第4話

 柴田は、きっと光輝は連絡をしてくるだろうと踏んでいたのだ。しかし一週間が経ったが、彼からの連絡はない。

『やっぱり……まずかったかな……』

 診察の合間にそう考えたが、どうしても諦められなかった。今は、仲を修復したいだけだ。そう、ただそれだけのはず。

 それからさらに時が流れ、一か月が過ぎた。

 ある日の夜に、知らない番号から電話がかかってきた。

『誰だ?』

 柴田は訝しく思ったものの、出た方が良い気がした。

「はい……」

『龍二さん?』

 こんな呼び方をする人間は、柴田の周りにはあまりいない。

「そうですけど、誰?」

 何となく分かった気がしたが、取り敢えず聞いてみる。

『俺、光輝だよ』

 やはりそうだった。根拠はないものの、きっと電話してくるだろうと思っていたのだ。

「あぁ、やっぱりかけてきたか」

『あ、アンタがかけてこいって言ったから……』

 電話の向こうで光輝が赤くなっているのが想像できる。

『俺に何か用があるの?』

「んー?そうそう、メシでも行かないか?」

 こうやって誘うのは、柴田のいつものやり口だ。

『メシ?俺と?』

「そうだ。せっかく再会できたんだし、メシくらいいいだろ?」

『何で俺が、アンタとメシ食わなきゃならないんだ?これでも忙しいんだよ、俺』

 なかなか承諾しない光輝に、柴田は頭をひねって考えた。

「美味いメシ、奢るけどな。高い店予約しようかと思ってるんだが」

 柴田がそう言うと、電話口からゴクリと息をのむ音が聞こえる。

『ホ、本当かよ……。予定は、俺に合わせてくれるのか?』

 光輝は昔から”奢る”という言葉に弱かった。高校生の頃も、柴田がファストフードを奢ったりしたものだ。

芸能界に入ってからも、先輩から奢られることには慣れていた。高級店には滅多に行けないから、「奢る」と言われればつい行きたくなってしまうのが光輝の性なのだ。

柴田はそれを上手に利用した形だ。

「あぁ、もちろんだ。お前に合わせるよ」

『じゃあ、今度の日曜の夜……とか……』

「分かったよ。日曜に開けとくな。楽しみにしてるよ、光輝」

『べ、別に、俺は楽しみとかじゃないし……』

 光輝の言葉に、柴田はフフっと笑う。

「そうかよ。んじゃ、店はまた連絡するから」

「う、うん。それじゃ」

 電話を切ると、光輝との食事を本当に楽しみにしている自分に驚いた。たかが、昔の恋人の弟との食事だというのに。


日曜日、柴田は光輝に指定したレストランを訪れた。約束の時間にはまだ少し時間がある。

『アイツ、本当に来るのかな……』

 柴田は一抹の不安を感じた。

『でも、時間空けるって言ってたしな……』

 光輝を信じることにする。

 しかし、約束の7時を回っても彼は現れない。

不安を感じながらも、柴田は席で少し待つことにした。

 すると、五分後に慌てた様子で光輝がやってきた。

彼はプライベートということもあってか、夜なのにサングラスをかけている。それでも、柴田には彼が分かった。

「ごめん、遅くなって。雑誌のインタビューが予定より押したんだ」

「大丈夫だよ。店には少し遅れるかもって言っておいたし」

「そか……アンタに連絡しようとしたら、充電切れてて」

「ハハハ、気にするなよ。さ、座れよ」

「あ、あぁ」

 光輝は緊張している様子で柴田の向かいに座った。

「なんか、すげぇ高そうだな」

「大丈夫だよ。俺の奢りだし」

 「まぁな。でも心配するな。俺が払うから」

「え、いいの?」

 驚いた様子で光輝が問う。

「なんだ。お前もそのつもりだったんじゃないのか?」

 反対に、柴田の方が意表をつかれた。当然、光輝は奢られる気でいるものと思っていたからだ。他の男たちは皆そうだった。

「いや、別に。アンタに奢ってもらう義理はないし」

 光輝はキッパリとそう言った。

「まぁ、そう寂しいこと言うなよ。前のお詫びも兼ねてるんだし。俺の方が年上だから、カッコつけさせてくれよ」

 なるべく優しい表情で言うと、光輝は少しホッとしたようだ。

「本当に、いいのか?」

「任せてくれよ。これでも少し稼いでるんだ」

 柴田の言葉に、光輝は少しだけ笑う。

「そうみたいだな」

 そうこうしていると、店員がオーダーを聞きにやってきた。

「お決まりでしょうか」

 この店はフレンチで、ディナーはAからCまでのコースになっている。

Aコースが一番上のランクで、牛フィレ肉のステーキがメインだ。

「俺はAコース。お前は?」

 メニューを開きながら、光輝に尋ねる。

「……Cで……」

 光輝はポソリと遠慮がちに呟いた。Cコースはディナーで一番安いが、気を遣ったのだろうか。

「え、いいの?別にAでもいいのに」

「俺、魚がいいから……」

「お前、肉派だっただろう?」

 光輝は魚があまり好きではないことを、柴田は思い出したのだ。

「それとも魚派に変わったのか?」

 柴田がそう言うと、光輝は目を丸くした。

「覚えてたのかよ……じゃあ、俺もAで」

「Aコースお二人様ですね。それでは、お待ち下さいませ」

 深々と頭を下げると、店員はその場を去っていった。


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