第15話 一週間

“一週間付き合って”


貴島君にそう言われた。

一週間で私は貴島君にちゃんと返事をしないと……。

調理室を出てから、着替えるからと貴島君と分かれた。

結局、龍輝君のクラスに行けなかった。

来てって言われてたのに申し訳なかったな。怒っているかな?

間に合わなかったけどちょっとだけ、寄ってみようか。

そう思って、私は自分のクラスではなく龍輝君のクラスへ向かった。


教室は暗幕が張られており、中は見えない。

しかし、人の気配がしなかった。

みんな交流祭のあとに行われる、夜行祭と称した打ち上げに出るために行ってしまったのかな。

校庭でキャンプファイヤーが行われたり、ちょっとしたバーベキューもあるからみんなすぐそっちに流れてしまったのだろう。


どのクラスも片付けは明日だ。


だから龍輝君のクラスもお化け屋敷のセットのままだった。


「お邪魔しま~す……」


黙って入るのもなんだか嫌だったので一声かけて中に入る。

お化け役の生徒がいないため、ただ真っ暗のままだ。


「龍輝君は何の役だったのかな……」


教えてくれなかったんだよね。

何の格好をしたんだろう。

見たかったなと残念に思いながら教室を出ようとするとーー。


「今頃来たの?」

「きゃぁっ!?」


後ろから声が聞こえて思わず悲鳴をあげる。

振り返ると暗闇の中、タキシード姿の龍輝君が不機嫌そうに立っていた。


「きゃぁじゃねぇよ、遅い。もう終ってんだけど」


「龍輝君! 脅かさないでよ。ごめんね、もっと早く来るつもりだったんだけど……」


私はだんだんと声を小さくする。

そして、龍輝君の格好に気がついた。


「……あれ? 龍輝君、タキシードで何をしたの?」

「ドラキュラ伯爵」


マントは着けていなかったが、髪を上げタキシードがよく似合っている。イケメンのドラキュラ伯爵か。

きっとこのクラスも繁盛しただろうな。


「ただ、俺のとこで女子が止まるから客の回転は悪かったな」


そうでしょうとも。

こんなかっこいいドラキュラがいたらみんな血を吸われたいと思うよ。


「似合ってるよ」

「それはどうも。……ずっと貴島と一緒だったのか?」

「あ、うん……」


龍輝君の口から貴島君の名前が出てドキッとする。


「あの……、思ったより片付けに手間取っちゃって。時間かかって……」


なんだか言い訳みたくなってしまった。

でもなんて言ったらいいかわからない。


「ふぅん……」



不機嫌そうにする龍輝君。

貴島君の話はなるべくしたくなかったけど……。


「あのさ……」

「何?」


やっぱり貴島君に告白されて、一週間だけ付き合うって話、言わなきゃダメかな。

でも……。

私は唇を噛む。

龍輝君には言いたくないな……。


「あのさ……」


続きの言葉が見つからない私に龍輝君は首を傾げる。


「なんだよ?」

「私……」


どうしよう……、言葉が続かない。

これ以上は何も言えなくなる。

貴島君と一週間でも“付き合う”なんて龍輝君に面と向かって言えなかった。

龍輝君がちょっと屈んで私を覗き込む。


「どうかしたか?」


その声が、言い方がとても優しくてなんだか涙が出そうになった。


どうして急に優しくなるの?

そんなに私の様子は変なのだろうか……。


私はキュッと唇を閉じた。

私は首を軽く振って笑顔を見せた。


「なんでもないよ。ただ……」

「ただ?」

「ちょっとの間、あの資料室にはいけないの」

「へぇ……?」


龍輝君は無表情に私を眺める。

見透かされそうでなんだか怖い。


「……なんで?」

「ちょっと約束があって……」

「約束? どんな?」


聞かれて、首を横に振る。


「ちょっと言えない……」

「ふぅん……」

「ごめんね」


手を合わせて謝る。

龍輝君はそんな私に素っ気なく言った。


「別に気にしない。お前が謝ることじゃないだろ」


“別に気にしない”


その一言に胸が痛くなり、傷ついた。

そうだよね……。

龍輝君が気にすることではない。

私なんて暇つぶしのゲーム相手なだけなんだから。


“気にしない”んだ。


なぜか酷く気持ちが落ち込んだが、そんな様子を見せたくなかった。


「じゃぁ……」

「あぁ」


私は龍輝君の横をすり抜ける。

なぜか、とても泣きたい気分だった。

翌週。


近くまで来ているから一緒に学校行こうと、家を出る前に貴島君から連絡があった。


「間に合うかなぁ~」


私は慌てて支度をする。


「楓。朝から何慌ててんだ?」


洗面所で髪を整えていると、お兄ちゃんが不思議そうに覗き込む。


「えっ!? あ、ちょっと……」


言葉を濁した、その時。

ピンポーン。

玄関からインターホンがなった。

ヤバイ!


「誰だよ、朝っぱらから」

「あっ、待って! お兄ちゃんっ!、待って!」


出ないでー!


が、しかし私の思いも虚しく、お兄ちゃんが私よりも先に玄関を開けた。


「……誰だ、お前」


お兄ちゃんの不機嫌な低い声。

その先にはもちろん貴島君の姿があった。


「おはようございます。楓さんを迎えに来ました」


爽やかな挨拶とは比例して、お兄ちゃんからは威圧感が醸し出される。


「き、貴島君……」

「…楓。何こいつ」


貴島君をクイッと顎で指しつつ、私に聞いてきた。


「えっと…、同じクラスの貴島君」


お兄ちゃんは貴島君を睨みつける。


「どうしてクラスメイトが朝から迎えに来るんだ?」

「それは~、その……あー、もうこんな時間だ! 行かなきゃ!ごめん、お兄ちゃん。また後で。貴島君!行こう!」


私は荷物を持って、強引に貴島君の腕を掴んで連れ出す。


「楓。話は帰ってからだ。行ってらっしゃい」

「い、行ってきます」


背中に鋭い視線を感じながら、足早に家から遠ざかる。

うぅ。お兄ちゃんに見つかるなんて最悪だ。

家に帰るの嫌だなぁ……。


「今のお兄さん?なんか俺、迎えに来たらマズかったかな」

「あ~……、お兄ちゃんってシスコン気味なんだよね。ごめんね、気にしないで」


私は手をパタパタ振って言った。

貴島君は笑顔で頷く。

う~ん、爽やかだな。


「でも本当、急に迎えに来たりしてごめんね」

「ううん。大丈夫だよ」

「そっか。なら良かった。せっかく付き合えるんだし、何か彼氏っぽいことしたかったんだ」


照れたように笑う貴島君。

なんだか可愛らしくてつられて私も笑った。

二人で他愛もない話をしながら歩いていると、後ろから声が聞こえた。


「おっはよー!」


思いっきり後ろから抱き着かれ、振り返るとちなが私達を見比べていた。


「あれ、何? 二人で仲良く登校?」

「おはよ、ちな」

「ど~ゆ~ことかな?」


ちなはニヤッと私を覗き込んだ。

そういえば、説明していなかった。

う~ん、なんて言えばいいのかな。

一週間とはいえ、やっぱり付き合ってるって言うのかな。

私が戸惑っていると、貴島君が口を開いた。


「付き合うことになったんだ。一週間だけだけどね」


サラリと貴島君は言う。


「えっ! そうなんだ!? ……なんで 一週間?」


ちなは驚き、すぐにキョトンとした顔になる。


「お試し期間。だから応援してね」

「へ~……」


ちなはチラッと私を見た。


「じゃぁ、早速だけど、彼氏さん? 楓を借りるよ」

「え? あっ」


ちなは返事も聞かずに、私の腕を掴んで校舎の中をどんどん進み、近くの女子トイレへ連れていった。

中には誰もいないことを確認して、ちなは私に詰め寄った。


「楓!なにこれ、どういうこと!?」

「なんか、成り行きでこんなことになりまして……」


ゴニョゴニョと濁すと、ちなは「はぁ!?」とますます混乱した様子を見せた。


「あんた、このこと春岡君は知ってるの?」


ちなの問い掛けに私は首を振る。


「知らないの?」

「なんて言えばいいかわからなくて……」


ちなは頭を抱えた。


「私……、楓は春岡君と付き合うかと思ってたよ」

「私たちはそんな関係じゃないよ……」

「でも、いい感じだったじゃん!」


ちなにはそう見えていたかもしれないけど、実際は龍輝君とはそんなんじゃなかった。


「どうして貴島と付き合うことになったの? 楓、貴島の事好きだったっけ?」

「それなんだけど……」


私は貴島君と付き合うことになった経緯をかいつまんでちなに話した。

話し終えると、ちなは少し顔を歪める。


「なるほどね、お試し一週間かぁ。それで、最後に返事をするんだ?」

「うん、一応そんな感じ」

「貴島もやるねぇ。結構、強引なんだね。意外~」


ふふっとどこか面白そうに呟く。


「それなら本当に貴島と付き合ってもいいんじゃん? 優良物件だよ? イケメンで背が高くて優秀で優しい」

「優良物件って……。でも、そう簡単に決められないよ」

「春岡君が気になる?」


ちなに言われて口をつぐむ。

このことを龍輝君が知ったらどう思うだろう。

俺には関係ないって思うのかな。

単に暇つぶしがなくなっただけ、GAME OVERだと思うだけなのだろうか。


昼休み。


「一緒にお昼食べようよ」


そう貴島君に誘われて、ふたりで中庭に出てお昼を食べることにした。

最近はほとんどが資料室だったから、外の空気を吸いながら食べるなんて何だか新鮮だ。

日差しがポカポカと気持ちがいい。

ベンチに座り、お弁当を広げる。


「あれ、貴島君もお弁当だ。お母さんの手作り?」

「あぁ、いや。俺、料理とか好きだから自分で作ってる。っつても、適当だけど」


と、恥ずかしそうに笑う。


「そんなことないよ。彩りも綺麗で美味しそう。上手なんだね」

「本当? 照れるな。ありがとう」


褒められて嬉しそうに笑う。

男の子でもこんなに上手に料理するんだなぁ。

龍輝君とは大違い。

龍輝君の親は仕事で忙しいらしいし、いつも購買で買っていて、料理はほとんどしないって言ってたもんね。


「でも楽しいな。松永さんとこうしてお昼過ごせるなんて。昼休みはいつもどこかに行っていたでしょう?」

「あ~、うん。ちょっとね……」


私は曖昧に頷きながらお弁当を食べた。

貴島君はそのことについてはそれ以上、突っ込んで聞いてくることはなかった。

それからは、嬉しそうに色々話をしてくれた。部活のこと、勉強の事、飼っている猫の話。

私も楽しく話に参加するけど、でもなんだろう……。

まだ二人きりで他愛ない話をしながら過ごすことに慣れていないからかな。

気持ちがソワソワして妙に落ち着かない。


「あ、ごめん! 俺ばっかり話しちゃってたね」


私の様子に気がついたのかハッとした貴島君がそう言った。

慌てて私は首を振る。


「ううん! いろんな話が聞けて楽しいよ。あの、私、飲み物買ってくるね!」

「うん。行ってらっしゃい」


私はお財布を手に、その場を離れた。

う~ん……、なんだろう。変に気を遣うというか、どうしたらいいか分からなくなるなぁ。

私は自販機の前で小さくため息をつく。

お金を入れて、ボタンを押そうとしたとき………。

後ろから手が出てきてピッと、押されてしまった。


「えっ」


驚いて振り返るとそこには……。


「龍輝君……」


すぐ後ろには無表情の龍輝君がいた。

龍輝君は出てきたジュースを黙って取り出す。


「ん……」


と、出てきたイチゴジュースを私の手に乗せた。


「ありがと……」

「貴島と付き合ってんの?」

「えっ」


突然のストレートな言葉に驚いて思わずジュースを床に落とす。


「あっ……」

「わかりやすいやつ」


龍輝君が低い声で苦笑する。

どうしよう……。

中庭の……、見られてたんだ。

悪いことをしているような気分になって、焦りが出てくる。


「あの、付き合ってるって言うか……あれは事情があって……」


なんて言ったらいいんだろう。

お試しで一週間付き合っているって素直に言う?

人と試しで付き合うような軽い奴って思われるかな。不誠実とか。

色んな考えが頭を過り、言葉が出てこない。


「あの……」


それでも何か言わなきゃ。

と、顔を上げた時。


「松永さん? どうしたの?」


声をかけられ振り返ると、貴島君がこちらに向かって歩いて来ていた。

私と龍輝君の姿を見て、一瞬動きが止まる。


「……春岡君か。松永さんに何か用?」

「いや? 別に偶然会っただけだよ」


龍輝君はニコッと微笑み返す。

そして落ちたイチゴジュースを拾い、ポンと私の手に乗せた。


「じゃぁ」


ポケットに手を入れ、その場を離れようとした龍輝君に貴島君は声をかけた。


「そうだ、春岡君。俺達、付き合うことになったんだ」

「き、貴島君っ……!」

「祝福してくれるよね?」


貴島君のセリフに龍輝君は振り返って、そして、ニッコリと微笑んだ。


「あぁ。おめでとう」


え……。

私は去っていく龍輝君を眺めながら言葉を失った。

祝福……するの?


「……ん。……さん。松永さん?」


貴島君に肩をポンッと叩かれ、ハッとする。


「あっ、えっ?」

「教室、帰ろう?」


ボーっとしていたようで、心配げに貴島君が微笑んで私を見ていた。

もう廊下に龍輝君の姿はなかった。


「あ、うん。戻ろうか」


私は手の上のイチゴジュースをソッと握りしめた。





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