第5話 天界へようこそ!

 天界はかなり広く、10分ほどかかっても目的地はまだまだ先だ。

しかし、天界のおかげなのか脚の疲れは全くない。

僕がいた地上とは同じ雰囲気だけど、やっぱりここは天界なんだなって思う。


「あっ!デーメーテールじゃん! お久しぶり!」


「――――! まあ! お久しぶりじゃないの! 元気にしてたかしら?」


「うん! 何とか山場超えて、これからしばらくフリーなんだ!」


「あらそうなのね! じゃあ、また頼めるかしら?」


「もちろん、任せて! そういえば……この子誰?」


「あらごめんなさい、紹介がまだだったわね。彼はトビー・マフバフ。わたしが外界から連れてきた人よ」


「えっ!? ほ、本当に連れてきちゃったの!? まさか有言実行する時が来るなんて……さすがデーメーテールだね」


 会話の感じから、かなり仲が良さそうだと判断したトビー。

女神デーメーテールと同じ神様だが、明らかに服装が違う。

 白をベースとしつつ、赤色のラインで縁取られている。

頭には髪飾り、ものすごく広い袖口とくるぶし近くまで下ろした長いスカートのようなもので太い蛇腹状の折り目がついている。

トビーが全く知らない、見たこともない装飾品と服装を身に着けていた。

 また、果たして女性なのか男性なのか判断できないほど中性的な顔の持ち主で、声も幼い。

 そして彼のチャーミングポイントと呼べるほど目立つのが――――頭から生えている縦に長くて大きな耳だった。


「あなたにも紹介しておくわね。この方は『ニッポン』という国で最も広く信仰されている神様『稲荷神いなりのかみ』よ」


「い、いなりのかみ……? ごめんなさい、初めて聞いた名前です」


「まあ、僕は君とは違う国だし、そもそも生きている世界も違う。知らなくて当然だよ。まあ、要するに『日本にっぽん』っていう国があって、そこで広く信仰されている有名な神様なのさ!」


「な、なるほどそうなんですね。全く存じ上げなくて申し訳ありません……」


「そこまで畏まらなくても良いよっ! あ、それから僕のことは『お稲荷いなり様』って呼んで構わないから!」


「あ、ありがとうございます。おいなり様」


 深々と頭を下げるトビーに、慌てて手を横に振るお稲荷様。

これだけ礼儀正しい人物も、なかなか珍しいと感じたのだった。


「そう言えば、デーメーテールはこれから彼を連れてどこに行くんだい?」


「あの方のところまで行くのよ。わたしには彼を無理やり連れてきてしまった責任があるから。それに、彼に新しい名をつけてあげようって思ってるのよ」


「えっ!? それ本当に言ってるの!?」


 それを聞いた途端、お稲荷様は驚いた表情を見せる。

しかし、女神デーメーテールの表情は変わらない。


「本当よ。これは本気で言ってる」


「それって、他の神様と同じ扱いってことだよ! そんな簡単にやっても大丈夫なの……?」


「えっと、デーメーテール様? 新しい名を与えられるのに、そんなに難しいものなんですか?」


「――――それは……」


 女神デーメーテールは、一切トビーの方を振り向かずに答えた。

しかし、何か言おうとしたが途中で口を閉じてしまう。

トビーの目からは、どこか不安そうな表情があるような気がした。


「まあ、デーメーテールがそれで良いのなら何も言わないけど……。えっと、トビー君だよね。1つだけ忠告しておく」


 お稲荷様の表情が一気に変わり、空気も変わった。

緊迫感が一気にトビーを襲う。


「これから行く場所は僕たち神様の頂点に立ってる存在。そして、トビー君の名前が新たに変わるってことは、洗礼を受けるってことだから。ということは……かなり厳しい試練がトビー君を待ち構えてるからね」


「厳しい試練……」


「はぁ……それを後で言おうとしたのに……」


「こういうのは先に言っておかないと、逆に彼を混乱させちゃうよ」


 この先何が待ち構えているのか……お稲荷様の表情を見ればすぐに分かる。

トビーの心の中に不安がどんどん増してくる。

 そんな彼に、そっと肩に手を置いたのはデーメーテールだった。


「ごめんなさいね。でも、これは避けられないの。あなたにつらいことばかり与えてしまって申し訳ないけど……」


「い、いえ! 僕は大丈夫ですよ!」


「トビー君、別にデーメーテールを叱っても良いんだよ? どうして僕は無理やりここに連れ去られたのに、プラスで試練を受けなければいけないんですかぁ!? ってね」


「さ、さすがに神様相手にそんなこと言えませんよ!」


 慌てて否定するトビー。

確かに無理やり連れ去られたが、どこかワクワクする。

何故なら、新たなこの『天界』という世界で、神様たちはどんな暮らしをしているのか非常に興味があるからだ。


「トビー君って意外と卑下するタイプなのかな? あまり卑下しすぎると自分のこと損しちゃうよ。確かに相手を敬うことも大事だけど、自分がこうしたいって言うのも大事だよ! じゃあさ、どうやら僕の見た目が気になるみたいだから、1つ何でも質問に答えるよ!」


「えっ!?」


 全く話していないのに、自分の心の中で思っていたことを簡単に読み取ったことに驚くトビー。

やはりさすがは神様と言うべきかと思った。


「じゃ、じゃあ1つだけ良いですか……?」


「何でもどうぞ! 遠慮せずに聞いちゃって!」


「えっと……おいなり様は、性別はどっちなんですか!?」


「えっ、僕の性別?」


「はい、おいなり様って見た目が中性的なので、どっちなのかな〜って気になってまして……」


 お稲荷様は予想外の質問に、一瞬固まってしまった。

しかし、すぐに笑って頭をポリポリと掻いた。


「あはは、まさかの質問が出てきてびっくりしちゃったよ。てっきりこの耳のことを聞いてくると思ったからね。そっちより、僕の性別の方が気になったんだ?」


「はい」


「そうなんだ、あはは! 君面白いね、気に入った! じゃあ、トビー君の質問の答えを言うね。さあ、どっちでしょうね?」


「へっ?」


 お稲荷様は腰に手を当て、トビーの顔を覗き込むようにしながらそう答えた。

どうやら、ちょっとだけ彼の表情を楽しんでみたかったようである。

トビーは思わず変な声を出してしまった。


「まあとにかく! 先にお偉いさんのとこに行くと良いよ。僕のことはまた後々話してあげる。トビー君との交流がもっと深くなったらね」


「わ、分かりました。ありがとうございます!」


 ペコペコとお辞儀をするトビー。

お稲荷様は面白い人物を見つけて来たなと、彼に興味を持ったのだった。


「じゃあ……もうちょっとで着くから行きましょうか」


「はい! ではおいなり様、失礼いたします」


「うん! 気をつけてね〜。バイバーイ!」


 手をブンブン振って2人を見送るお稲荷様。

トビーと女神デーメーテールも手を振り、再び目的地へと歩き出した。


(試練……どんなことをするんだろう?)


 お稲荷様から聞いた『厳しい試練』のことがずっと気になっていた。

神様でさえ思い出したくもないような表情をしていたため、かなり厳しいものになるのだろうと予想した。

トビーはかなりの覚悟をした。

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