車の鍵と一緒にキーケースにつけてあるから。部屋も財布の中身も好きに使っていいから、手の傷、ちゃんと病院で診てもらえよ。コンビニで買った期間限定の味のアイスクリームも、ふたつともお前が食べていい。前に広告見て食べたいって言ってたろ。2人分と思って買ったけど、もう俺は食べられそうにないから。食べてるイオの顔が見られないのはちょっと残念だけど。


 思考は散漫になっていき体は土に覆われていく。白む空が見えなくなっていく。梢が風に揺れる音が、イオのすすり泣きが、遠くなっていく。


 ――ああ、2人埋めるんだったら、もっと深く掘っておいてやればよかった。


 後悔を繰り返した人生の果て、それが最後の悔いだった。

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繰り返しの果ての死体 朧(oboro) @_oboro_

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