第11話 同一人物?
ーーあれは、いまから10年前のこと。
今より少し前の季節で、小学校入学してすぐの頃だった。
私はこの街に引っ越して来たばかり。
幼稚園からの友達は当然いなくて……。
引っ込み思案な性格だったから友達も出来ず、初めはいつもひとりぼっちだった。
遊ぶ相手がいなかったので、家に帰るといつも近くの公園でひとりで遊んでいた。
そんなある日。
その公園で友達が出来た。それが……。
“たっくん”
同じ小学校だった。
たっくんはいつもニコニコしていて、とても優しかった。
“かえでちゃん”
どこか甘えるような、可愛らしく優しく私の名前を呼んではニッコリ微笑む。
男の子はガサツで怖かったから、穏やかなたっくんは私にとって特別な男の子だった。
毎日のように、一緒に公園で遊んだ。
私は優しい優しいたっくんが、大好きだった。
いつも気遣ってくれて、怒るなんてことは決してない。
だから……。
だから私はつい、たっくんを怒らせてみようとして意地悪してしまった。
出会ってから数日後。
公園の道路際の大きな木。
そこで二人で木登りをしていた。
でも小柄だったたっくんは登れなくて……。
私はそれを知ってて、先にどんどんと登っていった。
『待ってよ、かえでちゃん!』
たっくんの呼ぶ声。
『待ってよ!』
必死に着いてきたたっくんが、やっと木の真ん中まで登った時。
私は意地悪して、ふざけて木を揺らしたんだ。
そうしたら……。
たっくんは足を滑らせて、道路側に落ちた。
そして、ちょうどやってきた車に轢かれたのだ。
キキキー、ドカン!!!
勢いよく引かれて、血がたくさん出ていて、ピクリとも動かなくなったたっくん。
車から降りたおじさんが、慌てて救急車を呼んで、そのまま運ばれていった。
それを、呆然と木の上から見ていた。
それからは私もショックで記憶が曖昧でほとんど覚えていない。
ただ…。
私は親からもうたっくんには会えないと言われた。
遠いところへ行ってしまったのだと。
幼い心に、それはもう二度と会えなくて永遠の別れなのだと理解した。
両親はなにも言わないけど、きっとたっくんは死んでしまったのだろうと……。
そして、私はそのショックから当時の記憶がほとんどなかった。
そして、今。
龍輝君の言葉で、一気に思い出したのだ。
まさか……。
そのたっくんが生きていたなんて……。
生きていてくれて嬉しい。
本当に嬉しい。
「生きていて良かった……」
「……」
私の呟きに龍輝君が反応することはなかった。
でも……。
『傷のことばらされたくなかったら俺の言うこと聞けよ?』
だなんて……。
完璧、脅しだ。
龍輝君の言うことってなに?
まさか、いじめに会うとか?
確かにそんな目にあっても、何も言えないくらいのことはした。
でも……、正直怖かった。
だからといって、私は加害者なんだから龍輝君には逆らえない立場だ……。
「言うことを聞くって、どんなこと……?」
怯えながらそういうと、龍輝君はため息をついて「考えとく」と部屋を出ていった。
ーーーー
龍輝君が生きていたのは嬉しいけど……。
私の知っている龍輝君はあんなんじゃなかった。
はぁ~……。
自分のしたことの後悔と、これから何が起こるかわからない不安とが入り交じった重いため息をつく。
「何、ため息? 幸せが逃げるよ~」
親友のちなが机に伏せっている私の顔を覗きこんだ。
「楓、昨日、春岡くんのとこ行ってから様子が変だよ?」
「そうかな……?」
変にもなるよね。
私も戸惑っているんだから。
「大丈夫? 何かあったの?」
いつもと様子が違う私を心配して、顔を覗き込むちな。
優しいな、ちなは。
でも……、さすがにこれはちなにも言いにくい。
「……ううん、大丈夫。何でもないから」
「ならいいけど……」
本当はいろいろ聞きたそうな表情のちな。
でも無理に聞きだそうとはしない。
……ごめんね。ちな。
私が再び小さくため息をつくと、フッと横に人の気配がした。
顔を上げると、そこには貴島君が立っていた。
「あれ~? どうしたの? 貴島君」
私の問いかけに、貴島君は困ったように微笑んだ。
「どうしたも何も……。今日の昼休みは委員の小会議があるんだけど?」
小会議……、そんなのあったっけ?
私がポカンとしていると貴島君は苦笑した。
その笑顔に顔が赤くなる。
そうだ、思い出した。この前の会議終わりに言われていたっんだった。
すっかり忘れていた。恥ずかしい~!
私は赤い顔がばれないように急いで席を立った。
「ご、ごめんね! すぐ行くね!」
「うん」
貴島君はまだ苦笑していた。
恥ずかしい! バカな子って思われたよね!
(そりゃあ学年2位の貴島君にくらべたら私なんて大バカだけど…)
貴島君をチラリと見ると優しく微笑んで、準備する私を見ていた。
なぜだかとても照れてしまった。
急いで二人で会議室に向かい、扉をガラリと開けると既にみんな揃っていた。
一斉にみんながこちらを向いて注目される。
「おっせーぞ。1‐G」
担当の先生に注意され、私達はペコペコ謝りながら席に着いた。
顔を上げると、こちらをジッと見ていた龍輝君と目が合ってしまった。
「っ……」
昨日のこともあり、私の心臓はドキンと跳ね上がった。
龍輝君は机に肘を立てていて、口元に手を当てている。
私をジッと見た後、小さく笑ったようだった。
「バーカ」
口パクでそう言われたのがわかった。
私は恥ずかしさから顔が赤くなるのを感じて、俯いて龍輝君の視線から目を反らした。
「怒られちゃったね」
下を向いていると、隣に座る貴島君が小さい声で私に囁いた。
顔をあげると、ちょっと悪戯っ子のように笑っている。
「あ……。そうだね」
その笑顔にホッとして、私も釣られてクスリと笑った。
会議は小とつくぐらいだから、15分程度で終わった。
昼休みが終わるまでまだ10分以上ある。
「早く終わって良かった」
「そうだね。まだゆっくり出来るね」
私は貴島君にそう言いながら席を立とうとするとフワッと机に影が下りた。
顔を上げると、そこには……。
「龍輝……君」
優しく微笑む龍輝君がいた。
「ちょっといいかな」
「あ……、うん……」
「貴島。ちょっと楓ちゃんと話したいんだ」
龍輝君は優しく微笑んだまま貴島君を振り返る。
貴島君は驚いたような顔をしていたが、私達を見比べた後、小さく「わかった」と頷いた。
「俺、先に教室に戻っているね」
「うん」
貴島君はチラリと龍輝君を見てから会議室を出て行った。
「ねぇ、今、春岡君って松永さんに話かけてたよね?」
「うん。じゃぁ、やっぱりあの噂って本当だったんだ!?」
「アレでしょう~? 昼休みに訪ねてきた松永さんを春岡君が連れ出して、何処かにいっちゃったってやつ」
「そう! 付き合ってるのかなぁ~。あ~、ショック~」
そう噂をしながら教室に戻る女子たちを貴島は見つめ、私を振り返るとニコッと微笑んで会議室を出ていった。
あぁ、貴島君が行ってしまった……。
そして、誰もいなくなってしまった……。
龍輝君と二人で残された、集会室で私の目線は虚しく空をさ迷う。
どうしよう……。
ゆっくりと龍輝君を見上げる。
「……」
「……」
別に優しい笑顔を期待していたわけではないけど……。
そんなに急に無表情にならなくても良くない?
さっきまでの愛想良い笑顔はすでになかった。
こっちが素なのかもしれないけど、その変貌ぶりにまだ慣れてない。
龍輝君はポケットに手を入れたまま、私を見つめて首を傾げる。
どこかのモデルのようなその姿に、不覚にもドキッとしてしまった。
赤い顔がばれないように顔を背ける。
「な、何? 話って!?」
「……とりあえず、あっちに行かねぇ?」
龍輝君が顎でクイッと指した所は昨日の資料室。
スタスタと行ってしまう彼を慌てて追いかけた。
資料室は日差しが差し込み明るかった。
良く見ると、段ボールが整理されており、日差しがよく入るようになっていた。
5、6畳くらいの広さになって、広々としてスッキリしていた。
「あ、鍵。閉めて」
「え?……えぇっ!?」
う、内側からしか掛けられない不思議な鍵を掛けろと!?
そんなことしたら、完全に二人きりだよ!
「誰か来たらどうすんだよ、面倒だろ。掛けろ」
「はい……」
面倒臭さそうに私を見る龍輝君。
そんな顔しなくても……。
私は素直に鍵を掛けた。
振り返ると目の前の影が大きくゆれた。
「えっ……えぇっ!? ちょっと……!?」
「眠い……」
そういって龍輝君は私にもたれかかるように抱き着いた。
背の高い龍輝君がくっつくと、まるで抱き締められているかのような感覚になる。
「ちょっと! た、龍輝君!」
「うるせぇ。いいから、寝かして」
慌てる私にお構い無しだ。
龍輝君の低い声が耳元でして、一瞬ゾクリとしてしまった。
体が熱くなるのを感じる。
「重いし、無理だよっ」
私は無理矢理、龍輝君の肩を押して身体を離した。
龍輝君は機嫌悪そうに私を見下ろす。
な、何なの!?
話があるんじゃなかったの!?
ふぁ~と大きく欠伸をすると、龍輝君は床を指差した。
「座って」
「え……?」
「座れって」
“いいから早く”といった感じで言うもんだから私は渋々と床にペタンと座る。
座れって……、なんなんだ?
チラリと龍輝君を見上げる。
満足そうに頷いて……。
「な、何して……」
その光景に私は驚き、身動きが出来なかった。
だって……。
だってね?
「……っ……ちょっと龍輝君!」
「うるさい。寝れないだろ」
「だっ、だからって! なんで膝枕!?」
龍輝君は床に座った私の膝にゴロンと頭を乗せていたのだ。
動けないし、近い!
っというか、かなり恥ずかしい!
自分でも顔が真っ赤になるのがわかる。
心臓がありえないくらいにドキドキ鳴ってうるさい。
「ふふ、顔真っ赤」
「っ!」
膝の上からこちらを見上げ、ニヤニヤしながら龍輝君はそう言った。
誰のせいだと……!
しかも、下から顔を見上げないで!
「降りてよっ!」
「あぁ?」
“何言ってんだ?”って顔しているけど!
正当な訴えでしょう!?
「降りて!」
「ふぅん……。誰に言ってんの?」
目をスッと細め、意地悪くニヤッと笑う。
その妖しい笑い方に、また私の胸はドキッとする。
何なの、もういちいち!
この心臓、おかしいよ!
ドキドキし過ぎて、泣きたくなってきた。
膝の上に頭を乗せたまま龍輝君がジッと見つめてくる。
そして、手を伸ばして私の頬に振れた。
「俺に、そういうこと言うわけ?」
「っ、だって!」
「だって? 何?」
…っ。
“俺の言うこと聞けよ”
そうだけど……でも……。
凄く恥ずかしいんだもん……。
「……少しだけだからねっ!」
口を尖らせて言う私に、龍輝君はフッと笑う。
「じゃぁ、次の時間はサボりっつーことで」
「へ?…ああぁっー! もう授業始まってるじゃん!」
腕時計は授業開始からすでに10分以上たっていた。
そんな!
ガックリとうなだれる。
お母さん、ごめんなさい。
楓は初めて授業をサボります。
自然とため息が出た。
見ると、いつの間にか龍輝君は私の膝の上で気持ち良さそうに眠っていた。
スカートの上から感じる彼の体温と重み。
膝にかかるサラサラな髪が少しくすぐったい。
まつ毛長いなぁ……、羨ましい。
鼻筋もスッと通っている。
目を閉じていても綺麗な顔をしているなとつくずく感じた。
この人があのたっくんだなんて……。
記憶の中の龍輝君は優しい無邪気な笑顔だった。
口調だって穏やかで、こんな俺様みたいな言い方はしない。
顔は……はっきり覚えてないけどさ。
あの子と同一人物なんだよなぁ……。
あの事故はショックだったけど、でも“たっくん”は生きていた。
良かった。
本当に良かったと思う。
「生きてて……良かった」
私は小さく呟いた。
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