第30話

「浩一郎は、亡くなったんだ……」

「え?なく……なった?」

 若い浩一郎が亡くなったというのだろうか。まだ亡くなるような年齢ではないし、一体何が起こったというのだ。

「バイク事故だった……俺と付き合いだして、まだ三か月目だったな」

「嘘……だろ……」

  今は未練があるわけではないし、自身を振った相手だ。とは言え、亡くなっていたとは、衝撃過ぎる事実だった。

 浩一郎は、昔からバイクに乗っていて、通勤もバイクだった。そのことはユイトだって知っていた。しかし、そのバイクが原因で亡くなってしまったとは、とても信じられない。過去には愛し合った相手なのだから……。

「俺もびっくりしたよ。何せ、突然だったから。再会してからも、五か月しか経ってなかったし……。暫く気持ちの踏ん切りが付かなかった」

「あぁ。そうだろうな……俺も、今すげぇ驚いてる」

「そうだ……。ちょっと待ってて」

 そう言って、奏一はなぜかキッチンに向かった。

すぐ戻ってきた奏一の手には、手帳のようなものがあった。

「お待たせ。あの写真、何であんなところに入ってるんだって思ってるかもしれないけど……」

「……まぁ、な」

「別に、深い意味とかはないんだけど、仕舞いやすかったってところかな。キッチンにあれば、いつも傍にあるなって思えるから……」

「大事にしてたってわけか……」

「そりゃ、付き合ってたからね。この手帳は、俺が形見としてもらったんだ……。日記のようなものみたいだけど……地元の頃からのことも書かれている」

 奏一は、白い手帳をユイトに差し出してきた。読んでも良いということだろうか。

「俺が、読んでもいいのか?」

「あぁ。ぜひ、君にも読んでほしい。特に、浩一郎がこっちに来る前の部分……」

 ユイトが手帳を受け取り捲っていくと、ちょうど、ユイトと別れた時期の記述があった。その中には、ユイトが可愛くて愛しくて仕方ないこと、しかし自身との仲が社内で囁かれてしまうようになったことを察知し、苦悩する心情が綴られていた。

 そして結局、大きな噂になってしまいそうなうちに別れることを決断したのだということも書かれていた。別にユイトのことが嫌いになったわけではなかった。自分との関係が大きな噂になってしまえば、ユイトも会社に居づらくなってしまうだろう。だから、そうなる前に離れることで、事を収束させようと浩一郎は思ったのだ。

 この浩一郎の決断に、ユイトは悲しませられることになったわけだが……浩一郎にはこれしかできなかったのだろう。

 単に、変に噂されるのが迷惑だったわけではなかった。男同士だからということで、好  奇の目に晒されることからユイトを守らんがためにしたことだった。同じ職場にいる相手と付き合い続けることはできないのだろうかと、とても浩一郎は悩んでいたようだ。すぱっと別れを告げた方が、ユイトも未練も残らずに済むかと思ったが、同じ職場にいたのでは、やはり気まずいし忘れることなどできるはずがなかった。それは、浩一郎もそうだった。自分のしたことは間違っていたのだろうかと、浩一郎は更に悩んでしまったが、そうしている間に、ユイトが退職してしまったのだ。


ユイトが会社を退職してから数カ月後にちょうど四月になり、異動時期ということもあり、何故か浩一郎はこちらに転勤になったのだという。

栄転とでも言えるだろうか。

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