第20話 その後~2~

そう、幸せって思っていた。あれを見るまでは……。


「美味しかったね、また来よう」

「今度は奮発してパフェを頼んじゃおうかな~」


カフェを出て、ちなとそんな話をしながら夕日の中を歩いていた。

夕方でもまだ暑いなぁ。

そう思いながら、通りかかったコンビニにフッと目が行った。

そこで目にした光景に思わず足が止まる。


「え……?」

「楓、どうしたの?」


ちなが不思議そうに私を覗き込み、その視線を辿り、驚いた声を出した。


「あれ、春岡君じゃん。隣の……、誰?」


笑顔だったちなが怪訝そうな表情になる。

外の道路から、コンビニのレジが見えるが、そこで会計していたのは龍輝君だった。

そして、その龍輝君の隣で親しそうに話している女の子がいた。

長い髪をポニーテールにして、活発そうな女の子。

あの制服は、近所の中学校の物だ。


「ねぇ、春岡君って妹いたの?」

「ううん、ひとりっ子だって言っていたよ……」


でも、だとしたらその女の子は誰だろう?


二人がコンビニから出て来たので私とちなはとっさに物陰に隠れた。

女の子は親し気に龍輝君の腕に手を絡めて楽しそうに歩いている。

荷物を持った龍輝君も笑顔で相槌を打っていた。


「龍輝君、今日も塾だって言ってた……」


私が呟くと、ちなが険しい顔で私を振り返る。


「ねぇ……、着いて行ってみようよ」


ちなが真剣な表情で呟く。


「え、でも……」

「気になるでしょう。彼女に嘘までついているんだよ!?」


そう言って、ちなは尻込みする私を引っ張って後を追いだした。

龍輝君と女の子は終始腕を絡ませながら10分ほど歩き、とある一軒家に入っていった。

私たちは遠くからその様子を眺める。


「ここ春岡君の家?」

「違うと思う。マンションに住んでるって聞いたから……」


以前、会話の中で、龍輝君はマンションに母親と二人暮らしをしていると言っていたのを思い出した。

なのになんで一軒家? あの女の子は誰なんだろう……。

私が立ち尽くしていると、一軒家の側まで行ったちなが戻ってきた。


「表札見たよ。"吾妻(あずま)”って書いてあった。心当たりない?」

「聞いたことない……」


俯く私に、ちなは優しく肩を撫でた。


「大丈夫だよ! もしかして、塾はこことか?」

「そうかな……」


どこの塾とかは聞いていない。

個人宅でやっている塾なの?


「あ! わかった! きっと友達の家なんだよ。で、あの子は友達の妹とかそんなんだって」

「そうかな……」

「きっとそう。おやつの買い出しでも頼まれたんだって」


買い出し……。そんな感じではあったけど、でも友達の妹にしては距離が近くなかった? 

友達の妹と、あんな風に腕を組んだりする?

私だってまだあんな風に腕を組んで歩いたことなんてなかったのに……。


「今度、春岡君に聞いてみなよ、ね?」

「うん……」


ちなの励ましに、笑顔を作って頷いた。



「ただいま」


家に帰ると、自分が思っていたよりも元気ない声が出た。

お母さんもそれに気が付いたようで、夕飯の支度の手を止めて玄関を覗き込む。


「お帰り。どうしたの、元気ないね」


しまった。

とっさに、笑顔を作ってから笑いする。


「そんなことないよ。ちなと遊び過ぎて少し疲れただけ」


そう誤魔化すと、お母さんは苦笑した。


「それならいいけど。あ、夕飯はお肉よ」

「はぁい」


心配させないように元気な声で答えると、自室に戻って制服を着替えた。

着替え終わると、ハァァと大きなため息とともにベッドにゴロンと横になる。

頭の中はさっきの光景で埋め尽くされていた。


「ううう~」


頭を振って振り払おうとしてもこびりついて離れないよ。


「中学生の女の子……。可愛らしかったな……」


元気が良さそうで、積極的に龍輝君の腕を掴んで話しかけていた。

あの女の子とはどんな関係なんだろう。

どうしてあんな風に親し気に腕を絡ませていたの? 塾じゃなかったの?


「わけがわからない~」


ベッドの上でじたばたする。

私以外の女の子と……、あんな風に……。

胸が締め付けられるように苦しくなって、目に涙が滲む。

もっと恋人らしい関係になるかと思っていたけど、それがあまり変わらないのはまさかあの女の子がいるから?

新しく、別に好きな人でも出来たとか……?

思考が悪い方へ悪い方へと向かっていく。


「……メッセージ送ってみようか」


スマホを取り出して画面を見つめる。

『今、何しているの?』

不自然にならないように絵文字も付けて。


「送って、返事がなかったらどうしよう……」


う~んと悩んでいる時に、手が滑って送信を押してしまった。


「あぁ!!」


画面を見ると、送信になっている。

しまった。取り消そうかな……。

取り消しの操作をしようとしたら、既読になってドキッとする。

そしてすぐに、『家にいるよ』と返事があった。


「家……?」


何となく窓の外を見る。

さっき、ふたりをみかけてからそれほど時間は絶っていない。

でも、あのあとすぐに龍輝君が家に帰った可能性もあるから、この『家にいるよ』という返事は嘘だとも言えなかった。


「本当かどうかもわからないけどね……」


本当であってほしいのに、疑う気持ちが出てしまう。

明日から龍輝君の顔がまともに見れなくなりそうで怖かった。


「どうしたらいいんだろう……」


ため息とともに、龍輝君には不自然にならないように適当に可愛いスタンプを送信して、スマホをベッドに置いた。


――――


翌日の昼休み。

いつものように資料室へ向かうが、その足取りは重かった。

昨日のことが頭から離れない。

龍輝君に、どういうことか聞きたいけど、どうやって聞いたらいいかわからなかった。

そもそも、昨日のことを聞くのが怖いんだよね……。

でも、モヤモヤするし……。

ハァとため息をついて顔を上げると、資料室についていた。


奥の部屋の扉を開ける。

ガチャと開けると本を読んでいた龍輝君が顔を上げた。

そして、私の顔を見て怪訝そうにする。


「どうした? 何かあった?」


あ、暗い気持ちが表情に出ちゃってたかな。

いけないいけない。

慌ててニッコリと笑顔を作った。


「途中でお弁当ぶつけちゃって。崩れていたら嫌だなぁって思いながら来たせいかな」


そう言って誤魔化すと、お弁当を広げる。

もちろん、ぶつけてなんかいないから綺麗なままだ。

龍輝君はお弁当を覗き込んだ。


「楓が作ってるんだろ? うまそうだよな」

「そうかな、昨日の残りや冷凍食品とかだよ」


いつもは何も言わないのに、美味しそうとか、そうやってまじまじと見られたりすると恥ずかしい。

もっとちゃんと作ってくれば良かった。


「今度、楓の弁当食べさせてよ」

「もちろん! あ、でも今の季節は傷みやすいから少し寒くなってからの方がいいかなぁ」

「じゃぁ、夏休みにうちでなんか作ってよ。そうしたら傷むことなんてないだろ」


龍輝君の家で……?

ドキッとして一瞬言葉に詰まる。

龍輝君は気にした様子もなく、スマホをいじっていた。


「ん? なに、意識した?」


私の様子に気がついてニヤッと笑う。


「別に意識なんて……」

「楓ちゃんのエッチ~」

「! もう!」


龍輝君のからかう言い方に頬を膨らます。

あ、今のこのふざけた雰囲気の時なら言える気がする。

空気に後押しされて、意を決して言ってみた。


「そういえば、昨日女の子といるところを見ちゃった」


微笑みながら軽い感じで言ってみると、龍輝君はハッとした表情になった。

私の顔を見返した龍輝君は真剣な眼差しをしており、さっきのふざけた空気感は一瞬で消されてしまった。


え……、もしかして聞いちゃ行けなかった……?


けれど、言ってしまったものは取り消せない。


「親しそうだったけど」


笑顔を作りながらさらに聞いてみる。


「あぁ、うん。友達の妹」


龍輝君はニコッと笑って答える。


「あ、そうなんだ……」


"友達の妹"


昨日ちなが予想していた言葉と同じ。

でも、龍輝君の様子に妙に違和感を感じた。

そもそも友達の妹があんなにベタベタする?

一方的に好意を寄せられているとかかな?


「それよりさ、夏休みどこに行こうか」


龍輝君は話題を変えた。

さらに話を聞きたかったが、龍輝君はなんだかさっきの話は続けたくなさそうで、私もそれ以上は追及するのをやめた。


「あ、えっとそうだなぁ……。やっぱりお祭りは絶対行きたいかな」

「終業式の一週間後にあるやつだよな。いいよ、行こう」


龍輝君が優しく微笑むので、うんとニッコリ笑顔を返した。


昼休みが終わり、教室に戻って午後の授業が始まる。

そして、フッとあることに気がつき、「あっ」と声が出た。


「どうした、松永?」


先生が黒板に文字を書くのを止めて、振り返って私を見た。

しまった。思わず声が出てしまった。


「いえ、なんでもありません」


ちなが小声で「どうしたの?」と聞いてきたが、「なんでもない……」と答えた。

そして、授業に集中する振りをして俯く。

そうか……、さっき昼休みに龍輝君に感じた違和感の正体に気が付いた。

笑顔だ。

"友達の妹"だと答えた時の龍輝君の笑顔が、表の顔……。

つまり、愛想笑いのような笑顔だった。

作ったような、当たり障りないような笑顔。

私と再会したばかりの頃のような……。


最近の龍輝君は違った。

龍輝君は付き合う前の、あの"ゲームをしよう"と言われた頃のような冷たさや素っ気なさも減って、甘い雰囲気をまとい、穏やかな笑顔を見せてくれるようになった。

私に愛想笑いなんてすることはなくなっていた。

それなのに……。

あの時だけ、私に作った笑顔を向けたのだ。

だから、違和感を感じたんだ。


「どうして嘘つくの……」


小さな声で呟く。


当たり障りのない嘘をついて、私に誤魔化したってことだ。

友達の妹じゃないなら、あの子は誰?

親戚の子?

浮気相手?

いや、むしろ私の方が浮気相手だったりしたら逆に笑うけどね。

……笑えない。ショックで寝込むだろうな。


あの子はいったい誰なんだろう。

龍輝君にとって、あの子はどんな存在なの?


幼馴染みだからって、付き合っているからって、まだまだ知らない龍輝君の方が多い。


もっと突っ込んで聞きたいけど、しつこくして龍輝君に嫌われたくない。

でも、知らないふりや見て見ぬふりもなんだか胸にシコリが残って気分が悪い。


どうしたらいいんだろう……。


頭が混乱して来て整理が付かない。

机に伏せて、にじみそうになった涙をそっと拭いた。



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