第二章 ランシーン砦

「軍学校での一年目は主に体力作りと基礎知識の教育、この二つだ。二年目からは技能や技術方面になるが、これに関しては適性もそうだが、武官と文官とで必要とするものが全く違う。どちらにするか決めているのであれば、二年の時点でクラスをせんたくする必要がある。それ以降はもう戦場へ出ていたからな……」

「父上のときは戦争が多かったので参考にはならないかと」

 昔と今では軍学校の制度は変わっているだろうからと、お爺様は息子むすこ二人を通わせているルジェさまに説明の続きをうながした。

「基本的なことは変わっていない。軍は大きく分けて武官と文官がある。武官は父上や俺のように前線で指揮をり戦う者をしようしているが、敵国での情報収集やていさつ、戦場へ物資を運ぶ者も武官のくくりとなっている。文官は武官以外の者を指し、事務官や技官といった戦場に出ている者たちを支える役割をになっている。軍医も文官の括りなんだが、これに関しては資格が必要となるのでまたべつわくと考えてくれ。ちなみに、女性は武官クラスではなく文官クラスを希望する者が多い」

「確か、ロベルトは文官クラスじゃなかったか?」

「いえ、あれは武官、文官の両方を受けています」

 ロベルトというのはルジェ叔父様の息子で、私のにあたる。ロベルトの下にはリアムという弟がいて、さらにその下に妹のリジュがいる。

 ロベルトとリアムの二人はすでに軍学校でりよう暮らしをしていて、さまとリジュはトーラスではなく王都で暮らしているらしい。

「二つ受けることが可能なのですか?」

「不可能ではないが、ゆうがあればというところだな」

せんたくは多いほうが良い。少し急いで鍛えるか……」

 学園は基礎学力のほかに、女性はマナー講座に社交関連の教育、男性は騎士科の受講が義務づけられている。

 けれど、軍学校は義務ではなくすべて選択制で、学科や試合が全ての実力重視。

 軍学校へ入るが軍人になるつもりはない。そこまでいくともう変人の域になってしまう。

 当主は後方えんなので、私は文官クラスを選ぶべきだろうか? となやんでいたら、ルジェ叔父様から「待った!」と大きな声が上がった。

「まさか、父上が自ら鍛えるわけではないですよね?」

「そんなわけあるか。温室育ちの基礎体力もないやつにいきなり指導できるわけがない」

「ですよね……ん? では鍛えるとは?」

「ロナとリックを呼んで来い。ずはそこに置く」

「それもどうかと……」

「だったら俺がやるか?」

ぐに連れてきます」

 早く行けと促されたルジェ叔父様は悲しげな目で私を見たあとかたを落としながら部屋を出て行った。

 ルジェ叔父様は軍学校への入学を反対していたものね……。

「お爺様、ロナさんとリックさんというのは?」

「春先に配属される軍学校を卒業したばかりの新人の教育係だ。ロナが基礎訓練、リックが実地訓練を担当している。何か質問があれば二人にけば良い。セレスティーアは実地訓練に入るまでに一年弱はかかるだろうからな……」

 一年弱で身につくか? とお爺様に不安視されている基礎訓練とはいったい何なのだろうかと、色々考え不安になる心を静めるためにお茶を一気にあおった。



 コン、コン……とノックされたとびらが開き、ルジェ叔父様と隊服を着た若い二人組が部屋へ入って来た。

「セレスティーア、父上の横へ」

「はい」

「二人はそこに」

 初対面の印象はとても大事だと教育を受けた私は、おじいさまとなりに移動したあとねこを何重にもかぶったこんしん微笑ほほえみをろうするが、正面に座った人を見て目を見開いた。

 短いかみはちょこんとはね、スラリとびた手足が印象的なれいな女性。

 黒い上着に純白のスラックスが良く似合っていて、えりもとむなもとには金属製のバッジが付けられているが、それの意味は私には分からない。

 でもすごてきで、目が合うとやさしく微笑んでくれる。

「この子は俺の孫だ。二人は呼ばれた理由を聞いたか?」

「いえ、まだ何も」

「同じく」

「ならあいさつからだな。セレスティーア、座ったままで良い」

 初めて目にした女性軍人様に興奮していた私をに、お爺様はサクサクと話を進めている。

 座ったままで良いと言われたので姿勢を正し、綺麗な女性軍人様からこわもて男性軍人様へと順に目を合わせた。

「フィルデ・ロティシュの孫、セレスティーア・ロティシュと申します。しばらくの間、でお世話になることになりました。ご指導ごべんたつのほど、よろしくお願いいたします」

 挨拶を終えたあとは深く頭を下げる。

 これから私の先生となる方たちなのでこの挨拶が正解だろうと顔を上げたら、二人共どうだにせずジッと私をぎようしていた……。

 ルジェ叔父様に視線で助けをうと、しようしたあと動く気配のない二人にせきばらいで促してくれる。

「あ、すみません。貴族のごれいじようを見るのは初めてで……。新人の基礎訓練を担当するロナと申します」

 照れたように笑ったロナさんがふっと息をき出しな顔つきになると、まさに軍人という感じがしてとても格好良い。

ていねいな挨拶をありがとうございます。新人の実地訓練を担当しているリックです」

 背が高く体格の良いリックさんは強面だが、私の目を見てゆっくりと話してくれるのでとても優しい人なのだろう。

「セレスティーアが軍学校に入学するまでの間、二人にめんどうを見てもらうことになる」

「……」

「……」

「そうだよね、そうなるよな」

 お爺様の言葉に無言になってしまったロナさんとリックさんに対し、ルジェ叔父様は目元を片手でおおい何度もうなずいている。

「いえ、あの、軍学校とはどういう……? はくしやく家のお嬢様が? 童話に出てくるようなキラキラしたおひめさまですよ?」

「俺の孫なんだから軍学校に入ってもおかしくはないだろうが。それと、お前は貴族に夢を見過ぎだ」

 ロナさん、人間は発光しません。

「いやいや、何か深い理由でも? まさか、さいしよう様に家を取りつぶされたのですか!?」

そこであいつが出てくるんだ?」

 お爺様、それは私がお訊きしたいです。何をなさって宰相様ににらまれているのか……。

「二年後に軍学校に入学させる。おそらく、その辺の子どもより基礎的な部分がおとっているだろうから、平均になるぐらいにはきたえてやってくれ。俺の孫とか貴族だからとかえんりよはいらない」

「本気で言っているんですか?」

「どうせ毎年面倒なのが一人交ざっているだろうが、それといつしよに訓練させれば良い」

「ですが、ドレスでの訓練は……」

「おい、ドレスでやるわけがないだろ……貴族を何だと思っているんだ? セレスティーアだってシャツとズボンくらいは……持っているよな?」

 流石さすがにドレスで訓練にいどみはしないと頷くと、ロナさんの顔がぐにゃっとゆがんだ。

「え、お爺様、ロナさんが!」

だん俺やルジェを見ていて何でまだそんなおかしなイメージを持っているんだ? いいか、ロナ。童話の中の王子や姫なんてものは現実には存在しない。王族も貴族も大してはなやかな生活なんて送っていないぞ? かざるのもおおやけの場でだけだ」

「夢ぐらい見させろ、このっ、暴君が!」

「ロナ、落ち着け! まだ此処の実権はその暴君がにぎっている」

 お爺様の言葉をさえぎったロナさんはり声を上げて立ち上がり、そのロナさんのうでつかんで止めたリックさんはみようなだめかたをしている。

 そんな二人をながめながら鼻で笑うお爺様とぼうかん態勢のルジェさま

 この短時間に何が起きたのか……今分かることは、このままでは質問どころではなくなってしまうということだ。

「あの、おじいっ……!?」

 そっと手を上げて声を発したしゆんかん、私の背中に置かれていたクッションがかれ、凄い勢いでロナさんへ向かって飛んでいった。

 このとりでではクッションを投げ合う遊びが流行しているのだろうか……?

 固いソファーに背中を預けながら子どものようにさわぐ大人たちをろんな目で見つめ、深く、とても深く息を吐き出した……。



 ランシーン砦にちゆうとんしている軍人はごく一部を除き街から砦に通っている。

 極一部というのはお爺様やルジェ叔父様のような上級官職にいている人たちのことを指し、街にある家ではなく砦内に用意された自室を使っているので砦に住んでいる状態だと聞いた。

 砦内には客室もあり、まれに視察や協議の為におとずれる王族や貴族が数ヵ月砦にとどまることがあるので用意されている……というのは建前で、おしのびでひんぱんにお爺様に会いに来る国王陛下と、軍の資金について怒鳴り込みに来る宰相様の為らしい。

 各自専用の部屋があると言っていたルジェ叔父様が、陛下は此処をしよ地か何かとかんちがいしていて、宰相様はお爺様とたいてい三日三晩は論争を行うとなげき、ロナさんとリックさんも、普段いつぱん市民がお目にかかれない高貴な身分の方たちが気楽にたいざいすることで、訓練以外でも神経をり減らしているとこぼしていた。

 そして、私が案内された部屋がまさにその話題の客室で、そこにはじよや護衛用の部屋もある。

 伯爵家の令嬢ということで一応規定に従い客人あつかいとなるが、軍学校に入学するまでの二年間は軍の新人に交ざってたんれんするので客人けん見習い軍人という感じなのかもしれない。

 お爺様の孫が砦に来ていることは周知されたが、その孫が訓練に交ざるとはだれも想像すらしていないだろう。

 明日は砦内の設備や訓練場などを案内してもらい、各所へのあいさつまわりとなっている。

 役に立たない素人しろうとなのだからせめてじやだけはしないようにと心に決め、家の物とそんしよくのないベッドへもぐり込んだ。


    ● ● ●


「おはよう、セレス」

 案内役として部屋までむかえに来てくれたロナさんには、昨日の顔合わせのときに新人の軍人と同じように接してくれて構わないことを伝えてある。最初は「平民なのですが」ときようしゆくしていたけれど、切りえたあとはかたくるしい感じが取れ積極的に話しけてくれた。

「セレスは軍人ではないから、案内できるところが限られている。げんすい……ではもうないのだが、君のお爺様のことをみなまだ元帥と呼んでいるから」

「はい」

「元帥とルジェたいが居る区画、セレスの部屋がある客室区画、それと新人が使う訓練場と食堂はいつでも入れる。でも、ほかの上官の部屋がある区画、軍の宿舎、武器庫、演習場、大広場は私かリックと一緒でなければ立ち入り禁止。街に出るときも、私かリックが同行するので許可を得る必要がある。あまり自由はないと思うけど、規程を破るとには居られなくなるだろうから気を付けて」

「おじいさまの孫だから此処に置いていただけるのです。他にも何かあれば都度教えてもらえると助かります」

「良い子だよね……あの人の孫だとは思えない」

 建物の中を歩きながら、街や砦でせんとうが起きたときになんできるように各区画にある非常用の出口や、砦で働いている職員用の避難場所などを教えてもらい頭に入れていく。

 そのあとはいつたん最上階まで階段で上がり、一階まで下りながら各区画の説明となった。

 地位が高いほど上の階に部屋を持つので、お爺様とルジェ叔父様の私室、客室は最上階に置かれている。その下の階からは各部隊の上官の部屋、作戦会議室、らいひん室と私には関係のない部屋なので立ち入ることはないが知っていて損はない。出入り口がある一階は、食堂、医務室、大浴場と人が多く集まる場所となっていた。

 建物を出て右側の木がしげっているほうに新人用の訓練場が、左の大きな円い形の建物があるほうには軍の演習場、武器庫、大広場がある。

 時期的に新人教育はしゆうばんを迎えているらしく、ある程度ひまになるから丁度良いと笑っていたロナさんに連れられ訓練場に向かうと、そこには三十名ほどの軍人が……地面にたおしていた。

きゆうけい時間中だな。明日からあれと同じメニューをこなせとは言わないからだいじよう

 目に生気のない無数のしかばねが転がっているのですが……。

「毎年此処へ配属されてくる新人の数は三十から四十。武官、文官、両方とも午前中は訓練を行っている。午後からは配属先の部隊で実地訓練。セレスは私からの合格が出るまで基礎訓練になるからリックの出番はまだ先かな。……ほら、さっさと起きろ! そろそろ休憩は終わりだ!」

 ロナさんの声に反応しノロノロと立ち上がった屍たちが、何かにき動かされるかのように訓練にもどって行く……。

 その姿をぜんと眺めていた私のかたたたいたロナさんの「慣れだから」という言葉にただ頷くことしかできず、時折聞こえるうめき声に背を向けた。

 訓練を見学したあとは各部隊の上官のみなさまあいさつに向かう。

 いつぱん的な軍人の心証は、あらくれ者が多く好戦的。逆にの心証は、しんで分けへだてなくやさしく見目が良い。

 誰かに言い聞かせられたわけでもなく私もそう思っていた。

 けれど、実際に顔を合わせて話した方たちは皆とても優しく紳士的な対応だった。

 昨夜のうちにお爺様からしようさいを聞いていたらしく、おどろかれはしたが好意的な感じだったのでむねで下ろす。

 身内にもようしやがないとおそれられているお爺様だって、軍人になる気はないのに軍学校に入りたいと言う私のわがままかなえてくれるだけでなく、入ったあとのことを考えて訓練までつけてくれる。

 しかも、指導役として公私ともにたよれる女性までいるという好たいぐう

 此処へ来るまで不安で仕方がなかったのに、それが今は期待や興奮に変わっている。がんれば一年もかからずに実地訓練に移れるかもしれない。それを目指して頑張ろう!

 そう期待に胸をふくらませていた私の浅はかな考えは、結論から言えば大変甘かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約破棄され捨てられるらしいので、軍人令嬢はじめます 雪/角川ビーンズ文庫 @beans

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ