第13話 距離

龍輝君の自信に何も言い返せず、床に座り込む。


「とりあえず教室戻るぞ」


ヘタリと座り込んだ私の腕を掴み、さっさと部屋を出た。

廊下へ出ると、私は俯いたまま龍輝君から離れようとした。


……が。


「……ねぇ、なんで着いて来るの?」


私の後ろをピッタリと着いてくる龍輝君に、業を煮やして振り向く。

そこには優しく微笑む龍輝君がいた。


「楓ちゃん、送るよ」


ええっ、誰!?

笑顔が!笑顔が別人ですけど!?

さっきまでの雰囲気とはガラリと変わり、優しい爽やかな春岡龍輝君がそこにはいた。

表の顔だ。ギャップ激しすぎるでしょう……。


「送っていただかなくて結構です」


学校内で送ってもらう理由もないし、そもそも周りの目が気になる。

すでにチラチラ見られてるし……。

変な噂も出始めているのにやめて欲しい。


あ、これも惚れさせる作戦のひとつ!?


断っても着いて来るので私はなるべく早足で教室へ戻る。

教室の前でくるりと振り向くと、ニコニコと微笑む龍輝君がハッキリと言った。


「今日は楽しかった。明日も誘っていいかな」

「えぇっ!?」


と、私が叫ぶのと、教室にいた女子が叫んだのはほぼ同時。


絶対わざとだ!


私は龍輝君を軽く睨む。

それでもお構いなしに龍輝君は「ダメかな?」と困った顔で言ってくる。

そんな困り顔に「可愛い~」という声も聞かれた。


これ確信犯じゃん!


周りから見られているから断りにくい。

私は渋々頷くしかなく、龍輝君は嬉しそうに(作った笑顔で)自分の教室に帰っていった

周りから固めるとはこのことだ。

あれから私は皆に色々と質問攻めにあい、廊下を歩けば注目されるようになった。


ただでさえ、龍輝君と噂され始めていたのに、輪をかけて、”あの春岡龍輝”に自ら誘われた女となったのだ。


ハァ~…。


自然と重いため息が出る

龍輝君はこの状況を楽しんでいる。

振り回されている私を見て面白がり、暇つぶしに私をからかい、惚れさせる。

傷のことを脅しの材料として、遊んでいるんだ。

彼にとってはとてもいい遊び相手なのだろう。


「悔しい……」


それなのに、どこか完全に拒否出来ない私がいる。

どうして……?


「楓?」

「あ、何?」


噂のこともあって、ここ数日は授業にも身が入らず、ずっと上の空だった。

ちなに呼ばれてハッと顔を上げる。


「委員会の時間じゃない?」


ちなにそう言われ時計を見ると確かに委員会の時間だった。


気が重いなぁ。

自然と行動が鈍くなる。


「大丈夫?」


ちなが小さく声をかけた。

噂にうんざりしているのを知っているから気遣ってくれたんだ。


「ありがとう、大丈夫」


まぁ、委員会だけだし、龍輝君には近づかなければいいんだもんね。

私はニコッと笑顔を返した。

ちなに別れを告げ、廊下に出て驚く。


「あれ? 待っててくれたの?」


てっきり先に行っていたのかと……。

そこには貴島君が入口の側の壁によりかかるようにして立っていたからだ。


「一緒に行こう」

「うん」


隣を歩く貴島君の顔をソッと見上げる。

どうしたんだろう、なんか機嫌悪い?

いつもはニコニコしているのに、なんか顔が無表情だ。

すると、貴島君が口を開いた。


「松永さん……さ」

「なに?」

「今、噂の的みたいだね」


そう言われて顔がひきつる。

噂……、その話か。


「春岡とはどんな関係なの?」

「関係は、えっと……」


なんて言ったらいいかな。

本当のことは言いにくいし、ここは素直に。


「幼なじみ……かな」


うん。嘘偽りない、一番の真実。

答えたが、貴島君の反応はうすく、へぇ…と低く呟いた。

な、何? なんか貴島君恐いよ!?


「それだけ?」

「まぁ、噂では色々あるけど、でも……」


と、その時。


「俺が何かな?」


柔らかい声が後ろから聞こえる。

でも振り向かないでもわかる。

私にとっては今一番会いたくない人の声だから。


「俺がどうかした?楓ちゃん」


優しい笑顔で龍輝君が立っている。

私にはその笑顔が恐いです……。

私は気まずくて目を逸らした。


「ごめんね。俺のせいで変な噂たっちゃって」


申し訳なさそうにしててもそうは見えないから!

俯いたままでいると、貴島君が私の前に立った。


「春岡さぁ。自分の立場考えたほうがいいよ」

「君は……、貴島君だっけ?」

「松永さん、噂に困っているみたいだから」


貴島君に言われて、龍輝君は貴島君の後ろにいる私を覗き込む。


「困らせちゃった?」


うわぁ…表情は困惑している感じなのに、目が恐い。

困ってないよねって訴えかけている。

私はブンブンと首を横に振った。


「大丈夫だよ……」


そう答えるしかない。

困っている、なんていったら後が恐ろしい。


「ほら。大丈夫だって」


と、龍輝君は微笑む。


「貴島君さぁ……」


龍輝君は貴島君に一歩近寄る。

背の高いイケメン二人が並ぶと絵になるし迫力があった。

それだけで、周りもチラチラ見ている。


「俺達のこと、君が気にする必要はないんじゃないかな」


"俺達のこと"を強調してそう言った。

龍輝君はニッコリ微笑むけど、目が笑っていない。

なんだかマズイ雰囲気だ。


「あ、ほら二人とも! 遅れるから急ごう?」


睨む貴島君と微笑む龍輝君を促して、私は委員会へ向かった。


なんなの……もう!


「ーー…では今日の委員会はこれで解散となります。お疲れ様でした」


挨拶と共にみんなはガタガタと席を立つ。

やっと終わった。

筆記用具をしまっていると、貴島君が振り向いた。


「松永さん。あのさ、今日はもう遅いから……」

「春岡くぅん!」



貴島君に声をかけられ顔を上げたが、女の子の黄色い甘えた声に、思わずそちらを振り返ってしまった。

龍輝君が他のクラスの委員会の女子に囲まれている。


「今からみんなでお茶しに行くんだけど、一緒にどうかなぁ~?」


お茶お誘いだなんて、モテモテだこと。

やっぱり人気者はすごいですね。

なんだか嫌みの1つでも言いたくなる。

不意に龍輝君が振り返りバッチリ私と目が合った。


あっ、やば。


目をそらすがもう遅い。


「ごめんね。俺、約束あるから」


と、龍輝君が私の元へやってきた。


「帰ろうか」


約束なんて…してないのに!

すぐに返事をしないでいると、龍輝君はがさりげなく傷痕ら辺をトントンと叩く。


「……了解です」


小さく頷くしかない。


「貴島君、ごめん。私行くね」

「あ、うん。また……」


貴島君は何か言いたげだったけど、先を行く龍輝君に追いつくため、私も小走りで教室をでた。


「……」

「……何? その不満げな顔は?」


校門を出たとたん、口調がガラリと変わる龍輝君。

私は返事をしないで黙って歩いていた。


「何? 無視するんだ?」

「きゃっ……」


腕を掴まれ驚いて声を上げる。

龍輝君は静かに見下ろしていた。


「俺を無視出来ると思ってんの?」


声のトーンが低い龍輝君に思わずたじろぐ。

龍輝君の手はしっかりと私を掴んで離さない。


「離してよ……」

「お前が無視するからだろ」

「無視してないし」


呟くように言うと、龍輝君の手がスッと離れた。

掴まれた所が熱を帯びている。

私の腕なんかすっぽり入るくらいに大きい男の手。

変にドキドキする。

突然、掴んできたりするからだ、きっと。

私は自分の手をギュウッと握りしめた。

何だか落ち着かない気分。


「なぁ。ちょっと買い物つき合ってよ」

「え? 買い物?」


突然の提案にキョトンとしてしまう。

私の返事を聞かずに先にスタスタ歩いて行ってしまった。


「あ、ちょっと!」


なんなの! もう!

自分勝手過ぎるんじゃないの!?


「待ってよ、龍輝君!」


もう!!!


さんざん街中を歩き回ったが、手ぶらだった。


「結局、何も買わなかったじゃない」

「俺はね。お前は色々買ってたみたいだけど?」

「うっ……」


私は手元の袋を見る。

だって最近買い物してなかったからさ、つい。

でも龍輝君はなんだかんだ言いながら、行きたい所に付き合ってくれた。

意外と優しい……かも?


「お前、門限とかは?」

「ないよ」


先日帰ってきたお母さんは、またお父さんのところに遊びに行ってる。

それなら、と龍輝君は近くのカフェに入っていった。

初めてくるカフェだ。内装が可愛らしいから、高校生もチラホラ見かける。

大好きなイチゴのカフェオレもあるし、このお店は今後もリピートしなきゃ。

私はイチゴカフェオレ、龍輝君はコーヒーを飲む。

そして、周りを見てフッと気が付く。

高校生カップル多いなぁ……。

私たちもそんな風に見られているのかな?

そう考えると、なんだか、これって放課後デートみたい……。

そんなことを思ってハッとする。

なにドキドキしてるの。

これはデートじゃなくて、無理やり誘われたんだから。

まぁ、結果楽しかったけど……。

それにしても……。


「どこ行っても注目されるね」


カフェにいた数人の女性陣はチラチラと龍輝君を見ていた。

確かに、龍輝君は目立つもんな。


「ん?何か言ったか?」


本人は注目されることに慣れているのか、単に気が付いていないだけなのか、私の小さな呟きに龍輝君は首を傾げた。


「何でもないよ」

「? まぁ、いいけど。飲み終わった? そろそろ帰るか」

「え? あ、うん」


もう帰るのか。

結局、何だったの?

私が最後のイチゴカフェオレを飲み干していると、龍輝君がフッと笑った。


「付いてる」

「え?」


龍輝君の大きな手が私の頬っぺたを包み、口元をグイッと拭った。


「っ……!?」


な、何を!?

目の前の龍輝君はニッコリ微笑む。


「あれ? 顔真っ赤だけど?」

「な、何を言って……! ビックリしただけ」

「ふぅん? ときめいたのかと思った」


頬杖ついたまま色っぽく微笑まないでよ。

自分でも顔が赤いのはわかってる。

だって心臓がありえないくらいドキドキしていた。

あんなの、不意打ち。

誰でもドキドキしちゃうよ。


「フッ。惚れてもいいけど?」

「し、しません!」


驚いて声が高くなる。

そう簡単に惚れるわけないでしょう!?


「まぁ、早く終わるゲームもつまらないよな」


その低い呟きに、さっきとは違うドキッが起こった。

一瞬にして胸が冷たくなる。

そうだ。

何をドキドキしてるんだろう。

龍輝君にとってはただのゲームでしかないのに。

……バカみたい。


「……安心してよ。そんなに簡単な女じゃないから」


そうよ。そんな簡単な女じゃない。

だから惚れたりしない。

好きになんてならない。

龍輝君はただの幼なじみだもん。

傷のこととか、責任感じてとか色々あるけど、でも……。

私たちはそもそも、久々に再会したただの幼なじみという関係なんだから。


「あっそ」


そうつまらなそうに言って、龍輝君は伝票をつかんでレジへ向かった。


その後ろ姿に、チクンと胸が少し痛くなった。

でも、それもほんの少しだけだ。



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