五 凪が降りてくる




電話ごしの街より




激しい雨音の向こう側から、

くぐもった電子音が聞こえてくる

電子ピアノが雨音を真似ているのだろうか?

触れてもらえないさみしさをまぎらわすために?

それとも、持ち主の気を引こうとしている?


「そんなことあるわけがないだろう??」

 だれだ? 今しゃべったやつは?


表面的には雨音のように不規則な電子音だが、

よく聴いてみると、複数の音源がそれぞれに、

一定のリズムを刻んでいるということがわかる


「もしかしてこれは鼓動を伝えるバイタルサインなんじゃないのか??」

 だからだれだ? いったいだれがしゃべっているんだ?


ともかく、そういうことらしい

この電子音は心臓と連動している

小さな音ではあるが、命あることをはっきりとしめしている

それにしても、いったい何人が生きびているのだろう?


命の存在を克明こくめいに伝え続ける電子音も、

不規則な雨だれのなかにあっては、

命をかぞえることを許してはくれない


  かぞえる?? 顔のない命をかぞえて」

「――お前はいったい何がしたいんだ??

 ああ まただ


「顔」「命」「数字」がぐちゃぐちゃに溶けて混ざり合っていく




匿名とくめいの現実のなかで、楽譜がくふはみずから呟き出す

 ――命は語られたがっているみたいだ――

澄んだ歌声はすぐに嵐にき消されてしまう

 「だれも悲しまない――それは時にもっともとうとく、

また、時にもっともむごたらしいことだ」

 ああ まただ

仮面をかぶった通りすがりが、冷やかしの口笛をひとつ吹いた

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