第4話

A SIDE


 古賀さんたちのカウンセリングではバンド名がヨーイチローズから416ズになっていた。そういうことではないのだが、いい加減叱るべきなんだろうか。

 必要な荷物を持ってスタジオに向かい、挨拶も程々にバンドのセッティングを待った。古賀さんの足元には例のプリアンプが置かれている。そして川北さんの足元にはベダルコンプが入っていた。杜谷さんのドラムセットは前に私が提案したシンプルセットのままである。花山さんはアンプ直のセミアコのギターだ。彼が使うアンプは、どこのスタジオにもある海外大手ギターメーカーの真空管チューブ式コンボアンプである。


「はい、おはようございます。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

「花山さん、ここでは初めましてですね。バンドには馴染めましたか?」

「はい、楽しく出来てます。」

「それは良かったですね。で、ですが、とりあえずバンド名なんとかしましょう。それが急務です。」

「俺もいい加減なんとかして欲しいわ。あの予約の紙、みんなに見られるんやぞ。こっちの身にもなってほしいわ。」

「せやねえ。そろそろちゃんと考えんと。校内ライブのバンド名、さすがにヨーイチローズじゃあ可愛そうやよ。」

「名前変えたっちゃろ?」

「あんなぁ。バンド名ちゃんと決まらへんから、校内ライブの申込みも出来てないんやって!」

「はいそこまで。なんにしてもそろそろちゃんと考えましょう。メンバーが一応は揃ったのですから。バンド名というのは顔です。きちんした名前をつけるなら今だと思いますよ。」

「はーい。」

 小学生か。


「では、カウンセリングを始めましょう。とりあえず曲を聞かせていただきますか。」

 そうして始まった曲は私の知らない曲だが古賀さんが作った曲だろう。メロディーがシンプルな単純に『いい曲』だ。

 ドラムはかなり良くなった。この数週間でフォーム改善を徹底的に行ったのが一見して分かる。きちんと座れているし肩もちゃんと落ちていて脱力が出来ている。演奏面ではリズムとフィルの繋ぎももう以前のようなチグハグ感は無い。しかし専門学生ドラマーとしてはようやくスタート地点といった程度である。

 ベースはシンプルに弾こうとしているが、本来は手数が多いタイプなんだろうか。厳し目に見るとぎこちなさが否めない。それがドラムが落ち着いたために際立っている。

 ボーカルに変化は感じないが、歌詞が以前に比べて随分と解りやすくなったように思う。なにか対策をしたのだろうか。一方アコースティックギターは少し上手くなった。のか?もう一本ギターが入ったので、弾く内容が少し変わったのだろうか?

 花山さんはクラシックギターを弾いていたと聞いてはいたが、きちんと勉強しているのが一聴して分かるほどに、左手のフォームとコードチェンジの正確さが素晴らしいと思った。ただ左手に比べてピッキングの右手の使い方には苦労しているみたいだ。演奏内容は無理やりエレキというかジャズに寄せようとしているのが分かる。しっくり来ていないと言うのが正確か。

 アレンジの面はメンバーが増えたばかりなのでまだ言及すべきではないだろうが至って平凡である。

「はい。すみませんが、もう一度同じ曲をお願いします。」

 テイク違いで変化があるかを確かめるために、もう一度同じ曲を演奏してもらったが特に変わりはない。

「ありがとうございました。では順に行きましょうか。」

「よろしくお願いします。」


「ではまず、杜谷さん。」

「はい。」

「随分と良くなりましたね。フォーム改善や基礎練習をしっかりされたというのが分かるくらいに上達しています。」

「先生に体の使い方を教えてもらってから、家でも毎日やってます。それにこのセットに変えてから叩いてたら、コツを掴んだというか。」

「それは良かったです。ちゃんとリラックス出来ていますし音量もかなり上がりました。それにリズムも前に比べてチグハグ感が無くなりましたね。もうドラムセット元に戻してもいいと思いますよ。」

「それなんですけど、私、バンドではこの方が良いんです。無理に色んなことしなくなったので、こっちの方が自分らしいっていうかドラムをシンプルに考えられるっていうか。」

「では、クラッシュを一枚、ハットとライドの間に入れましょう。曲が増えていけばどうしてもクラッシュでアクセント欲しい時というのが出てくるはずです。それにその位置なら左手でも叩けるはずですから。」

「分かりました。今やってみます。」

「その前に、次の宿題出しましょうか。」

「お願いします。」

 私は8ビートで、3小節リズムキープして4小節目でフィルを入れるという、簡単なリズムパターンをホワイトボードに書いた。

「クリックを鳴らしながら4小節目ごとに全て違う別のフィルを入れて下さい。慣れてきたら別のBPMで。」

「別のフィルですか。」

「前にも言いましたが、第一はフィルが浮かないようパルスは一定に。次にフィルのバリエーションを増やす。そして意識的にフィルを組み立てられるように。これは、なんとなく叩くのでは無くリアルタイムで組み立てられるようにと言う意味です。それとは逆に、ドラムの授業で習ったことをこのセットに置き換えて練習してみるのも良いですね。まぁ色々試してみて下さい。」

「はい。やってみます。」

「後はドラム科の授業を引き続きしっかりと頑張って下さい、と言うことで。」

「はい!」


「次、古賀さん。」

「はい。」

「歌はそのままボイトレを続けて下さい。ギターもアコギの選択を採っているんですよね?」

「採ってます。」

「ではそのまま授業頑張って下さい。それにプリアンプを導入されたのですね。アンプのつまみはあのままですか?」

「最初に先生がセッティングしてくれたのをノートに写してそのまんまです。」

「アンプ出しになっても、ライブではラインでPAに音が行きますので、結局はモニター代わりです。ですので、プリアンプの方で音を決めることになるのですが。」

「それは古賀さんと授業中にでも、もうちょっと詰めときます。」

 川北さんが話に加わってきた。

「分かりました。お願いします。今のままではちょっと音が細いかなぁというのが実感です。それと2重のプリアンプの場合、前段はできるだけフラットに音量だけを稼いで、音作りは後段でが基本です。大丈夫ですか?」

「はい、やっておきます。」

「ではお任せします。それで歌詞なんですが、なにか対策をしましたか?」

「先生、分かった?こないだから芽以ちゃんに見てもらいよるん。芽以ちゃん、本いっぱい読むって聞いてお願いしたんよ。」

「なるほど。随分と歌詞の内容が明確になったように思えましたので、良くなっていると思いますよ。」

「良かったぁ。」

「あと、出来ればですがハモリのコーラスが欲しいところですね。女性の声の方が合わせやすいと思うので、杜谷さんが歌えればと思いますがどうでしょうか?」

「はい、頑張ります!」

 杜谷さんがすぐに反応した。もっと嫌がられるかと思っていたのだが。


「では次に川北さん。ベースしっくり来ないですか?」

「俺、もうちょっと頑張ってみるんで少し時間を下さい。それと別に考えていることもあるので次のカウンセリングまでには結果言います。もうすぐ校内ライブもあるし、とりあえず今回の俺のカウンセリングはパスでもいいですか?」

「構いませんよ。」

「すみません。ありがとうございます。」

 少し気にはなったが自分で考えられる人間だろう。辞めると言い出す雰囲気でも無かったので彼に任せた。


「それでは花山さん。改めてよろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

「クラシックギターをしっかりやられてたようで、コードチェンジの際の左手の動き、お見事です。」

「…ありがとうございます。」

「一方で右手は苦労されてるようですね。」

「はい、エレキを弾きはじめてもうすぐ1年なんですけど、まだしっくりこないんです。安定しないって言うか、自分にはどういう弾き方がしっくりくるのかが分からないって言うか…ずっとそんな感じで今まで来てます。」

「今のままでもそういうものだと割り切ってしまえば、そんなに変じゃないと思いますよ。」

「そうなんでしょうか?」

 自分の中で満足がいってないのだろう。

「サークルピッキングは、聞いたことはありますか?」

「分からないです。」

「本来はメタルなどの速弾きタイプのギタリストに多い奏法なのですが。」

 ピックの持ち方、指の使い方を教えた。

「これなら手首を固定出来ますし、腕を振らない分クラシックギターのように指を使う感覚で弾けるかもしれません。人差し指でしっくり来なければ中指でピックを持っても構いませんし。」

 今教えたことを早速ひたすら試している。

「動画サイトなどで、弾き方や練習方法を解説しているのもあるはずです。調べてみて下さい。サークルピッキングです。試してみてしっくり来なければ辞めておけばいいだけの話ですから。」

「はい。調べてみます。」

「それと…課題は出した方が良いですか?」

「あ、はい。是非お願いします。」

「それでは…」

 私はサーフロックの曲とアーティストを伝えた。テンポの早い16弾きで、確か2分半くらいの短い曲のはずだ。

「サーフ…ですか?」

「どう言うジャンルかは分かりますか?」

「はい何となくは。テケテケってやつですよね?」

「そうですね。採譜もそんなに難しく無いですしサーフなので基本は3コードのペンタです。騙されたと思ってまずは採譜をしてみてから一曲しっかりと練習してみて下さい。まずははっきりくっきりと音を出すことだけを心がけて下さい。」

「はっきりくっきりですか?」

「はい。ニュアンスは今は気にしなくて大丈夫です。まずはスピードについていき、全ての音がしっかりと出て弾けるようになると言うことが大事だと思います。ピッキングの練習だと思って、音の粒が揃うようにだけ心がけて下さい。ただし手や腕が痛くなるならそれは間違った弾き方かもと思いますのでその辺は慎重に。必要以上に腕に負担をかけずしっかりと音を出すことを。です。」

「分かりました。」

 ノートにメモを必死で書きながら返事を返している。

「他に気になったのは、ルート音とメロディーラインは全く弾かなくても大丈夫ですよ。バンドですので他の楽器で鳴っている音は弾かなくても問題有りません。」

「あっ、なるほど。」

「それに、古賀さんがずっとアコギを弾いているので、同じようなことは思い切って弾かないっていうのも有りかもしれませんね。」

「なるほど。」

「あと気になったのは、…ギターのツマミ類の使い方ですかね。今全部フル10テンですか?」

「はい。」

「ではとりあえず、全て7か8くらいに合わせてみて下さい。」

 花山さんは素直に言われるがまま、2PUのそれぞれのボリュームとトーンのノブを回した。

「今のアンプのつまみはこれで決定ですか?」

「アンプでの音の作り方、実はよく分かってないんです。それも教えていただけますか?」

「では、私がEQを切ってもいいですか?」

「はいお願いします。」

「それでは、適当に少し弾いていて下さい。」

 花山さんの演奏を聞きながら、アンプのインプットゲインを少し上げミドルが極端に強調された音にEQを切った。

「今は音抜け重視でEQを切ってみました。どうでしょうか?」

「ありがとうございます。」

「そのまま、ボリュームを10にしてみて下さい。」

 当たり前だが、少しブーミーさが増した。

「こうして7か8くらいの位置で基本を作れば、10にすればソロの時や強調したいときにそれっぽい音になります。逆に下げればもっとクリーンでハイが出てくる音になるはずです。トーンも同じように基準に作っておけば、手元で調整できるようになります。そんなに細かく曲中に調節出来ないと言うのであればボリュームだけでも構いませんし。」

「なるほど…あの。アンプのツマミ、今メモを取ってもいいですか?」

「どうぞ。」

 ノートにメモを取っている。

「次、別な感じにアンプのEQを切ります。ギターのツマミを7あたりに戻して、また弾いていて下さい。」

 次は所謂フルアコっぽい音にEQを切った。

「こっちはもっとフラットにEQを切りました。これはこれでフルアコっぽいよく聞く音に近いと思います。」

「こっちのほうが耳馴染みがあります。」

「ギターの『良い音』というのは、基本的には完全に個人の好みです。一般的に音響的に音ノリが良いだとか、『良い音』と言われる音はあります。でもその音が他人が作ったものと100%同じと言うことはないのです。他人が弾いて良い音でも実際に同じセッティングのまま自分で弾いてみると必ずツマミを触りたくなります。そういうものなのです。」

「そうなんですね。」

「それに弾き手が同じでギターとアンプが同じでも、おいしいスポットというのは無数にあります。自分的に弾いていて気持ちの良いおいしい音、ギター毎のおいしい音というのをいくつか自分の中に持っておいて『このバンドにはどの音が合うか?』と『自分らしい音』というのを基準に選んでみて下さい。セッションギタリストになりたいのでしたら、そのプロジェクトに合わせた音作りというのも考える必要は出てくるはずですので余計にです。それとアンサンブルの中で他の楽器やうたの音域の邪魔になっていないかを考えるというのも大事ですね。」

「はい。」

「それとギターの音を作る際はスピーカーの位置に耳を合わせて音決めすること。マイクを立てるのはスピーカーのコーン部分の位置です。必ず耳の高さを合わせて音を作って下さい。それとこのタイプのアンプは傾けて置くことも出来るのでそれも選択肢に。」

 必死でノートを取っている手が止まった。

「傾ける?」

「このアンプには横に金属の細長いのが付いているでしょう。それで角度がつけることが出来るのです。」

 実際に動かしてアンプを傾けた。

「こうすることで音が斜め上に向かって出るようになるので自分の耳に届きやすくなります。また同じ効果を狙ってアンプの下に台を置いてスピーカーの位置を高くする人もいます。その分、サウンドホールの空いたギターはハウりやすくもなるので一長一短ですけれど、ハウリングも使い方次第ですのでまた色々試してみてください。」

「はい。」

「ではこんな感じで大丈夫でしょうか?」

「ありがとうございます。また分からないことがあれば相談しに行ってもいいですか?」

「構いませんが、習志野先生の方がギターは詳しいですよ。遠慮せずに尋ねてみれば喜んで教えてくれると思います。先生は上手に使うものですよ。」

「はい!ありがとうございます。」


「それと古賀さん、あとで皆さんに例のノートの話をしておいて下さい。…もう話しましたか?」

「まだです。」

「ではお願いします。」

「分かりました。」

 その後、古賀さんにはソロでもライブをするように勧めた。またバンドとしては時間の使い方について等の話をし、その他細々とした質問を受けた。

 こうしてバンドとしては2回目のカウンセリングが終わった。


 もう5月も終わる。いや、まだ5月なのか。この子達にとってはどっちなんだろう。

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