終わりの戦い

第28話 再出発

 マーガレット公国軍の航空機を用いた強襲はヨモツ国軍の飛行場に多大な損害を与えていた。

 特に痛かったのが大量に積まれていたドラム缶のガソリンで、一度に大爆発を起こした物だから複数の戦闘機、爆撃機までも巻き込んだ。あっという間に周囲は火の海と化して飛行場は一時に機能を停止、ミキたちのような「休憩中」の兵隊まで駆り出しての消火活動が行われ、鎮火には丸一日の時間が費やされていた。

 その隙を突くようにしてマーガレット公国軍は航空総力戦を開始。ドウメキ島周辺の船舶に対して総攻撃を行っていた。

「一連の行動から敵は飛行場に対して総攻撃を行うものと予想されていたが」

 指揮所の前に集められた第五中隊の兵士を見渡しながら、マイハマは現状の説明を行う。

「前線からの報告によれば敵は明らかに撤退を行っているらしい」

 つまりは、とマイハマは続ける。

「敵がこちらに航空総攻撃を掛けたのは、我が軍の海空戦力を拘束し、その間に撤退用の輸送船などを派遣するためだ」

 その場にいた全員が困惑した。

 何となく、漠然と、この島での戦いは双方どちらかが力尽きるまで続くと思っていたのだ。どちらかが死に尽くすまで殺し合いは終わらない。そう信じていたのだ。

 しかしマイハマの説明が正しければ敵は島から逃げ出そうとしているのだという。

 それはつまり。

「この戦いは、もうすぐ終わる」

 誰も何も言わなかった。

 あまりにも実感がなかったからだ。否、現実味と言った方が正しいかもしれない。まるで夢物語を聞かされているかのような気分だった。

「だがいま終わるわけではない」

 釘を刺すかのような口調でマイハマは続ける。

「本来ならば戦闘は他に任せ、我が隊はあくまで飛行場警備をする予定であったのだが、事情が変わった。先ほど連隊本部より各中隊に対して撤退する敵部隊を追撃する旨の命令が下された。我が第五中隊も準備が出来次第、再び戦場に戻る」

 落胆はなかった。

 元より遅かれ早かれ戦場には戻されると考えていたからだ。

「みんな」

 改めてマイハマは部下である中隊全員を見渡す。

「あともう少しだ」

 それで状況説明と訓示は終わった。

 兵隊たちは一度兵舎に戻り、装具を取りまとめて出発の準備を行う。ミキはとりあえず手に入るだけ手に入れた甘味を詰め込めるだけ詰め込み、ポケットの中にも盗んで来た飴や金平糖なども忍ばせた。

 長く続く戦いでは何より嗜好品が最強の防具になる。アサキも湿気らないように缶詰に詰めた煙草を幾つも雑嚢カバンの中に突っ込んでいた。

 これらに加えて、ミキは敵から奪った拳銃と拳銃嚢ホルスターを肩から下げる。何処まで役に立つかは解らないが、ともかく森林のような戦闘距離が近くなる場所では連射できる武器は強い。弾も唸るほど死体から分捕ったので、それなりに使える筈である。

「うちの小隊長様は役に立つのか?」

 不安そうにアサキが言う。

 それは第二小隊の全員が抱いている不安であったが、ミキはあまり悲観していなかった。確かに経験は不足しているし、何処となく娑婆っ気も抜けていない。しかし初めての戦闘で敵を斬り殺した後に小隊長の役割をきちんと行っていた。単なる腑抜けに出来る事ではない。少なくとも肝が据わっているのは確かだ。

「ベニキリがそういうなら安心っスね」

 何が安心なのかは皆目解らないが、ともかくアカツキはミキの勘を信用してくれたらしい。反対にアサキは「心配だな」と不服そうに言ったが、それ以上は何も言わなかった。

 もっとも兵隊たちが不安に思っていようがお構いなしなのが軍隊だ。部下である兵隊たちはただ上官がまともである事を祈るしか他にない。

 シラセから遺書がある物は提出しておくようにという旨の指示が出たが、実際に遺書を提出した者はいなかった。上陸前には既に書いていたし、そもそも今なにを書くべきか何も思い付かなかったからだ。

 ともかく全員で準備を整え、背嚢と小銃を持って兵舎前に整列した。

 新たに弾薬と手榴弾が支給され、ミキたちは弾薬盒ポーチ雑嚢かばんにそれぞれ納める。

 各隊で点呼が取られ、欠員がない事の確認が取られた。病人や逃亡者は無し。戦場から帰って来た全員が再び戦場に戻る事になる。

「では第一小隊より出発」

 装備と銃剣をガチャガチャ鳴らしながら第五中隊は飛行場を後にする。

 ミキは最後に兵舎を振り返った。短い間だったが我が家のように暮らした兵舎だったが、もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれない。

 さようなら、とミキは心の中で小さく呟いた。

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