1-2:「予期せぬ者」
遺跡内部を通る、薄暗く不気味な通路。そこを制刻は、先に入手した大剣を小枝のように片手の手先で弄びながら、悠々と進んでゆく。
その通路をしばらく進んだ所で、それは起こった。
制刻が進路上の床のある一点を踏んだ瞬間、そこが微かに沈み込む。――それは、仕組まれた罠の発動スイッチであった。
床が踏まれた瞬間に制刻の頭上より、いくつもの大きく鋭利な針の突き出た、剣山状の釣り天井が勢いよく落下して来た。襲い来たそれは、制刻の身を貫き潰す――
――事は無かった。
見ればなんと、制刻は空いていた片腕を掲げ上げ、その指先で剣山の針先を摘まんで、釣り天井を止めていたのだ。
「こりゃ怖ぇ」
本当にそう思っているか怪しい、端的な一言。
それと同時に、釣り天井を止めた腕を軽く振るう制刻。
すると釣り天井の支えの縄が切れ、釣り天井は制刻の背後へと投げ飛ばされ、激しい音を立てて損壊した。
背後で無残な姿となった釣り天井を一瞥した後、制刻は進行を再開した。
またしばらく進んだ所で、再び制刻を罠が襲った。
不自然に側面に窪みのできた通路を進行中、その窪みより、巨大なハンマーが襲い来たのだ。
ハンマーは制刻の身を打ち、壁に叩き付けてその身を潰す――
――事は無かった。
「ん」
制刻は、側面より襲い来た巨大なハンマーに向けて、拳を作った片腕を突き出した。
勢いよく襲い来たハンマーは、制刻の拳に衝突。
――結果押し負けたのは、ハンマーの方であった。
制刻の突き出した拳は、ハンマーの正面を思い切り凹ませ、そしてその勢いを殺して襲留めて見せたのだ。
「ほれ」
そして制刻は、そんな一言と同時に拳をさらに少し突き出し、ハンマーを押し戻す。
ハンマーはそこから凄まじい勢いで押し戻され、その先の壁に激突。壁にめり込み埋まり、その役目を果たさなくなった。
制刻は片手に摘まんだ大剣を弄りながら、さらに進む。
いくらか遺跡内を進んだ時、制刻は背後に何か大きな音を聞いた。
「あ?」
振り向く制刻。その目に映ったのは、通路を転がってくる巨大な岩石であった。
勢いよく転がりくる岩石は、通路幅いっぱいの大きさだ。左右に避けられる空間は無い、走って前方に逃げるしかない。
「あぁ、やぁれやれ」
しかし制刻はそんな一言を発すると、あろう事か転がり来る岩石に向けて、正対して立ち構えた。
岩石は瞬く間に転がり接近。制刻の鼻先まで迫る。
次の瞬間には、制刻は岩石にペシャンコに押しつぶされてるだろうと思われた。
しかし――
――ドゴン――と、凄まじい衝撃音が上がった。
見ればなんと、制刻は拳を真正面に突き出し、それが岩石に叩き込まれていた。そして驚く事に、岩石は制刻の拳に押しとどめられ、停止していたのだ。
否、それだけではない。
直後に、岩石にピシピシと亀裂が走る。そう見えた刹那、巨大な岩石は崩壊し、無数の欠片に変わり崩れ落ちたのだ。
そう――制刻の拳骨が、巨大な岩石を叩き割ったのだ。
制刻は、つまらなそうに砕け散った岩石だった欠片を一瞥。
「どうにも、これを取りに来た人間を、試してるみてえだな」
それから手先に持っている大剣に視線を落として、そんな一言を呟いた。
そして身を翻し、さらに進む。
そんな調子で、制刻は遺跡内部を突き進んでいった。
時に落とし穴を一跳躍で越え――
時に降り注いだ毒矢を、全部片手で払い落し――
時に襲い来た巨大な鎌を、人差し指と中指だけで止め、そしてねじ伏せ――
制刻は悠々と、そして淡々と、危険溢れる遺跡内部を何事も無いように進んでいった。
そうしてダンジョンを踏破し切った制刻は、その行きついた先に、堅牢な鉄扉を発見する。
「――どぉら」
その鉄扉は、制刻のかました蹴りによって、盛大に蹴り破られた。
蹴り破られ、バタンと音と土煙を立てて倒れる鉄扉。制刻はその鉄扉を踏んで、隔てられていた向こう側の空間へと踏み入った。
踏み入った先に広がっていたのは、円形のこじんまりとしたホール状の空間。壁に沿っていくつか扉があるのみで、他に特徴的なものは見られない。
「アトラクションは、終わりか?」
そんな空間の様子を見渡しながら、同時にこれまで遭遇して来た多種多様な罠を思い返しつつ、制刻は呟く。
しかし、異変が起こったのはその時であった。
空間の床から、微かにだがピシピシと音が聞こえる。そして制刻が視線を降ろせば、床面には亀裂が走っていた。制刻がそれを見止めた瞬間、亀裂は加速度的に大きくなり、床面を浸蝕してゆく。
まずい――そう思い制刻が退避しようとした瞬間、床はその全面が崩落を起こした。
「チィッ!」
その崩落はこれまでのような罠ではなく、遺跡の老朽化が引き起こした物であった。脆くなっていた遺跡に、先の扉を蹴破った衝撃がとどめを刺したらしい。
制刻は崩落に巻き込まれ、舌打ちを打ちながらも、瓦礫となった床面と共に落下。
落下した下階は、似たようなホール空間であった。幸いそこまで高さは無く、制刻は宙空で体勢を立て直し、下階の床に難なく着地して見せた。
「――ッ!」
しかし着地した瞬間、制刻は別の嫌な気配を感じ取る。そして真上に視線を向けた瞬間、今度は先程までいた上階の天井が、立て続いて崩落した。
「――チクショウ」
立て続いた事態に、悪態を吐く制刻。
――その直後、崩落し瓦礫となった天井が、雪崩のように制刻の身に降り注ぎ、襲った。
瓦礫が降り注ぎ、土煙が盛大に上がり、制刻の姿が消える。
しばらくして土煙が収まると、その場には降り積もった瓦礫が山を形作っていた。
「――あぁ、ったく」
制刻の身体は、その降り積もった瓦礫の中にあった。幸いにして負傷などこそしていなかったが、不覚を取り埋まってしまった事に、制刻は再び悪態を吐く。
そしてこの気分の悪い生き埋め状態から、早急に脱出すべく、自身に降り積もった瓦礫の山を退けようとした。
――しかし、制刻が何かの物音。そして気配を瓦礫の向こうに感じ取ったのは、その瞬間であった。
「ッ」
反射的に、息を潜める制刻。
済ました制刻の五感が掴み捉えたのは、間違いなく何者かが空間に踏み込んで来た気配であった。それも複数。
河義等、あるいは合流予定の部隊の可能性も無いではなかったが、敵意のある存在である可能性も捨てきれない。
万が一を鑑み、制刻は引き続き息を潜め、瓦礫の向こうの者達の動きに、注意を向ける。
「――ここなのか?――よし〝GONG(ゴング)〟、どかしてくれ」
瓦礫の向こうより、何者かのそんな声が聞こえ来たのは、その直後であった。
続いて、瓦礫の向こうより物音が聞こえ始める。
そして程なくして、積もった瓦礫の一部が外側より崩れる。――そのできた開口部より、強烈な光が差し込んだ。
「ッ」
突然差し込んだ光に、制刻はおもわず顔を顰める。
しかしそれも束の間。次の瞬間、制刻の胴は何かにむんずと掴み抱かれ、そして瓦礫の中より引っ張り出されたのだ。
制刻の胴を掴んだのは、何か腕のような物。瓦礫より引っ張り出された制刻は、そのままその腕に高々と持ち上げられる。
そして制刻は、そこで初めて自信を瓦礫中より引っ張り出した、その存在を眼下に見止めた。
――それは、異質な物体であった。
全高は2.5m程。人の形を模した姿をしているが、その身体を構成するのは、金属、プラスチック、樹脂等。頭部らしき部分にはモノアイが備わり、先に制刻を照らした光――ライトが瞬いている。
明らかに生き物ではない。機械――端的に表現すれば、〝ロボット〟であった。
188㎝ある制刻のその身体を、しかし機械の腕で悠々と抱き上げるそのロボット。
異質で仰々しい姿だが、しかし害意らしき物は感じられない。感情でもあるのかその姿は、制刻を見つけ出した事を、何かうれしそうにしているように感じられた。
「やっぱり当たりだったな」
ロボット抱き上げられながら、少しばかり状況を訝しんでいた制刻。しかしその耳が、傍からの声を捉えた。
そちらに視線を移し見下ろす制刻。
そこに立っていたのは、一人の男性であった。
身長は180㎝前半程。その身には濃い青色のツナギを纏っている。厳ついが端正な顔立ちをしていて、整えたスポーツ刈りに揉み上げ、蓄えた顎鬚が特徴的。
それらの外観、顔立ちから、まず間違いなく日本人であった。
「――〝
その男性の姿を見止めた制刻の口から、より訝しむ様子で、そんな一言が発されたのはその時であった。
それは、そのツナギ姿の男性の名前に他ならなかった。
〝
彼は、制刻の知る人物――否、それ以上の関係であった。彼は制刻の幼馴染であり、そして親友である人間であった。
「GONG」
その敢日が発した一言。それに応じ、ロボットは制刻の身体を降ろして放す。
「――どういう事だ――どうしてここにいる、こんな所で何してる?」
降ろされた制刻は、そこからまず真っ先に敢日に近づき、そして怪訝な様子で言葉をぶつけた。
制刻が怪訝に思うのも無理はなかった。
敢日は、元居た世界――日本にいるはずなのだから。
「なんだ、〝アイツ〟から話が行ってないのか?」
言葉を向けられた敢日は、何か意外そうな様子を見せて、制刻に言葉を返す。
「ヤツか――ったく」
〝アイツ〟。その言葉が、作業服と白衣の人物――制刻等をこの異世界に転移させた元凶を示す物である事は、すぐに分かった。そして制刻は、その姿を思い返して悪態を吐く。
「自由。お前が何か異世界で大変な事に挑むから、手助けをしてやって欲しいとか言ってたぞ?」
敢日は、おそらく作業服と白衣の人物より聞き及んだらしい内容を、制刻に話して見せる。
「アイツ」
まるで制刻が自主的にこの異世界へ介入したような、事実と若干ズレのあるその内容を聞き、制刻は憎々し気に零した。
「解放まで巻き込みやがって」
そして、親友までその企みに巻き込んだ事を、憎むように零す制刻。
「はは、アイツらしいな」
一方の敢日は、特段気にした様子は無いように笑って見せた。
異世界転移の元凶である、その作業服と白衣の人物は、二人の共通の知り合いであった。
「まったく――」
小さくため息を吐く制刻。しかし忌々しく思う一方で内心では、ひょっとしたら二度と会えないかと覚悟していた親友と、再会できた事を少なからず嬉しくも思っていた。
「――所で、これはGONGか?」
制刻は、そこで話題を切り替え、傍で鎮座するロボットへ視線を送りながら尋ね発する。
GONG――それはそのロボットの名前であった。
GONGは、敢日がその手で作り上げた、自立型のロボットだ。
しかし制刻は、また少し訝しむ様子でGONGを見つめている。その理由は、制刻の記憶にあるGONGの姿と、今の姿が大きく変わっていたからであった。
制刻の知るGONGは、縦横60㎝程の大きさの、浮遊型のボットであるはずであった。しかし今のGONGの姿は記憶の物とはかけ離れ、まるで機械で模したゴリラだ。
「あぁ、重作業用のボディを作ってみたんだ。大分、頼もしくなっただろう?」
制刻の尋ねる言葉に、敢日は自慢げに説明して見せ、そしてGONGの近寄りそのボディをポンと叩く。それに合わせるかのように、GONGは独特の電子音を鳴らしながら、頭部モノアイで制刻へと振り向いた。
「オメェも、相変わらずだ」
そんな敢日に対して、制刻は感心と呆れの混じった様子で呟いた。
「さて、他にも色々話したいトコだが、移動しながらにしよう。――ここから早いトコ、脱出した方がいい」
それから敢日はそう促す。
「その得物は、GONGに運んでもらうといい」
敢日は、制刻の手の持つ大剣を指し示しながら言う。
制刻がその大剣を差し出すと、GONGはそれを受け取る。そしてそのボディの背中に設けられた、ペイロード・サポートシステムのデバイスの一つである、クリップアームに大剣を挟んで背負って見せた。
「おし、行くぞ」
「あぁ」
そして二人と一機は、この遺跡からの脱出を開始した。
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