第7話 記憶~3~

朝、学校に着くと中庭の一部に人だかりが出来ていた。

学校の中庭にはベンチやバスケットゴールがあり、昼休みになるとお弁当を食べたりバスケをして遊ぶ人等で賑わっている。

それが、朝の時間帯に人だかりができているのはどういうわけか。

すると人だかりから「キャー!!」と黄色い歓声があがった。

女の子たちがキャッキャキャッキャとははしゃいで喜んでいる。


朝っぱらからなんだなんだ~?


眠気眼をこすりながら、引き寄せられるように人だかりの方へ寄っていく。

みんなが見つめるその先には、数人でバスケットボールをする男子の姿だった。

そして、その中にある人物を見つけた。


あっ…………。


あの春岡龍輝の姿もあったのだ。

なるほど、この人だかりも黄色い声援も彼が集めているのかと納得がいく。

パシュッ。

心地よささえ感じるくらいに、綺麗なシュートが入った。

龍輝君が決めるたびに女の子達の大歓声が上がっている。

凄いなぁ。龍輝君って本当に大人気なんだね。

感心して見ていると、楽しそうに友達とハイタッチをしている龍輝君がこっちを振り返った。

そして、見ていた私とバッチリ目が合う。


わっ! 目が合っちゃった。


龍輝君は“あっ”という表情をした後、フッと柔らかい笑顔を見せた。

ドキッと心臓が高鳴る。

瞬間、“キャァァー”と女の子達が大喜びをしてハッと我に返った。


「こっち見たー!」

「あの笑顔ヤバイ!」

「カッコイイー!」


などなどの声が上がる。

わかる……。ちょっとわかるよ。

笑っただけなのに、私もドキンとしてしまった。

なにあのキラキラした笑顔。同い年には見えない色気が出ているんですけど!?

学年問わず黄色い声援浴びているのに動じないし。

思わず恥ずかしくなって挙動不審になりそうだった。

赤くなった私は人だかりから一歩下がった。

声援に圧倒されたというのもあるけれど、ドキドキしたこの気持ちをどうしていいかわからなかったのだ。


ってか、何赤くなってんの!

ミーハーみたいで恥ずかしいっ。


そう、ぺしぺしと頬を軽くたたいた。

だいたい目が合ったのも気のせいだ。

ちょっと知り合ったからってあんな所から私に気がつくはずない。

たまたまこちらの方を見て笑っただけだ。

それなのに目が合ったとか、自意識過剰にもほどがある。

あれだな。アイドルのコンサートに行って、目があったとか私を見てくれたとかいうのと同じだ。

実際は私を見たのではなく、私の場所の方角を見たにすぎない。でも目が合ったように感じるだけ。

そうだそうだ。

よし、そうとわかったらさっさと教室行こうっと。

ひとり納得してクルリと踵を返すと、目の前に立っていた人とぶつかってしまった。


「わわっ!」

「おっと! ごめんっ。大丈夫!?」


よろけると、相手が倒れないように腕をつかんで支えてくれた。


「ごめん……。あ、松永さん?」

「あたた……。あれ、貴島君だ」


目の前には驚く貴島君がいた。

ぶつかったのは貴島君だったのか。


「大丈夫? 痛かったでしょう?」


心配顔で私を覗き込む。

わわっ! こっちもイケメンだった!

なぜか慌てて一歩離れる。

だめだ。朝の半眠状態ではイケメンのキラキラには耐性が付かない。

動揺しまくりだ。


「いやっ、私こそごめん! よそ見してたから」


私も貴島君に謝った。

大丈夫か!? 自分。龍輝君の笑顔を見てから変に動揺してるかも。


「松永さん……」

「えっ!?」


呼ばれてハッと顔を上げる。

見上げた貴島君の視線は人だかりを見ていた。


「……春岡、見てたの?」

「えぇっ!?」


戸惑うと、貴島君は視線を私に戻した。その眼が真剣で少し驚く。


「見てたの?」

「いや、あの、見てたっていうか、ただ人だかりがあったから見に行ったというか……」


しどろもどろで答える。

というか、なんで言い訳みたくなってるの!?

そしてなんでいまだに動揺してるの!?

自分でも訳が分からず、頭をかく。

貴島君は“そう…”と呟きニッコリ笑いかけた。つられて私も笑い返す。


「松永さん、一緒に教室行こうか」


話が変わり、ホッとした。時計を見ると、確かにもうすぐ始業時間だった。

そろそろ教室に行かなければならないだろう。

周りの人たちもパラパラと教室に戻り始めていた。


「あ、うん。そうだね。もうすぐ始まる時間だもんね」

「ね。戻ろう」


そう貴島君に促される。

そして私はそっと肩を押され、貴島君に押されるように歩きだした。

早く教室へ行こう、という気持ちばかりで、私は気が付いていなかった。

後ろでそんな私達をじっと龍輝君が見ていただなんてーーー………………



――――――――…………


懐かしい声がする。


『かえでちゃん! 待ってよ、かえでちゃん!』


大好きなあのこの声がする。


『かえでちゃん!』

『かえでちゃん!』


一際大きな声がして振り返る。


そしてーー………………


「ハッ…!」


身体がビクンとして目が覚めた。額にはしっとりと汗をかいていた。

部屋の中は薄暗い。しかし、カーテンの隙間から薄ら光が漏れていた。

周りを見渡して、そこが自分の部屋だと確認し、安堵のため息がもれた。

ベッドから半身を起こす。

まだ心臓がどきどきと激しく脈を打っていた。


夢……みてた?

……一体なんの?


どうやら目が覚めたら忘れてしまったようで、内容を思い出せない。

でも、その夢が決していい夢ではなかったことだけはよくわかる。

思わず自分で身体をさすってしまった。

ベッドサイドにある時計で時間を確認する。

時計はam6:00。

朝か……。

怖い夢でも見てたのだろうか。

まだ心臓がバクバクしており、落ち着かない。

でもなんだろう。

この感じ。

大切な夢だったような気がしてならなかったーー……


学校に着いて、早々に自然と大きな欠伸がでる。

ふぁぁ~。

私は大きく伸びをした。


「眠い~……」


机の上におでこをつけて呟く。

変な夢のせいでなんだか眠気が残っている。

あれから寝れなかったし。

結局、今日は早起きしちゃったよ。もったいないと思うが仕方ない。


「1時間目から寝てたくせにまぁだ眠いわけ?」


机につぶれる私にちなが呆れた声をだす。

だって~。

膨れるとちなが教科書を手渡した。


「ほら次、移動教室だよ? 行こう」

「うん」


寝ぼけ眼のまま、ちなに腕を引かれて廊下に出る。

すると廊下にいた貴島君と目が合った。


「松永さん、眠そうだね。寝不足?」

「貴島君。うん、まぁそんなとこ」


恥ずかしいところを見られ、へへと笑いながら恥ずかしくなる。

貴島君にも見られてたか。

これはいかん。シャッキリしなきゃな。

少し目が覚めると、隣のちなが呆れた声で言った。


「貴島からも言ってやってよ。楓ったら男のことばかり考えてんだから」

「ち、ちな!? 何を突然!?」

「あら? 寝不足なのってそーゆーことじゃぁなかったの~?」

「違う! 変な夢見たせいだって! 変なこといわないでよ~!」


慌てて否定する。

バカバカちな!

貴島君が怪訝な顔してるじゃん!

本当、Sな性格なんだからっ。


「……男のことって? 誰のこと?」


と、貴島君が静かに聞き返した。


「それはね~……んぐ」


話したがりのちなの口をとっさに塞ぐ。

これ以上変なことを言われたらたまったものではない。


「何でもない! 忘れて? ほら、教室行かないと授業始まるよ?」


そう言って貴島君を残し、無理矢理ちなを引っ張っていった。


「ちな!」

「ごめん、つい」


私が頬を膨らましてちなをみると両手を合わせ素直に謝る。


「ごめんね。だって楓から男子の話聞くのってめったにないじゃん? 寝不足なのもそれが関係しているのかなって思ったらなんかちょっと嬉しくなって」

「ちな……」


ちなに電話して、龍輝君に言われたことを話していた。

そもそも、ちなは私が恋愛とかをうっとおしいと思っているのを知ってる。

中学に入ったころからの親友だけに、私が一度も恋愛をしていないことを知っていた。

だからこそ、龍輝君の話題を私からしたから嬉しくなっただろう。

話好きだけど、友達想い。だから憎めないのだ。


「ありがとう、ちな」


私がそういうと、ちなは照れたように笑った。



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