第14話 告白

ーーーー


「では交流祭は1-Gからはドリームカフェに決定しました」


貴島君が黒板にクルッと丸をつけた。

クラスからは拍手と、交流祭への期待の声が上がっていた。

要はそれぞれクラスで出し物をして、お互い仲を深めようというお祭りだ。

うちのクラスは『ドリームカフェ』という、みんなが好きなキャラクターの格好をするカフェに決まった。


「では調理担当と買い出し担当、あとは各々キャラ準備をするように」


先生のような貴島君の言葉を最後に、クラスの皆は帰っていった。


「ドリームカフェかぁ。楽しみだなぁ」

「松永さんは何でも似合いそうだよね」


貴島君は黒板を消しながら笑った。


「そうかな~。あ、でも貴島君が調理担当なんて、ガッカリする女の子多いんじゃない?」

「何言ってるの。そんなの居るわけないじゃん」


苦笑しているけど、あなた、結構人気あるんですよ?

自覚ないんだなぁ。


「それに、交流祭前は塾で試験があるから服とか縫ってらんないんだよね。だから主に当日頑張るだけでいい、裏方の調理担当でよかったよ」


そうか、事情はあるのね。


「試験か。大変だね」


塾か。だから貴島君は頭がいいんだな。

私とは大違い。塾とか行きたくないもん。


「まぁ、でも……春岡には勝てないんだけどね」

「龍輝君?」


確か龍輝君は学年トップだっけ。

そして貴島君は二位。

やっぱり意識したり、負けて悔しいとか色々あるんだろうな。


「……松永さんは春岡と幼なじみなんだよね?昔から頭のいい奴だった?」

「あ~……、どうだろつ。小さい頃だったし、遊んだことはあったけど、勉強についてはわからないや」


そう答えると驚いた顔をされた。


「そうなんだ? 俺、てっきり色々と知ってるのかと思った」

「あぁ、うん」

「幼なじみっていっても、あまり知らないんだね」


貴島君は苦笑して、手についたチョークの粉をパンパンとはらった。

知らないか……。

まぁ確かに間違ってはいない。

私、名字を聞いても龍輝君があのたっくんだなんて直ぐに気がつかなかった。

そう思うと、龍輝君のことよく知らないや。


「ということは、春岡も松永さんのこともそんなに知らないってこと?」


龍輝君も……?


「うーん、どうかな……」


……そうかも。

私達、幼なじみって言っても、対して深い仲でもない。

幼い頃に、少し遊んだことがある程度だ。

そう思うと少し寂しい気がした。

特別な繋がりってそんなにないのか……。


「じゃぁ、俺と条件はほぼ同じなのかな」

「条件?」


条件って? 何の話だ?


言っている意味がさっぱりわからず、ポカンとする私に、貴島君は嬉しそうに頷いた。


「なんでもない」


そう言っても表情はずっと笑顔だ。

変な貴島君。

そんな貴島君はずっとニコニコと私を見つめていた。


ーー


「だから?」

「……いや、別にお互いのことよく知らないなぁと思っただけ」


今日も龍輝君にお昼に誘われて(連行されて)例の部屋で昼食中。

定番となりつつある二人での昼休みに、先日、貴島君に言われたことをそれとなく言ってみた。

そしたら、この返しだ。

なんか、冷たいなぁ~……。

まぁ何か特別な答えを期待していたわけてわもないんだけどね。


「知らないからって悪いことじゃねぇだろ」

「まぁ、そうだけど」

「なに、不満そうだけど?」

「え?」


下を向いた私を、龍輝君はそっと覗き込む。

ち、近っ!!!


「ちょっと……!」

「あ?」


慌てて身体をのけ反らせるが、後ろは壁でこれ以上はもう下がれない。

思わず龍輝君の肩に手をかけた。


「近いからっ!」

「そう?つーか、顔赤いよ?」

「こ、こんなに近ければ嫌でも赤くもなるって!」

「へぇ。面白ろいな……」


低く呟く声に背中がゾクッとする。


「手に力入ってないみたいだけど?」

「龍輝君……」


私の弱々しい声に、龍輝君はフッと笑った。

途端にスッと龍輝君は離れる。

胸を抑えながらホッと息を吐いた。


「ひとつ、知ったんじゃない?」

「えっ……?」

「俺が近いと、お前の息が上がる」

「はぁっ!? 何言って……」


抗議の声を上げるが、龍輝君は素知らぬ顔。

そしてニヤリと妖艶な笑顔を私に向けた。


「貴島の言葉なんてどうでもいい。っーか、惑わされるほど、俺を意識してるんだ?」

「違うって!」


惑わされる!?

もう! 何を言ってんのよ


私はムゥと口を結ぶ。龍輝君は楽しそうにアハハと笑うだけだった。


「た、龍輝君のクラスは交流祭、何するの?」


私は話をそらすように話題を変えた。


「俺らはお化け屋敷」

「お化け屋敷!?」


ベタなものやるんだなぁ。

私の考えを読んだかのように、龍輝君は言っとくけど俺の提案じゃないからなと言った。


「龍輝君の担当はなに?」

「俺? 秘密」


素っ気なく言われた。


「秘密って……」

「知りたきゃ俺のクラスに来いよ」


龍輝君はスッと身体を寄せて、艶っぽく低く言った。


「出したことない声……、出させてやるよ」

「っ!?」


龍輝君はニヤニヤと笑って、お茶を飲み干した。

赤くなった顔を隠す。

なんでこうもドキッとしてしまうんだろう。

そもそもイケメンに耐性がないんだよね。

イケメンってだけで、このゲームは龍輝君が有利じゃない!?


「必ず来いよ。うちのクラス」


必ず来て欲しいってことは、お化け役なんだろうなぁ。

怖いのは苦手……。

でも、お化けに仮装した龍輝君は見てみたい。


「返事は?」

「はぁい」


私はドキドキしたまま、小さく返事をした。


ーーーー


「アリスー! 紅茶、早くー」

「はぁい! ただいま!」


大きな声で返事をしながら、慌てて裏に回る

。調理チームに紅茶を受け取って、急いでお客さんのもとへ届けに行った。。


現在、交流祭の真っ只中。


カフェに見立てたクラス内は人でいっぱいだった。

私もアリス格好をしてスカートを翻しながら忙しく動き回る。

我がドリームカフェは有り難いことに大盛況だった。

貴島君がクッキーを作ったらしい、と口コミで広がり、ほとんどが噂を聞き付けてやってきた女の子だった。


「……疲れた」


裏に入ったちながため息をつく。

タキシードを来たちなは男装をしている。

贔屓目に見ても、とても格好良くて素敵だった。


「ちな、カッコイイからご指名来ちゃっているもんね」

「アリスも何気に人気だよ。春岡龍輝のアリスって」

「ええー! なにそれ」


また変な噂が流れてる!?

少しうんざりした気持ちだ。

ちなはニッコリと笑って、仕切りのカーテンの隙間からカフェを覗いてキョロキョロする。


「その彼は来ないの?」

「彼じゃないって!」


否定するがサラッと流された。


「はいはい。で、来るの来ないの?」

「知らな……「アリスー! 客ー」


答えようとすると、仕切りのカーテンがチラッと開いて、クラスの男子が顔を出した。


「はぁい」


ちなから逃げるようにホールに出るとそこには… …。


「どうして」


ため息混じりに呟くと相手は首を傾げた。


「来たら迷惑だった?」

「迷惑じゃないけどさぁ」


ニッコリと微笑んで目の前の相手である龍輝君は言った。

周りの目を気にして欲しいだけなんだよね。

龍輝君の姿に、確実にさっきよりもギャラリーが増えた気がする。


「アリス、可愛いね」


可愛いと言われてドキッとする。

顔が赤くなるが、接客中なので素っ気なくなってしまった。


「どうも……。ご注文は?」

「冷たいねぇ。じゃぁ、このクッキーセットで」

「少々お待ち下さい」


事務的に注文を取って、私は龍輝君から逃げるように裏へ戻った。


「はぁ……」


表の顔とはいえ、なんでああもアッサリと可愛いとか言えちゃうんだろう。

嫌な気持ちじゃなく、素直に嬉しいって思っている自分がいる。


「はっ。違う違う! そんなんじゃない!」


もう……。

気持ちを落ち着かせつつ、私はすぐに紅茶とクッキーを持って龍輝君のテーブルへ向かった。

龍輝君はクッキーを食べながら私を見上げた。


「俺これからなんだ。 出番」

「そう」


そういえば、お化け屋敷をすると言っていたっけ。


「来てくれる?」


その言い方が可愛らしくて思わず龍輝君を見つめる。


「何?」

「あ、いや……」

「じゃぁ、待ってるから」


紅茶を飲み干して立ち上がる。


「ありがとうございました……」


表の顔だとわかっていても、素直な態度の龍輝君に毎回戸惑ってしまう。


「あの龍……」

「松永さん」


龍輝君に話し掛けようとしたとき、後ろから声をかけられた。

振り返ると貴島君が立っていた。


「あ、貴島君」


貴島君は龍輝君にニッコリと微笑んだ。


「あれ?春岡。来てたんだ?」

「あぁ……」

「貴島君、どうかした?」

「そうそう、松永さん。調理室に一緒に来てくれないかな。クッキー、全部焼き終わったから、室内点検して鍵を閉めしたいんだ」

「あ、そか。委員長の仕事だったね。今行くね」


私は貴島君にわかったと頷くと貴島君はニッコリと笑い、龍輝君を見た。


「悪いね、春岡。松永さん連れていくから」


貴島君は私の肩を組む。


「えっ……」


そんなことされるなんて思っていなかったから思わずドキッとしてしまった。


「行こうか。松永さん」

「あ、うん……」


回れ右をさせられ、龍輝君に声をかける間もなく連れ出されてしまった。

貴島君に連れてこられるがまま、調理室へ着いた。

誰もいない室内は甘い匂いが充満している。


「評判よかったよ。貴島君たちのクッキー」

「それは良かった」


火元の点検をしながら貴島君は嬉しそうに笑った。


「松永さんは食べてくれた?」

「あ~、実はまだなの。忙しくてつまみ食いも出来なかったんだ」

「そうだろうかと思って……はい」


テーブルにコトンとクッキーがのったお皿をだした。


「お茶会などいかがですか? アリス」


紅茶をだしながら、セリフ口調で言う。


「あはは、嬉しい! いただきます」


パクッと1口食べると、甘いメープルの味がしてとても美味しかった。


「うん、やっぱり噂通り美味しい」

「松永さんにそう言ってもらえて嬉しいな」


貴島君は私に紅茶を出しすと、隣に座わった。


「さっき春岡来てたけど、何話していたの?」

「えっ……、ゲホッゲホッ」


突然、龍輝君の名前を出され紅茶をむせてしまった。


「な、何って……」

「仲いいよね。二人」

「そうかな……?」


はたから見ればそう見えるだろか。

仲良さそうなの? 意地悪されているだけだし、変なゲームをさせられているだけだけど……。裏の顔を知らない人にはそう見えるのか。


「春岡の……」

「え?」


つい色々考えてしまい、貴島君の声にとぼけた返事をしてしまった。

龍輝君がどうしたの?


「春岡のクラスにさ、行くの?」


貴島君は珍しく笑顔を見せずに聞いてきた。

どうやらさっきの龍輝君との会話を聞いていたようだ。


「行くの?」

「あ、うん。行こうかな。来てって言ってたし」

「……そう」


呟いた貴島君の顔は真剣そのものだ。なんだろう。

貴島君、なんか様子が変。


「貴島君?どうかした?」

「もし俺が、行かないでって言ったら?」

「え?」

「行かないでって言ったらどうする?」


貴島君……?


「俺さ、松永さんのことが好きなんだよね」


好き……?

貴島君が、私を?

え? …………ええっ!?


「えっ、貴島君!?」

「こんな風に告白するつもりなかったんだけどね」


貴島君は気まずそうに自分の首元を触っている。

貴島君が私のことを好きだなんて、冗談だよね!?


「思いがけず言っちゃったけど、冗談でもなんでもなく、本気だから」

「貴島君……」

「松永さんが委員長やるって言ったから俺も手を挙げた。入学した時に一目惚れして、ずっと好きだったんだ」

「一目惚れ……」


今更ながら、顔が赤くなってくるのが自分でもわかる。

だって告白されたのなんて生まれて初めてだ。


貴島君の本気が伝わり、なんか急に恥ずかしくなってきた。


「俺と付き合ってくれないかな?」

「貴島君、えっと……」

「もしかして、春岡が好きだったりする?」


龍輝君………?

名前を出されて、ドキッとする。


「それは………」

「ただの幼なじみじゃなかったの?」


“ただの”を強調されて言われる。

そうだ、龍輝君はただの幼なじみ……。

そうなんだけど……、でも……。

なんでそう言われると、こんなに胸が痛むのかな。

切ない、苦しい気持ちになる。


「……俺じゃぁ駄目かな」

「駄目っていうか……」


どうしよう……。

告白なんて初めてだから、こういう時どう答えたらいいかわからない。


「なら俺でもいい?」


貴島君は強い瞳で私を見てくる。

その瞳の強さに思わず黙ってしまう。


貴島君のことは好きだけど、でもどうしてかな。

素直に“うん”って言えない。


「貴島君、私……」

「じゃぁさ、一週間だけ付き合わない?」

「一週間?」


雰囲気を感じてか、貴島君が私の言葉に被せるように切り出した。

一週間だけ付き合うの?


「お試しみたいなもんだと思って、軽い気持ちで付き合ってよ。それをふまえて、一週間後、改めて返事がほしい」


真剣な声で言われると何も言えなくなってしまう。


「……わかった」


小さく頷く。

貴島君の気持ちが伝わるから、尚更この場で断わるのは出来なかった。


「ありがとう」


貴島君の嬉しそうな笑顔をなぜか胸が締め付けられた……。




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