第29話
待っている間、ドキドキして仕方なかった。自分で勝手に緊張してしまっているだけなのだが、色々と奏一から聞いて、それから先はどうするのだろうかと思う。でも、何とか聞いて心のモヤモヤを晴れさせたかった。
もしかしたら、過去のこととは言え浩一郎がどうして自分を振ったのかということも何かわかるかもしれないから。そして、しっかりと奏一に正面を向いて恋をしようと思った。自分は奏一が好きだ。何かと世間では評価を低く見られがちな仕事をしているが、その気持ちだけは嘘はない。
五分ほどして、奏一はコーヒーを手に戻ってきた。そして、二人分のコーヒーをソファーの前のテーブルに置いた。良い香りが鼻孔をくすぐる。
「良い香りだな。安っぽさを感じない」
何を偉そうにと自分でも思うが、本当にそう感じたのだ。コーヒーはユイトも好きで良く飲むので、結構コーヒーについてはわかるのだ。
「はは。そう?これは豆から挽いてるんだ」
「へぇ、手間かけてんだな」
こういった点にも拘るところが、奏一らしいと思える。
それから、ユイトは「いただきます」と言っておしゃれなカップに口を付けた。すると、芳醇な味わいが口に広がった。思った通り、インスタントとは違う気がする。
「美味いな」
ユイトが素直な感想を言うと、奏一は相好を崩した。
「そう?そう言ってもらえると嬉しいよ。で、今日はなんか話があるんだろ?どうしたの?」
そう言われてギクリとしたが、今日は自分にとって大事なことがあったのだ。深呼吸をすると、手にしていたカップをソーサーに戻した。
「あのさ……この前のあんたの誕生日に、写真見ちまったんだよ」
「写真……?」
「キッチンの戸棚に入ってたヤツだよ。ワイン開ける時に、コルク抜くヤツの場所聞いただろ?」
「あ……」
奏一は一瞬だけ“しまった”という顔をした。
「勝手に開けたのは悪かったと思ってるけど、あんたも……ちゃんと位置指定してくんなかったから……」
つい、責めるような口調になってしまい、ユイトは少し後悔した。
「……俺も、言おうと思ってたんだ……けど、タイミングがズレたんだよ」
「そうか……。写真を見ちまったのは悪かったよ。けど……あの写真にあんたと一緒に写ってんの、アレ、橘浩一郎だろ?」
なるべく、声のトーンを抑えるように心がけて、慎重に言葉を選んだ。
「え……何で君が彼を……」
奏一はかなり驚いたようだった。それはそうだ。まさかユイトが浩一郎のことを知っているとは思わなかっただろうから。
「地元にいるとき、俺は浩一郎と付き合ってた。職場が一緒だったこともあったからな」
これまでに、奏一に以前の職場について話したことはなかったのだ。別に話すこともないし、あまり自分から触れたいとも思わなかったのだ。
もし話していたら、奏一もユイトと浩一郎の接点に気づいたかもしれない。
「なんだって……?」
奏一は愕然としている。
「だけど、浩一郎に突然振られて、結局仕事も辞めちまったんだ」
「そう……だったのか」
「振られたのは突然のことだったから……誰か新しいヤツでもできたのかと思ってたんだ。あんた、浩一郎と同じ学校だったんだろ?あんたの実家のアルバムで気づいた」
「わかってたのか……浩一郎とは、高一の時に同じクラスで仲良くなったんだ……ただ、その時は単なる友達だった。けど、浩一郎と去年再会したんだ。こっちで」
それを聞いて、ユイトは不思議に思った。浩一郎は地元にいるはずではないのか。もしかしたらこちらに遊びに来たときに偶然行き会ったということだろうか。
「ちょっと待て。アイツ、向こうにいるんじゃないのか」
「彼は、こっちに転勤になったって言ってた。それで……再会した後に付き合うことになったんだ」
「……じゃあ、あんたと付き合うために俺と別れたわけじゃ……ないんだな」
何だか、頭がごちゃごちゃしてしまう。ユイトは、ずっと浩一郎が誰かに乗り換えたと思っていたが、そういうことではないのかもしれない。
「違うよ……だって、きっと君と浩一郎が付き合っていた頃は、俺とは会ってなかったはずだし……」
「そ、それはそうか……じゃあ、俺は別な理由で捨てられたってことか。俺、浩一郎に何か嫌われるようなことをした覚えねぇんだけど……ってか、本当に今アイツと会ってないわけ?今どうしてんの?アイツ」
「会おうと思ったとしても、会えるわけないよ」
途端に、奏一の表情がより一層沈んでいく。そして、目も悲しみをたたえている。
「どういう、意味だ?」
ユイトも何が起きたんだと思い、緊張してしまう。
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