第5話


 しかしそれも、柴田の計算通りだ。敢えて酔わせたのだから。

『やっぱりか……』

 もし酒に強くてあまり酔わなかったらどうしようかと思ったが、光輝は酔ってくれたので、柴田にすれば助かった。

「おい、光輝。こんなところで寝るなよ」

「うぁ?あぁ、大丈夫だよ」

 少し高い店でベロベロに酔うことは本来なら、良くないことかもしれない。しかも光輝は顔がある程度知れた俳優だから、イメージにも関わる。

だから、柴田は会計の際に店側に口止めをした。


 それから三十分後に、光輝はベッドの中で目を覚ました。

「ここ、どこ?何で俺……」

 寝惚けた様子で聞いてくる。

「ホテルだよ。俺が連れてきたんだ。休んだ方が良いと思ってな」

 そんな理由であるはずがない。食事をした店から徒歩圏内にホテル街があることはリサーチ済みだ。

つまり柴田は、最初からここに彼を連れてこようと考えていたということ。

「えっ?」


 一瞬戸惑う表情をした光輝の肩を両手で掴み、柴田は彼の目を捉えた。

「俺と、いいことしようぜ?まさか、お前がこんなに上玉になるなんて思わなかったよ」

 不敵な笑みを浮かべ、片手で光輝の左頬をそっと撫でる。すると、光輝の顔が一瞬にして怯えに変わったのが分かった。

『いいぞ……もう少しだ』

 柴田は右の口角を上げてニヤリと笑った。

「なぁ、これから俺と楽しいことしようぜ」

「ま、まさか……あの時みたいに……」

 そう言いながら、光輝は柴田と距離を取ろうとする。

「あの時?あーぁ。そうそう。いや、あの時よりも刺激的なことしたいな」

「俺を……また弄びたいのか?」

 光輝の目が、柴田を苦しそうに見つめる。




 柴田が高校三年生だった十年前、彼には恋人がいた。

柴田の通う学校は名門男子校で、クラスメイトと付き合っていたのだ。

その相手は阿部陽葵(はるき)といい、彼には弟がいた。

その弟というのが、まだ中学生だった光輝なのだ。

「陽葵いる?」

 陽葵の家に行くとインターホンに光輝が出たため、光輝に陽葵の所在を聞く。

『ううん。まだ帰ってない』

 柴田は光輝とも仲良くしていて、家にもしょっちゅう来ていた。その日は、陽葵とは別行動をしていて、その後に陽葵の家に寄ったのだ。

「そうなんだ。なぁ、家に入ってもいい?家に入ってもいい?」

「あぁ、うん。開けるからちょっと待って」

『あぁ。大丈夫だよ。ちょっと待って』

 しばらくすると、光輝がカギを開けて顔をのぞかせた。

「いらっしゃい」

 口調はぶっきらぼうだったが、どこか嬉しそうな光輝に柴田は気付かない。

「陽葵何してんの?」

「知らない。まぁ、どっかで遊んでるんじゃないか?」

 そう言われ、柴田は少し胸にチクリと刺すものに気付いた。自分以外の誰かと楽しく遊んでいるというのか。

 もしかしたら、これは単なる独占欲なのかもしれない。

「そのうち帰ってくると思うけど」

「そうだな。じゃ、ちょっと待たせてくれる?」

 邪気を感じさせない笑顔で、柴田は尋ねた。

「いいよ。母さんも遅くまで帰らないだろうし」

「大変だよな、お前たちのお母さん」

 二人でソファに座ると、何気なく目が合う。

「ま、まぁな」

 照れたように言うと、光輝は目を反らした。その顔は、少し朱が差していた。

「ウチ、二年前に離婚したから……」

 陽葵から、週に何日か夜の仕事もしていると、聞いたことがある。

「あぁ、アイツから聞いてる」

 何気無く、柴田は光輝の頭に手を伸ばした。

柴田が優しく撫でると、光輝は少しピクっと反応を見せる。

「お前、可愛いよな……」

 素直な気持ちが口をついて出た。つい、魔が差したのかもしれない。

「何言ってんだよ。アンタには、兄貴がいるだろ」

 光輝には陽葵と自身の関係を、はっきりとは言っていなかった。柴田はてっきり、光輝は自分と陽葵が単なる友人同士くらいにしか思っていないと考えていた。

しかし、光輝は既に気づいていたのだろうか。

「何だお前、アイツと俺のこと......知ってたのか?」

 内心少し焦った柴田が尋ねると、光輝はコクリと頷いた。

「当然だろ。兄貴たちの雰囲気見てたら分かる。アンタの、兄貴を見る目も違うし」

 落ち着いた様子で光輝が言う。

「そうだったのか......そうだよ。俺は陽葵と付き合ってる」

 柴田は光輝の左頬に手を添えた。

「分かってるって。だから、俺なんかに構うなよ」

「だって,,,,,,」

 『アイツに似ててお前も可愛いんだもん』と心の中で呟きながら、徐々に光輝の顔に自身のそれを近づける。

「おいっ!」

 光輝が顔を避けようとしたのもつかの間、柴田は唇を重ねた。

「兄貴が帰ってきたらどうすんだ!」

 そう抵抗されても、柴田は情欲の浮かぶ目で光輝を見つめる。

「いいから、いいから.......」

 なおも柴田はキスを続けた。

光輝も次第に力が抜けていき、されるがままに柴田のキスを受け入れる形となる。

 初めての光輝とのキスは、背徳感もあり夢中になった。

光輝の気持ちは分からないが、柴田はひたすらに彼を貪った。

 それほどに、この行為が気持ち良かったのだ。

 段々とエスカレートしていった柴田は、キスをさらに深くしていく。

「んっ.......ふっ......」

 光輝は苦しそうにして、抵抗を試みる。しかし、三歳年上の柴田には力で抗うことができない。

「やめろって......」

 そう言いながらも、光輝は柴田とのキスに溺れているように見えた。柴田は、光輝は本当は嫌がっていないのではないかとふと思う。

ひとしきり光輝の口内を味わった柴田は、光輝の服の中に手を潜り込ませ、彼の胸の蕾に触れた。

「あっ……」

 光輝が恍惚の表情を見せ、甘い声を上げる。

それをきっかけにして、柴田の欲望に火が点いた。

陽葵がいることは百も承知だ。けれど、どうしても光輝をなかせたくなった。

「あっ……あん……」

 光輝は身を捩りながら良い声でなく。

『思った通りだな……』

 柴田は内心でほくそ笑む。

「やだっ……やめ……」

 抵抗の意思を示す光輝の口を、唇で塞ぐ。その間にも、左手は胸の飾りを弄り続ける。

 すると、声をかけられて柴田はビクリと反応した。

「おい……何やってるんだ?」

 この声は……。

 振り替えった柴田が目にしたのは、怒りに震える陽葵だった。

「陽葵……」

 柴田が呟いた時、光輝は隙をついて柴田を押し退けて逃げていった。

「お前、俺の弟に手を出すのか」

「これは……」

 正直、しまったと思った。単に魔が差しただけでは済まなさそうだ。

「キスしてたよな?いっつも、俺のいないところでこんなことやってたのか」

 陽葵の目は色を無くし、冷めきっているようだった。

「ちがっ……いつもしてたわけじゃない」

「そうかな……でも、まさかお前に裏切られるとはな」

「悪かったよ、陽葵」

「いや、もういいよ。もう帰れ。顔見たくないから」

「でも……」

 有無を言わせぬ陽葵の声に、柴田は何と言って良いか考えあぐねる。

「早く帰れ!」

 初めて聞いた恋人の怒鳴り声に、柴田は為す術がないと判断する。

そしてその日は、そのまま陽葵の家を辞去した。

 それから、陽葵は許してはくれなかった。これを機に、二人は破局を迎えたのだ。

陽葵は、最後に「お前のことが凄く好きだったよ」と言っていた。


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