第5話 記憶~1~
「1-B。春岡 龍輝。学年トップでスポーツ好き。入学後すぐにそのルックスで注目が集まる。人当たりが良く、男女共に人気があるみたい。あ、高校に入学と同時にこの町に引っ越ししてきたみたいね。家族は母親と二人。でも母親は忙しくて、あまり家にはいないようだけどね」
「く、詳しいね……。ちな」
私が驚いてそう呟くと、ちなはフフンと満足そうにメモをしまった。
「将来の夢は記者だから」
「素晴らしい」
私はパチパチと手を叩く。
昨日の春岡君の様子が気になって、家に帰ってからちなに連絡をした。
メールで委員会での春岡龍輝の様子を話したら、次の日にはこの情報だ。
この短時間で、どっから仕入れてくるんだろうと感心してしまう。
私の方はというと、もしかしたら春岡君と知り合いだったかなと思ったけれど、最近引っ越してきたばかりだということは中学は別だったはず。
それなら接点はないはずなんだけど……。
どこかで会っていた……?
そう思ったけど、やはり、私の気のせいだったのだろう。
「やっぱり知り合いじゃぁなかったね」
「たぶん……中学も別だったでしょう? 他に記憶をたどっても、春岡君の記憶がないんだよね」
やっぱり覚えてない。
だから、気のせいと言うことにしよう。
すると、ちなはふぅ~んと呟き、ニッと笑った。
「さては春岡君、楓に惚れたかな」
「はぁ!? それはないでしょう~」
ちなの言葉に目を丸くし、思わず声が大きくなる。
何言ってるのっ!
それだけはない!
あんなイケメンが私に惚れるなんてありえない。
私は慌てて手を振って否定した。
ちなは「えーっ」とニヤニヤする。
「だって他に考えらんないよ?」
「あるよ! 例えば何か顔に付いてたとかさぁ」
いろいろ考えることは出来る。
ちなが思うようなことはない。
「え~、つまんなぁい。だってさぁ……」
「あっ! 飲み物! 私、喉渇いたからジュースでも買ってくるねっ」
つまらなそうにしながらも、あれこれ考えようとするちなの言葉を切った。
これ以上ネタにされないよう、私は急いでお財布を掴んで教室を出る。
廊下に出て、ホッと息をついた。
もう。ちなったら私が男子の話をするのが珍しいからって、人で遊んだりするんだもん。
ちなが考えるようなことではないんだから。
ちょっとふて腐れ気味になりながら、自販機の前でジュースを選ぶ。
さて、何を飲もうかなぁ。
お昼ご飯食べた後だし、甘いのにしようかな。
大好きないちごミルクにしようとお財布を開けた。
しかし。
「ありゃ。百円がない」
小銭がちょうどなく、お札を崩さなければならないようだった。
仕方なくお札を入れようとするが、投入口は故障中の張り紙が貼ってある。
「えぇ~……、嘘でしょう……」
そんなぁ~、ついてない。
いちごミルク、飲みたかったのになぁ……。
ガックリ肩を落としていると、後ろから声をかけられた。
「どうしたの?」
「え?」
すぐ後ろで声をかけられ、驚いて振り返るとそこにはまさかの人物が立っていた。
「は、春岡君っ」
さっきまで話題に出ていた春岡龍輝が立っていたのだ。
うわ、と焦る。
なんか、タイムリー過ぎて気まずく感じたのだ。
しかし春岡君はそんなの知るはずもなく、私の隣に立って自販機を見つめた。
「何が飲みたいの?」
「えっ、あ~。いえ、もういいんです」
「いいから。何飲もうとしたの?」
「えっと……いちごミルクを……」
ボソッと呟くと、春岡君は「ふぅ~ん」と言いながら500円を入れ、いちごミルクをピッと押した。
そしてそれを拾い上げ、私の目の前にかざした。
「ハイ」
片手で私に渡しながら、もう片手で器用に自分用のコーヒーをピッと押す。
ってことは、これって……。
「あれ? いちごミルクでいいんだよね?」
「あの?」
戸惑っていると、春岡君は「あげる」と私の手にポンといちごミルクを乗せた。
「あ、ありがとう! ごめんなさい、小銭がないからまた今度返すね」
そう慌てると、春岡君はニッコリ微笑んだ。
「いいよ、別にこれくらい」
「でも………」
いくらジュースとはいえ、親友のちなに奢ってもらうのとは訳が違う。
知り合ったのだって昨日が初めてなのに、そんな急に奢ってもらうのはなんだか悪い。
素直に受け取れないで困っていると、春岡君がう~ん、と唸った。
「じゃぁさ。これ奢る代わりに、松永さんのこと名前で呼んでもいいかな?」
「え?」
突然の提案に、拍子抜けした声が出る。
な、名前で!?
名前で呼ぶって言った? 今?
どうして急にそんな話になるの!?
ポカンとしていると、春岡君は極上の笑顔を見せて「あとさ……」と言葉をつづける。
「俺のことも名前で呼んで?」
えぇっっ!!
名前で呼ぶ!?
なんかハードル高くないっすか!?
戸惑っていると、春岡君は困ったような表情で「ダメかな?」と聞いてきた。
そんな顔されると嫌とは言いにくい……。
まぁ、名前で呼ぶくらいならそこまで気にしないからいいけど……。
でも急な提案だし、知り合ったばかりだから少し驚いてしまった。
「ね、いいでしょ?」
「う、うん。わかった」
半分は押し切られるような形にはなったが、頷くと春岡君は嬉しそうに笑った。
キラキラの笑顔は、まぶしいくらい。
しかも、名前で呼び合うなんて急に距離が縮まったように感じる。
なんだか、昨日今日で展開についていけないが、新学期だしこういうこともあるだろうと納得することにした。
きっと、名前で呼び合うことで友達を増やしたかったのかな。
それにしても……。イケメンと友達になってしまった。
私がちょっと照れていると、春岡君もとい、龍輝君がクスッと笑った。
「楓ちゃん」
龍輝君は一本近づき、私の背に合わせるようにちょっと屈んだ。
その整った顔が私の目の前に来てドキンとする。
えっ! な、何!? 近い!
イケメンに耐性のない私はそれだけでパニックだになり、思わず一歩後ずさる。
すると、龍輝君はとても小さな低い声でこう囁いたのだ。
「なぁ、お前本当に覚えてないの?」
…………は?
その声は今までの優しい穏やかな声ではなく、低く、でもどこか面白がるような声だったので思わず耳を疑った。
お前って言われた? あれ、名前で呼ぶって……? そもそも、今の声はダレデスカ?
どういうことかと顔を上げると、目の前にいた龍輝君はすでにもう遥か遠くを歩いていた。
その背中は昨日見た背中と変わりない。
何?
今の、どういう意味?
覚えてないのかって、何を?
龍輝君のこと?
えっ? 私たち、知り合いだった……?
頭の中には疑問符が飛び交っている。訳が分からず立ち尽くしてしまった。
龍輝君と私、どこかで会っている……?
私はしばらく呆然とその場に立っていたーー……
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