第一章 令嬢やめます②
「お父様、私、
このままミラベルが予言した通りの未来になるなんて
お父様から見捨てられ、婚約破棄され王族から睨まれる……?
そんなもの
「令嬢を、やめる……?」
「はい」
やめるとはいえ身分を捨てるわけではない。伯爵家の
ただ、これから先の歩む道を変えるだけ。
「父上は今、ランシーン
「はい。そこへ向かいます」
「か、考え直してくれ!」
今夜出立する予定だと口にすれば、絶対に放さないとしがみつかれてしまい、
翌日、まさか早朝から家を出ると思っていなかったお父様は
● ● ●
ロティシュ伯爵家が国王陛下から
若くして
数年前に
年に一度くらいは顔を見に領地へ戻って来てくれていたのに、隠居されてからはそれもなく、それでも私だけはお爺様と手紙の
私兵を持つ貴族は
国軍の砦に私兵を置けば私物化していると批判され
領地からランシーン砦までは馬車では六日。
ゆっくり向かいたいからと馬車を急がせず、長い旅路を楽しむ。
伯爵家の令嬢が数名の護衛と侍女を連れて六日も旅をすることなどほぼ……ではなく絶対にない。
これが許されるのは、元国軍元帥フィルデ・ロティシュの
それでも危ないからとお父様から遠出は許されていなかったので、こうして領地を見て回ることはなかった。それは私付きの侍女も同様で、子爵家の出の彼女たちもこうして馬車で旅などしたことはない。これから長い時間、領地を離れお爺様が住む辺境の街で過ごすと説明したが、彼女たちは
「もうすぐ
ジッと見つめていたからだろうか、
侍女が用意している物は
「甘いわね」
「はい。ですが、凄く
「もっと外へ目を向けるようにとお爺様が
「お
将来領地を治めるなら外へ出て見聞を広げるべきだと常々口にしていたブラムを味方にできたのは良かった。
ブラムはお父様の
「ブラムのおかげね……」
外に出て様々なことを知れたのは大きく、これから私がやろうとしていることはお父様が決して逆らえないお爺様にしか
身内であっても甘くはなく、基本
「お嬢様、そろそろですよ」
侍女に声を
そのほうが私としては
「大きな門ね……」
ランシーン砦に入るには
私の場合はお爺様の下へ
「良く来たな」
馬車から降りると、砦の前には
「セレスティーア」
両手を広げているお爺様が右手の指をクイッ……と二度ほど折り曲げた。
意図していることは分かっているのだけれど、貴族令嬢らしく
困ったわ……と
それに、
「大好きなお爺様、お会いしたかったです!」
護衛や
砦の存在は知っていたが
「……うっ!」
石積みの
「
「はい。すみませんでした」
「
階段を上がった先にある
客室なのか、暖かくされた室内には貴族の家と
──コンコン……。
ソファーに座り大人しく待っていると数度扉が
侍女が開けた扉の向こうに立って居た人を目にし、
「ルジェ
「久しぶりだな。父上が
「まぁ、叔父様がお持ちくださったのですか?」
「
紅茶とお
「お爺様も叔父様も全然顔を見せに来てくれませんから」
「父上の暴走を押さえるのが俺の仕事だから、此処を
両手で
説得しなくてはならない人が二人に増えたことに内心頭を
「待たせたな……って、ルジェも居たのか」
ノックもなしに開かれた扉に叔父様が文句を言う間もなく、お爺様が
「父上……いくら身内とはいえ淑女の前です。シャツくらいは着てください」
「
お爺様から同意を求められ苦笑しながら
「訓練中に門番からセレスティーアの身元確認の伝令が来て抜けたから
「いえ」
私は
「誰が老人だ!」
「誰って一人しかいないでしょうが! 目に毒なので早く服を……ぶっ!?」
鍛えられたお爺様の身体には所々に
軍人
「お爺様、ルジェ叔父様、大切なお話があります」
「大切な話? その顔だと、あまり良いことではなさそうだが」
投げ返されたタオルを肩に掛けソファーに身を
「セレスティーアからの手紙が届いたのは昨夜だ。で、その翌日の昼には街に入っていた。事前に準備していたか、それとも
「俺も
家出だと思われているのだろうか……。
まぁ、確かに家出のようなものに近いとは思うのだけれど。
「お手紙を出して直ぐに出発しましたから」
「よくバルドが許したな……」
「お父様にはきちんとお話ししてあります。ですが、
「待て、
「そうですわね……」
右手を持ち上げ、ゆっくりと指を折り曲げていく。
四本目の指を曲げた辺りで
そっと手を戻し、真っ直ぐお爺様の顔を見ながら口を開く。
「ざっと、六年くらいでしょうか」
「……あぁ?」
「六年……え……?」
無言になってしまった二人を横目に、冷めてしまった紅茶と
気力を補給すべくクッキーを
「菓子を食いながら話すような内容じゃないと思うのは、俺だけか?」
「いえ、俺もそう思います」
え、お菓子……? と驚きながらハンカチで口元を
「やはり家出だったか」
「家出ではありませんよ? お父様と
「その六年はどこから出てきた? 何があったのか
少し
「意味が分からないことだらけだな」
「
「私は修道院へ送られるらしいので、そこで終わりなのかと思います」
「でだ、今のところ予言が当たっているのが婚約者に関してのことか」
「はい」
「
「学園でのことはセレスティーアが予言の通りに行動しなければ良い話では? 卒業するまでは目立たず過ごし、王族と義妹からは距離を取るとか」
「私の婚約者はアームル
私の入学から一年後にミラベル、その翌年には公爵家の
「貴族の縮図と
政治は男性、社交は女性と決まっているが、私はそのどちらにも同志が必要なのだ。
「それに、貴族は血統関係のない者、階級が低い者を
「セレスティーアでなくても、他の令嬢たちが勝手に義妹を攻撃するということか」
「私の派閥の者たちがミラベルに攻撃するようなことがあれば、それを
ある意味取り巻きを引き連れた女王様というのも
「義妹は
「王太子殿下は私と、第二王子殿下はミラベルと同じ
「歳は近いが王族だからな、そう関わるようなことはないと思うが……」
言葉を切ったお爺様に
「先日、国王が
「だとしたら、セレスティーアは
お爺様は
「無視するか……」
「それが許されるのは父上だけですよ」
挨拶はするし、話し
「無視することも追い
王太子殿下や第二王子殿下に気に掛けられ
「だが、何があろうとバルドが
「私もお父様がそのようなことをするとは思っていませんが……」
この四年間お父様は何もしてはくれず、
「婚約者と義妹については、バルドもアームル家も
「兄上は何を考えているのだか」
「何も考えていないな。何せ、バルドはそっち方面に関してはポンコツだ」
「俺が早々に爵位を
「俺の目から見ても兄上は
「完璧? バルドがリュミエと結婚した理由を覚えていないのか?」
「……あ!」
私と同じく首を傾げていたルジェ
リュミエとはお母様のことだが、どうかしたのだろうか?
「お父様とお母様は政略結婚ではないのですか?」
「違う。学園で
「お母様が?」
「あぁ」
両親の仲はとても良く、お母様が
「婚約者というのは、
「では、お父様もお母様に一目惚れをしたのですか?」
「……いや、あれは
「あぁ、そんな感じでしたね。あのとき兄上は責任がどうのと
どうやらお母様は計画的にお父様を手に入れたようだ。
お爺様やルジェ叔父様が言うには、お母様は常にお父様の
友達だから当然だと言い張るお父様に
「お父様は、お
人を使って情報操作することくらい貴族では当たり前のこと。
社交界デビューでのエスコート役は婚約者がいなければ家族や親族に
完全に
「お馬鹿さんか……まさにその通りだが、言っただろう? バルドは優秀だったが、完璧ではない。あいつは心の
「それなのにどうして優秀という評価になるのですか?」
「貴族と
「学園を卒業したあと、爵位を
「あぁ、だからバルドには成人前から領主の仕事を覚えさせ卒業と同時に爵位を譲った。優秀な領主とは領地を発展させ
「領主としては問題ないのですね」
そもそも完璧を求められていないのだろう。
「兄上だけじゃなく中枢から
「まぁ、少なくはないな」
「ルジェ叔父様は?」
「俺は父上と同じく学園ではなく軍学校出身だ。貴族のような考え方ではやっていけないし、卒業後は軍に入ったから周囲には貴族よりも平民のほうが多い。だからか、思考は平民寄りだな」
「何か違うのですか?」
「貴族は基本的に自分優先。他者の立場に立ってものを考えることもなければ、寄り添うこともない。そう教育されているから。だが、平民は違う。自分優先、無関心、目に見えているものだけを信じていたら生死にかかわる。だからこそ支えてくれる人や友、家族を
「どうして学園ではなく軍学校へ入られたのですか?」
「うちが、軍事貴族だからだ」
軍学校を出ていなくても軍人にはなれる。軍の上層部を狙うなら軍学校を卒業する必要があるかもしれないが、ルジェ叔父様が言ったようにロティシュ家は軍事貴族であり、身内に
「戦争が起これば最前線に立つのは軍人だが、
「要は適材適所。兄上と俺とでは求められている役割が
軍事貴族の当主に求められるものは領地を発展させ資金を得ること。他の兄弟たちは軍人となり采配力をつけること。
では、お
四人
そんなことも、可能なのだろうか?
「それでだ、あのポンコツがセレスティーアの現状に気付くと思うか?」
「兄上なら気付かないかもしれませんが……。姉の
「いや、セレスティーアの話が本当なら意図的だろう。だが、ポンコツなら兎も角アームル家も傍観とくれば、義妹には協力者がいるはずだ」
「協力者ですか? まだ幼い子どもの
「両家の大人を、その幼い子どもが一人で画策し
ミラベルの周囲に協力してくれる人など居るのだろうか? と考え、背筋に冷たいものが走った。
視線を泳がせる私にニヤッと笑ったお爺様が「気付いたか?」と言う。
気付きたくなかった……!
「バルドを説き
「父上、協力者とは
ルジェ叔父様は一度しか会ったことがないから顔すら覚えていないかもしれない。
「ルジェは分からないか?
「やはり。お
「兄上が
両手で顔を
「俺があの家に寄りつかなくなったのは、あの女の所為でもあるからな」
「え、もしかしてあの話は
「いい
「兄上、友達少ないですからね……」
「で、誰が年寄りだ? もういっぺん言ってみろ……!」
「うわぁ!」
お爺様とお義母様との間に何があったのかは分からないが、お爺様がここ数年ほど全く顔を見せに来てくれなかったことには理由があったのだ。
爵位を
だから敢えて
「セレスティーア」
「はい」
「お前が望むのであれば義母も義妹も
お爺様から探るような
あの親子を引き取ると決めたのは当主であるお父様で、次期当主とはいえ子どもである私にはまだ何の権限もなく、それは前当主であるお爺様も同じ。
だからお爺様が動くとなったら、あらゆる者が逆らうことのできない権力者を使い排除するつもりなのだろう。
けれど、それをしてもらえば我が家は他家から
「お断りします。敵前
こういう考え方お好きですよね? と
「誰に似たんだ……」
気だるげにソファーに寄り
「貴族の子息、子女の学園への入学は国で決められているものです。
「……そうきたか」
学園に通えば
正面に座るお爺様から注がれる圧が
「軍学校は王都の学園と同じく四年制ですから、卒業するまでこの土地から
「いや、兄上が許さないだろう?」
「ポンコツだと言われているお父様でしたら、軍学校へ入学する直前まで
軍学校の入学を取り消したところで期限までに手続きを行っていなければ学園に入ることはできない。
「それに、軍人には女性も居ると聞きました」
「女性軍人は
「ですが、資金がないと言うのであれば下級貴族の子女はどうしているのですか?」
「貴族の子女には国から
そんな制度があるのかと
「いいか、セレスティーア。軍学校に入れば手のひらは固くなり、真っ白な
私の説得に失敗し項垂れるルジェ叔父様には悪いけれど、このままでいてもいずれは笑い者になってしまう。
だって、十五歳で行う社交界デビューでフロイド様が私をエスコートしてくれる確証などなく、もうその
「父上、黙っていないで何とか言ってください」
「セレスティーアは昔から軍人に
「そうですよ。将来軍人になりたいと言って
私はあまり覚えていないが、幼い頃はお
お爺様も
「父上にそっくりなセレスティーアの将来を心配されていましたよね」
お父様もルジェ叔父様も、銀ではなく灰色よりの
「私には剣術の才能があるのだと、そう仰ったのはお爺様なのでしょう?」
「才能があっても努力しなければ意味がない。王都の
お爺様の言葉に頷き同意を示すルジェ叔父様を横目に、
「だが、セレスティーアは軍人になりたいとは言っていない。軍学校に入りたいだけなのだろう?」
「はい」
「それなら、本人の意思を尊重してやれば良い」
「父上!?」
「叫ぶな、
「ランシーン
「そうだ。此処はどの砦がある街よりも人の生死を目にする機会が多い。今は戦争中じゃないが、小さないざこざは日常
低く重い声で問われた最後の言葉に
怪我で
でも、婚約中である今のような関係がこの先も続くのだとしたら、怪我でもして婚約をなかったことにしてもらったほうがまだ幸せかもしれない。私だけが不利益を受けあの二人を喜ばせることになるのは
「軍学校に入るのはミラベルの予言回避の意味もありますが、私の将来にも関係しているからです」
「セレスティーアは当主となるのだから、父上や俺のように軍学校に入る必要はない」
「いいえ、そうではなく。お
「……」
「……ぶっ!」
また
お爺様と相思相愛だったお婆様ですら躾が必要だと口にしていたのだから、フロイド様にはそれが
「無理だと思ったら諦めて家に
「はい!」
ソファーから
「入学するまでの二年間、みっちり鍛えてやる。ようこそ、北の地ランシーン砦へ」
私も立ち上がり、お爺様の大きな手をきつく
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