第22話 その後~4~
龍輝君と話せないまま、夏休みに突入していた。
話せない、というか私が龍輝君からのメッセージを既読スルーしてしまっている。
龍輝君からは何度も『話がしたい』『誤解している』とメッセージが入っていた。
ちゃんと話をした方がいいってことはわかっている。
でも、話をしたくなかった。
龍輝君に会いたくなかった。
会うのが怖かった。
明日は楽しみにしていた夏祭りなのに……。
ソファーに座ってテレビを見ながらため息をつくと、頬に冷たい物が押し当てられた。
「うひゃぁ!」
飛び跳ねるようにして振り返ると、お兄ちゃんがアイスを私に差し出していた。
びっくりした……、アイスを頬に当てられたのか。
「どうした、元気ないな。彼氏と喧嘩でもしたのか?」
お兄ちゃんが隣に座る。
鋭いなと思いながらアイスの袋を開けてかじりつく。
「別に……」
「彼氏、春岡ってやつだよな。何があったんだよ」
「お兄ちゃんには関係ない」
「ある! ここ一週間、そう暗い顔をされるとこっちも空気が悪いわ。喧嘩したなら早く仲直りしろよ」
そう言われると、何も言い返せない。
「それとも別れるのか? あの貴島ってやつよりまともそうだったけど、お前に交際はまだ早かったか」
どこか嬉しそうに笑われる。
ムッとして言い返した。
「別に早くありません! というか、貴島君より龍輝君の方がまともそうってどういう意味よ」
「そのまんまの意味。春岡の方が心からお前を好きって感じがしたんだよ」
「え……?」
お兄ちゃんの言葉に首を傾げる。
どういうこと?
「貴島ってやつは、お前を好きなんだろうけど心の奥底では他になにかあるような感じがした」
お兄ちゃんに感心してしまう。
本当にこの人は鋭い人間だ。昔からそういう所がある。人を見る目があると言うか、第六感が強いというか……。
医者よりも心理学とか他の職業とかの方が合っているんじゃないかと思うことがある。
でも、確かにそうなんだよね。
お兄ちゃんの言う通り、貴島君は私を好きだけど、その根底には龍輝君に負けたくないという心理があるような気がしていた。
「だから、お前が春岡と付き合いだしたときはホッとしたんだけどな」
「お兄ちゃん……」
「喧嘩したなら、早く仲直りした方がいいと思うぞ」
ポンッと肩を軽く叩かれる。
「龍輝君、私を好きそうな感じがしたの?」
「そんなの、お前が一番分かっているだろう?」
「……わかんないよ」
俯くと、お兄ちゃんは頭を撫でた。
「倦怠期か? 相手の気持ちに不安になるときはあるよな。そういう時はたいていコミュニケーション不足だったりするんだけど……」
「それはあるかも」
確かに龍輝君とちゃんと話せていない、話すのを避けていたことから起こしてしまったことだ。
「全部、気持ちをぶちまけてもいいと思うぞ」
「そんなことして、嫌われたくないもん」
「春岡はそんなやつか?」
そう問われて言葉に詰まる。
龍輝君はどうだろう……。
「それでお前を受け止められずに嫌うような奴は、ろくな奴じゃない。器が小さい奴と居ても、苦労するだけだ。お前から振ってやれ」
バッサリと言い切られてしまい、あっけに取られる。
「そんな簡単なことじゃぁ……」
「簡単だよ。ちゃんと話をして、気持ちを伝えるだけだ。逃げるな、難しく考えるな」
そう言い残して、お兄ちゃんは部屋に戻っていった。
難しく考えるようなことではない……。
確かにそうかもしれない。
少しだけ、気持ちが軽くなった気がした。
夕食後、お風呂上りに部屋へ戻ると、龍輝君から着信とメッセージが来ていた。
着信の後、メッセージを送ってきた様子だった。
そこには――――。
『明日、夏祭りに行かないか? 六時に神社の境内で待っている』
夏祭りのお誘い……。
私はチラッと壁を見る。
そこには夏休み前に買った浴衣がかけられていた。
淡い水色の朝顔柄で、とても綺麗で一目で気に入っていた。
一人で着れるようにお母さんに何度も着付けも教わって、準備万端だった。
明日を逃したら、もうちゃんと話す機会を失うかもしれない。
それは感じていた。
暗いから顔が見えにくくてちょうど良いかもしれないね……。
私は『わかった』と久しぶりに返事を返した。
今日も朝から天気が良くて、お祭り日和だった。
この地域のお祭りは夕方から始まり、神社の境内には屋台が立なら時、最後は花火で締めくくられる。
シャワーで汗を流した後、浴衣を丁寧に着始めた。
何度も一人で練習したから、着付けは完璧に出来た。
髪もアップにして飾りをつける。
もし、もしも龍輝君と距離を置く結果になったとしても最後は可愛くいたい。そう思ったから念入りに身支度をする。
「お、可愛いじゃん」
お兄ちゃんが私の浴衣姿を見て、ニヤッと笑った。
「大丈夫? 変なところない? 着崩れしていないかな?」
クルクルと回って見せるが、お兄ちゃんはうんうんと頷くばかり。
もう、ちゃんと見てよね。
本当はお母さんにチェックしてもらいたかったが、昨日から久しぶりにお父さんの所へ行ってしまっていた。
「行ってきます」
「ちゃんと仲直りするんだぞ」
お兄ちゃんは私の背中にそう言葉を投げた。
それには返事を返さずに家を出る。
神社は家から歩いて行ける位近くて、すでに多くの人が浴衣姿で歩いていた。
なんか、緊張してきた……。
待ち合わせ場所が近くなると、緊張でドキドキと胸がうるさい。
六時だから夕日は出ているが、夏なのでまだ明るかった。
暗くなるから大丈夫なんて思っていたけど、まだまだ明るいし……。どんな顔して会えばいいんだろう。
不安な気持ちを抱えたまま、神社の鳥居をくぐると長い参道の両端にはたくさんの屋台が並んでいた。
「うわぁ~」
甘い匂いや焼きそばなど美味しそうな食べ物の匂いが充満している。
お祭りらしい軽快な太鼓や笛の音も聞こえ、こんな時でもワクワクした。
参道を人の波を避けながら通り、境内まで行ってキョロキョロする。
龍輝君、どこかな。
スマホを開くと、『もうすぐ着くよ』とメッセージが入っている。
ハンドタオルで軽く汗を拭き、ササッと身なりを直す。
ドキドキする……。
緊張、不安、嬉しさ、楽しさ、そして早く会いたい。
いろんな気持ちが入り交じったドキドキだ。
人も多いので、境内の端っこにいると龍輝君がキョロキョロと私を探している姿が見えた。
綺麗めの白いVネックTシャツに濃い色のジーンズを履いている。
「龍輝君!」
わかるように手を振ると、私を見つけた龍輝君がホッとしたような表情になった。
「楓、お待たせ」
「ううん、時間ぴったりだよ」
良かった、自然と話できる。
「来てくれて良かった。浴衣姿、可愛いな」
龍輝君は目を細めて、どこか照れくさそうに言った。
なんだかこっちまで恥ずかしくなる。
「楓、俺……」
龍輝君が真剣な表情になったので思わずそれを遮った。
「あの! 先に屋台とか見て回らない?」
「あぁ、いいよ」
ホッとして歩きだそうとしたとたん、足元の段差に気が付かずに転びそうになった。
「きゃっ」
「危ない!」
咄嗟に龍輝君が抱き止めてくれる。
その力強い腕にドキッとした。
「ご、ごめん」
慌てて放れようとすると、その手を掴まれる。
「下駄は慣れないだろ。転ばないように手、繋いでおこう」
「あ、うん……」
大きな手にすっぽりと包まれる。
改めて意識的に手を繋いだことなんてなかったから、恥ずかしくて顔が熱くなる。
「あ、ねぇ、龍輝君。射的できる?」
屋台のひとつに射的があり、私は龍輝君の手を繋いだまま、クイッと引っ張った。
特に射的がやりたいというわけではなかったんだけど、なんとなく、話題が欲しかったというのもあった。
「あまりやったことないけど……」
そういいつつ、射的の屋台に入っていく。
3段くらいある棚にはお菓子やおもちゃ、人形などが置いてあった。
お店のおじさんから、小さなコルクの的を5つ受け取り、手もとにあるおもちゃの銃をかまえる。
「楓、何が欲しい?」
そう聞かれて、射的の台を眺める。
「じゃぁ、あれ」
2段目にある、小さなクマのキーホルダーだ。
薄い茶色で目がクリクリしていて、とても愛らしい。
「難易度高っ」
そう笑いながらも、そのキーホルダーに向けてかまえた。
パシュ。
良い音をならしながら、綺麗に外した。そして、3発目で見事にキーホルダーを落としたのだ。
「はい、どうぞ」
「凄い! 龍輝君、上手だね」
手もとにコロンとキーホルダーを乗せられ、嬉しくなってはしゃいだ。
「ありがとう、大切にするね」
「うん。あ、楓。お腹空かない? 何か食べよう」
龍輝君は私の手を取って他の屋台も見て回る。
気が付けば、常に手を繋いで会話も自然と出来ていた。
たこ焼きやかき氷を食べ、スーパーボウルすくいなどもやってみた。
そして、龍輝君がフッと時計を確認する。
「楓、もうすぐ花火が始まるから見える場所まで移動しよう」
「見える場所?」
「この神社の上にある高台から、花火がよく見えるよ」
龍輝君は私の手を引いて、神社の裏から高台の方へ回った。
高台の先に高い建物はないため、景色がいい。
すでに人が集まって来ていたが、それでもまだ空いている方だった。
すると。
「龍輝先生?」
可愛らしい声に龍輝君が振り返る。
ピンクの浴衣を着て、髪をお団子にして手を振って歩いてこちらに来るのはあの女子中学生だ。
えっ……。
反射的に龍輝君の手を離そうとしたが、逃がさないとでもいうように、ギュッと繋がれた。
「こんばんは。凛ちゃんも花火を見に来たの? 大丈夫?」
「うん! あっちにはお母さんもいるから心配ないよ。あ、もしかして先生の彼女さんですか?」
凛ちゃんと呼ばれた女子中学生はクリクリした目で興味深そうに私を見て声をかけて来た。
「龍輝先生にはお世話になってます」
「先生?」
凛ちゃんに先生と呼ばれる龍輝君。
どういうことかと龍輝君を見上げる。
「紹介するね。彼女は吾妻凛さん、中学三年生。俺の家庭教師のバイト先の子」
「家庭教師!?」
龍輝君、家庭教師のバイトしていたの?
あれ、でも確か……。
「うちの高校って、バイト禁うぐっ……」
バイト禁止じゃなかった? と言おうとして龍輝君に口を塞がれる。
凛ちゃんは不思議そうに見ていたが、龍輝君は何でもないよと笑顔で言った。
「先生に勉強を教えてもらっています。お姉さんのことは時々先生から聞いてましたよ」
「え? 私のこと聞いていたの?」
私が驚くと凛ちゃんはニコニコと笑顔で頷く。
「初恋の人だって」
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