第19話 その後~1~
龍輝君と気持ちが通じ合った後、龍輝君は家まで送ってくれた。
「送ってくれてありがとう」
「いや。また、来週」
照れくさい気持ちのまま玄関前でそんな会話をしていると、声に気が付いたのか、ガチャっと玄関が開いてお兄ちゃんが出てきた。
「お、ふたりとも無事に会えたようだな」
夕飯の支度をしていたのか、エプロン姿でニヤニヤと私たちを見つめてくる。
貴島君の時の様に威圧感はなく、むしろフレンドリーだ。
「昼間は突然お邪魔してすみませんでした。春岡龍輝といいます。よろしくお願いします」
龍輝君は背筋を伸ばして、きちんと挨拶をした。
お兄ちゃんはうんうんと頷き、「兄です」と端的に答える。
「で? ふたりは付き合うの?」
「え……、うん」
改めて聞かれると、恥ずかしい。
しかし龍輝君は堂々としている。
「はい。楓さんとお付き合いさせていただきます」
「ふぅん」
お兄ちゃんは龍輝君の前に立つ。
龍輝君も背は高いが、お兄ちゃんの方が少し背が高く、また、大学生ってだけあってガタイはいい。
しかし、龍輝君はそんなお兄ちゃんにもひるむことはなく堂々としていた。
「妹をよろしく。それと……」
お兄ちゃんは龍輝君にそっとなにか耳打ちしている。
「はい、必ず」
「何の話?」
「いや……」
何かを約束したようだが教えてもらえなかった。
「よし、楓。中に入るぞ」
「うん。じゃぁ龍輝君、またね」
「あぁ、また連絡する」
お兄ちゃんに促されるまま、名残惜しい気持ちを抑えて家に入った。
お兄ちゃんが居なければ、もう一度キスくらいしてもらえたかな……、なんて考えて顔が熱くなる。
もう、私ったら何を考えているんだ。
恥ずかしい、でもとても満ち足りた気分だった。
そういえば……。
「お兄ちゃん、龍輝君に何を耳打ちしたの?」
「教えない」
ケチ。
言葉にせずにお兄ちゃんの背中にべーっと舌を出す。
二階の自室で着替えながらスマホを見ると、龍輝君からメッセージが届いていた。
実は資料室であれだけ一緒に過ごしていたのに、番号を交換していなかった。
なんでそんな初歩的なことを忘れていたんだろうという感じだ。
ウキウキした気分でメッセージを開くと、一言「今家着いた」と入っていた。
「フフ、報告だけ? でも龍輝君らしい」
おかえりなさい。
そう返事をして、夕飯の席に着いたのだった。
さっそくちなにも報告をすると、喜んでくれた。
そうして今まで通り、龍輝君とお昼を資料室の奥で過ごし変わらぬ日々に戻った。
そう、変わらぬ日々に……。
驚くほど、今までとなにも変わらないのだ。
「あの日の甘いキスは何だったの……」
学校から帰宅後、ベッドに横になりながら鳴らないスマホを見てため息をつく。
龍輝君と付き合うようになって一カ月。
季節は夏になっていた。
「暑いなぁ~」
七月ともなると、セミもうるさく鳴いて、外に出ると汗をかくようになっている。
夏休みまで、あと少しだ。
それなのに……。
私たちはあの日のまま、大きく進展もなく、それどころか恋人らしいことも特になかった。
連絡だってそんなに頻繁にない。
いや、連絡はしているか。ただ、私はこまめにメッセージを送るのに対して龍輝君の返事が短いのだ。
クラスも違うから授業中は会えないし、昼休みも一緒に居て楽しいけど、そんなに甘い雰囲気にはなかなかならない。
帰りは時々送ってくれるけど、最近は忙しいのか先に帰ってしまうことが多かった。
デートだって……していないよ。
なんだか少し寂しかった。
恋人になったばかりだから、もっとイチャイチャした甘い日々が待っていると思っていた。
「なんか欲求不満みたいで恥ずかしい……。でも、もっと一緒に居たいと思うのはぜいたくな悩みなのかな」
そんな自分の呟きが虚しかった。
――――
「どこかな……」
私は掲示板を覗き込んだ。
夏休み前の最後の期末テストの結果が張り出されたのだ。
「わぁ、予想通り凄いね」
掲示板の先を見て、感心の声が漏れる。
学年一位は春岡龍輝、二位は貴島聡とでていた。
やっぱりふたりは凄いなぁ。
私はというと……。
「あった」
学年50位。150人くらいいるから中の上くらい。まずまずの成績だ。
さて、これが終わったから、あとは夏休みを待つだけ。
周囲にも開放感が漂っていた。
「楓ー、今日の帰りお茶していこうよ」
「うん、いいよ」
ちなに誘われたので、二つ返事でオーケーする。
「あ、でも彼に許可取るべき?」
ちながニヤニヤしながら聞いてくる。
それに曖昧に笑顔を返す。
許可するも何も、最近は一緒に帰っていないからな……。
「大丈夫だと思うけど……。一応、昼休みに言っておくね」
そうはいったものの、龍輝君は気にしないんだろうな。
昼休みにいつもの資料室でこの話をすると、やはり予想通りの答えだった。
「そう、いってらっしゃい」
だよね。そう言うと思った。
相手がちなだからって言うのもあるだろうけど、でもなんかもう少しあるんじゃないかなぁと思ってしまう。
いってらっしゃいと送り出されるということは、龍輝君とは今日も一緒に帰れないと言っているようなものだ。
「龍輝君……、最近忙しそうだよね」
ポツリと呟くと龍輝君が首をかしげた。
「あぁ~、まぁ……」
「その感じだと、夏休みもあまり会えないのかな?」
ここ数日思っていたこと。
龍輝君は最近とても忙しそうで、一緒に帰ることも少なくなっている。
このままだと、夏休みもほとんど会えないのではないだろうか。
それを口にしてみた。
チラッと龍輝君を窺うと、少し考えた様子を見せてから首を振られる。
「いや、夏休みは会えるよ」
「本当!?」
「あぁ。大丈夫」
やったぁ。
嬉しくなって顔がほころぶ。
それを見た龍輝君がフフッと笑った。
「楓はわかりやすいな」
「だって……」
寂しかった、というのはなんだか言いにくいけど、だからこそ凄く嬉しいんだもん。
「どこ行きたい?」
「そうだなぁ……。夏祭り、海、映画……、それから~……」
そう話しつつ、龍輝君を見る。
本当は一緒に過ごせるならどこでもいい。
それが本音だ。
「えへへ、龍輝君と一緒ならどこでもいいよ」
そう微笑むと、龍輝君は少し驚いた顔をしてから私の頭をグイッと自分の方に引き寄せた。
龍輝君の肩に頭をコテンと乗せる。
「ここであまり可愛いこと言わないで」
耳元で低い、艶のある声が響いてドキンと胸が鳴る。
「えぇっ、別になにも……」
慌てると、抱きしめる龍輝君の手に少し力が入った。
「一応、ここは学校だからって何もしないようにしているんだ。これでも色々と我慢してるから……」
「が……」
我慢って……。
そう言われて顔が余計に赤くなった。
心臓がうるさいくらいだ。
「あ、あの龍輝君……」
いいかけた時、予鈴が鳴った。
その音に、龍輝君の力が抜ける。
「そろそろ行くか」
「そうだね……」
頷きながら顔をそっと隠す。
恥ずかしい。予鈴が鳴って良かったと安心した。
だって私、今キスしてって言いそうになってた。
「そ、そういえば龍輝君、どうして最近忙しいの?」
教室に戻りながら、誤魔化すように話題を変えた。
「まぁ、色々と」
さっきと同じように龍輝君は言葉を濁す。
色々と? ってなに?
「塾でも行き始めたの?」
龍輝君は習い事はしていなかったはずだ。
いわゆる、地頭が良いって人である。
それでも夏期講習にでも行っているのかな?
「塾……、まぁそんなとこかな」
少し考える素振りを見せた龍輝君は頷いた。
なんだか歯切れの悪い言い方……。
気にはなったけど、クラスまで来てしまったのでそれ以上は追及せずに手を振って別れた。
ーー
「なにそれ、怪しい~」
ちなはケーキを突っつきながら、目を細めて顔を歪めた。
放課後、二人でカフェに入ってお茶をした。
その時に最近の龍輝君の様子を話したらこの反応だ。
「でも塾だって言っていたし……」
「あの春岡君が塾? 何のために? 高3ならまだわかるけどまだ高1だし……必要なくない?」
「目指す大学があるとか……」
「う~ん……」
ちなはどこか納得いかなそう。
まぁ正直、私もあの歯切れの悪い言い方には妙に引っ掛かりを覚えていた。
「付き合いだした頃はそこまででもなかったんだけど、ここ最近急に忙しくなったんだよね。それが塾だって言うならそうなんだろうけど……」
「ほら、楓だって納得していないじゃん」
「納得していないわけではないけど、なんというか……」
龍輝君に塾が必要だとは思えなかった。
いや、それも偏見かな? 龍輝君だって勉強に努力しているのかもしれないし……。
でも付き合いだして忙しくなったのには少し不満だった。
ちなはうーんと唸ったあと、あっと手をポンと叩いた。
「もしかして好きな人が手に入った途端、興味がなくなったとか?」
「えっ! どうしてそんな話になるのよ!」
私が青くなると、ちなは慌てて手を振って否定した。
「うそうそ! 冗談よ。春岡君に限ってそんなことはないから」
「う、うん」
冗談にしては心臓に悪い。
「春岡君が言う通り、最近塾に行き始めたんじゃないの?」
「やっぱり、そうなのかな」
「そうよ。学年1位をキープするのも大変でしょう? 貴島には勉強面でもライバル視されているようだし」
貴島君の名前がでて、苦笑いする。
貴島君とはあのあと少しだけ気まずい時もあったが、今では同じクラス委員として今まで通り自然に接することが出来ていた。
「塾、なんだもん。仕方ないね……」
ポツリと呟いた。
ほおっておかれている感じがして寂しいけれど、夏休みは遊べるって言っていたし……。
それを楽しみにしていよう。
「でもさ、楓とこんな話が出来る日が来るなんてね~」
ちなはフフフと嬉しそうに笑った。
「こんな話って?」
「恋バナに決まってるでしょう。今まで楓は恋愛より普通の平穏なのんびりした、お年寄りのような生活を好んでいたでしょう?」
「お年寄りって……」
ちなの言いぐさに吹き出して笑う。
でも間違いではないかも。
「なんだかんだ不満言いつつも、楓、幸せそう」
「そう?」
「うん」
ちながニッコリと微笑んだ。
それに釣られて私も頬が緩む。
確かにちなの言う通り、今凄く幸せだ。
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