チャプター1:「新たな邂逅」

1-1:「鼓動」

御贔屓にしていただいている皆さん、お待たせいたしました。

第2部開始となります。


何卒よろしくお願いいたします。



――――――――――



 草原が広がり、なだらかな丘が連なり、時折森や林の生い茂る光景が広がっている。

 長閑な景色を見せるその一帯。

 ――しかしそんな光景をかき乱すかのように、異質な音声が響き渡っていた。

 一帯の上空には、異質な物体の飛ぶ姿があった。

 巨大な縦長の胴を持ち、その頭上でまた異質な翼のような物を回転させ、けたたましい音を響かせている。そして驚くべき速度で、広がる地形の上空を飛び抜けて行った。



 その飛ぶ物体は、〝KV-107ⅡA-5〟救難ヘリコプター。通称〝バートル〟と呼ばれた。



 日本国陸隊に所属する有事官、〝制刻ぜいこく 自由じゆう〟。異質――いや、はっきり言って酷く醜く、禍々しい外観を持つ人物である制刻は、現在機上の人であった。

 制刻の現在身を置いているのは、〝日本国航空隊、航空救難団、豊原救難隊〟の保有する、KV-107ⅡA-5(以降KV-107)の内部貨物室。その左右に配された座席の上だ。

 対面の座席には、制刻の同僚隊員で、現在の相方。大変に麗しい容姿の女隊員である、〝鳳藤ほうどう つるぎ〟の座す姿がある。


「はぁ、驚く事の連続だ」


 その鳳藤が、おもむろにそんな一言を呟いた。


「あぁん?」


 それに制刻は、訝しむ色を浮かべて一言返す。


「今の状況さ。戦闘機が現れた事だけでも驚いたのに、その上基地に戦闘団、さらには護衛艦までもが転移して来るなんて」

「あぁ、まぁな」


 呟いた言葉について、その理由を発し説明して見せた鳳藤。それを聞いた制刻は、しかし対して興味が無さそうに、そんな一言を返した。



 制刻始め、日本国隊の一個中隊がこの異世界に転移して来てから、2週間程の期間が経過していた。

 異世界の地の調査を進め、その途中で発覚したこの世界に迷い込んだ日本国民を回収保護するために、作戦を展開した日本国隊。その作戦が成功し、ひと段落着いた矢先に飛び込んで来たのは、新たに転移して来た別部隊からの無線での呼びかけや、護衛艦発見の報であった。

 制刻等の所属する中隊を率いる、井神いのかみ一曹は、これ等の部隊と早期に合流する必要性があると判断。そして各方へ、合流を図るための部隊が差し向けられたのであった――



 制刻と鳳藤も、そんな各方へ差し向けられた部隊の一端であった。

 彼らがこれより接触を図ろうとしているのは、〝日本国陸隊、樺太方面隊、第77戦闘団〟を名乗る無線通信を飛ばしてきた部隊だ。その部隊はどうにも、現在制刻等の中隊の展開している〝紅の国〟より北に位置する、隣国の〝笑癒の公国〟という国の領地内に居るらしい。すでに合流地点は取り決められ、制刻等を乗せたKV-107は、その合流地点に向かって飛んでいる最中であった。


「味方が増える事は心強いが……何か、さらなる出来事の前触れのような気がして、ならないな……」


 鳳藤は、少し不安げな表情を見せ、そんな懸念の言葉を発する。


「まぁ、十中八九、これ以上のゴタゴタを見越してのモンだろうよ。腹括っとけ」


 それに対して自由は、どこか他人事のような淡々とした口調で、そんな言葉を返した。


「――しかし77戦闘団。77普連か――ちと、面倒な予感がする」


 続け制刻は、歪な造形の顔を少し顰めて、そんな呟く言葉を発する。


「面倒?何が?」

「少しな」


 鳳藤が怪訝な色で尋ねるが、制刻はそれに詳細を答える事は無く、適当にごまかすだけであった。


「制刻、鳳藤」


 そんな所へ、二人を呼ぶ声が響き超えた。

 二人がそれぞれ声を方向へ視線を向ければ、機内貨物室をコックピットの方向より歩いて来る。一人の男性隊員の姿があった。

 人の良さそうな顔立ちに、平均的な身長体躯。纏う3型迷彩服の襟には、三等陸曹の階級章を付けている。

 彼は、制刻と鳳藤の所属する、〝第54普通科連隊、第2中隊、第1小隊、第4分隊〟の分隊長であった。すなわち制刻等の直接の上官であり、名を河義かわぎと言った。


「目的地が見えた、降りる準備をしろ」


 河義は二人に向けて発する。その言葉は、KV-107が合流予定地点へ間もなく到着する事を、告げる物であった。


「了解です」


 河義の発した準備指示に、鳳藤は了解の承諾の返事を返して立ち上がる。


「了解――どれ」


 一方の制刻は、河義に対して端的に言葉を返すと、座席の背後に振り向く。そこには、機体側面に設けられた捜索用のバブルキャノピーがあり、制刻はそこから外部を覗き見る。

 そこからは、眼下周辺の地形が一望できた。

 制刻は広がる光景を一瞥した後に、機体の進行方向に視線を向ける。

 その向こうに見えたのは、小高い丘。そしてその麓から何かの建造物が突き出て、ポツンと存在している様子が確認できた。


「あれか」


 それが事前に知らされていた目的地の目印であり、制刻はそれを見て一言呟き、そしてバブルキャノピーから頭を離して視線を機内に戻した。

 すでに河義と鳳藤は、貨物室の後部へと向かっていた。制刻はしかし急く様子もみせず、自分のペースで自身も機体後部へと向かう。

 機体後部の解放されたランプドア上には、また二名の隊員の姿が見えた。

 内一名は、このKV-107の機上整備員である航空隊の隊員。そしてもう一名は、身長190㎝を越えているであろう、長身で体躯の良い陸隊隊員だ。


策頼さくら。目的地が見えた、準備してくれ」


 河義が呼びかけると、二名の内の長身の陸隊隊員の方が、呼応し振り向く。すると、被った88式鉄帽のその下に、堅気かどうかを疑うほどの、大変に恐怖感を煽る顔立ちが覗いた。


「了解」


 その策頼と呼ばれた堅気離れした顔立ちの隊員は、しかし反した静かで端的な返答を、河義に寄越した。彼もまた、制刻等の所属する4分隊の隊員であった。

 機体後部に集合した、河義を筆頭とする4分隊各員は、降機に備えて各々の装備の確認を始める。


「おっと」


 その最中、機体が大きく傾き、河義が声を上げた。目的地上空に到達した機体が、旋回を始めたようだ。それに伴い、解放された機体後部から見える景色も、目まぐるしく変化を見せる。

 旋回行動を終えた後に、機体は先程見えた丘の麓の建造物の真上で、ホバリング体勢に移行。ランプドアの眼下に、建造物が見える。そして機体は徐々に高度を下げて地面が近づき、程なくして機体底面に備えた着陸脚を地面に接地させた。


《ジャンカー4へ。降着よし、降機よし》


 着陸時に一瞬伝わり来た振動が収まると同時に、各々の付けたインカムから音声が流れ聞こえ来る。コックピットで操縦を預かる機長からの、降機を許可する通信だ。


「了解――よし、GO」


 機長からの通信に返した河義は、続いて各員に向けて発し上げる。それを合図に、制刻等は降機を開始した。

 先んじて策頼と鳳藤が、順にランプドアを踏んで機外へと飛び出してゆく。そして着陸したKV-107の後方に駆け出て展開。それから、鳳藤は〝93式5.56mm小銃〟を。策頼は〝M870MCS〟ショットガンをそれぞれ確保へ向けて構え、警戒の姿勢を取る。

 それから続き、制刻が悠々とした様子でランプドアを踏んで機体より降り、最後に河義が降りる。そしてノシノシと歩き進んで来る制刻と、その後ろから続いて来る河義。どっちが指揮官か、分かった物ではなかった。


「クリア!」

「クリア」


 先んじて降りて警戒態勢を取った鳳藤と策頼が、それぞれの方向に敵性存在、障害が無い事を確認して、報告の声を上げる。


「了解」


 それに対して河義が、自身も周辺に視線を走らせながら、返答の声を発した。


「辺鄙なトコだな」


 一方の制刻は、周辺を何かつまらなそうな様子で先を見ながら発する。

 制刻の視線の先に見える光景は、先程上空から確認した物と同じ、聳える小高い丘と、その麓に存在する建造物。正しく言えばその建造物は、小規模な遺跡のような物であった。

 石造りの床が申し訳程度に広がり、風化して崩れあるいは倒れた柱が、所々見える。そして丘の麓に何か入口のような物が見えた。

 制刻の発言通り、辺鄙な場所と言う表現が似合う場所だ。

 その辺鄙な場所を合流地点と定め、降り立ったのにはもちろん理由があった。



 隊は先日、この異世界に迷い込んだ日本国民を保護回収した際に、同時にその国民が身を寄せていた、勇者一行の少女達を保護回収していた。

 その勇者である少女達は、この世界を脅かす存在である魔王を討つべく、この世界に散らばる魔王に対抗しうる〝力〟を探す事が使命であるらしい。

 そしてその彼女達の目指していた、ある一つの〝力〟が眠っていると噂される場所。それが丁度、隊の現在駐留する草風の村と、新たに転移して来た第77戦闘団の所在地の、中間に存在していたのだ。

 隊は、戦闘団との合流を図る上で、副次的にその〝力〟の回収が可能であると判断。勇者の少女達に回収の代行を申し出る。少女達は、当初は自分達の手で回収する事に意義があると考えているらしく、隊の申し出を断った。しかし彼女達の体調体勢が万全でない事、他合理性等を隊側より説かれ、最終的には折れて申し出を承諾。

 こうして回収を、隊――制刻等が請け負う事となったのであった。



「トランス822、周辺に脅威は確認できず」


 周辺をしげしげと見渡す制刻の横では、河義がインカム通信でKV-107の機長に向けて、報告を上げている。


「これより施設の調査に向かいます――よし、行くぞ」


 報告の通信を終えると、河義は各員に向けて支持の声を発し上げる。それを受けて、各員は前進を開始した。

 警戒を維持しつつ、石造りの床に踏み込み、そのまま丘の麓にある遺跡の入口らしき所の傍まで進む4名。

 近寄り見れば、入り口には扉もなく、薄暗い内部の光景が外からも微かに見える。


「ライト付けろ。策頼、先行してくれ」

「了」


 各々は、それぞれ装備火器のオプションであるライト。もしくはサスペンダーを利用して身に着けた、L型ライトを点灯させる。

 そして先行の指示を受けた策頼が、ショットガンを構え直し、一番手で内部へと踏み込んだ。


「――クリア」


 少し間をおいて、入口の向こうより策頼の報告の声が聞こえ来た。


「よし、続け」


 それを聞き、河義は他の各員に続け命ずる。各々は順に内部へと踏み込んだ。

 内部へ踏み込み、各々は視線とライトの明かりを各方へ向けて、内部空間の全容を把握する。踏み込んだ先は、小規模な体育館程の広さの空間が広がっていた。

 所々に申し訳程度の装飾は見られるが、基本は良く言えばシンプル。悪く言えば殺風景な内装であった。


「――ん?」


 各々が各方へ観察の眼を向ける中、制刻は薄暗い空間の奥に、何かを見つける。


「どうした?」

「奥に、なんかあります」


 その様子に気付き尋ねて来た河義に、制刻は返しながらも奥側へとズカズカ歩んでゆく。

 そして程なくして辿り着いた、空間の最奥。そこにはシンプルな台座のような物があり、そしてその上には、巨大な剣が鎮座していた。刀身だけで、2mは越えようかという程の大剣であった。


「あった。ありました」


 制刻は、河義に向けて発し上げ伝える。

 それこそがおそらく、回収目標である〝力〟と思われた。


「ほんとか?」

「えぇ、剣です。埃被ってやがる」


 河義の尋ねる言葉に、どこか白けた様子で返しながら、制刻はその大剣の柄を掴む。

 大剣はその大きさに違わぬ重量を持っていたが、しかし制刻はまるで小枝でもつまみ上げるかのように、片手でその大剣を持ち上げ掲げて見せた。


「あっさりだな。本当に目標の物なのか?」


 あまりにもあっさりと見つかった回収目標に、鳳藤からは訝しむ声が飛んでくる。


「じゃあ見てみるか?オメェ、剣の類には詳しかったろ」


 そんな鳳藤に、煽るようなセリフで返す制刻。そして制刻は、身を翻して台座の前を離れようとした。

 ――制刻が不穏な気配を覚えたのは、その瞬間であった。


「ッ」


 それを感じると同時に、制刻は身を半歩後退させる。

 ――頭上より巨大な質量が落ちてきて、盛大な衝撃音と土煙が上がったのはその瞬間であった。


「――チッ」


 落ちて来たのは、巨大な石造りの壁であった。

 落下の衝撃で上がった土煙に巻かれながら、制刻は舌打ちを打つ。


「うっわッ!?」

「わぁ!?」


 同時に、現れた壁により分断された空間の向こうより、微かに驚きの声が聞こえる。河義や剱の物であろう。

 罠――直後に制刻は、そんなワードを浮かべていた。


《――おい、制刻!無事か!?》


 少しの間をおいてから、制刻の身に着けるインカムより、河義の安否を問う声が飛び込んで来る。


「えぇ。幸い薄っぺらくは、なっちゃぁいません」


 聞こえ来た焦りの混じった問いかけの声に、対する制刻は、いつもと変わらぬ淡々とした様子で、無事である事を告げる返答を返す。


《これは……!》

「罠でしょう。すんなり行くかと思ったら、そうはいかねぇようだ」


 河義は、驚き困惑している様子の声を寄越す。対する制刻は、どこか皮肉気で他人事のような様子で、そんな言葉を発する。そして同時に、周辺にライトの明かりを向けて観察を始める。


《ッ、少し待つんだ。……持ってきた爆薬だけで、吹き飛ばせるか……?》


 一方、通信からは河義のそんな零す言葉が聞こえ届く。河義は、爆薬により壁を爆破しての、合流を試みようと算段しているようだ。


「――いや、ちょいタンマ」


 しかしそこへ、制刻はそれを差し止める声を上げた。そして制刻のその視線は、空間の端の一角へと向いている。制刻は、そこへと歩み近寄る。


「――ひょっとしたら、別ルートで抜けられるかもしれません」

《何?》


 そして発された制刻の言葉。それに、無線の向こうからは河義の訝しむ声が返された。


「こっちの端っこに、どっかに繋がってるっぽいルートがあります。これを利用して、脱出できるかもしれません」


 寄越された訝しむ声に対して、そう説明の言葉を紡ぎ送る制刻。

 その言葉通り、制刻の歩み寄った先――空間の端には、人一人が通れる程の開口部があり、そこからどこかへ繋がっているらしき通路が伸びていたのだ。


《しかし――こんな罠があったんだ!その先も、危険かもしれないぞ!》


 しかし、河義からは制刻の案に対する、懸念の声が寄越される。


「えぇ、でしょう――しかし、この壁は持ってきた爆薬だけでは、穴は開けらんねぇでしょう。こっちを試してみるしかない」


 だが制刻は、河義に向けてそう進言の言葉を返した。


《本気か……?》

「えぇ」


 河義から寄越された問う声に、制刻は端的に返す。


《――……了解。十分気を付けろ》


 少し考えたのだろう、沈黙を置いた後に、河義からは折れるような承諾の返答。そして警告の言葉が寄越される。それは、これまで危機的な事態を、超常的なまでの行動で乗り越えて来た制刻を、信用して寄越された言葉であった。


「どうも。そっちは、ヘリまで退避しといてください」


 それに対して制刻は、シレッとした様子で言葉を返し、続け河義等へ退避を要請。そこまで発すると、通信を終えた。


「――んじゃ、行くか」


 制刻はそこで一度呟くと、一歩踏み出し開口部を潜る。

 そしてその奥へと続く通路を、進み始めた。

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