第一章 令嬢やめます①

 豊富な資源、国土の面積の大きさは富を生み、たった数年ほどで他のついずいを許さないほど軍事大国化したラッセル王国。

 その国で、軍事貴族であるはくしやく家の一人ひとりむすめとしてセレスティーア・ロティシュは生を受けた。

 貴族に序列があるように軍事貴族にも序列が存在し、国軍げんすいはいしゆつしたロティシュ家は二大軍事貴族のひとつであり、序列のトップに位置している。

 ロティシュ家は伯爵家でありながら貴族の序列でべつわくとしてあつかわれ、公爵、こうしやく家とそんしよくのない地位にある。このゆうぐうは、現国王陛下を前線とじゆうで支えた功績があってのこと。

 そのような名家のあとぎである私セレスティーアは、両親にとても愛されて育ったごくつうの少女だった。子ども特有のわがままかんしやくはあったが、貴族令嬢としてずかしくないよう自身をみがき、将来の夫や子との幸せでおだやかな生活を夢見る少女……。

 そのへいぼんな少女に転機がおとずれたのは母親が病でくなった翌年、父親が後妻とその娘をしきに連れて来た日だった。おっとりとした義母と愛らしいまいは、父親の親友であった男爵家当主の妻子であったが、新興貴族だったのでしゆうではなく爵位が子に相続されない一代貴族とされていたらしい。

 やましいことはなく、ただ当主が亡くなりほうに暮れていた二人を引き取っただけ。

 それに、まだ幼い私の代わりに、伯爵家を取り仕切る女主人として居てもらえれば良いと。

 同情なのか、都合が良かったからなのかは分からないが、義母ソレイヤはとてもやさしく母親代わりになろうとせいいつぱい努力してくれた。

 そのため、母親が亡くなったばかりで内心はおおれだった私も、彼女と打ち解けるのは早かった。


 問題は、義妹だった。


 私よりひとつとしが下の義妹ミラベルは、おさまの背中にかくれながら恥ずかしそうにはにかんで笑う大人しい少女に見えた。

 そっとものかげから私をうかがうミラベルの姿は小動物のようで、近くに寄って話しければ真っ赤になって下を向いてしまう。それによくがそそられ、姉としてこの愛らしい義妹を大切にしようと決めた数週間後──。

 仲良くなりたいからと初めて二人だけにしてもらった午後のお茶の時間、ミラベルは態度をひようへんさせた。

「今のうちにセレスティーアには言っておくわ。私はこの世界のヒロインなの。みなに愛されて、最後は王子様と幸せな結末をむかえるんだから!」

 何が起きたのかと周囲を見回したあと視線をもどせば、こしに手を当てツンとあごを反らすミラベルが……。

 大人ぶっている子どものようで可愛かわいらしく、少しはなれてひかえて居るじよたちもほおゆるめている。ずいぶんと夢見がちな少女なのだなと微笑ほほえましくながめていれば、ミラベルは激しく癇癪を起こした。

 テーブルをバンバンたたくものだから、ティーカップは転がり落ち音を立てて割れ、おしんどうで飛びねている。

「……まぁ」

 それ以外に何と言えば良いのか。

 厳しくマナーをしつけられてきた私は、おどろいて思考を停止させてしまった。

「なによ、その顔!? 私は、お、おさま……なんかよりもずっとえらい立場になるのよ!」

 お義姉様と口にしたときだけ少し小声でモジモジしていたけれど、やはりご立腹なのかミラベルは再びテーブルを叩きはじめてしまう。

「王族になるのだって夢じゃないんだから……って、うなずかないでよ! 信じていないでしょう」

 だいじよう。このくらいのとしごろの少女なら皆一度は王子様とのけつこんを夢見るものだ。

 友人たちもお茶会で頬を染めながら同じようなことを口にしていたので、同意するように頷いたのだけれど失敗だったらしい。

「その顔が気に入らないの、って、こわいから」

「あら……」

 顔が気に入らないと言われたので表情を消せばそれもだと言うので、どうすれば良いのか分からずあいまいに笑ってすしかない。

 ミラベルとの対話をあきらめた私は離れている侍女を呼ぼうと手を上げたのだが、正面から身を乗り出したミラベルに手をつかまれされてしまった。


「信じないなら、これからお義姉様に起きる事を予言してあげる」


 王子様と結婚する予定のミラベルは、どうやら予言も出来るらしい。

 こんわくする私をに、コホンと小さくせきこぼ椅子いすに座り直したミラベルは、「ず……」と口を開いた。

「セレスティーアは来年七歳で婚約するわ。相手は侯爵家の次男フロイド・アームルよ」

 我が家はおじいさまのおかげで国王陛下からしんらいが厚い名家。侯爵家の次男であれば、婚約者としては有り得るかもしれない。

 けれど、婿むこようとして家に入ってもらう必要があるので長男はもちろん、当主のスペアである次男は敬遠されがちなのに、どうやらミラベルの中では私とフロイド様の婚約は決定こうのようだ。

「でもね、フロイドは婚約者であるお義姉様ではなく私にこいをするの。家のために婚約した彼は本当の恋を知って苦しみ、それをいやして支えるのが私なの」

「ミラベルはフロイド様のことが好きなの?」

「え、ちがうわよ。何を聞いていたの!」

 ミラベルの話はとても良く出来たロマンス小説のようで、もしかしたらそれに自分と好きな人を当てはめているのかと思っていただけなのにおこられてしまった。

「ミラベルは王子様と結婚するのよね?」

「そうよ」

「フロイド様は王族ではないし、どうしましょう?」

 アームル侯爵家は現さいしよう閣下もふくめ何人もの宰相を輩出している。だから長男でなくても良い職にき生活の心配はなく、もしかしたら領地をあたえられ男爵になる可能性だってあるのだ。

 けれど、いくらアームル家とはいえ王族にはどうしたってなれない。

 ためいきくと、テーブルに散乱していたクッキーが顔に向かって飛んできた。

 顔に当たる前にクッキーを手で掴みお皿の上へ戻し、りかぶった姿のままぜんとしているミラベルに首を横に振って見せた。食べ物で遊んではいけません。

「ど、どうもしないわ! 十三歳になったら王都の学園に通うことになるでしょ? そこで私は王太子と運命的な出会いを果たすから」

 貴族は皆、十三歳から十七歳までの間は王都にある学園に通うことになっている。それは王族であっても例外はなく、将来に備えての人脈づくりの場としても利用されているので、ある程度のいえがらゆうしゆうな者なら王族や上級貴族の学友となる可能性はあるのだけれど。


 そもそも、運命的な出会いとはなんなのだろう?


 学園の中とはいえ王族には護衛が付く。

 王太子殿でんとなればあらかじめ身辺調査を行い学友やそばに置く人間を選別するので、そう簡単には近付けないのに歳も家柄も違うミラベルがどうやって?

 疑問が顔に出ていたのだろう。スコーンの上にたっぷりジャムをのせかじりつくミラベルのけんしわが寄った。

「……ん、王太子は、私にひとれするの」

 くちびるに付いているジャムに気づかず、頬をふくらませムグムグと口を動かすミラベルは確かに可愛い。幼女の愛らしさ的な意味では。

 八年後、十三歳のミラベルに一目惚れをすると言われても、これから数年かけて国で一番の美女にでもならない限り無理な気がする。それならだれもがうなるほどの知識を身につけ側近候補として目に留まるという方が現実味がある。

「フロイドと王太子のほかにも、たくさんてきな男性が私に恋をするのよ」

 恋は常識や理性をなくしてしまうものだと言われるくらいなのだから、婚約者ではなく義妹に好意を持つこともあるかもしれない。

 でも、家の為に婚約するのだとしたら折り合いをつけ貴族としての義務を果たすべきだし、どうしても無理ならさっさと婚約を解消して私を巻き込まずに二人で支え癒し合えば良い。

 王太子殿下にめられ……というのも、そんなものは絵物語の中だけ。

 はくしやく家の養女であり、元の血筋が新興貴族の男爵家ではまつたんの側室が限界だろう。正式な妻はおうさまで夫のとなりに立つことはない。目的がこんいんということであればそれでも構わないのかもしれないが。

 まだ他にもミラベルは何か言っていたが、もうそうは自由だとあいづちを打ちながらのんにお茶を飲んでいた。


    ● ● ●


「彼がセレスティーアの婚約者だ」

 朝から侍女にていねいみがき上げられ、室内用のドレスではなくもっと良質なドレスを着せられたので何かあるとは思っていたけれど、まさか婚約者との顔合わせだったとは……。

「フロイド・アームルです」

「セレスティーア・ロティシュです」

 しかも、よりにもよってフロイド・アームル様。

 お父様の対面に座って居るアームルこうしやく様とフロイド様に向かってカーテシーをすると、「とてもれいなカーテシーだ」とめてくださった侯爵様にとしてむすめまんを始めたお父様。

 それをこそばゆく感じながらも、私の対面に座るフロイド様をそっと観察した。


としは同じくらいかしら……? 男らしい侯爵様とは全く違い可愛かわいらしい容姿はお母様ゆずりなのかもしれない。みをかべ大人しく座っているので婚約することに不満はなさそうだけれど……)


 貴族の婚約はそうほうの家柄と領地にもたらす利益によって結ばれると教わっている。

 一度結ばれた婚約がされることはまれで、家がつぶれるか相手がくなった場合にのみ適応されるらしい。

 先日ミラベルが言っていたことを思い出し、まだ話し続けているお父様をうかがった。

 予言なんてものは信じていなかったが、こうしてフロイド様が婚約者として私の前に現れてしまった。お父様とおさまが話していたのをぐうぜん耳にしたのでは? とも思ったが、伯爵家当主がひとばらいもせず娘の婚約者について話すとは思えない。

 でも、だとしたらミラベルはどうやって情報を得たのだろう。

「もうすぐお誕生日ですね」

「……はい」

 笑顔を保ちながらもんもんとしていたからフロイド様に話しけられビクッとしてしまった。

「婚約ろうは、セレスティーアじようの誕生日パーティーで行うみたいですよ」

「そうですか」

「セレスティーア嬢のひとみは赤なので、真っ赤なを持って行きますね」

「はい」

 フロイド様がいつしようけんめい話し掛けてくれたのに、それどころではなかった私は曖昧な返事しか返せなかった。



 そしてむかえた七歳の誕生日パーティー。

 婚約披露を終えた私は、真っ赤な薔薇のブーケを手にしたまま一人立っていた。

 広間の中央では私の婚約者であるはずのフロイド様とミラベルが仲良くおどっている。


 何が起きたのだろうか……?


 フロイド様とファーストダンスを踊ったあと、ミラベルが「将来のおさまと踊ってみたい」とほおを染めながらおねだりし、フロイド様は二つ返事でそれをしようだくしてしまった。

 婚約者のまいとはいえ異性であることには変わりなく、常識的に考えれば婚約したその日に婚約者以外の者と踊るなんてまゆひそめられるこうだ。

 それなのに、お父様もお義母様も招待客も、みなが踊っている二人を微笑ほほえましく見守っている。

「ミラベルに……こいをした、とか……?」

 まさかと否定してみるが、踊り終えたフロイド様は私のことなど忘れたかのようにミラベルと中央からはなれ、使用人に飲み物をもらい二人でだんしようを始めてしまった。

「確か、ミラベルがいやして、支える……?」

 唖然と立ちくす私に気付いたミラベルは、得意げに笑みを浮かべて見せた。


    ● ● ●


 婚約披露から数ヵ月後──。

 何度かミラベルをお茶にさそいそれとなく会話の中で私に起こる未来をさぐった結果、とんでもない言葉が沢山飛び出し頭をかかえることになってしまった……。


『おさまが学園に通っている間に、おさまは私をできあいするようになるわ』

『お義姉様は学園で取り巻きを沢山引き連れて、まるで女王様のようにうの。王太子や第二王子にまとわりついて周囲からきらわれてしまうし』

『あとは、フロイドと仲の良い私にしつしていじめるのよ』

『学園の卒業パーティーでは断罪イベントが……あ、婚約のことね。王族からもにらまれちゃったから、お義父様はお義姉様を修道院に行かせるわ』


 見て来たかのように事細かに語るミラベルがこわくて仕方がなかった。

 そのどれもが妄想ではなくこれから起こることなのだと言われ、前のときのように軽々しく相槌を打つことも、妄想だと聞き流すこともできない。

 だって、たびたび我が家におとずれるフロイド様は、私ではなくミラベルに会いに来ているようにしか見えないのだから。

 微笑みながら私のおそろしい未来を語る義妹が、あくに見えた。



 婚約してから一年つも、私とフロイド様の関係は進展するどころか後退していた。

 ひとつきに二、三度は婚姻前の交流を目的とし双方の家でお茶会を開き、観劇や音楽祭にもいつしよに行ったが、そのどれにも必ずミラベルがどうはんしていたのだから進展するわけがない。

 何度か「、ミラベルも一緒なのですか?」とお父様にたずねたこともあったが、返ってくる答えは毎回同じで「姉が好きで離れたくないそうだ」という意味の分からないもの。

 お父様は姉妹しまいの仲が良くてうれしそうだが、現実が見えていないのだろうか?

 お茶会の席はフロイド様とミラベルが並んで座り、私の席は二人の向かい。おどろくことにこの座席の配置は観劇へ向かう馬車の中でも適用されていた。

 そして、一年に一度ある音楽祭。

 湖のそばに建てられた王国音楽劇場で行われる大規模なもよおしものは、成人前の子息や子女が両親と共に参加することが義務づけられている。その音楽祭の席も、まさかのミラベルを真ん中にはさんで私とフロイド様が座ることに。背後に座っている両親に訊ねてもなのだろうと、うつろな目をしながら音楽祭が早く終わることをいのっていた。


    ● ● ●


 そんなみようこんやく生活が四年続き、十一歳になった私はとうとうまんの限界を迎えてしまった。

 フロイド様とミラベルが小さなお茶会をしている庭園に向かい、アームル家のじゆうからわたされた真っ赤な薔薇を茶器がっているテーブルへと投げつけた。

「いったい、どういうおつもりですか?」

 べったりとフロイド様のうでに自身の腕をからめているミラベルをひと睨みし、驚いて口を開けているフロイド様に問いかけた。

「セレスティーア……、ど、どうとは?」

「そのままの意味ですが? 今日は婚約記念日だからと我が家へおしくださったのではないのですか?」

「うん……だから、その薔薇を」

「本人からではなく、何故侍従から渡されたのでしょうか?」

「えっと……その……」

「本来であれば、こういった物は婚約者本人からわたすべき物です。それなのに、フロイド様はどうしてミラベルと一緒に居るのですか?」

 じよじよに視線を下げモゴモゴと話すフロイド様を見ていると悲しくなる。

 前はそうでもなかったのに、最近のフロイド様は私と目を合わせるだけでこのように委縮してしまうから。

「お義姉様?」

 私が悪いのだろうか……と心が折れそうになったとき、ミラベルが悲しげに私の名を呼んだ。

「……何かしら?」

「フロイド様はお義姉様をお待ちしていたのですよ? 退たいくつでしょうからと私がお話し相手になっていたのに、そのように責められてはお可哀かわいそうです」

「私が言っているのは、プレゼントのお花が」

「直接手渡すのがずかしかったのではないでしょうか?」

「でも……」

「最近のお義姉様は少し怖いです」

「……え?」

「こんなにてきな薔薇の花束なのに、ひどいわ」

 くずれた花束を大切そうに抱えたミラベルは、下を向いたままのフロイド様の顔をのぞき込み微笑みをかべた。

「お義姉様はフロイド様から直接貰いたいみたいですよ?」

「うん」

「悲しまないでください。お義姉様は最近ごげんななめなんです」

「ありがとう、ミラベル」

 どうしてこうなってしまうのか……。

 婚約したからには仲良くしたいと思っていた私の心をみにじったげんきよう二人に、いつしゆんで私は悪者にされてしまった。

「はい、セレスティーア」

「良かったですね。欲しかったのでしょう? お義姉様」

 婚約者からいやいや差し出されたの花束を受け取らないといけないのだろうか?

 ほくそむミラベルの前で無様に花束に手をばすべきなのだろうか?

 答えはいなだ。

 常識的に考えて私が言っていることはちがっていないし、いくら政治的な婚約だとはいえ無視され悪く言われるのはおかしい。私だけが我慢する必要などない。

 お父様やお母様のようになかむつまじく温かい家庭を築くのが夢だったのに……。


らないわ。その薔薇も、フロイド様も」

 フロイド様の手をはらい、そのまま地面に落ちた花束を踏みつぶした。


 振り返ることなくその場をはなれ自室にもどり、部屋の奥にある収納部屋へ入りれいに整理されているドレスやほうしよく類をひっくり返し、大きなかばんめ込んでいった。狼狽うろたえたじよがお父様のもとへ行こうとするのを止め、夕食は自室に持って来るよう告げ、夕食後にお父様にお会いしたいと伝言をたのむ。

 そのままお母様が使っていた部屋へ向かい、いくつか思い出の品をハンカチに包んだあと、計画に必要なとある人物のもとへと急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る