第6話

B SIDE


 次の日、朝イチのスタジオ予約の際に、昨日洋ちゃんから預かった校内ライブの申込み書を機管室に持っていった。

「おはよ~さん。お、やっと持ってきたかぁ。今回は出えへんのかって思ってたぞ。」

「おはようございます、百瀬さん。遅くなりました。バンド名決めるのに時間がかかっちゃいまして。」

「で、ひみつのおと?なんやこれ。」

「これで良いんです。他は大丈夫ですか?」

「音源はこないだ貰ったし、んーと。おお、セット図もちゃんと書いてるしモニターまで完璧やん。古賀ちゃんが書いたん?」

「ベースの川北くんに書いてもらいました。」

「ドラムこんなセットで叩いてるんか?」

「芝井戸先生がこうした方が良いんじゃないかってカウンセリングの時に教えてくれて。それでドラムの芽以ちゃんもこれで良いって。」

「へえ、おもろいやん。ライブ見るの楽しみやな。今回は俺も見に行くで。」

「ありがとうございます。」

 勿論次の日のスタジオの予約も一緒に行った。スタジオ予約の為に朝イチに機管室に寄るのは日課になっているのだ。


 昼休憩に芽以ちゃんと待ち合わせて、芝井戸先生に相談するために職員室に向かった。

「もうお昼は食べましたか?」

「はい。」

「そや先生、バンド名決まったよ。全部ひらがなで『ひみつのおと』にしたけん。秘密ノートと内緒の音楽みたいな両方ん意味があるん。」

「そうですか。決まって良かったですね。」

「はい!」

「それで、今日はどうかしましたか?」

「芽以ちゃんからでいいよ。どうぞ。」

「あーじゃあ。先生、ドラムのね、相談に乗って欲しいんですけど。ドラム、なんか買おうと思ってるんですけど、やっぱりまずはスネアが良いですか?」

「何かというのは、ドラムのスネアとかのことですか?」

「はい。キックペダルは持ってます。それで次、スネアか何か買おうかなって。」

「ドラムの先生には相談しましたか?」

「とりあえず、芝井戸先生に聞いてみよってことになって。」

「そうですか。うーん…私ならスネアよりも先にハットかライドですかね?」

「なんでですか?」

「スネアでも良いんですが…スタジオやライブハウスの備え付けのシンバルは、壊れにくいという理由で厚みがあるのを選んでいます。その上、汚れで鳴らなくなっているのが多いんです。スネアはチューニングが効きますが、鳴らないシンバルっていうのは更に鳴らないようにミュートするくらいしか方法がないので。どちらかって選択でしたら私ならシンバル類ですかね?」

「確かにそう言われたら、高校の時に入ったスタジオのシンバルって鳴らないってイメージでした。」

「ただ、シンバルでも何を買うかっていうのが大事で。まずはハット上下かライドなのですがそれにも種類があるので。」

「誰かに付いて行ってもらった方が良いってことですか?」

「そうですね。店員さんに相談でも良いのですが、杜谷さんの欲しい音を分かっているドラマーに一緒に着いてきてもらう方が良いのかなとは思います。」

「ドラマーさん…頑張って探してみます。」

「何を買うにしても高い買い物です。すぐに欲しいという気持ちは分かりますが、本当に欲しい音はなんなのかをじっくりと考えてから買われるほうが良いと思います。ライブをやりだしてからでも十分だと思いますよ。」

「分かりました。」

「こんな感じでしか答えられなくてすみません。あとやはりドラムの先生にも相談してみるのも私は良いと思いますよ。」

「はい。ありがとうございました!」


「じゃあ私の番!先生ソロライブせえっち言うてくれたけんど、どこですれば良いですか?おっきいところよりちっちゃい会場のほうが良いかなっち思うんですけど。」

「そうですね。客席と近い小さい会場のほうが良いでしょうね。しかし場所は私では分かりかねますので、百瀬くんに相談してみてはどうでしょうか?」

「百瀬さん?」

「はい、彼は後輩の面倒見が良いですし、機材管理室ならそういう情報にも詳しいかもしれません。それに彼自身が分からなくても、誰か別の人を紹介してくれるかもしれませんよ。」

「なるほど分かったです!ありがとうございました!」

「ありがとうございました。失礼します。」

 お礼を言い、先生と別れた。

「ねね、華ちゃん。次ボリュームペダル?買いに行くとき教えて。私も楽器屋さん行きたい。まだ買わへんけどシンバルとかどんなん売ってんのか見たいんよ。」

「良いよ。一緒に行こ!」


 再び百瀬さんところに来た。

「なんや、また来たんか。予約の変更か?」

「あの、百瀬さんに相談があってきました。」

「なに相談て。嫌な予感がするなぁ。」

「変なこと違いますよ。あの、うち、ライブしたいんですけど、会場とか分かんなくて。芝井戸先生に聞いたら、百瀬さんに聞いたら教えてくれるって。小さい場所がいいんですけど。」

「芝井戸さんはもうなぁ。…って、小さい会場ってバンドでか?」

「うちだけです。ソロ。アコギ弾き語りです。」

「その横の子とバンド組んだんちゃうん?やのにソロライブするんか?」

「華ちゃんソロで経験値稼ぎしてこいって。」

「そうか、なるほどなぁ。…ってもなぁ、俺ソロライブとかせーへんからなぁ。」

「誰か紹介してもらえんですか?」

「あっそういうことか。うーん…ええよ、心当たりはある。学校の2年生でもええんやろ?2年でソロライブやってるやつなら心当たりおるわ。」

「お願いします。」

「でもそいつ、ソロやからスタジオの予約しにここへ来ることそう無いし、すぐ捕まるか分からんから数日掛かるかもやけど、それでもええか?」

「はい。お願いします。」


 その日の放課後、バンド練のために機管室に行くと百瀬さんに呼び止められた。

「明日の昼イチでここへ来い。昼間のライブの会場の話、ひとり声掛けといたから。明日の昼休憩始まってすぐにここに来てくれるって。ええな、忘れんなよ。昼休憩すぐやぞ。昼飯食ってて待たせんなよ。」

 百瀬さんはやっぱり後輩の面倒見の良い人だ。


 次の日、言われたとおり昼休憩が始まってすぐに機管室に行った。

「お、ちゃんと来たな。」

「間に合いましたか?」

「大丈夫。で、こちら2年のボーカル科の上林さん。」

「おはようございます。上林です。古賀さんですね。よろしく。」

「おはようございます。古賀華乃です。よろしくお願いします。」

 清楚な雰囲気の美人さんだ。

「話は一応通してある。あとは自分らでやってな。」

「百瀬さんありがとうございました。」

「古賀さんお昼まだでしょ?良かったら一緒に食べに行きませんか?」

「はい!」


 おばちゃんが作ってくれたお弁当があるけれどとてもそんなこと言えない私は、黙って上林先輩に着いていくことにした。今まで学校と駅の往復か芽以ちゃんの家しか行ったことが無かったので、学校から駅方面へと向かわず反対方向へ歩いていくのはとても新鮮である。

 折りたたみ傘を差し、上林先輩と学校生活や授業の話などをしながら歩いて行くと、感じの良さそうなお洒落なカフェに着いた。

「ここ一回来てみたかったのよね。」

 上林先輩も初めてなのか。

 メニューはイタリアンだった。値段の心配をしたけれど、ランチメニューならなんとかなる値段だ。

「古賀さん、弾き語りで出るの?百瀬さんからはバンド組んだって聞いたけど。」

「はい。私ライブの経験がまだこの間の校内ライブしかなくて、もっと一人で経験積みたいって思って。」

「そうなの?私この間の前の校内イベントのライブ見たよ。いいライブだったね。私のも見てくれた?」

「え。あ、…ごめんなさい。見てないです。あの日いっぱいいっぱいで、色んな事が一気に起きちゃって。…ごめんなさい。」

 多分、私が外で話をしてた時に上林先輩はライブをしてたんだ。弾き語りの人が出てたことすら知らなかった。ちゃんと見とけばよかった。

「そう、残念。でもごまかさずちゃんと言ってくれてありがとうね。」

「本当にごめんなさい。上林先輩は弾き語りで出られてたんですか?」

「あの日弾き語りは、古賀さんと私だけ。私はピアノだけどね。」

「見とけばよかったです。先生にも怒られました。ちゃんと中で見とけって。見とけばよかった…すみません。」

「はい!もう終わったことだし、謝るのはここまでね。」

「…はい。」


「それで、弾き語りが出るのにちょうど良いライブする場所を紹介して欲しいって?」

「はい、福岡出身なので、こっちのライブハウスとかよく分からんのです。あ、向こうでもか。」

「ふふふ。…じゃあ、私がいつも出てるとこで良かったら紹介するけどどうかな?こじんまりとしたいい雰囲気のお店で、最近はそこでしかライブしてないかな。チケットノルマも軽いし。」

「チケットノルマ?」

「お店から、最低でもこの枚数のチケットは売って下さいね。って出されるノルマってこと。お店も商売だし、私たちみたいな無名の素人に最初からギャラ出せるお店なんて無いからね。それで、もしその枚数分のチケットが売れなかったら自腹なんだけど、このお店はそのノルマが少ないの。私たちみたいな弾き語りには優しいお店よね。」

「どのくらいのノルマか聞いてもいいですか?」

 生々しいお金の話を聞いた。ノルマの人数以上にたくさん呼べばその分チケット一枚につき何%の分が返ってきて、それがギャラになるらしい。

「学生はまだ楽だよ。社会人になったらライブに来てくれるような人との繋がりも減るから、もっと大変になるだろうし。」

 芝井戸先生が、実質2年がチャンスっていうようなことを言っていた意味が分かった気がした。

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

「納得できた?それじゃあ。」

 そう言うとスマホを取り出して、お店の名前と電話番号、そして最寄りの駅を教えてくれた。

「早川さんって女性のブッキングマネージャーに、ミナトの生徒で2年のピアノ弾き語りのレイさんから紹介してもらいましたって言えば伝わるはず。自分で出来る?」

 その紙に必死にメモをとる。

「えっと、早川さんに2年のピアノのレイさんですね。…はい。がんばります。それでその…直接お店に行っても良いんですか?」

「一応アポは取ったほうがいいと思うけど、電話掛けるなら2時か3時くらいの昼間ね。お昼はランチやってるし、夕方はリハで夜はライブやってて忙しいから。」

「分かりました。ありがとうございます。」

「一緒にプロフィールとデモの音源も持っていくと良いかもね。それもアポ取った時に教えてもらえると思うけど、音源はその場で聞いてくれるだろうし、早かったらその日に予定組んでくれると思うよ。」

「色々と本当にありがとうございます。」

「よし!じゃあご飯食べよっか。」

「はい!」


 その後、上林先輩と楽しくランチをした。先輩は次の校内ライブも出るらしい。今度は絶対にちゃんと見よう。そして先輩は別れ際に連絡先の交換までしてくれた。すごく良い人で大好きになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る