第7話 試練の結果
「はっ! こ、ここは……?」
「帰ってきたか。まずはご苦労だったと伝えておこう」
「――――! ゼ、ゼウス様。それにデーメーテール様も……」
目の前がはっきりと見えるようになると、そこは試練を言い告げられた場所、ゼウスと女神デーメーテールがいる場所だった。
女神デーメーテールは、何もなく帰ってきたトビーに走り寄ってくると、すぐに枯れを抱き締めた。
「――――!? デーメーテール様?」
「良かったわね! 試練合格よ!」
「えっ……。僕……合格したんですか?」
「うむ。もし合格ではなければ、今頃そなたは外界にいる。しかし、ここにいるということは、合格したということだ」
「――――や、やった……。僕合格したんだ……!」
「そうよ! あなたは合格したのよ! 良かったわね!」
「で、デーメーテール様……。く、苦しいです……」
「あらごめんなさい!」
あまりの嬉しさに、抱きしめる力を強める女神デーメーテール。
思ったよりもかなり力が強く、トビーは今にも窒息死してしまいそうだった。
苦しそうに
「だ、大丈夫……?」
「ええ……ぜえ、ぜえ……。な、なんとか大丈夫です……」
「ゔゔん! 少し我から伝えたいことがあるのだが、よろしいか?」
咳払いをすると、トビーは再び緊張感に包まれた。
今度は何を言い渡されるのかと考えるだけで、自然と身構えていた。
「トビー・マフダフ、そこまで身構えなくても良い。我はこれからの話をしたいのだ。ぜひ、リラックスして聞いて欲しい」
「わ、分かりました」
こんなに威厳を放つ人物から、まさか『リラックス』という言葉が出てくるとは思わず、驚くトビー。
しかし、そう伝えてくれたおかげで、彼は少しだけ緊張を
「デーメーテールの要望通り、そなたはデーメーテールの世話係に任命する。仕事の詳細は全部デーメーテールに任せてある。詳しいことは後でデーメーテールに聞くが良い。それと、これから洗礼を行うのだが……洗礼は彼女が受け持つ。我の出番はこれで終わりだ。そなたの新たな暮らしに、幸せがあらんことを」
そんな言葉を残し、男神ゼウスは姿を消した。
この場には、トビーと女神デーメーテールがいるのみ。
「はあ、やっと終わったわね……。ちょっと疲れちゃったわ……」
溜息をつきながら、女神デーメーテールはその場に座り込む。
相当気を張っていたせいで、安堵からの体の脱力感はものすごいものだった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。無事にトビーが試練を超えられて良かった……!」
「デーメーテール様……」
涙を流しながら、ギュッと強く抱きしめる女神デーメーテール。
この安心感は、やはり女神だと分かる。
母親のように、優しく包みこまれるような感覚になるトビーは、懐かしい気持ちになり、自然と涙が出てきたのであった。
「あらら、トビーも……」
「すいません……。なんか懐かしい気持ちになっちゃって……」
「そうなのね……。ああ、トビーは両親を亡くしていたものね」
女神デーメーテールは鼻を啜って一間空けると、再び口を開いた。
「――――良いわ、わたしを母親のように思ってくれても構わないわ!」
「えっ……?」
「トビーは早くに両親を亡くして、それからはずっと1人で頑張ってきたじゃない。なら、わたしを母親みたいに接してくれても構わないわ。そのほうが、トビーももっとわたしと接しやすいでしょ?」
「――――はい、ありがとうございます……! デーメーテール様!」
「ん! じゃあ話は変わって、これから洗礼の話になるんだけど……良いかしら?」
「はい」
女神デーメーテールはトビーが流した涙を拭いてあげると、彼の肩に手を置いた。
そして、反対の手で自分の涙を拭くと、表情は真剣になる。
それにつられて、トビーの表情も真剣になった。
「洗礼は、トビーがこの世界で暮らす権利が与えられる神聖な儀式――――。そして、あなたには新たな名前を授かることになる……んだけどぉ〜」
「だ、だけどぉ、ですか?」
急に緊迫した顔から、いきなり緩い顔つきになった女神デーメーテール。
トビーは思わずキョトンとしてしまった。
「ええ、神聖な儀式とは言っても、実際は結構単純なものなの。わたしたちみたいな神というのは、もともと神聖な存在。だから、洗礼は短縮化されるの」
「そうなんですね。でもその理論だと、僕みたいな普通の人間だったら、ちゃんとした洗礼を受けないとまずいんじゃ……」
「って思うわよねぇ〜。でもね、これには特例があるの。その条件が『神自らが指名した者』なの」
「『神自ら指名したもの』ですか……。つまり、スカウトみたいな感じですか?」
「そう、それが一番分かりやすい言葉ね。あとは神託、つまり神からのお告げがあった時も適応されるの」
「へぇ〜、そんなものがあったんですね」
神様の世界というのは、奥が深いなと思ったトビー。
そんなトビーを見て、女神デーメーテールはうんうんと頷いた。
そして、話を続けた。
「そう、だからトビー、あなたもその特例に適応されるの。だから、早速洗礼の儀式を
「僕はいつでも大丈夫です!」
トビーの目を見て、女神デーメーテールはしっかりと彼の意思を受け取った。
彼は、これからの生活が楽しみで仕方ないと、自然に目と顔で訴えていたのだ。
「それでは始めるわね……。すぅ……」
「――――!」
女神デーメーテールが一呼吸した瞬間、彼女の雰囲気が一気に変わった。
そう、トビーが初めて彼女に会った時に感じた時と同じだった。
やはり、今目の前にいる人は、
「我は女神デーメーテール。汝は見事試練を乗り越え、我々神と同様であることを認めんとする。そして、汝に新たを与え、この世の新たな民として受け入れ、我の世話役として任ずる。忠実に、責務を果たさんことを約束するか?」
女神デーメーテールの洗礼の言葉を、トビーはしっかりと耳を傾ける。
最後に質問され、トビーは迷わず答えた。
「はい、約束します。あなたのために、世話係としての役目をしっかりと果たして参ります!」
トビーがそう答えた途端、目の前が眩しくなり始めた。
温かくて優しく、小さくて細かい光の玉が、2人の周りを囲むようにゆっくりと回り始める。
「――――ありがとう。じゃあ、最後にあなたの洗礼名を与えるわね」
「はい」
遂に、トビーに新たな名前が与えられる瞬間が来た。
一体どんな名前が与えられるのか、トビーはワクワクしていた。
「――――ノア・デメテル……。それがあなたの新たな名前です」
「ノア・デメテル……。素晴らしいお名前をありがとうございます!」
あまりの嬉しさに、トビーは満面の笑みを溢した。
彼の笑顔に、女神デーメーテールは顔を俯かせる。
「その……ちょっと目を瞑ってもらえるかしら?」
「えっ? あ、はい」
目元が前髪で見えないため、何かあったのだろうかと心配になるトビーだったが、彼女に言われた通りに目を瞑った。
「――――びっくりしないでちょうだいね……?」
「ん!?」
いきなりトビーの唇に、柔らかくて温かいものが触れた。
思わず目を開けると、眼の前には女神デーメーテールの顔があった。
そう、彼女はトビーにキスをしたのだ。
あまりの距離が近いため、女神デーメーテールの良い匂いが彼の鼻に伝わっていく。
おかげでトビーの頭の中は大混乱。
それどころか、完全に思考が止まってしまい、真っ白になってしまった。
「――――ん」
しばらくこの状態が続いた。
そして、トビーの頭から吹き出る煙の量がどんどん多くなり、限界が迎えそうになったところで、女神デーメーテールは顔を離した。
「――――で、でーめーてーる、さま……? 一体何を……?」
「ごめんなさいね、これも儀式の1つだから」
「そ、そういうことですか……。急でびっくりしましたよ……」
などとトビーは言っているが……。
両手を頬に添えながら、今にも茹で上がってしまいそうなくらいに顔を真っ赤にしている女神デーメーテールだった。
そしてトビー・マフダフは、『ノア・デメテル』という新たな名前を授かり、それと同時に女神デーメーテールの世話係となったのだった。
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