第3話 何もなき世界

「――――んあ……」


 トビーはゆっくりと目を覚ました。

そこから広がる世界は――――白。

物がない、環境音も聞こえない――――とにかく何もない世界。

それは『無』そのものだった。


「ここは――――どこ?」


 混乱しているトビーは、とにかくきょろきょろと周りを見渡す。

しかし、ここは無の世界。

景色全てが『白』だ。

 次に自分の体は何ともないのか確かめてみる。

トビーは自分の体を見た。


「――――色が、ない」


 自分の体の輪郭は見える。

ただ、全く色がない『白』それだけだった。


「体は……動く」


 試しに体を動かしてみると、普段通りに動いた。

体には問題なさそうだと判断したトビーは、その場から立ち上がった。

 しかし、ここは何もない一面真っ白な世界。

一体どこを歩けば良いのか分かるはずもなく……。


(えっ、立ち上がったのは良いけど……。この後どうしたら良いんだろう……)


 今頃になって重大なことに気づいたトビー。

立ち上がったのは良いが、何もない世界でそんなことをしても意味を成さないということを。

トビーは苦笑いしながら冷や汗をかいた。


(えぇ……。本当にどうしたら良いんだろう? あっちが前でこっちが右で、そっちが左で……これが後ろ)


 何も出来ないので、とりあえず方向を確認してみる。

どうやら方向音痴にはなっていないようだ。

と言っても、ここは無の世界なので方向音痴なのかも確認することは全く出来ないが……。

つまりこういうことである。


(前後左右、本当に合ってるのかなこれ……)


 結局答えが分からなくなってしまった。

トビーはとりあえず次の対策を考えた。

しばらく考えていると、はっと答えが出た。


「僕たち暮らすこの山はぁ〜♬」


 突然大声で歌い出したトビー。

彼が歌い出した理由、特になし。

あったとしても『とりあえず自分の存在を知らせるため(?)』だ。

ぱっと出てきた答えだけで行動に移したトビーは、すぐに答えに行き着いた。


(そうだよ、もはや存在すらなさそうなこの場所で歌っても、何もないんだから意味ないよ……)


 結局振り出しに戻る。

トビーはその場に再び座った。


「お腹空いたなぁ……」


 トビーのお腹が大きく鳴った。

しかしその場にキッチン、そもそも食材もない。

なので食べることすら出来ない。

 トビーは大の字に寝転がり、どこまでも上に続く白の天井を見つめた。

こうしても、誰かが来てくれるわけがない。


「僕はこの場所で、お腹を空かしたまま干からびて死ぬのかな……」


 ふと、トビーはそう呟いた。

小さい頃に親から、空には天国があるんだよと教えられてきた。

だから、この場所が天国の入り口なのだろうと思っていた。

 しかし、今いるこの場所は天国どころか、まさに地獄。

誰も自分を助けてくれない。

まさに絶望そのものだった。


「――――」


 もう言葉も出ない。

トビーは時が止まったようなこの場所で、ひたすら白い景色を見つめるだけだった。










◇◇◇









 どのくらい時間が経ったのだろうか……。

トビーの空腹は限界を超えていた。

もう立ち上がることも、そもそも体を動かすことすら出来ない。


(本当に僕はここで放置されて干からびて、本当の意味で死んじゃうんだ……)


 どこまでも上に続く真っ白い見えない天井を仰ぎながら、トビーはそう思った。

誰か来て欲しい、そういくら願っても誰も来ないこの世界。


「誰……か……」


『あなたがトビーですね?』


「――――!?」


 トビーのか細い声が誰かに伝わったかのように、女性の声が聞こえた。

彼は驚きで目を大きく見開き、周りを見渡そうと体を起こそうとするが、力がないため体を起こす出来なかった。


『あなたがトビー・マフバフ、で間違いないですね?』


「は、はい……」


 トビーは力のない掠れ声で、何とか返事をする。


『――――えっとぉ、色々聞きたいことあるけどその前に……ご飯食べる?』


「――――! 食べます!」


『――――!? びっくりした……。そんなにお腹が減っていたのね。ささ、どうぞ召し上がれ』


「頂きます!」


 トビーは顔の横に突然現れた食べ物にすぐに食い付いた。

空腹の限界に達していたトビーは、用意されたご飯を食べまくった。










◇◇◇










『――――えっと、お腹いっぱいになった?』


「はい! って、あなたは誰ですか!?」


『今頃気づいたの!?』


 トビーはずっと耳に入ってくる女性の声が全く知らない人だとやっと気づいた。

空腹のあまり声の主が誰なのか、そんなことも考えられなかったのだ。


『はあ、わたし忙しいからしばらく見守っててって言ったのに……。ちゃんと聞いていなかったみたい……』


「はっ、えっ?」


 女性が愚痴を言っていると、トビーの正面からいきなり光の粒子が集まり、突然足が現れた。

光の粒子はゆっくりと形作っていき――――やがて1人の女性が現れた。


「本当に誰もいないじゃん! もう、どこ行っちゃったのかしら……」


「あ、あなたは……?」


 見たこともない衣服に包まれた女性がありえない登場の仕方をしてきたため、トビーは思わず固まってしまった。

そして、やっと出た最初の言葉がそれだった。

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