第3話

B SIDE


 機管室を出て職員室を覗いてみたが、芝井戸先生はもう帰ったみたいだった。

「花山くん、この後時間ある?もうちょっとみんなで話しせん?なんやったら飯食いに行こうや。花山くんって家遠いん?」

「うん、ファミレス行こ!バンドの話をするならあっこやわ!」

「うちに電話すれば構いませんけど、ご飯ですか?」

「駅前のファミレスなんやけど、行ったことある?」

 私と花山くんは家に連絡をし、みんなでファミレスに向かった。

「今から行くファミレス、この3人でバンド始めた時に来たんやわ。みんな腹割って自分のこと話してな。今日は花山くんも…」

「やっぱり帰ってもいいですか。」

「だめー!なぁ、ご飯食べてこ。お腹すいたわ。」

「なに食べよっかなぁ。」


 ファミレスに入り席に着いた。花山くんは洋ちゃんの隣に座った。

「とりあえずなんか頼もか。ドリンクバーは決定で、今日は俺も食べよっと。」

 みんなそれぞれ注文し、ドリンクバーを取ってきてようやく落ち着いた。

「花山くんに断られたらどうしようかと思ったわ。一緒にやってくれるって言ってくれてありがとね。」

「いえ、こちらこそ誘ってもらって。本当は嬉しかったんです。でも…」

「でも?」

「僕で良いのかなって。それで…」

「良いよ、全然良いよ。しっかし花山くんはおもろいギター弾くねえ。どこで習ったん?」

 イケメンはとても自然に花山くんの話を誘導している。流石である。

「僕、子供の頃からずっとクラシックギター習ってて、最初はギター科のある音大に行こうって思ってたんです。」

「マジで?俺クラシックギターちゃんとやってた人に会うん初めてやわ。」

「でも、コンクールに出ると分かっちゃうんです。自分の力量っていうか。子供の頃から習っていたギターの先生はこれから伸びるって言ってくれてたんですけど。」

 みんな黙って聞いている。

「それで悩んでて、でも小さい頃からずっと習ってるし今更辞めるって言うのも、ってズルズルと続けてたんですけど。それで高校の2年の時にたまたま地元のジャズフェスを見る機会があって。そこでジャズギターを弾いているおじさんを見かけて、難しそうなことを気持ちよさそうに弾いててなんか面白そうだなって興味持って。そこからネットでジャズギターを弾く人の動画見出して。それに今僕が持ってるような楽器を専門に扱う楽器屋さんが、家からそんなに遠くないところにあるっていうのも見つけて。それで親にお願いしてそのお店でとりあえずこのギターを買ってもらったんです。それで弾いてみたら面白くなっちゃって。」

「親御さんは怒らんかったん?」

「今までのギターの経験も活かせるしって説得したんですけど、僕がやりたいならそれで良いって。クラシックギターの先生には引き止められましたけど、結局は。…それでこの学校に。」

「そうなんやぁ。それでセッションミュージシャンの仕事を目指すってのはなんでなん?」

「専門学校のこと調べてる時に、仕事のことも一緒に調べてたら、色んな人のバックで演奏する。ってのに惹かれて。僕、ギター弾くのは大好きなんです。」

「そっか。じゃあ頑張らんとな。」

「はい。」

「先生褒めてたよ。花山くんは一生懸命勉強してるって。」

「さっきから気になってたんですけど、その先生って誰のこと言ってるんですか?」

「あ、そっか。芝井戸先生。理論の。知ってる?」

「芝井戸先生は知ってますけど、えーっと…」

「それがな、花山くん聞いてーや。」

 洋ちゃんは、私と芝井戸先生の話を面白おかしく話した。

「そうなんですか。それで九州から…ひょっとして、僕のこと勧めたのって…」

「そう。芝井戸先生。花山くんは練習癖がきちんと身についてるんじゃないか。って。」

「練習癖…、そうですか。」

「せや、また芝井戸先生のバンドカウンセリング受けよ。せっかくやし、花山くん入った俺ら見てもらおうや。」

「先生凄いんよ。私のドラム、先生に教えてもらってだいぶ変わったと思う。やんね?」

「全然別もんになったな。確かに。」

「バンドカウンセリング?」

「うん。」

 ギターケースからファイルに入れているカウンセリングの説明用紙を出して花山くんに見せた。

「へえ、こんなのあるんですね。知らなかったです。」

「じゃあ、来週くらいで聞いてみよ。花山くんも良いよね?」

「はい。」

 料理が運ばれてきた。


「ていうかさっきからさぁ、花山くんずっと敬語やん。俺らみんな同じ学年やし敬語とかやめへん?」

 お前が言うか。

「え。…はい。…分かった。頑張ってみます。る。」

「おう、それに俺のこと洋ちゃんでええよ。洋一郎やから洋ちゃん。みんなそう呼んでるし。」

「私は芽以ちゃんって呼ばれてます。」

「うちは華ちゃん。花山くんも花ちゃんなん?」

「僕はずっとそのまま花山って呼ばれてて。」

「下の名前なんやっけ?」

「タケル。山岳のガクって書いてたけるです。」

「じゃあガクちゃんやねえ。よろしく、ガクちゃん!」

「ガク…」

「なんか楽しいねぇ。青春っぽい!」

「華ちゃん青春好きやねえ。」

「青春っぽいやん!良いことっちゃねえ。」

「そぉいやぁ今月の校内ライブって募集とかしてんのかなぁ?」

「月末の金曜っていつ?」

「再来週やで。どうなん華ちゃん?」

「そろそろ募集出てると思う。」

「今日。はもう遅いか。明日見てみよ。絶対出ようや。」

「あのぉ…校内ライブってなんですか?」

「また敬語出てる!」

「すみ…ごめんなさい。あっ…ごめ…ん。」

「校内ライブってね、毎月の最後の金曜に学校のライブする部屋で、1曲ずつライブするんを先生が見てくれて講評してくれるんよ。前にうちが出たときの見る?」

 ファイルからプリントを取り出した。

「その華ちゃんのファイルは何でも出てくるんやねぇ。四次元やねえ。」

 私はずっと貰ったプリントで必要だと思ったものは全部ファイルして持っている。

「これどうぞ。」

 岳ちゃんは食い入るように私への講評を見ている。流れで渡してはみたが思ったより恥ずかしかった。こんなこと前にもあったな。

「なるほどです。これはその芝井戸先生からの講評ですか?」

「うん、そう。でも芝井戸先生の講評は多分うちだけ。ライブの前にカウンセリング受けて色々教えてもらったからかなぁ。」

「僕、出たいです。クラシックの時にもこんな風に講評してもらったことあるんですけど、すごくためになります。ぜひ出ましょう!」

 敬語なのは多分素なんだろう。もう誰もツッコまない。

「カウンセリングに月末ライブかぁ。忙しなるなぁ!」

 イケメンは嬉しそうだ。

 その後、この間のようにそれぞれお互いのことを話した。洋ちゃんは2つ上のことと楓さんのことを話して岳ちゃんに引かれてた。これでバンドがまた一つ楽しくなった!


 そして、いよいよ梅雨の時期がやってきた。ようやくサイレントのギターの出番である。



A SIDE


「芝井戸先生。ありがとうございます!」

 職員室に戻ると、ギター科の習志野先生が話しかけてきた。

「花山くん、さっきバンド入ったって嬉しそうに報告しにきました。もう僕、ホッとしちゃって。あの子、このまま辞めちゃうんじゃないかって。せっかく勉強熱心にやってるのに。」

「それは良かったですね。花山くんがバンドに入ったってのは私も聞いています。ギターも上手だと言っていました。ちゃんと打ち解けて楽しくやっているみたいですよ。」

 花山さんがヨーイチローズに入ったというのは、一緒にスタジオに入ると聞いていた次の日に、古賀さんから聞いている。それと同時に次回のカウンセリングの申込みも受けた。

「先生ありがとうございます。僕、肩の荷が一つ下りましたわ。今度コーヒーでも奢らせて下さい。って缶コーヒーですけど。」

「いやいいですよ。私は大したことしてませんし。」

 生徒思いの良い先生だと、こっちまで嬉しくなった。


 後日、理論の授業が終わった際、花山さんに声を掛けられた。

「先生。僕、古賀さんたちのバンドに入りました。それで先生が僕を推薦してくれたって聞きました。ありがとうございました。」

「いやこちらこそ、花山くん本人の承諾を得ずに申し訳ありません。」

「いえ、とんでもないです。それで先生、一つ聞きたいことがあるんですけど。」

「なんですか?」

「先生が教えたんですか?」

「何をですか?」

「僕をバンドに入れるための方法です。最初断ろうと思ってたのに…なんか上手いこと乗せられたような気がして。」

「なんのことでしょうか?」

 とりあえずとぼけることにした。結果として良かったみたいなのでそれでいいじゃないか。

「いえ、文句を言いたかったわけじゃなくて、先生にお礼を言いたかったんです。」

「何のことか分かりませんが、人との出会いというのは大事にしたほうが良いと思います。一期一会ですよ。」

「ありがとうございます。僕、頑張ります!」

 これはきっと、花山さんにとってもバンドにとっても良い出会いだと私は思う。

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