三 炭化する夏のかげ
∦
流れる雲は白く乾いている
入道雲の表情は明るく、
地べたを這いずるその影もどこが楽しげで、
触れたものすべての感触を
晴れ続きに心
私は夏を愛したまま死ぬのでしょう
ここ最近 雨がまるで降らない
通り雨もない ぽたりとも来ない
最後に降った雨を思い出すためには、
一度、あたまを空にしなければならない
(いちばんいい方法は、だれかとキスをすること)
(次点としては、覚え書きをしたためてしまうこと)
多くの人は晴れ続きに慣れ切ってしまい、
そのことを少しも不思議に思っていない
あと数日これが続いてしまえば、人々はきっと
雨のことをすっかり忘れてしまうだろう
私は夏を愛したまま死ぬのでしょう
古びた公園は、まるで
男も女も 大人も子どもも すべての人間が 目が 口が
恋人同士であるかのように、仲むつまじく、見つめ合い、
おしゃべりをしている ベンチも 木陰も
あずま屋も
公園の入り口には、時計が
地面から垂直に伸びる真っ黒なポールは、
五メートルほどの所でぐにゃりとUターンし、
その先に、まるいアナログ時計がぶらさがっている
午後の日差しは
「透明な
「
「
「およそありえない彩度に
ありふれた樹木は神経を
羽化をむかえる
どろどろに溶けて液化した
目の覚めるような緑に置き換えながら」
今ここをひとつの絵画にするとして
この景色をどうやって静止させられるだろう
現物を溶かした油絵の具を使ったとしても
抑えの利かない
「景色」はいっそう冴えわたる
支配欲にまつわるすべてが
空間は
夏の新雪を踏み荒らす、たくさんの意識
自分こそが一番乗りだと、だれもが信じて疑わない、――光の大地――
なぜ人々が夏になると浮足立つかといえば
踏みしめる大地の新鮮さがそうさせるからだ
夏が新鮮すぎるんだ 夏のパーツは
次々死んで そのたびみるみる
そうしないと すぐに
夏は
いつかきみもこんな風に腐ってしまうよ
うかうかしていると足を滑らせてしまうからね
夏の
時計の下に、ひとりの少女が立っている
白いワンピース 黒のショルダーバッグ
つばの広いリネンハット 新品のミュール
アナログ時計の真下に立ち、しきりに自身の腕時計に目を落とすその姿は、
「私は、時間を約束してここで待ち合わせをしている」と、あたりに弁解でもしているかのようだ
「長い文章を書けないってバカにされた。
ちゃんと物を考えられていない、って。
これだから最近の若者は、だってさ。
確かにそういうところも、あるかもしれない。
でもさ、ちょっと違うよね。
短い文章で、正直な気持ちで、
私たちは充分わかり合える。そうじゃない?
いつもだれかと繋がって、想像を分け合って生きている。でしょ?」
彼女は汗を流し続ける
ときおり、遠くの木陰に目を向けながら
――彼女は腕時計を睨みつけた――
あたりの
たくさんの人影が目の前を通りすぎていく――
「
時はすべてを切り裂きながら
その瞬間に傷を
印象にしかなれない私たちは
かたちだけの行為に生きるしかない
だれかの
「いつのまにか きみがいないとつまんなくなっていた
それなのに私は きみとアコースティックな恋がしたい」
あなたは噴水を思い浮かべる
そこは前提のような大広場
いくつもの
その高さを競い合っている
空を押し戻そうとするように
あなたは道案内を空想する
だれにも似ていない顔
はじめて見知る表情
身体つき うしろ姿
立ち寄ったことのない街
あり得たべつの人生に
はりめぐらされた地図
鈴の
息 いつも歩く道だって
息を 時が来れば必ず
息を吸って いつか歩いた道になる
彼女はあたまのなかに
一本のナイフを思い浮かべる
掌におさまる小さなナイフ
メスのようなデザイン――切れ味
強く
あると信じる 切れ味を思う
彼女は右手の人差し指を「ぱくり」と
指は「キャンディー」のように引き抜かれた
「
「彼女」は、大きく息を吸った そして
ゆっくりと「息」を吐くのに合わせて
「濡れた指」をまっすぐ滑らせた すると
「彼女」の左手首はぱっくりと切れてしまう
深い傷口からは「血」が出ない代わりに
「透明な真水」がしたたり落ちた
理屈なんて 知性のほんの一部でしかない
「合理的に生きて、合理的に死ぬ。
そんな賢さはもういらない。本当にうんざりなんだ。」
水に落ちた絵本 ミゾレみたいにぐちゃぐちゃになれ
「だれかを出し抜く方法だとか、間違いを見ないで生きる
そんなこと教えてくれなくていい。
そんな優しさなんて、ほんといらない。もう古いんだよそんなの。」
骨なんて見たくない 気持ちわるいよ そんな優しさ
「無意識の親切とか、理由のない気持ちとか、助けたいって
そういうものは賢さじゃないって言われた。」
考えなくてもわかることを考えて それであたまがいいなんて そんなのおかしいよ
「そんなことまでいちいち道筋に当て
ばたばたばたばた人が死んでいくんでしょう?」
「それなのに、
だれかの純粋な気持ちをバカにして。
それだけじゃない だれかを傷つける人を
「そのくせ、なんでこの世界は、こんなにも美しいことになってるの?」
本人は知り得ないことだが、彼女は、
うしろ姿だけの人間になってしまった
どこから見ても、多方向から同時に見ても、
人々には、彼女はうしろ姿でしか認識されない
あなたはいまでも確かに私のなかにいます
だけど、私の私は、だれにもあげないんです
さげられた彼女の左手からは真水がしたたり続け、
足もとの水たまりを、ぽたぽたと押し広げていく
人並みの幸せが欲しくて、
最悪なことを思い浮かべる
これって
私たちって滑稽なのかな、
それとも、滑稽なのは私だけ?
「雨はこれまで
どれだけの恋に
私は夏を愛したまま死ぬのでしょう
透明な万華鏡が
ゆっくりとねじれていく
夏の光を巻き込んで
心象の 内側に 落ちていく
透明な音
かたち
歯触り
印象
想い出
なにもかもすべて、時の流れに
それを思えば、
恋の偶然にも、だれかに恋焦がれることにも、
与えられたこの感受性にも、
冴えていく時間
彼女は待ち続ける 待ち人は来ない
夏は終わらない 雨が
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