第27話 敵襲

 空襲警報の音で飛び起きた。

 もう少しで日を跨ごうとしている時間帯で「アカツキの寝言が煩いな」などとボンヤリ考えていた時である。

 兵舎にいた全員が飛び起き、とにかく軍服を片手に持って防空壕まで走っていく。高地から戻ってきて初めての空襲警報だった。

 もっともあまり不安はない。何しろ飛行場には多数の戦闘機が並んでいるし、至る所に大量の高射砲もある。ちょっとやそっとの飛行機が飛び込んできたところであっという間に撃墜される事だろう。

 実際、既に探照灯サーチライトが空を明るく照らし出し、高射砲や対空機銃が空に向けられている。

 とりあえずミキたちの出番はないだろう。

 そう思っていた矢先、不意に頭上を巨大な何かが通り過ぎて行った。

 超低空だ。木のてっぺんが触れるのではないかという程の低さである。

「爆撃機?」

 何かは解らない。とにかく大型機だ。

 そして通り過ぎて行ったと思った瞬間、大型機はそのまま足も出さずに滑走路に突っ込んで行った。

 続いて、二機、三機と現れて同じように飛行場に突っ込もうとしていたが、高射砲が何とか寸前で撃墜する。ここに至って、ミキはようやく今胴体着陸した大型機が敵であるという事を知った。

 何が起きているのか解らないが、とにかく防空壕に入らねばならない。走ろうとした時、ふと頭上で翼から火を噴き出している大型機が見えた。

 明らかにこっちに向かってきている。

「わわわっ」

 巻き込まれては堪らない。

 ミキは全力疾走でその場から離れたが、まるで追って来るかのように大型機は突っ込んでくる。

 直ぐ近くに穴があったので転がり込むと、次の瞬間には頭上を大型機が通り抜けていった。済んでのことで、あと僅かでも遅かったら潰されているところだ。

 とりあえず何が起きたのか確認しようと恐る恐る頭を出すと胴体着陸した大型機の天蓋や搭乗口から何人かの兵隊が飛び出しているのが見えた。いずれも青い軍服を着ている。間違いなく敵だ。

「敵襲ーッ!」

 あちこちで怒号が飛び交い、滑走路の方では派手な爆発音が響き渡る。

 大型機から跳び出した兵隊たちも手にする拳銃や軽機関銃を乱射し、あちこちに手榴弾を投げつけながら滑走路に向かって走っていく。どうやら滑走路に並んでいる飛行機や燃料の破壊が目的であるらしい。

 何とかせねばならないが、相手は軽機関銃まで持っている完全武装の兵隊である。対してミキは手ぶらだ。どうしようもない。

 さりとて何もせずにただ見ているわけにもいかず、どうしようか考えていると不意に走っていた敵兵の最後尾の者が倒れた。

 続けて何発も銃声。見てみれば拳銃と軍刀片手にキクリが走っている。恐くないのか、それとも戦場を経験していないが故の無茶なのか。どっちか解らないが、とにかく無鉄砲な事だ。

 しかし今ので光明が見えた。

 ミキは奔って倒れている兵隊の所まで行くと、その兵士が持っていた拳銃を取った。

 ミキは下っ端兵隊であるから拳銃などほとんど扱った事がない。しかし鉄砲である事に間違いはないし、弾が出れば威嚇くらいにはなるだろう。

 とりあえず下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。成せば成るの精神で伏せながらぶっ放す。

 例によって当たっているのか、いないのかはサッパリ解らない。

 ただ牽制くらいにはなったようだ。敵兵は拳銃を撃っているミキにばかり気を取られ、直ぐ傍で軍刀を振りかぶっているキクリに気が付かなかった。

 ズバッと軍刀が敵兵の肩口に入る。しかしどうもキクリは軍刀術は下手らしい。なかなか致命傷にならず、敵兵は片手に持っている拳銃で反抗しようとしている。

 慌ててミキが駆け寄り、敵兵の腹部に拳銃を押し当てて数発連射した。これなら外れる筈もない。敵兵はぐったりとその場に倒れた。

 二人揃って隙だらけだったが、他の敵兵はあくまで滑走路が目的らしく構わずに突っ込んで行っている。おかげでミキとキクリは全く無防備であるにも関わらず撃たれずに済んだ。

「……大丈夫ですか?」

 怪我でもしたのかキクリの息が荒い。

 血まみれだったので慌てて確認したが、どうやら彼女の血ではなく、敵の返り血であるようだった。

「刀が……」

 絞り出すように言ったので、ミキは軍刀を握っているキクリの右手を見る。

 敵の返り血で真っ赤になった彼女の手は、まるで固着したかのようにしっかりと軍刀を握っていた。

 狂ったかのように、キクリは何度も軍刀を握っている手を地面にぶつける。そこに至って、ミキはようやく彼女が軍刀を放そうとしているのだと気が付いた。

 敵を斬ったという緊張で、軍刀から手を放す事が出来なくなっているのだ。

 仕方がなくミキはキクリの手を持ち、軍刀に張り付いている指を一本一本離していった。キクリの手から離れた軍刀が地面に落ちて音を立てる。

「……大丈夫ですか?」

 ミキの問い掛けにキクリは頷く。

 相変わらず息は荒い。だが軍刀を手放した事によって冷静さを取り戻したようだった。

「……小隊に被害は?」

「えーっと…………」

 ミキは周囲を見渡す。

 何しろ逃げてる途中で穴に飛び込んだのだから他の皆がどうなったのかなど皆目解らない。さりとて「解りません」で済ますわけにもいかず、ミキは敵から奪った拳銃を持ったまま防空壕まで走る。

 幸いにして第二小隊に被害は出ておらず、防空壕の中で全員の無事を確認できた。

「全員無事です」

 全員の安否確認をしたシラセが報告をすると、キクリは二、三度頷いた後に全員の武装を命じる。

 飛行場ではまだ戦闘が続いているようだった。

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