第21話 その後~3~
ついに明後日から夏休み。
授業は今日で終わり、明日は終業式のみとなった。
最後に委員会があるので、貴島君と集会室へ向かう。
貴島君とは、告白を断ったあと少しだけギクシャクすることもあったが、今ではこれまで通り接することが出来ている。
……と、思っている、私は。
実際、貴島君がどう思っているのかなんて知ることは出来ないんだけど。
でも、こうして変わらず話をしてくれているから私も何も言わないでいた。
「夏休みは春岡とどこかに出掛けるの?」
貴島君に聞かれて頷く。
「来週の夏祭りに行く約束はしてるよ。後は追々相談かなぁ」
「いいな。青春って感じ」
嫌味な感じではなく、サラッと言われた。
「そうかな」
貴島君の返事にアハハと笑って流す。
青春か……。
青春たっぷりしたいけどね。
龍輝君の考えや想いがさっぱりわからないでいた。
あの女の子のことも全然聞けてないし……。
軽くため息をつくと、貴島君が顔を覗き込んできた。
「どうしたの? なにかあった?」
「え?」
「春岡と喧嘩でもしたの?」
「そんなことないよ」
慌てて手を振って否定する。
喧嘩はしていないから嘘ではない。
「そう? 喧嘩していたらチャンスだと思ったんだけど」
貴島君はそう言ってニヤリと口角を上げて微笑んだ。
「えぇ!」
「冗談だよ」
驚く私に、貴島君がそう言った。
驚いた、冗談か。……本当に冗談だよね?
「何の話だ」
後ろから急に声をかけられて驚いて振り返る。
そこには不機嫌そうな龍輝君が立っていた。
もしかして、話し聞いてた?
「貴島……、冗談にもほどがあるぞ」
「聞こえてたか……」
龍輝君の言葉に、貴島君はニッコリ微笑む。
「冗談にさせてもらえるくらいに、松永さんが幸せなら問題ないだろう。なぁ、春岡」
そう言うと、貴島君は先に集会室へ入っていった。
龍輝君は眉を潜めて貴島君を睨んだ後、私を見下ろす。
「貴島と仲が良さそうだな」
どこか棘のある言い方にムッとする。
「同じクラス委員なんだから仕方ないでしょう? そんなこと言ったら龍輝君だって……」
言いかけて、口をつぐむ。
「俺が何?」
「……ううん、なんでもない。あのさ、今日、一緒に帰れる?」
そう聞くと、龍輝君はスマホをチラッと見て小さく息を吐いた。
「悪い、ちょっと無理かも」
「……そっか。じゃぁ、明日の終業式はどう?」
「明日なら大丈夫」
その言葉にホッとする。
「じゃぁ、明日……」
「うん」
約束をして、それぞれ席に着くと委員会が始まった。
今日は一緒に帰れないのは残念だけど、明日は一緒だもんね。
残念な気持ちが顔に出ないよう、前向きに気持ちを切り替える。
委員会が終わり、龍輝君に一言声をかけようした。
しかし、龍輝君はスマホを見るなり慌てたように集会室を出て行ったのだ。
「彼、忙しそうだね?」
その様子を見ていたのか、隣で貴島君がそう言った。
「塾に行っているらしいの……」
「塾……? あの春岡が?」
貴島君は不思議そうな声を出して、後ろの窓から校門を見下ろす。
「……本当に塾だって言っていた?」
「え?」
校門を見ながらそう問う貴島君の目線を追う。
窓から校門に向かって小走りに走っていく龍輝君がいた。その先には……。
「え……」
手を振る中学生の女の子。
先日ちなと見かけた、あの女の子が龍輝君に向かって笑顔で手を振っていたのだ。
龍輝君はどこか慌てたように女子中学生の腕を引っ張って、校門から離れて行き、見えなくなった。
今の……、どういうこと……?
「あれってどういうことか教えてもらえる?」
貴島君は優しく問いかける。
私は首を横に振るしかできない。頭の中が真っ白になって、なにも考えられなかった。
「松永さんも知らないってことでいいのかな?」
小さく頷くと、そっと背中に手を当てられ「取りあえず、教室に戻ろうか」と促された。
歩きながら「大丈夫?」と聞かれたが、ショックで上手く言葉が出ない。
教室へ戻ると、放課後なので誰もいなかった。
貴島君はそっと私を椅子に座らせる。
「あの子……、中学生だったね。春岡の妹?」
「違う……」
「身内とか?」
「……わからない」
貴島君の質問に呟いて答える。
だめだ、声を出すと涙が出そうになる。
「もしかして松永さん、あの女の子のこと知ってた?」
コクンと頷くと涙がポロッと零れた。
「この前二人でいるところを見かけて……。聞いたら友達の妹だって言われたの」
「友達の妹……ねぇ。常套句だね」
苦笑しつつ、貴島君は鞄からハンカチを渡してくれた。
「これ、使っていないから綺麗だよ」
「ごめん……」
ポロポロ流れる涙を、そのハンカチでそっと抑える。
涙をふくと、貴島君に笑いかけた。
「ごめんね、洗って返すから」
「いつでもいいよ。それより、春岡とちゃんと話した方がいい」
「……うん、明日聞いてみる」
怖がっていちゃダメだってわかっている。夏休みに入る前にきちんと、龍輝君と話をしないと……。
翌日。
今日は終業式なので、学校は午前中で終わりだ。
龍輝君と一緒に帰る約束をしている。
私は嬉しい気持ち半面、とても憂鬱だった。
昨日の気持ちがまだ整理できていない。
貴島君も気にしているのか、朝から私を見ているのが分かった。
重いため息をつきながら教室で帰りの支度をしていると、教室がざわめいた。
顔を上げると、廊下に龍輝君が立っている。
廊下に出ると、龍輝君は軽く手を上げた。
「迎えに来てくれたの?」
「何度も連絡したんだけど……」
スマホを見ると、龍輝君からメッセージが届いていた。
そういえば全然見ていなかった。
「ごめん、気が付かなかった」
「あぁ、あのさ。今日一緒に帰れなくなったんだ。そう送ったんだけど、返事がないから教室まで来た」
「え……?」
帰れなくなった?
昨日は一緒に帰れるって言っていたのに……。
胸がざわついて、スマホを握る手に力が入る。
「どうして?」
「ちょっと用が出来て……」
「用……?」
ドクンと胸が鳴る。
「どんな?」
「ちょっと野暮用」
そう言う龍輝君はあまり理由を言いたくなさそうだ。
「塾……?」
「あぁ、そんな感じ」
そんな感じって何……?
またはぐらかすような言い方に胸が苦しくなった。
そうやって嘘をついてあの女の子と一緒に過ごすの?
本当は、私と過ごしたくないだけなんじゃないの?
「嘘つかなくていいよ。他に好きな子でも出来た?」
そう呟きながら聞くと、「え?」と怪訝な顔をされた。
「塾だなんて嘘ばっかり。私と別れたいならそう言ってくれてもいいんだよ」
「楓? 何言ってるんだ?」
龍輝君は混乱した表情をしている。
堰を切ったように気持ちが止まらない。
こんなことを言ってはいけないってわかっているのに、口が止まらないの。
「意味が分からないんだけど……」
「本当にわからない? よく考えてみてよ」
私の声は震えていた。
見つめる龍輝君の顔が歪んでくる。
「泣くな。どうしたんだよ、楓?」
私の腕を掴もうとするその手を振り払った。
「楓……?」
「春岡、お前昨日中学生の女の子と一緒だっただろう?」
私の後ろから貴島君がそう声をかけた。
「貴島には関係ないだろう」
龍輝君はキッと貴島君を睨み付ける。
「あるよ。昨日、松永さんと集会室から見ちゃったんだ。お前が女子中学生と帰るところ」
「あれは……」
龍輝君はハッと言葉を詰まらせて、どう言おうか考えている様子だった。
考えるようなことなの?
「言い訳なんて聞きたくないよ。私より、その女の子を優先するんでしょう?」
「楓、そういうことじゃない……」
「もういい。今日もどうせ、その子の所に行くんでしょう? 早く行きなよ」
私はグイッと龍輝君を押して距離を取る。
「話を聞いてくれないか?」
「聞きたくない」
私は教室に戻り、鞄を持って飛び出した。
「楓!」
龍輝君の呼び止める声が聞こえたが、無視をして学校から飛び出して行った。
階段を駆け下りていると、強い力で引き止められる。
「放して!」
振り払って顔を上げると、そこには貴島君がいた。
「貴島君、ごめん……」
「いや、俺こそ強く引っ張ってごめんね。松永さん、少し落ち着こう?」
貴島君は私を中庭のベンチに誘った。ベンチは日陰になっており、夏だというのにとても涼しくて過ごしやすかった。
「これどうぞ」
近くの自販機でいちごジュースを買って手渡してくれる。
「ありがとう……」
「落ち着いて来た?」
「うん、ごめんね。急にこんなことに巻き込んで……」
下を俯きながら呟く。
「俺的には打ちひしがれる春岡を見てある意味気分良かったけど」
おどけた様な言い方をする貴島君につい苦笑する。
貴島君の性格がわかってきた気がする。
「まぁ、春岡には相当堪えたっぽいな。廊下から動けないでいたよ」
「……どうしてあんなこと言っちゃったんだろう」
”別れたいならそう言ってくれてもいい”
だなんて、本当は一番嫌なくせに……。
そんなこと言われたら立ち直れなくなるくせに……。
「貴島がどうして嘘をつくのか、ちゃんとした理由を聞いていないからわからないけど……。俺的には別れてくれたらラッキーだけどね」
「貴島君……」
「ねぇ、松永さん。あんなやつ止めて俺にしない?」
軽い口調で話していた貴島君が急に真剣なトーンで言った。
「俺なら泣かさないよ。嘘もつかない。春岡より、お買い得だよ?」
最後だけおどけた言い方をする。
「お買い得って……。面白い言い方するね」
「笑ってくれた」
貴島君の言葉に微笑むと、ホッとしたように言った。
「まぁ、すぐには気持ちが切り替えられないだろうけど、俺的にはいつでもいいから。春岡に愛想つかしたらいつでも俺の所に来ていいよ」
「……ごめん、無理だよ。それにそんな軽い感じではいけないよ」
「利用していいって言っているのに、真面目だね」
貴島君は苦笑してベンチから立ち上がる。
「じゃぁね」と手を振って去っていった。
その背中に、小さく謝る。
貴島君の気持ちは嬉しいけど、そんな簡単に乗り換えは出来ない。
龍輝君にあんなこと言ったけど、本当はまだ好きだ。大好きだ。
もし、龍輝君に別れよう言われたとしても、しばらくは誰も好きになんてなれない。
「はぁ、最悪……」
頭を抱えて、そう呟いた。
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