第12話 人気者との噂
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見られてる……、気がする。
私は歩きながらそう思った。
登校ひて、校門をくぐってから周りの視線を感じていた。
なんだろう、チラチラ見られてるような気がする。
「おーはよ! 楓!」
急に後ろから声をかけられ、ビクッと肩が跳ねた。
「ちな! ビックリした~」
「へへ。あ、もう体調はいいの?」
「え? 体調……? あ、うんっ。もう大丈夫。ありがとう」
なんのことだろうと思ったけど、そうだった。
昨日授業をサボった後、シレッとした顔で龍輝君が教室まで送ってくれた。
ちょうど下校間際で先生に見つかり、案の定問いただされた。
すると龍輝君は……。
『すみませんでした。委員会の後、二人で話をしていたら松永さんが貧血を起こしてしまって……』
『そうなのか? 松永。もう大丈夫か?』
『えっ! あ、ハイ……』
龍輝君の嘘に慌てながらも合わせた。
『保健の先生もいなかったので、僕がずっと付いていたんです』
心配そうな顔で、優しく見下ろしてくる龍輝君。
表の顔だ。
先生は優秀な生徒である龍輝君が嘘をつくなんて夢にも思っていないのか、すんなり信じた。
『そうだったのか。優しいな、春岡は。ありがとうな。ほら、松永からも礼を言え!』
『ええっ!? ……ありがとうございます……』
納得はいかなかったけど、仕方なくお礼を告げた。
ーーーーーーーーーーーーーー…………
あ~、思い出しただけでも腹立つ!
だいたい、なんで私が龍輝君の勝手に巻き込まれただけなのに、お礼を言わなきゃならないのよ!
あれはぜっっったいわざとだ!
昨日のことを思い出して、くつ箱の側でひとりで憤慨しながらいると、登校してきたちなが顔を覗き込んだ。
「おはよう。どうしたの?楓?」
「ちな。おはよう、何でもないよ」
私は慌てて手を横に振った。
「でもさ、昨日ずっと春岡君と一緒だったんでしょ?」
「えっ、あ、まぁ…」
資料室で確かに二人きりではあった。
すると、ちなは私を見てニタァと笑う。
何だろう?
「噂になってるよ」
「噂? 何の」
「だから、二人のこと」
二人って……。
私と龍輝君のこと!?
うそっ! 何で!?
「なにそれ!どうして!?」
「私が聞いた話だと、委員会の後、春岡君が楓を呼び止めて、二人で次の時間をサボった。その前には、楓が春岡君の教室を訪ねに行ったら、春岡君が楓を連れ出したって」
うわっ……。事実ではあるけど、その裏には色んな感情が錯綜していそう。
そんだけのことが噂になってるなんて……。
さすが、春岡龍輝。
でも、その噂のせいでみんながチラチラ見ていたのかな。
朝からの視線に少し納得できた。
「で? 実際、噂は本当なの?」
「う~んと……」
間違ってはいないけど……。
「付き合ってるっていう噂は?どうなの?」
「付き合ってる!? 誰と誰がぁ!?」
思わず大きな声が出る。
私と龍輝君が付き合ってるとか、そんなんじゃない。
むしろ言うこと聞けって脅されてるし……。
「なぁんだ、違うのか」
「当たり前でしょう!」
「ただの幼なじみ?」
「う……ん」
そう……。ただの幼なじみ……だよ。
なんだろう? このモヤッとした気持ち……。
「おはよう」
くつ箱で靴をはきかえていると、貴島君が後ろから声をかけてきた。
「あ、おはよう」
「おはよう。松永さん、昨日貧血起こしたって本当?」
「えっ、あ、まぁ……」
私は言葉を濁す。
なんか、みんなに罪悪感を覚える……。
「春岡が一緒だったんだって?」
「まぁ、うん」
「……そっか」
そう呟いて、貴島君は先に教室へ行ってしまった
「貴島ってさぁ~……」
ちなが先に行ってしまった貴島君の後ろ姿を見ながら呟く。
「ん?」
「絶対、楓に気があるよね」
え? 貴島君が私に?
ないないないない!
貴島君みたいな人が私なんて気にしないよ。
あまりにも飛躍した考えに笑ってしまう。
「違うよ、同じ委員長だからでしょう」
「そうかなぁ~……」
ちなは不満そうに呟く。
不満そうにされてもなぁ。
私は苦笑いした。
教室には心地好い風が入ってくる。
窓際の席の私は頬杖をつきながら、ボーッと外を眺めていた。
眠くなるなぁ。
何気なく目線を下に下ろすとそこには……。
あ……。
ドキッと心臓が鳴り、私の眠気は一瞬で遠のいた。
グラウンドにいるのは龍輝君だ。
体育のため、ジャージ姿。
……ジャージも似合うって凄いな。イケメンはなに着ても似合うんだね。
友達となにか楽しそうに話して笑っている。
光に当たって髪がキラキラしている。
髪、茶系なんだな。
って! 何見てるんだ!? 私。
ハッとして、目を逸らそうとした時。
ちょうど上を見上げた龍輝君と目が合ってしまった。
うわ!見られた。
慌ててバッと目を逸らし教科書に目線を落とした。
見てたのに気がつかれたよね?
うわぁ、恥ずかしい。
私は赤くなった顔を隠すように机に突っ伏した。
ーーーー
「……で。楓!」
「う……ん?」
身体を揺さぶられてぼんやり顔を上げると、ちなが呆れたように見ていた。
あれ……? 授業は?
声にならない声を発すると、苦笑された。
「終わったよ。ご飯しよう」
そっか、あれから寝てしまったのか。
「気持ちよさそうだったね~」
「ハハ……ごめん」
「飲み物買いにいくんでしょ? 早くいかないと混むよ」
「そうだね。ちょっとジュース買ってくる」
ちなに手を振り、お財布を掴んで購買へ向かった。
購買はやはり混んでいて、自販機の飲み物にすることにした。
何にしようかなぁ~。
自販機の前で腕を組んで考える。
う~ん、ここはやっぱり……。
「苺ジュース?」
後ろから声をかけられ、振り返る。
「た、龍輝君……」
後ろにはズボンのポケットに手を突っ込んだ龍輝君が立っていた。
授業中に見ていたことを思いだし、気まずい気持ちになる。
龍輝君はスッと横に立ち、ピッと苺ジュースを押した。
「あ……」
ガコンと音を立ててジュースが落ちてくる。
私が取り出す前に、龍輝君が先に取り出した。そして、“ん”と苺ジュースを差し出した。
「ありがとう」
差し出されたジュースを取ろうとする。
でも……。
「あの……?」
ジュースを受け取る前に、ひょいと上に持ち上げられてしまった。
と、取れない。
背の高い龍輝君にジュースを持ち上げられてしまうと、小さい私には届くわけもなく……。
「龍輝君? とれないよ。返して?」
困った顔の私をニッコリ見下ろしている。
「お昼食べた?」
「まだだけど……」
「じゃぁ、弁当持って一緒に来て」
持ってきて? 一緒に? どこに?
そもそも何で?
「えっ、でも、友達が待ってるから……」
「じゃぁ、断って」
何を勝手な!
私はムッとした顔で龍輝君を見る。
私のその顔を見て、龍輝君は苦笑した。
そして、軽く屈んで私にこう囁いたのだ。
「言ったよね。俺の言うこと聞いてって。傷のことみんなにバラすよ? いいの?」
「うっ……」
龍輝君は意地悪くニッコリ微笑む。
悪魔の笑顔だ!
私は言い返せず、黙り込んだ。
「じゃぁ、そーゆーことで、いつものとこで待ってるから」
そう囁いて、苺ジュースと一緒に去って行った。
何あれ……、強引すぎる。
でも傷のこと、黙ってて欲しいしなぁ……。
しばらく考えてから、諦めてため息をつく。
仕方ないよね。
龍輝君には傷を残しちゃった責任もあるし……。
教室に戻って、ちなに龍輝君の所へ行く用事が出来たと伝えると、「今すぐ行っておいで」となんだか嬉しそうに言われた。
私はちなに謝って、足取り重く集会室へ向かった。
誰もいない……。
集会室の中を横切り、龍輝君の言う“いつものとこ”へ向かう。
扉の前で小さくため息をついた。
トントンと扉を叩いてゆっくり開ける。
「おっせーよ」
低い声で軽く睨まれた。
自販機の前での声のトーンは何処へやら。
ニッコリ微笑んでいた爽やかな王子はそこにはいない。
絶対、二重人格だよ!
こうも裏表がハッキリ分けられるなんてある意味感心するけどね。
しかも…そのギャップに戸惑ってドキドキする私が情けなく感じる。
「ごめん…」
何となく謝ってしまう。
龍輝君は自分が座っている隣の床をペチペチと叩き、無言で座れと指示した。
上目遣いとか、やめてよ……。
俺様でムカつくのに、なんか可愛く思えてしまう。
小さく息を吐き、黙って座った。
「ご飯食べていいかな?」
「あぁ、どうぞ」
手をつけてなかったお弁当を広げる。
「あれ、龍輝君は?」
「もう食った」
「早いね」
「パンだけだからな」
横には確かにパンのゴミらしき袋があった。
いつもひとりでここで食べてるのかな?
「いつもここだよ」
「え?」
私の考えを読み取ったように話し出した。
「時々友達と食うけど、だいたいひとりでここにいる」
「……どうして?」
私は首を傾げる。
友達と一緒のほうが楽しいのに。
私の疑問に、龍輝君はフワッと柔らかく笑った。
……っずるい。
不覚にもその笑顔に心臓が大きく鳴ったよ。
「楽だから。それにそのおかげで、楓とこうしていられるだろ」
なにそれ。まるで、私と二人で過ごすのが嬉しいって言っているみたいじゃない。
そんなわけないのに。
でも恥ずかしくなり俯く。
そんな私の隣にくっつくように龍輝君が寄ってきて座った。
近っ!
離れようとしたが、龍輝君はピッタリとくっついてきた。
「な、なに!?」
「それ、お前が作ったの?」
「え?」
指を指された方をみると卵焼きがあった。
食べたいのかな? いいけど。
「うん。私が作ったよ」
お母さんはまだお父さんのところにいるし、そうじゃなくても基本的にいつも自分で作ってる。
龍輝君はじっと見つめて呟いた。
「うまそう」
「食べる?」
と同時にひょいと食べられてしまった。
「………甘っ」
そう呟いて苦笑する。
そんなに甘かったかなぁ。
「甘い玉子焼きは嫌い?」
「そんなことないけど、妙に甘く感じただけ」
そういいつつ、もう一つの玉子焼きもパクッと食べた。
「なぁ……」
「何?」
「俺のこと見てただろ」
見てた…?
そして、何の話かすぐに気がつく。
「あっ、いや、あれは偶然で……!」
体育してる所を見ていたのバレてた!
慌てる私にニヤリと笑う。
「慌てんなよ。見惚れてたんだろ」
「見惚れてなんかないもん!」
急いで否定したため、少し強い口調でキッパリ言うと、龍輝君はどこか面白くなさそうな顔をした。
そして、低い声でふぅんと呟く。
そして、慌てる私の腕をキュッと掴んだ。
その手の大きさや熱に触られたところがなぜか熱い。
いや、熱く感じるのは触れられてドキッとしたからかな。
「じゃぁ、ゲームしよう」
「ゲーム?」
龍輝君の言葉に首を傾げる。
「そう、俺に惚れたらお前の負け」
「何言って……」
「俺の言うことを聞いて、俺だけしか見えなくなったら…お前の負けだ」
なにそれ……。
そんなおかしなゲーム、なんの意味があるの?
フッと心に浮かんだ疑問を聞いてみた。
「もし、もしも私が負けたら? どうなるの?」
「罰ゲームは考えておくよ」
「じゃぁ、龍輝君が負けたら? 罰ゲームは私が考えていいの?」
龍輝君は妖艶とも言える目線を私に向けた後、そっと顔を寄せて囁いた。
「俺は勝つよ」
勝つってことは、私が龍輝君を好きになるようにするってこと?
「何を勝手なことを……」
そんな変なゲームなんてしたくない。
ドキドキする胸を抑えながら声を絞りだした。
キッと龍輝君を睨む。
「私はおもちゃじゃないし! 龍輝君の遊びには付き合えないよ!」
「遊び……? ふーん、じゃぁいいよ。皆に傷のこと話すから」
だから!それは脅しだってば!
この前と同じことを言われ、ムゥと俯き唇を噛む。
「わかってねぇなぁ。お前が俺に惚れなきゃいいんだよ」
「そんなの惚れるわけないでしょう!」
「どうかな」
なに、その自信は。
「惚れたりしない」
「じゃぁ、ゲームスタートだ」
龍輝君はニコッと笑い、私の髪を手ですくう。
「俺、負けず嫌いなんだ」
低く囁くように声を出す
「負けない。惚れさせるよ」
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