第20話 変わる事と変わらないもの

 覚悟をしていたとはいえ、今日一日で人生が大きく変わった事で疲れ果て、その夜ラズリーは床に就くと、泥のように眠ってしまった。


 翌日起床した時にはいつもよりも日が昇った時間で、つい寝坊をしてしまった事に気づく。


「昨日の事は夢ではないわよね」


 そんな事はあるはずもないのに、そう思ってしまう。


 もうだいぶ日は高くなっていたが、誰にも起こされることもなく寝ていたとなれば、皆ラズリーに気を遣ったのだろう。という事は昨日の事は現実。


 急ごうとは思うが体は重く、どうしても動きが鈍くなってしまう。


 何とか叱咤激励をして、着替えをしたり、髪を整えていると、昨日編み込んでいた名残で髪が軽くウェーブしているのが分かり、自然と昨日の事が思い出された。


「私にしては頑張ったわね」


 生きているうちで一番張り切った日だ。


 何だか少しは強くなった気がするが、自分は逞しくなれただろうか。


 目を閉じ、昨夜の事を思い出していく。


 あの後オリビアは言葉もなく去り、入れ替わるようにして両親が来た。


 自分とよく似た容姿の父と並ぶのは恥ずかしかったが、更に泣いて現れた為に恥ずかしさは倍増であった。


 母は冷静にそんな父を宥めてくれて、全てが滞りなく済んだ事を教えてくれた。


 ファルクの両親は息子を見るや否や、まず人前でべたべたとくっ付くなと咎め、自重しろとファルクを怒鳴りつける。


 その剣幕にラズリー達は驚いたのだけれど、周囲の人はそれほどでもない事に気づいた。


「グルミアが音声遮断魔法を掛けていたから、ここの会話は他の人には聞こえていないの」


 そうルールーが教えてくれる。


 その為に今までの会話は周囲には聞こえていなかったらしい。


(そう言えばオリビア様が言っていたのも、私とファルクの距離感だったわね。今度はもうああいうのはやめるようにしないと)


 これからは過剰なアピールは要らないのだから、ファルクも落ち着くだろう。


 そうしてラズリーとファルクは両親と共に改めて国王陛下の所へ向かう。


 祝福の言葉を頂き、そして皆にも知らせてくれた。


 社交界デビューしたてのデビュタントがその日のうちに婚姻をするなど異例な事だろうに、意外と皆に受け入れてもらえた。


 驚く声はあったけれど、子息息女が学園に通っている者達は話を聞いていたのだろう、特に大きな反応も反発もなかった。


 そもそも国王陛下の決定に逆らうものもいないし、祝い事に祝い事が重なった認識で、わざわざ場の雰囲気を壊すようなことをする者はいない。


 一部少し表情が怖い人達もいたが、ファルクの一瞥で目が逸らされる。


 ここでの糾弾はないはずだ。


 ともあれ平和に終わって良かった。



 ◇◇◇


 着替えが終わって廊下へと出ると、メイドのロッサとばったり出会う。


「お嬢様、お呼びになって下されば良かったのに」


「ごめんなさい、こんなに遅い時間で呼ぶのは迷惑かと思って」


 もう日はだいぶ高いし、皆それぞれの仕事をしているだろうから、余計な仕事を増やさせたくないと呼ぶのを控えたのだ。


「勝手に動かれた方が迷惑だと何度も申したはずですが」


 そう言ってまた部屋に戻され、髪のセットと服の選定からやり直される。


「そこまで変だった?」


 自分のしたことに全て訂正が入るとは思っておらず、さすがにラズリーは落ち込む。


「普段なら良いですが、ファルク様がいらっしゃってますから」


「ファルクが?」


 おかしなことではないが、いつから来ていたのだろう。


 昨日はかなり遅くに帰ってきたから、てっきり皆もゆっくりしているだろうと思ったのに。


 軽くメイクもされ、髪には赤いリボンが結ばれる。


「昨日のお花の髪飾りも良かったですが、やはりこの方がお嬢様らしいですね」


 そうしてロッサに仕上げて貰い、ファルクがいる部屋へと向かう。


「遅くなってごめんなさい」


 そこにはファルクのみならず、ラズリーの両親、そしてファルクの両親もいる。それどころかお互いの兄弟までいた。


「すみません、もしかして私の事を待ってたのでしょうか?」


 皆の視線が集中して恥ずかしい。


(何で誰も起こしてくれなかったのだろう)


 内心で動揺していると、ファルクが席から立ち上がり、自分の隣に座るようにと促してくれた。手を引いてもらえたので、何とか動くことが出来たが、そうでなければ立ち尽くしていたに違いない。


「おはようラズリー、昨日は大変な日だったからな。よく眠れたか?」


「えぇ」


 ファルクの気遣いにも、そう答えるのでいっぱいいっぱいだった。


 優しいファルクの声掛けとは違い、ラズリーの兄のクレデントは少し厳しめの口調で咎める。


「もう少し体力をつけた方がいい。運動が苦手とは言え、少しの夜更かしでこうも起きられないとは」


「すみません」


 実の兄に叱られ、ラズリーは頭を下げた。


「まぁまぁ。昨日は色々あり過ぎて疲れただろうし、仕方ないよ。ただでさえ社交界デビューは緊張するし、それに加えて婚姻までしたんだから。でも本当に良かった」


 そう言いながらセシルの目からまた涙が零れる。


「本当にお嫁に行くんだね、ラズリー……」


「まだ書類上の事よ。正式には卒業後なんだから、まだ泣くのは早いわよ」


 隣のジュエルが慰める。


「それでも寂しい……まさか息子も結婚してないのに娘から出ていくなんて」


「すみませんね、相手もいなくて」


 コランダム家は泣いたり宥めたり怒ったりと忙しない。


 一方のファルクの家族、トワレ家は静かだ。


「小父様、小母様。今回の私の話を了承してくださって、ありがとうございます。そのお陰で昨日は国王陛下にも認めて頂けて。私、これからもっともっと頑張って、必ず皆の役に立てるように」


「そう言う話をしに来たわけではない」


 ラズリーの声を遮り、ライカが立ち上がる。


 ファルクと同じ赤い髪だが、濃い青色の目をしている。


 ファルクよりも野性味あふれる雰囲気で、言葉遣いも怖く、見た目も人が良さそうにはけして見えないけれど、ラズリーは優しい人だと知っているから身構えもしない。


 二の句を待ち、じっと見つめていた。


「今日はおめでとうと改めて言いに来たんだ。難しい事は考えなくていい、二人が幸せになってくれればそれでいいんだ」


 大きな手がラズリーの頭に乗せられる。


 髪を乱さない程度に優しく撫でるとすぐに離れ、今度は隣にいるファルクに目をやる。


「この馬鹿のせいで今まで大変だったよな。上手く立ち回らないから色々と言い寄る奴らが出てきて。ラズリーが勇気を出してここまでしてくれたんだから、これからはその思いに答えてファルクがもっと頑張らないといけないな」


「ファルクは今まで私の為に動いてくれていました。付け入られるような隙を与えていたのは、私が弱いからです」


「弱い事は悪くはねぇ。けれどそうだなぁ。もっと二人は自信を持つといいのかもな」


「自信、ですか」


 ファルクは父親のいう事を真面目に聞いている。


「そう。お互いに相手を信じ、自分の相手はこの人だけだって周囲に示す。べたべたしろって事じゃないぞ。逆にそれは余裕がないって事になる、相手の一番は自分なんだって思えば余裕も生まれて、周囲が気にならなくなる」


 そう言ってライカがセシルを指差した。


「余裕がなくてああいう風に泣いているのもみっともないだろう?」


「それ今言わなくてもいいよね?」


 鼻を啜りながら様子を見ていたセシルは、思わぬとばっちりにジト目で返す。


「少なくとも婚姻は済んだんだから、少しは余裕は出るだろう。今度は心のゆとりをもって、入り込む余地はないと知らしめていけばいい。まぁあの場面を見てまだ言い寄ってくるようなのがいたら、とんだイカレ野郎だがな」


 ライカはそう言って席に戻った。


「ともあれ昨日付で俺達トワレ家とコランダム家は姻戚関係となった。困った事があれば何でも言え、身内の為ならば何でもするぞ」


 ライカを筆頭にファルクの兄達も大きく頷いた。


 少なくとも武力関係は心配いらなそうだ。


「ラズリー、何かあればすぐに言ってね。これからはわたくしもあなたの母として力を貸すわ」


「ありがとうございます、お義母様」


 幼い頃から優しくしてくれたフローラに対し、抵抗なく返した。


 男だらけのトワレ家を切り盛りしてきたフローラは優しくも強い人で、ラズリーも尊敬している。


「僕らの事も義父と呼んでくれたら嬉しいな」


 照れてれと言うセシルに対してファルクは深く頭を下げる。


「改めてよろしくお願いします、義父上、義母上」


 それを聞いてセシルもジュエルも嬉しそうだ。




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