第3話

  施術から一週間後、ちょうど光輝のダウンタイムも落ち着いてくる頃だ。彼がアフターケアでやってきた。

「調子どうだ?」

 そうは聞いたが、見たところ光輝の鼻は問題ないようだ。

「あぁ……最初の3日間は死ぬほど痛かったけど、今は大丈夫。腫れも引けた」

「うん、そうみたいだな」

 柴田が顔を覗き込むと、光輝は顔を少し赤らめ目を反らした。柴田はそのことに気付いたが、素知らぬ振りをした。

「大人しく過ごしてか?」

「あぁ。仕事あまり入れないようにしてた。もう、仕事入れても大丈夫かな」

 光輝は縋るような目で見つめてきた。

「そうだな……まぁ、激しく動かなきゃ大丈夫だ」

「良かった!社長が早く仕事しろって煩くてさ」

「大変だな、売れっ子は」

 柴田はカルテに記入しながら応じる。

「それほどでもないよ。俺も必死なんだ」

「そうか?頑張れよ」

 柴田が励ますと、光輝は嬉しそうに「うん!」と頷いた。

 光輝が帰った後、柴田は過去の光輝とのことを思い出す。

 随分前のことだが、忘れてはいない。若気の至りだったと思うし、光輝にも悪かったと思う。

でも、光輝があまりにも可愛かったから……。

『まさか……アイツが来るとはな……』

 光輝が患者としてやってきたことに、柴田は改めてため息を吐いた。

 すると、看護師の横田が声をかける。

「先生、どうかされましたか?」

 その声で、柴田は物思いから引き戻された。

「あ、いや。何でもないよ。考え事してただけだ」

 爽やかな笑顔を横田に向ける。それを見た横田は、一瞬顔を赤らめ、すぐにまた気を取り直した。

「で、では、次の方お呼びしますね」

「うん、頼むよ」

 柴田は診察を再開させた。


 さらに一ヶ月後、光輝が再び診察にやってきた。

「痛むとか、ないな?」

 見た限り、彼の鼻の状態は問題なさそうだ。

「うん、平気」

「そうか。状態も良さそうだし、次は三ヶ月後のメンテナンスだな」

 そう言うと、光輝は何だか寂しそうな顔をする。

『何だ?この反応……』

 柴田は少しだけ動揺した。

「それじゃ、しばらく来なくていいってこと?」

「あぁ。お前も忙しいだろうし、いいだろ?」

「う、うん……」

 光輝はまだ煮え切らないようだ。

「ちょっとすまない、内田さん。外してくれるかな」

 柴田が頼むと、隣に佇み診察を聞いていたベテラン看護師の内田は「はい」と言いながら診察室を出ていった。

内田は、若い横田より十年早くこの病院に勤務をスタートさせていて、有能な看護師だ。

「え、何で二人きり?」

 診察室に二人きりになると、光輝は緊張感を走らせた。

「お前とちゃんと話したいから」

 柴田は欲を覗かせて光輝の目を射抜く。

「な、何だよ……」

「お前、俺とそんなに会いたいのか?」

 柴田が問うと、光輝は少し顔を赤らめた。

「そ、それは……」

「あーぁ。お前には手を出さないでおこうと思ってたのにな」

「は?」

 目を見開いた光輝の顔は、『何を言ってるんだ』と語っているのが分かる。

「俺のこと好きだったろ?お前。今も、同じか?」

 柴田は座る椅子を光輝に近づけ、耳打ちした。すると、光輝がピクっと反応した。見ると、耳まで赤く朱に染めている。

「そんなこと……」

 幾ら否定しても、嘘だということはカンで分かった。柴田は光輝に息がかかるほどに顔を近付けて、真っ直ぐに目を見つめて告げた。

「その気がないなら、誘ってくるなよ。前のことがあるから、俺はお前には触れないようにしようと決めてるんだ」

「さ、誘ってなんかない!絶対にない!」

 光輝は力一杯に否定するが、顔は真っ赤にしている。柴田を欲しそうに見つめるのに、嘘を吐くのか。

「まぁ、そんなに毛を逆立てるなよ。威嚇する子猫みたいに」

 柴田は光輝の肩をポンポンと叩いた。

「い、威嚇してない……」

「あぁ、分かってるよ。今度、飯でも食いにいこう。せっかくこうして再会できたんだし。いいだろ?これくらいは」

 そう言うと、柴田は自身の名刺を差し出した。

「え?」

「携帯の番号も書いておいた。都合の良い時、連絡くれ。忙しいかもしれないが、待ってるから」

「しないぞ、連絡なんて。か、患者として来ただけなんだからな」

 光輝がまた威嚇する猫のように言う。

「そう言うなって。な?」

 柴田が光輝の頬を撫でると、彼はまたピクっと反応した。

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