第6話 記憶~2~

あれから、龍輝君の言葉が頭から離れない。


『なぁ、お前本当に覚えてないの?』


その声は低く、苦笑気味だったけど、でもちょっと不機嫌そうで……。

私が覚えていないということに不満そうではあった。

変に胸がざわついた。

あれはどういうことだろう。

気になったので、家に帰って、部屋に保管してあった小学校の卒業アルバムを開く。

もしかしたら小学校や保育園時代の友達だったりしないかな?

ペラペラと丁寧にめくって名前や写真を確認するが、しかし、そこにもちろん春岡龍輝という名前などない。

やっぱりいないよね~。

最近引っ越ししてきたばかりっていうからもちろん同じ中学ではないから、中学のアルバムは見る必要はない。

そもそもどこで会っていた?

習い事で出会った? 塾? ピアノ? 習字?

習っていた習い事を思い出してみるが……。

う~ん、どこにも記憶にないんだよね……。

もしかしたら接点があったのかもしれないけど、あったとしたらあんなイケメンそうそう忘れたりしないだろうし……。

わっかんないなぁー。

私は部屋の中で頭を抱えた。

龍輝君は何が言いたかったんだろう。

何を覚えていないのかっていうの?

アルバムを確認しながら思い出そうとしていると、部屋の扉をコンコンとノックされた。


「楓ー?開けるわよ」

「んー」


部屋の外から声がかかり、返事をするとお母さんが入って来た。

制服のままアルバムを開いて床に寝そべる私に顔をしかめる。


「やぁねぇ。制服シワになるから! あのね、お母さんこれからお父さんのとこ行ってくるから。夕飯よろしくね」

「今から!?」


驚いてガバッと起き上がる。


「そう。お父さん、風邪引いちゃったんだって。心配だからさ」

「あぁ、そっか。じゃぁ、気をつけてね。お大事に~って言っておいて」

「うん。お兄ちゃんはもうすぐ帰ってくるから。戸締まりはしっかりね。何かあったら電話してね」

「はぁい」


そう返事をして、玄関まで降りて夕日に照らされながら駅に向かう母を見送る。

私のお父さんは現在単身赴任中で、定期的にお母さんがお世話をしに行っていた。

場所は電車で二時間ほどだから行きやすいようで、会いに行くと数日は家を空けることが多い。

その間、私は大学生の兄とふたりとなるが、それは今に始まったことではないのでもう慣れっこだ。

それにお母さんもお父さんが心配だからといいつつ、ただ会いたいだけなんだと思う。

いまだに両親仲いいからな。

子どもとしては喜ばしいことだし、私も小さい子供ではないから留守番くらいはできる。

制服を着替え、お母さんが用意してくれた夕飯を食べようとしていると、玄関がガチャリと開いてお兄ちゃんが帰ってきた。


「ただいま、楓」

「お帰り~、夕飯すぐに食べる? 用意するよ」


そういうと、お兄ちゃんは鞄を下ろしてキッチンに来た。


「サンキュー。あ、カレーじゃん。うまそう。母さん、親父のとこだって? メールきたよ」

「うん。お父さん、風邪だって」

「じゃぁ、しばらくは帰ってこねーかもな」


お兄ちゃんも、またかと頷き手を洗いに洗面所へ向かった。

お互いに慣れているため、そんな両親に特に不満はなく、私もお兄ちゃんの夕飯を準備する。

並べていると、戻ってきたお兄ちゃんも手伝ってくれる。


「いただきます」

「いただきまーす」


声をそろえて挨拶をしてから、夕飯を食べ始まる。

そしてふと疑問に思ったことをお兄ちゃんに聞いてみた。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「例えばなんだけど、自分は覚えてないけど相手は自分を知っていて、覚えてるってことある?」

「? 何だそれ」


サラダに手を伸ばしながら不思議そうに聞いてくる。

意味が分からないという様子だ。

当たり前か。話している私もわかっていないのだから。

うーん、説明が難しいな。


「ん~、いや、ちょっと聞いただけ」

「よくわかんねぇけど、知らないうちに接点持ってたとか、そんなん?」

「ん~、かなぁ」


だよねぇ。

やっぱり、いつの間にかどこかで知り合ってたのかもなぁ。

首をかしげながら、あとでちなに電話して話聞いてもらおうかなと考える。

お兄ちゃんは「覚えてないならたいした知り合いじゃないな」とドライだ。


「なんでそんなこと聞いて来るんだよ。楓と知り合いだって言ってくるやつでもいたのか?」


食べる手を休め、じっと私を探るように見てきた。

その視線にギクッとする。


「え? あ、ううん。別に? ただ聞いてみただけ」

「ふぅ~ん」


苦し紛れの言い訳に、疑うような目つきで見てきた。

その視線から逃れるようにご飯を口に運ぶ。

あまり勘ぐられないようにしないと……。

お兄ちゃんに本当のこと言ったって、食いついてくるのは話の内容じゃないもんなぁ。

相手が誰かってことだもん。


「付きまとってくる“男”がいたらお兄ちゃんに言えよ?」

「う、うん」


ほらでた。シスコンめ!

お兄ちゃんは今、大学4年生で実は超シスコン。

年が離れているっていうのもあるけど、何より、昔からお父さんが出張や単身赴任が多かったから、妹は俺が守るって感じで育ってきている。

だから感覚としては兄と言うより、父に近い保護者なのだ。

そんなお兄ちゃんだからこそ、お母さんは家を空けても安心なんだろうけど……。

私もお兄ちゃんのそんな感じに慣れてしまっているため、またかくらいで特に気に留めない。


「学校はどうだ?」

「楽しいよ。クラスの仲も良いし。良い子ばかり。あ、でも学級委員になっちゃった」

「学級委員!? お前に出来んのか?」


ストレートな失礼発言に思わずムッと膨れる。

でも大きな声で自信もって出来ますとは言えない……。


「…たぶん」

「まぁ、頑張れ」


そう言って意地悪くニコッと笑う。私のこれからの苦労を見透かしているようでなんだか気分が悪い。

コホンとひとつ咳払いをして話題を変えるために、お兄ちゃんの話に変えた。


「お兄ちゃんは、勉強どう?」

「まぁまぁだな」


お兄ちゃんは近くの医大に通っている。

医大生も大変だよね。

でもお兄ちゃんは医大をストレートで合格したほどの頭の良さなのに、なぜ私の成績はてんで駄目なのか。

同じ親から産まれたはずなのになぁ……。一生の疑問だわ。

思わずため息がもれた。




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