第2話

B SIDE


「セッションミュージシャン志望かぁ。バンドに入ってくれるかなぁ。」

「私その子なら分かるかも。ギターケース、アコギじゃないしエレキにしちゃあ大きいしって思ってた。フルアコってのがあるんやね。」

「芝井戸先生に作戦も聞いてきた。」

「何?作戦って?」

「んとね。色々あるんやけど、今日やるのは、その子が入りやすくなるようなバンドアレンジにしようと思って。」

「どういうこと?」

「歌を前面に出してバンドの音は思いっきりシンプルにって。このバンドに入ったらどんなこと弾こうって、想像させやすいアレンジの曲を作りなさいって。」

「なるほどなぁ。あの先生っぽいなぁ。」

「作戦、他にもあるっちゃけどね、今日はそれをやろう!」

 日課になった放課後のスタジオ練習で、芝井戸先生に聞いたことをやってみた。


 次の日、花山くんとのファーストコンタクトは芽以ちゃんに付いてきてもらった。

「多分、あの子と違うんかな?ほら、大きいギター持ってる子。」

「さらさらのおかっぱに、大きいエレキギターのケース。多分そうかも。」

 話しかけなければ何も始まらない。意を決して話しかけた。

「ギター科の花山くんですか?」

「えっ?あ、はい、そうですけど。…なんでしょうか?」

「んと、うち、作編科の一年の古賀と言います。」

「ドラム科の杜谷です。」

「ああ、はい。それで僕に何か用ですか?」

「うちらバンドやってて、ギター探してるんです。」

「はい。」

「花山くん、一緒にバンドやる気ない?」

「すみません。僕、セッションミュージシャンになりたいんで、決まったバンドとかちょっと。」

「そうなんや。セッションミュージシャンになりたいんや。夢はプロってこと?」

「一応、そうですけど。…もういいですか?」

 早くも来た!

「じゃあ、一回だけセッションってことで、スタジオ入ってくれん?」

「なんですかいきなり。」

「セッションミュージシャンになりたいがやろ?やのに、うちらとはセッション出来んのですか?…うちらまだギターが入ったバンドの音になったことないんよ。どうしても一回ギターが入ったバンドの音聞いてみたいっちゃね。どうかなぁ?頼めんかな?」

「…なんで僕なんですか?」

「それフルアコいうギターやろ?箱鳴りちゅう温っかい音するんやろ?ギターも上手って聞いたし、それで声かけてみよって。」

「…どんな曲ですか?僕、うるさいのとか出来ませんよ。」

 食いついた!

「古賀さんの作ったフォーク調の曲に、古賀さんのアコギと川北くんって子のベースと私のドラムで音つけてるん。うるさいとかうるさくないとかそういうの以前やし、フォークとポップスって感じの曲やと思う。ギターのアレンジは全部お任せします。」

「どうかなぁ、お願いできんかな?」

「…じゃあ一回だけなら。それで、いつスタジオ入るんですか?」

「譜面渡すから、ちょっと待って。」

 そう言ってギターケースから譜面のファイルを取り出した。

「それ全部、あなたがたの曲ですか?」

「うん、うちが書き溜めた曲。バンドでやってるのはまだちょっとやけどね。」

「何曲あるんですか?」

「今どんくらいやろ、40曲くらいかなぁ?」

 少し盛った。

「じゃあこの曲。一曲だけやけどスタジオの中でまた別の曲渡すかもしれん。とりあえずの一曲ね。譜面、これで大丈夫かな?」

「…はい。分かりました。で、いつがいいですか?」

「花山くんにあわせるよ。うちら毎日放課後スタジオ入りよるし。」

「じゃあ明日でもいいですか?今日は早く帰りたいので。」

「うん、じゃあお願い!」

 完全勝利である。


「で、どうやった?」

 洋ちゃんに、2人でピースサインを出した。

「お、バンド入ってくれるって?」

「まだぁ。でもとりあえずスタジオまで来てくれるって。明日の放課後やって。」

「その子どんな子なん?」

「良い子やと思うよ。ね、芽以ちゃん。」

「気難しい感じはするけど、本気でプロになるためにどうしたら良いかって、ちゃんと考えてるっていうか信念みたいのがあるってのは分かったかな。」

「どういうこと?」

「断れたっちゃ。」

「話が全然分からん。」

 花山くんと話した内容と、芝井戸先生に教えてもらった作戦を伝えた。

「セッションミュージシャンでプロになりたい。ってキーワードを引き出せって言われたん?」

「うん。うちらと一緒にスタジオ入るのも勉強って思わせたら勝ちってこと。それに、とりあえずはうちらの演奏を見てもらわんと話にならんけん。第一段階はスタジオまで連れてくること。だからここまでは大成功っちゃね。」

「なるほどな。普通に交渉してもスタジオにすら入ってくれへんってことか。」

「とにかく明日。うちらもちゃんと準備しよ!」


 次の日の放課後、機管室の前で花山くんと合流し一緒にスタジオに入った。

「なんかワクワクする。今日は花山くんありがとう。」

「…いいえ。」

「俺、川北です。古賀さんと同じクラスの作編科の一年です。よろしく!」

「…よろしく…お願いします。花山です。」

「さてと、ほなとりあえずセッティングしよか。」

 怒らない、とがめない、ツッコまない、ツッコミを期待しない。3人で事前に決めたことだ。

 芽以ちゃんは芝井戸先生に教えて貰った日からずっとのシンプルセットで叩く。それにあのカウンセリング以降、芽以ちゃんは目に見えて上手くなった。個人練を頑張ったのもあるけど、芽以ちゃんが言うにはコツを掴んだらしい。糸口さえ掴めば後は一気だったらしく、今の芽以ちゃんは本当に目に見えてドラムが上手くなったと思う。

 私はプリアンプをギターアンプに繋ぎ、ボーカル用のマイクもセッティングする。洋ちゃんはベースアンプを普通に繋ぐ。花山くんはセミアコを取り出し、そのままギターアンプに繋いで譜面台に楽譜を置いた。椅子に座って演奏するようだ。セッティング中にアンプで鳴らしたギター音はやっぱり歪んでいない温かいクリーントーンだった。

「とりあえずうちから曲始めるから、ベースとドラムが入ったら花山くんもそっから始めて。OK?」

「はい。」

「じゃあ。」

 私は花山くんを見て歌い始めた。これも作戦で、花山くんをお客さんと思って花山くんに向かって歌いなさい。と先生に言われたのだ。

 弾き語りでサビから始まるようにアレンジした曲で、頭のサビを歌い終わった時、洋ちゃんが花山くんに合図を出してベースとドラムが入った。つられて花山くんもギターで入ってきた。アルペジオ主体で組み立てられたギターアレンジは私には分からないコードの形で弾かれていた。確かに上手である。初めてバンドに4つ目の音が加わった曲が終わった。

「すごい!ギター入ると全然違うね!」

「花山くん、おもろいギター弾くなぁ。」

「ドラム大丈夫だった?」

「あ、はい。大丈夫です。…ありがとうございます。」

 戸惑っているようだが、照れ臭そうにしている。

「もう1回演ってみてもいい?」

 もう一度同じ曲を演った。

「じゃあこの曲出来る?」

 さらに別の曲の譜面を渡し演奏し、さらに別の曲を渡した。演奏中、譜面に夢中な花山くんに分からないように芽以ちゃんと洋ちゃんと目配せをし、マルかバツかを確認した。どちらもマルのようだ。


「凄いね。譜面見ただけですぐ出来るんやね。ねえ、花山くん一緒にバンドやらん?面白かったっちゃろ?」

 流れで本題に入った。

「面白かったです。でも、僕…」

「セッションミュージシャンになるっちゃろ?それは知っちょるよ。でもツテはあるん?なります!って一人で言うてなれるもんと違うっちゃろ?」

「それは…」

「うちらも本気でプロになるってバンドやりおるんよ。先生はプロの世界は中に入るのが一番難しいって言うてた。花山くん、バンドがプロの世界の内側に入るための手段って考えられん?それとうちの歌どうやった?」

 逆ではなく同じ方向を向いていると認識させる。これが先生から聞いた作戦の切り札だ。

 セッションミュージシャンはなりたくてなれるものではなく、実力があっても横の繋がりがなければ仕事は来ないらしい。だったらその繋がりを作るためにバンドをやるというのは、お互いの目標のプロになるための一つの選択肢になり得るということだ。あとはバンドに魅力を感じるか、私のうたに可能性を感じ取ってくれるか。それだけだ。

「ちょっと考えていいですか?」

「うん。ちゃんと考えて。うちら誘った側やけど、中途半端なことされると迷惑やけん。でもね、うちは一緒に音出したら楽しかった。一緒にバンドしたいって思った。」

「俺も一緒に音出して楽しかった。今まで花山くんみたいなタイプのギターとやったことないからめっさ新鮮やったわ。」

「私も楽しかった。花山くんがバンドに入ってくれたら嬉しい。」

「やけん、うちらは入ってくれると嬉しい。あとは花山くん。ちゃんと考えてね。じゃあ片付けよっか。」

「……入ります。」

「え?」

「僕も楽しかった…です。…一緒にバンドしたいです。でも僕、今までバンドしたことないし、迷惑かけるかもしれませんよ。」

「家に帰って一日考えてもええんやで。ええの?もう答え出して?」

「最初に古賀さんが歌い出した時、凄いって思いました。バンドについてはそこでもう…それにツテの話されてその通りだと思いました。僕、仕事にするってエレキ始めたけど、知り合いすらいないし…友達も…どうしようかと…」

「そうなんや。じゃあ、とりあえず俺らと友達にならん?プロになるっておんなじ目標も持っとる。な。よろしくな!」

「友達になろ!それにギターのこといっぱい教えて欲しい!」

「うん、一緒にやろうよ。バンド楽しいよ!」

「それに花山くん。俺、作曲家になるのが夢やねん。その夢も諦めとらん。先生、バンドでプロになるんと作曲家、両方の夢追えるやろって。せやから、花山くんも両方目指したらいいんとちゃう?」

「いいんですか?」

「せやで、俺、欲張りやからな!せやから、花山くんもバンドでプロになって、セッションミュージシャンにもなるって夢、叶えようや!な?欲張りにいこうや。」

「悪いんやけど、とりあえず片づけよ。時間やよ。百瀬さんにまた怒られるん嫌やわ。」

 バタバタと片付け、なんとか時間通りに機管室に間に合ったのだった。

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