第6話 夜襲(2)

 闇夜の中を機関銃の音が引っ切り無しに響き渡る。

 弾薬節約の命令が出たから小銃の発砲音は幾らかまばらになったが、それでも銃声と砲声、爆音と蛮声の喧しさは変わらなかった。

「銃身交換ッ!」

 機関銃班の方では何度目かの銃身交換が行われ、同じように頭上では何度目かの吊光弾が打ち上げられる。

 敵も迂闊に渡河出来ないと解ったのか、先ほどに比べると攻撃に積極性が見られない。端的に言えば膠着状態になりつつあった。

「このまま諦めてくれねェかな」

 小銃に弾薬を込めながらアサキが言う。

「そうっスね。アタシもそろそろ疲れてきたっス」

 当初は緊張と恐怖、興奮で周囲を見渡すのもままならなかったが、慣れてきたのか短い会話を交わす程度の余裕は出てきた。

 最初は震えて槓桿の操作すら上手く出来なかったミキも、今では視線も変えずに弾薬を装填出来るだけの冷静さを取り戻している。

 ただ油断はなかった。

 未だ銃弾は飛んできているし、木々の奥から号笛の音が何度も聞こえてくる。敵がまだ攻撃を諦めていない事は明確なのだ。

 これを踏み台にして渡河するのではないか、と思うほどに目の前の川は死体で溢れている。既に三度の渡河が決行されたが、そのいずれも機関銃と擲弾筒が破砕した。

 当初は敵も小型の砲で撃ってきていたが、今ではほとんど砲弾も飛んでこない。弾が切れたのか、それともこちらの砲撃で破壊されたのか。どちらかは定かでないがミキとしては大助かりだった。

「みんな弾はどれくらい残ってる?」

 弾薬盒ポーチを確認しながらミキは確認する。

 先ほどから何度も壕と物資集積所を往復しているが、運んでいるのは機関銃の弾ばかりで自分たちの弾は補充していなかった。

「さっき後盒から取り出したが片側の弾薬盒だけだ。概ね三〇発」

「自分は十五発ってところっス」

 ミキも概ね二人と同じくらいだった。

 ヨモツ国陸軍では歩兵一人当たりの所持弾薬は百二十発と定められている。それを鑑みればミキたちがどれだけ銃弾を消費したかが解るだろう。

 弾薬を取りに行こうか、とミキが少し悩んでいるとパッと頭上で照明弾が光る。

 しかしそれは今までの照明弾とは異なっていた。味方が打ち上げたのではない。敵側から打ち上がってきたのだ。

 一際大きな号笛が鳴り響き、蛮声が轟く。

 木々の陰から次々に現れた敵兵が河口付近に殺到して渡河を敢行する。

「あいつら砂洲に気付きやがったな」

 クソッ! とアサキが悪態を吐く。

 河口付近には砂洲があり、一本の道のように対岸とこちら岸を繋いでいるのだ。無論、バレないように入念に隠蔽していたが遂に気付かれたらしい。

 銃剣付きの小銃を槍のように構えながら、次々と青い軍服の兵士たちが渡河を開始した。

 もっとも細い砂洲に殺到しているわけだから必然的に狙いが集中する。撃ち抜かれた敵兵まるで将棋倒しのようには次々と斃れていった。

 しかしそれでも青い軍服の兵士たちが臆する事はない。蛮声を上げながら、山になっていく死体を越え、時には未だ息のある味方を踏み付けながら突撃してくる。

 数があまりにも多く、幾ら撃っても敵兵たちは突き進む。

 細かい計画や作戦などない。手堅く数で押し潰そうという魂胆だ。

 機関銃で味方が斃れても、擲弾筒や歩兵砲で仲間が吹き飛んでも、彼らは構わず突撃する。

 将校らしき人物が長剣を掲げて兵たちを鼓舞し、木々の奥の方から場違いな音楽な流れてきていた。

「あの演奏はなんだろう」

 残りわずかになった弾薬を装填しながらミキは呟く。

森人族エルフ共の民族楽器だよ」

 同じように弾薬を装填しながらアサキが答える。

「連中総攻撃のつもりらしい」

 損害に構わず敵兵は突撃を行う。

 第五中隊は全火力を以て阻止に務めたが、しかし多勢に無勢であった。大量の兵士は砂洲を渡り、構築されていた阻塞バリケートを乗り越えて遂に陣地にまで接近する。

「総員着け剣ッ! 白兵戦に備えろ!」

 号令が下り、ミキも銃剣を抜いて小銃の先に取り付けた。ここまで接近されたら擲弾筒や歩兵砲は味方を巻き込みかねない。機関銃と手榴弾、そして己の腕のみが武器となる。

 もっとも未だ敵兵たちは陣地にまでは到達出来ていない。

 阻塞を越えても、その先にある入念に設置された鉄条網の妨害によって、砂洲を渡ってきている時よりも突撃の速度は落ちていた。

「第二小隊、第三壕に陣地変換するぞッ!」

 小隊長の命令でミキたちは一度壕から出て、鉄条網近くに造られた壕に転がり込んだ。

 この壕は敵が砂洲を突破した時に備えて造られた物であり、渡河してきた敵兵を撃つには最適な場所にある。

 反面、砂洲の真正面にあるので鉄条網を突破されたら銃剣で突き合うしかないような場所でもあり、ミキたちは背水の陣に乗り込んだようなものだった。

 機関銃が引っ切り無しに火を噴き、銃弾を逃れた敵兵を小銃班が狙い撃つ。例によって撃って、撃って、撃ちまくっているので誰の弾が当たって、誰の弾が外れているのかサッパリ解らない。

 ミキは小隊に管理されていた手榴弾をありったけ集め、とにかく片っ端からぶん投げまくった。

 何しろ手榴弾の投擲圏内にいるわけだから物凄い接近戦だ。爆発の度に爆発で飛んだ土砂が頭に降り注いだが、ミキは気にも留めずに手榴弾を投げ続ける。

 手榴弾を投げれば飛んでくるのは土砂だけだ。だが投げなければ飛んでくるのは銃弾である。投げ続けて肩が痛くなってもミキは手榴弾を投げた。

 銃声、爆発音、怒号、蛮声。不快な演奏はいつまでも続くかのようであった。

 実際、その戦闘は数時間も続いた。

 砲身が真っ赤になった歩兵砲は、装填手が水嚢バケツで水をぶっ掛けながら撃ち続け、ミキたちは何度も往復して物資集積所から機関銃の弾を運んだ。機関銃中隊の中には冷却水が切れ、小便で重機関銃の銃身を冷却した部隊もあったという。

 しかし何事にも永遠というものがないように、激しい戦闘も日が昇り始める頃には終わりを迎えていた。

 銃声が疎らになり、爆発音が無くなる。吶喊の声や怒号、号笛も聞こえなくなり、気付けば波の音が耳に届くほど静かになっていた。

「各隊状況を報告せよ」

 生き残った者たちで点呼が取られ、現状の確認が行われる。そしてそれがひと段落した頃には日はすっかり昇り切っていた。

 静かになった戦場で、陣地内にいる誰もが目の前に広がる惨状を呆然とした表情で眺めている。ミキも例にもれず、目の前に広がっている地獄の光景から目を離せずにいた。

 砂洲を埋め尽くすように斃れた青い軍服の兵士たち。川の方では至る所に死体が浮かび、砂洲には流された兵士の遺体が河口を塞ぐかのように溜まっている。鉄条網に絡まって死んでいる者や座り込むように斃れている者もおり、戦場痕には三者三様の死に様が広がっていた。

 文字通り様々な死に方をしている敵兵であるが、しかし一つだけ共通している点がある。

 それはどの死体もヨモツ国軍の攻撃によって殺されたという事であった。どんな死に方でも、手を下した者は同じなのである。

 そしてその下手人である筈のヨモツ国軍の兵士たちは、まだこの惨状を自分たちが作り出したのだと理解できずに眺めていた。

「この川の魚はもう食えないっスね……」

 死体の海を眺めながらアカツキがボンヤリと言ったが、ミキは言葉が出ずにただダンマリと聞いているだけだった。

 機関銃班、特に銃手の衝撃は特に大きかったらしく、突っ伏してしまっている者もいる。無理もない。初陣の新兵たちが見るにはあまりにも悲惨過ぎる光景だった。

「これが、勝利……」

 ポツリとミキは呟く。

 目の前に広がる悲惨な現実は、想像していた「栄光の勝利」とはあまりにもかけ離れ過ぎていた。

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